第64話 オッサンたち、お掃除に精を出す
風呂から上がった少女たちが手を繋いでリビングへと戻ってきた。
その姿を見てオッサンたちは安堵した。
良かった――そんな気持ちが胸の内に浮かぶが、オッサンたちはその安堵を抑えつけていつも通りの表情で少女たちを迎えた。
「それじゃ
ケンジの声を合図にそれぞれが食卓に置かれた料理に手を伸ばした。
会話が弾む――というほどでもないが、それでもオッサンたちと少女たちは平常通りに会話を返して料理に舌鼓を打つ。
食後のデザートとして用意したプリンを平らげると、さすがに量が多かったのか少女たちは眠そうに目を擦り始めた。
「後のことはやっておくから寝て良いぞ」
そんなオッサンの気遣いにお礼を言うと、少女たちは就寝するために手を繋いだまま二階へ向かった。
「一件落着ってところかいな?」
「どうだろうな。そう簡単に落着するようなものでもないだろうが……それでもアリーシャは少しは笑顔を浮かべるようになってた」
「空元気も元気の内だよ。多少無理をしていてもね」
「辛いこと、悲しいことを受け流せるような技術はまだ無いやろうしな。傷ついても辛くても空元気を振り絞れるのなら、きっと大丈夫やろ」
「フィーとクレアの二人がしっかり支えてくれているようだしな。だけど……ハァ、こういう時、オッサンってのは本当に役に立てないな……」
「僕もケンジも女性の扱いはヘタクソだしね」
「そんなもんオレかてそうやで(オレも同じだよ)。いくつになっても女性との距離感ってのは難しいもんや」
「そういうものなのか?」
「そういうもんちゃう? 知らんけど」
肩を竦めたリューがテーブルに置かれたカップに手を伸ばす。
そんなリューに倣ってカップの水を飲みながら、ケンジは別の話題を振った。
「そういや馬車はいつ貰えるんだ?」
モンスター
ケンジはその納車スケジュールを確認したくてリューに尋ねた。
「それがしばらく時間がほしいんやて。使ってない馬車のメンテやら内装やらに手を入れたいってことで一週間ぐらいは掛かりそうやわ」
「一週間かぁ。ちょっと長いね」
「さっさとノースライドを目指したかったが無理そうだな……」
「まぁ馬車なんて欲しがるとは思ってなかったみたいやし、しゃーないと思うわ。その間、何して過ごすかが問題やなぁ」
「何をして過ごす、か。そういやお誂え向きの仕事があるな」
「何? ギルドの依頼で何か良いのがあったの?」
「いや依頼じゃないんだが気になることがあってな」
「気になることって、なんかあったん?」
「スタンピードを発生させている瘴気溜まりってのが『水鏡の地下洞窟』の最奥の広間にあったんだが、そこがゴミ溜みたいでちっとばかし我慢ならねーんだよ」
「ゴミ溜? 何のゴミ?」
「クレアが言うには冒険者が捨てていったゴミもあるが、遥か昔の庶民のゴミなんかも捨てられているらしい。それにあそこ、どうやら大昔はアイコちゃんの聖地だったらしいんだよ。そんな場所がゴミ塗れってのはさすがに捨て置けんだろ?」
「アイコちゃんの聖地か。んー、まぁそうやなぁ。オレらがこの世界で何とかやれとるのもアイコちゃんのお陰やし」
「じゃあ恩返しに大掃除でもしよっか。インベントリもあるし、ゴミを一度全部回収してから選別すればそこまで労力は掛からないし」
「地下湖にはアイコちゃんの像もあったし、それも綺麗にしてやりたい」
「大晦日に大仏っさんにする感謝のすす払いやな。まぁ急ぎの用もないし、やること言うても女の子らの修行ぐらいやし、ええんちゃう?」
「なら明日の朝、フィーたちが起きたら相談してみるよ」
「そうだね。それより、ファー……はふっ、ダメだ。眠くなってきたみたい」
「なんだかんだ、オレらも一日よー働いたしな。さっさと風呂入って寝てまおか」
「そうだな。よっこらしょ……」
身体のあちこちに疲労が溜まったことを自覚し、オッサンたちは風呂場に向かうためにかけ声を掛けながらソファーから立ち上がった――。
そして次の日。
フィーたちに大掃除の話を相談すると少女たちは一も二もなく賛成してくれたため、オッサンたちは一路『水鏡の地下洞窟』に向かった。
洞窟の中は以前よりも静まり返っており、モンスターの気配が感じられない。
「すごく静謐な空気ですね……」
「瘴気溜まりを浄化したからモンスターがいなくなった、ということですの?」
「分からんが敵が居ないならそれに越したことはない。注意しつつ行くぞ」
ケンジとリューが前衛を担当し、リューが最後衛を担当する、いつもとは少し違うフォーメンションで洞窟を進む。
結局、一度もモンスターと遭遇することもなく一行は洞窟最奥まで辿り着いた。
