第63話 少女たち、悲しみを乗り越える


 ケンジに促され、フィーとクレアは憔悴する親友の手を引いて風呂に入った。


 四六時中、適温の湯が沸き出す【クラン】の湯船に浸かると、肌を通して身体の芯まで熱が浸透してくる。


 その熱は悲しみで強ばった心と体を優しく包み込み、どうしても頭に浮かんでしまう嫌な想像さえも溶かしつくしてくれた。


 温かい湯に浸かりながら、フィーは考える。


 王女という地位を追われ、家族と離ればなれになり――一年前に起きた戦争のせいで自分の人生は大きく変わってしまった。


 なぜ。どうして。

 そんな言葉が頭の中にリフレインするのを止めることができなかった。


 なぜ自分がこんな目に遭うのか。

 なぜ自分がこんなに不幸な立場に追いやられているのか。


 来る日も来る日も己の不幸を嘆く言葉が心を占め、フィーは目の前の現実を認めたくなくて心を閉ざし、繰り返される毎日を過ごしていた。


 そんな時、ケンジたちと出会った。

 奴隷であっても、元王女と知っても彼らは何も変わらず、仲間と言って手を差し伸べてくれた。


 何かをすれば感謝され、何かをしようと踏み出せば頼むと言って仕事を任せてくれる、そんな者たちだ。


 王女でもなく、貴族でもなく、奴隷でもなく――一人の人間として接してくれるケンジたちの存在はフィーにとって新鮮だったが、それ以上に傷ついた心を癒やしてくれる存在でもあった。


 ケンジたちは奴隷に落ちてしまった自分を優しく扱ってくれる主人――それだけの存在ではなく、共に歩き、共に戦い、守り導いてくれる、そんな存在なのだとフィーは思えるようになった。


 短期間とは言えそんなケンジたちと過ごしたからこそ、フィーには王女だった頃とは違う別の感覚が芽生えていた。


 王女としての振る舞いではなく、貴族の矜持だからという訳でもない。


 一人の人間として友の悲しみに寄り添い、その手を引いて再び立ち上がらせてあげたいという想いだ。


 今、真実を知った友は傷つき、俯き、現実に打ちのめされている。

 それは奴隷として過ごしていた少し前の自分と同じだ。


 そんな友のために自分は何ができるのか――。

 そう考えたとき、フィーは自然とアリーシャの身体を抱き締めていた。


「大丈夫だよ、アリーシャ。大丈夫」


「でも、フィー……お父様が……」


 父が裏切ったことでノースライド王国は滅亡し、主人であり友である少女の人生を一変させてしまった――。


 その後悔、その無念がアリーシャの心を万力のように締め付けている。


 そんなアリーシャの心情がフィーには分かるからこそ、フィーは少女の悲しみに寄り添うように言葉を掛けたのだ。


 大丈夫。

 その言葉に意味は無いし、根拠なんてものもフィーには無い。


 フィーの心にあるのは、友の悲しみを受け止めて少しでも軽くしてあげたいという想いだけだ。


 だからこそフィーはその想いを親友に伝えるために、少女を抱き締めながら言葉を続けた。


「アリーシャはアリーシャだよ。ウィンリー様とは違う。私の大切なお友達だよ。だから大丈夫。アリーシャは何も悪くないよ」


「でも! お父様のせいでノースライドが……! フィーが……!」


「それが事実かどうかはまだ分からないでしょう? もしかすると何かの間違いかもしれない。そうしなければならない何か理由があったのかもしれない。それが分からない内にアリーシャが全ての責任を負う必要なんて少しも無いんだよ」


「その通りですの」


 フィーの言葉に賛同したクレアが、フィーとは反対側からアリーシャのことを優しく抱き締めた。


「親の行動の責任を子が取る必要など無いですの。一番大切なのはアリーシャさんがこれからどうしたいか。それだけですの」


「アタシが、どうしたいか……」


「はい。それこそが今、唯一必要なことですわ」


「アタシは――」


 クレアの問い掛けにアリーシャは考える。

 自分が何をしたいのか。何をするべきなのかを。


 だがアリーシャの答えは決まっていた。


「アタシは……フィーとクレアと一緒にノースライドに帰りたい。そしてお父様にどうしてって尋ねたい。どうして国を裏切ったの、どうしてアタシを裏切ったのって問い詰めたい……っ!」


「だったらそう致しましょう。ねっ、フィー様」


「うん。私たちとアリーシャ、一緒にね」


「あり……がとう……うぇ……うぇぇぇん……っ!」


 親友たちの笑顔を見て、アリーシャは子供のように涙を溢れさせた。

 号泣する親友の姿に二人の少女も涙で瞳を潤ませる。


 少女たちは掛け替えのない友人との絆を確かめるように、いつまでもいつまでも涙を流しながら身を寄せ合って互いの温もりを感じていた――。



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