第62話 オッサンたち、悩む


 セイル子爵との交渉をリューに任せたケンジとホーセイは、少女たちを連れて貧乏冒険者たちが宿営している街外れの広場へ向かった。


「あれ? なんだか閑散としてるね」


「貧乏冒険者たちもスタンピード防衛戦を戦い抜いたんだ。報酬もそこそこ出ただろうし、今日ぐらい宿屋で寝ようって考えてるんじゃねーか?」


「なるほど。それで人が少ないんだね」


「スペースが空いてるのは良いことだ。今のうちに場所を確保して野営の準備に取りかかろうぜ」


「了解」


 ガランとした広場の奥まった場所を拠点と定めたオッサンたちは、言葉少なにテント設営に取りかかった。


「あの、ご主人様。私たちもお手伝いを――」


「いや、こっちのことは俺たちに任せておいてくれ。でもそっちの事はよろしく頼むな」


 そっちの事というのはアリーシャの事だ。

 実父が国を裏切ったという情報に衝撃を受けたアリーシャは、一人では歩けないほどに憔悴し、今は二人の親友――フィーとクレアに支えられている状態だった。


 そんなアリーシャを慰めたいとは思うが、残念ながらオッサンたちに傷心の少女を優しく慰めるようなスキルはない。

 結局、親友であるフィーとクレアに任せきりにするしかなかった。


(こういうとき、自分の経験の少なさが嫌になるな)


(女性経験、少なかったもんね、僕たち)


(経験が多ければ泣いてる女の子への声のかけ方も取得できたんだろうか?)


(どうだろう……? ああいうのは元の性格が関係してくるんじゃない? ケンジみたいに雑な人間は経験あっても無理だと思うなぁ)


(うるせぇ。筋トレばっかのホーセイに言われたかねえよ!)


(ははっ、ごめんごめん。でもコスプレイヤーやってたリューなら僕たちなんかよりマシな言葉を掛けられるのかもね)


(それはねーだろ。あいつならこう言うと思うぞ。『泣いてる女になんざ、わざわざ自分から近付かんわ』ってな)


(あー、そういうところあるよね、リューって)


 オッサンたちはここに居ない友人をネタに会話しながらテントの設営を続ける。

 無事に設営を終えるとケンジはテントの中でユニークアビリティ【クラン】を使って少女たちを中へ招き入れた。


「あー……今日はみんな疲れたろ。先に三人で風呂にでも入ってきな」


「そうですわね。ではありがたく……ほら、フィーさん、行きましょう」


「うん。アリーシャもそれでいい?」


「……(コクッ)」


「のんびり入ってきて良いからな。……ふぅ」


 風呂に向かった少女たちの背中を見送ったあと、ケンジは大きく溜息を吐いた。


「俺ぐらいの歳ならそれこそ自分の娘の話を聞いたり、落ち込んでいるのを慰めたりって経験があったんだろうが……」


 ケンジには女性経験が少なく、もちろん子供だって居ない。

 ケンジ自身、その人生について後悔はしていないが、いざ、今のような状況に追い込まれたとき、自分自身の経験値の無さに愕然としてしまう。


「ガキの頃は歳を取れば自動的に恋人ができて、結婚して子供が生まれて……家庭ってやつを持つことできるんだ、なんて思っていたけど。そういう訳じゃなかったんだよなぁ」


 忸怩じくじたる想いもあるが、だからと言ってやり直したいなどとは思わない。

 子供の頃、漠然とイメージしていた未来が実現できるほど人生は甘くない。

 それが大人になって分かったというだけのことだ。


 落ち込むアリーシャを慰めることはできないかもしれないが、落ち込んだアリーシャに元気になってもらうためにお菓子を作ることはできる。


「それも自分が好き勝手やってきた結果の一つなんだし。……うっし、プリンでも作ってやるか」


 ケンジはインベントリを開いて材料を確認する。

 プリンを作るのに必要なのは、卵に牛乳、それに砂糖だ。

 材料はインベントリの中に揃っている。


「よし! アリーシャにとびっきり美味いプリンを食べさせてやろう!」


 両手で頬を挟んで気合いを入れると、ケンジは気合いを入れて料理を始めた。




 日が暮れ始めた頃、ギルドからリューが満足そうな笑顔を浮かべて戻ってきた。

 テントの前で見張りをしていたホーセイが笑顔で友人を出迎える。


「その表情を見るに追加ボーナスには満足できた感じ?」


「そこそこってところやな。けどオレらが一番欲しかったもんは貰えたで」


「僕たちが一番欲しいもの? お金以外に何かあったっけ?」


「馬車や。これから西に移動するし、馬車があったほうが便利やろ?」


「ああ、なるほど。移動手段があるのは確かに嬉しいね」


「移動手段っちゅーよりは移動拠点にしたいねんよ。街の中に入るときはインベントリに仕舞っといたら良いし、旅の途中は馬車の中でケンジの【クラン】を展開すりゃ寝るところにも困らんやろし」


「ああ、そういうことね」


 リューの説明にホーセイは納得したように頷いた。


「他には馬車を牽くお馬さんやらそのお馬さんのご飯やら。さすがにちゃんとした額の報酬は貰っとるし、あまり贅沢は言わんかったけど」


「それでも追加ボーナスを出してくれたのは有り難いことだね」


「まぁ子爵さんにも思惑はあるようやったけどな。後で何を要求されるのか分からんから、ちーとばかし怖いけど」


「政争に巻き込まれるようなことでなければ、多少は手伝ってあげても良いんじゃない? そこそこ良い人そうだし」


「比較的善人なのはその通りやろけど、王様の側近なんて務めとる貴族が完全にいい人なんてことはないと思うからなぁ……」


「それもそっか。まぁ何かあってから考えれば良いかな」


「杞憂しててもしゃーないしな。それよりホーセイ。お嬢ちゃんたちはどうしたんや? アリっちは元気になったんか?」


「何言ってんの。父親が裏切り者だったってことが判明した女の子が簡単に立ち直れるわけないでしょ。一応、ケンジが先にお風呂に入らせてるって言ってたけど」


「風呂てまた雑なフォローやなぁ」


「温かいお風呂に入れば多少は気は紛れると思うし、悪い選択ってほどでもないんじゃない?」


「まぁ女の子のことは女の子に任せるのが一番やし、三人でお風呂に入って色々話し合ったらエエと思うけど」


「適当だなぁリューは。僕もケンジも悲しんでるアリーシャちゃんにどうやって接したら良いのか分からなくてすごく悩んでたのに」


「泣いてる女の子にオッサンが近付いたら余計泣いてまうやろ。女の子も居るんやしオッサンは黙ーって見守っといたらエエねん」


「僕たちにはそれしかできることはない、かぁ」


「それしかできないんやのぉて、それをしろって言ってんやって。話聞いて欲しかったり慰めて欲しかったら向こうから来るやろから」


「達観してるねぇ、リューは」


「まー、昔のコスプレイヤーやっとるときに色んなことに巻き込まれて、いらん苦労をいっぱいしたからなぁ……」


「うわっ、何その目。死んだ魚の目をしないでよ。怖いよ」


「闇の深い場所ってのは案外あちこちにあるってこっちゃ。それより腹減ったわ。ケンジ晩飯の準備してくれてるやろか」


「僕はずっと見張りをしてたから分からないよ。でもケンジのことだし、ちゃんと用意してくれてるんじゃない?」


「さよか。今日は広場にほとんど人は居らんし、ホーセイもクランハウスの中で休んだらエエんちゃう?」


「そうだねえ。じゃあそうさせてもらおうかな」

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