「ここが瘴気溜まりがあった広間だ」
「うわぁ、なにこれぇ。ケンジの言ってた通りゴミだらけだねぇ」
「ひどい有様やな。聖地にゴミ捨てんなや。っていうかそれ以前に自然環境の中にゴミ捨てんなやぁ!」
「それな。初めて見たとき、俺も叫んだわその台詞」
「こういうの見てるとムカムカしてまうわ。さっさと片付けようや」
「おう。俺とホーセイが共有インベントリにゴミ回収していくから、リューは選別を頼む」
「ういよ。腐ったもんは後で焼却処分。ポーションの小瓶やらは加工に使えるやろししっかり選別しとくわ」
「頼む。フィーたちにも頼みたいことがあるんだが、やってくれるか?」
「はい! もちろんです! でも私たち、何をしたら?」
「インベントリの中に雑巾やらバケツが入ってるからアイコちゃんの石像を綺麗にしてやって欲しいんだ」
「ですがご主人様。アイコニアス様の石像は湖の中央にありますの」
「どうやってあそこに行けば良いのよ? あの場所まで泳いで行けってこと?」
「まさか! そういうアビリティがあるんだよ。いつもみたいにステータス画面から能力一覧を開いて――」
ケンジは少女たちに説明し、『水上歩行』アビリティを取得してもらった。
「『水上歩行』はその名前の通り、水上を歩くことのできるアビリティだ。これがあれば水上を歩いて石像のところまで行けるだろ?」
「こんなアビリティがあるんですね! すごい……!」
「これなら楽にお掃除できそうですの」
「そうね。なら早速行きましょ」
「うん! ではご主人様、行ってきます!」
「おう。モンスターがいないとは限らないから充分に気をつけてな」
「はい! 行こ、アリーシャ、クレア!」
ケンジの忠告に返事をすると、フィーは親友たちの手を引いて水の上にそーっと足を乗せた。
「わわっ、すごい……! ふふっ、ほら、見てみてアリーシャ、クレア! 私、水の上に立ててる!」
「本当ですの。では次はわたくしが……わぁ、なんだか地面に立っているのと変わらない感覚ですの」
「うん、これなら自由に動けそうね」
水の上に立つ――そんな初体験にはしゃぐ少女たち。
その微笑ましい姿は、だがオッサンたちには痛々しく感じられた。
(まだまだ本調子って訳にはいかんみたいだな)
(そりゃ昨日の今日だしねぇ……)
(せやけど三人とも一所懸命に普通に振る舞っとる。ならきっと大丈夫やろ)
(そうだと良いな。早く元気になって欲しいぜ)
水上を歩いて石像の掃除に向かう少女たちの背中を見送ったあと、オッサンたちは自分たちの仕事に取りかかった。
ゴミ掃除はそこまで大変ではなかった。
ケンジとホーセイの二人が広間を歩きながら各所に散乱しているゴミをインベントリに回収する。
その回収したゴミからリューが捨てるものと使えそうなものをより分ける。
その作業を淡々と繰り返す。
オッサンはこういう単純作業では極力頭を使わず、虚無の心を維持しながら仕事をこなすことに慣れている。
それに現実を見ていない好き勝手な理想を並べたてる社長の話を聞いている時よりかは、よほど有意義で楽しい時間だ。
オッサンたちは黙々と作業し続けて――気が付けば広間のあちこちにうずたかく積み上げられていたゴミが綺麗さっぱり無くなっていた。
「ふぅ。ざっと二時間ってところか?」
「うん。だいぶ綺麗になったね」
「あー、悪い。こっちは選別に時間が掛かりそうや。すまんが先に地面の掃除もしといてんか(しておいてください)」
「了解。水を流しておけば良いかな?」
「それで良いんじゃね? ほれ、バケツ」
「ありがと」
地面の汚れを洗い流すため、ケンジたちはバケツを手に地底湖に近付く。
すると地底湖の中央辺りで石像を拭いていたフィーが、手を振りながら声を掛けてきた。
「ご主人様ー! アイコニアス様、だいぶ綺麗になりましたよー!」
「まだ少しは汚れていますけど、これ以上はさすがに無理そうですの」
「時代を経て汚れが取れなくなってる部分もあるし、中途半端かもしれないけど最初よりはだいぶ綺麗になったんじゃない?」
「ああ、それで充分だと思うぞ。綺麗にしてやってくれてありがとうな」
「アイコニアス様は私たちとご主人様を引き合わせてくださった方ですから。綺麗にできて私たちも嬉しいです♪」
「ではフィーさん、アリーシャさん。最後にみんなで祈りを捧げましょうですの」
「そうね」
「じゃあみんなで一緒に……!」
真剣に。真摯に。
少女たちは創世の女神に対して祈りを捧げた。
そのとき――石像から光が放たれた。
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