第61話 オッサンたち、次の行く先を決める

「それで、その後のことって子爵さんは掴んでるん?」


「後、とは?」


「トリアゲス王国の王様が軍を率いてノースライドに侵攻してからのことや」


「そうですね。ノースライドの王都が陥落するまでのことは、派遣した諜報員の皆が必死に情報を集めてくれましたから」


「その情報を聞いても良いか?」


「もちろんです」


 ケンジに頷きを返したセイルは、温くなった紅茶で口を湿らせて話を続けた。


「ノースライドの国境を突破したフライド王は、ノースライド騎士団を先駆けとして破竹の勢いで王都に迫りました。道中の街の殆どは為す術もなく支配下に置かれたようです」


「そらまぁ、味方やと思ってた騎士団が先鋒を務めてたら、まともに抗うことはできんやろうしな……」


「エグいことしやがるなぁ……」


「フライド王は寝返った騎士団を利用し、ノースライド王アレクサンド陛下に偽の情報を流し続け、難なく王都を陥落させました。しかし残念ながらその後のフライド王の動きは掴み切れていません」


「何かあったの?」


「王都陥落と同時にフライド王は国境を閉鎖し、商人以外の入国を禁じたのです。多くの兵を四方の国境に派遣し大規模な臨検態勢を整えて。そのせいで我が国の諜報員も潜入することが出来なくなってしまいました」


「なるほどな。それにしても……そのフライドってやつは一体、どうして祖国を捨ててまでノースライドを攻めたんだろうな?」


「税を搾りつくして疲弊した土地を帝国に押しつけて、ノースライドを拠点にしたかった……ってことちゃうか?」


「傍迷惑な話だねえ」


「それなのですが……実はフライド王の率いる軍勢の中に妙な集団が居たとの報告が上がってきているのです」


「妙な集団?」


「はい。『革命の灯火』と名乗る狂信者組織です。その教義は『人類の進化』。創世の女神アイコニアスの全てを否定し、自分たち人間が神に成り代わり全ての亜人や魔族を根絶することを目的として各地でテロ行為を繰り広げる、厄介な集団です」


「おおぅ……宗教絡みか……」


「つまりフライド王とその狂信者組織が手を組んで、ノースライドで何かしようとしているってことかいな」


「何が行われているのか、何が目的なのか、皆目見当が付きませんけどね」


「……なんにせよ、俺たちはフィーをノースライドに連れて行く。その後はフィーの考え次第だな」


「……(コクッ)」


 ケンジの言葉にフィーは覚悟を決めたように頷きを返した。


「私の話を聞いて尚、ノースライドを目指すのですか?」


「当然だ」


「フィーちゃんたちと約束したからね」


「約束、ですか。失礼ながらフィーラルシア殿下は今や奴隷の身。そんな約束は忘れ去ってどこかで平和に暮らすという選択肢もあるのでは?」


「そんな選択肢、今の俺たちには無いな」


「その選択肢が出てくるんは、オレらがノースライドをこの目で見て、聞いて、知ってからのことや」


「知って、感じて、その後でフィーちゃんたちが望むなら考えるけど、誰かに言われた選択肢を選びたくはないよね」


「ああ。お気遣いは有り難いが俺たちはどんな手を使ってでもノースライドに入国して王都を目指すつもりだ」


「……決意は固いようですね」


「おう。ガッチガチだ」


「分かりました。では私が皆さんのお役に立てる伝手を紹介しましょう」


「いや、ちょい待ち! 伝手を紹介? そんなことして子爵さんに何の得があるんや? 正直、必要以上にあんさん(あなた)に借りは作りたくないんやけど」


「ですが私の伝手は皆さんの目的を達成するために、かなり有効な手段になると思いますよ……?」


「タダより高いモノはないって言葉もあるんやで」


「なるほど金言ですね。ですがそのような思惑は少ししかありません」


「少しあるのかよ!」


「それはそうです。高い実力を持つ冒険者と懇意になっておけば何かの際には力を貸してもらえるかもしれませんし。ですがまぁその程度の思惑です。それよりも私は少しでもフィーラルシア殿下の力になりたい」


 そういうとセイル子爵は真剣な眼差しをフィーに向けた。


「アレクサンド王生誕祭で見た殿下の美しい姿は今も私の胸の内に残っています。私はノースライドの雪月花せつげっかと讃えられた貴女の苦境を、全霊を尽くして少しでも軽くして差し上げたい。それは下心などではなく、美しい女性に対する貴族の男として当然の義務です」


「セイル様……。そのお心遣い、有り難く頂戴致します」


 子爵の真摯な言葉に感動したのか、フィーは恭しく頭を垂れた。


「本当にそれで良いのか、フィー?」


「はい。貴族の殿方の義務と言葉にしてくださいました。ならば私は貴族の子女としてその言葉を受け止めたい。ここはセイル様のお気遣いに甘えようと思います」


「フィーが良いって言うのなら俺たちがとやかく言う必要は無い、か」


「そうやな。ま、ここは子爵さんを信じるフィーっちを信じようかね」


「それで良いんじゃないかな」


「ふふっ、その言い様。奴隷の主人というより娘を心配する父親のようですね」


「娘なんかなじゃ無え。大事な仲間だ」


「仲間ですか。……いい言葉です」


 セイル子爵は昔を懐かしむように目を細めた。

 だがそれも一瞬だった。

 すぐに表情を繕った子爵は首の後ろに手を回すと、身に付けていた装飾品をオッサンたちに差し出した。


「これはグラディウス家の家紋が浮彫された護符です。この護符を持ってトリアゲスとの国境にあるウェースツという街に向かってください。そこでとある人物と会えるように手配しておきます」


「トリアゲスとの国境やとセカンの街から西の方角か。オレら、北からノースライドに入国するつもりやったんやけど」


「北の国境を越えるのはお勧めできません。北の国境を封鎖しているのはノースライド騎士団らしいとの情報を得ています。もしそれが本当ならば王女殿下は確実に見つかってしまいますよ」


「それは確かにマズイな。じゃあ言われた通り西に行くしかねーか」


「急がば回れ、だね。だけどとある人物って誰なのかな?」


「それは今、この場で私の口からお伝えすることはできません。ですが必ずや貴方がたの強い味方となってくれることでしょう」


「その言葉、信じて良いんだな?」


「我が家名にかけて」


「……分かった。あんたを信じる」


 セイル子爵の顔を真っ直ぐに見つめていたケンジは、その真剣な表情を見て子爵を信じることに決めた。

 そして差し出された護符を懐に入れて深々と頭を下げた。


「色々と失礼なことを言って済まなかった。ありがとうセイル子爵」


「街を救ってくださった英雄に力添えができて私も満足です。こちらこそありがとう、トゥライブスの皆さん」


 ケンジと子爵は笑顔を浮かべながら固い握手を交わした。


「ほんなら情報収集はここまでや。ケンジはフィーっちたちを連れて今晩の寝床を確保しといてんか」


「分かった。だけどリューはどうすんだ? 一緒に行かねえのか?」


「オレにはまだ仕事が残ってんねん。子爵さんから追加ボーナスを貰わんとアカンって仕事がな」


「ははっ、やはり忘れてくれては居ませんでしたか」


「当然やん。それなりに命を賭けた仕事やったし、子爵さんも報酬にイロを付けることは承諾してくれとったやろ?」


「そうですね。ですがお手柔らかに願いますよ?」


「子爵さんの懐具合も考えとるし、無茶な要求をするつもりはあらへんよ。ほな張り切って交渉といきましょか!」


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