第60話 オッサンたち、衝撃の事実を知る
「事の始まりは三年前。バンガス帝国がトリアゲス王国に送った親善の使者が王国内で謎の死を遂げたところまで遡ります」
セイルが淡々とした表情で言葉を続ける。
「隣国の親善大使が事件に巻き込まれただけでも王国の不祥事ですが、最悪なことに殺された帝国の親善大使は第三皇子マティス殿下でした」
「うわ……皇子様が事故だか事件だかに巻き込まれて死んじゃったんだ? 帝国はめちゃくちゃ怒ったんじゃない?」
「ええ。当然、バンガス帝国皇帝ディートリヒは激怒しました。可愛い息子の死を償わせると宣言して八万にも及ぶ大軍団を編成すると、第三皇子が死亡した一週間後にはトリアゲス王国の国境を突破したのです」
「え、一週間? 軍隊ってそんな早く編成できるもんなんか?」
「八万もの兵を編成し、兵の糧食を準備し、兵を移動させて国境を突破するなど一週間ではほぼ不可能です」
「だよなぁ」
「でも帝国はやってのけた?」
「最初から準備してたんとちゃうの?」
「その可能性も否定できませんが……第三皇子とは言え、血を分けた実の息子を死なせてまで戦争を仕掛けるというのは、ことバンガス帝国の帝室においてはあり得ないと言えるでしょう」
「そうなん? その理由は?」
「バンガス帝国の帝室は血の繋がりを大切にしており、帝国が勃興してから二百年の間、お家騒動が起こったことのない、イレブニア大陸でも希有な家系なんですよ」
「マジか。そらすごいな」
「支配者なんて内ゲバと権力闘争ばかりだと思ってたけど、そうじゃないなんてホントに珍しいね」
「帝室の団結力は凄まじく、それが帝国をこのイレブニア大陸の覇者にしていると言っても過言ではないのです。……とはいえ、カーケーク今代の王ガリウス陛下も部下を大切にする慈悲深き王ですけどね!」
「いきなりどうした」
「そないに(そんなに)王様のことが好きなんや?」
「ええ。
「良い上司が居るとすごくやる気が出るらしいよ? まぁ僕にはそんな上司居なかったから全然共感できない感覚だけどね!」
「切ねえこと言うなよホーセイ……」
「そんなもんオレらも同じやわ……」
理解のある有能な上司を持つセイルを羨ましく思うオッサンたち。
そんなオッサンたちに苦笑しながらセイルは話を続けた。
「バンガス帝国の素早い動きにトリアゲス王国は大混乱に陥ります。組織的な反撃もできない状態に追いやられてしまったトリアゲスの王・フライドはすぐさま帝国に使者を派遣し、王国の非を全面的に認めて謝罪と賠償を行うことを約束しました」
「国のトップが軽々に頭を下げるってのは良くないとは思うけど、それでもかなり素早い対応をしたんやな」
「そうですね。当時の私もフライド王の素早い反応には驚きましたよ」
リューの感想に頷きを返すと、セイルは紅茶を口に含んでから話を続けた。
「ディートリヒ皇帝はフライド王の素早い対応をある程度評価しましたが、殺されたのは自分の息子です。謝罪と賠償を約束されたからと言って収まるはずがない。そこでディートリヒ皇帝はフライド王に
「こーとーってなんだ?」
「こうとう、な。床に頭を叩きつける勢いで謝れやってこと。つまり土下座やな」
「王様相手に土下座要求とか無茶なことさせるなぁ、皇帝さん」
「フライド王が本当に叩頭したのかは定かではありませんが。とにかくトリアゲス王国は帝国との全面戦争を回避できた……というのが三年前の状況です」
「で、それがどうノースライドに繋がるかってのを聞きたいんだよ俺らは。ここまで来て内緒です、とか言わないよな?」
「ご安心を。話を続けますが……一週間という短期間で八万もの軍勢を編成し、攻め込んできたバンガス帝国の実力を目の当たりにして、王国内には議論が巻き起こりました。議論の中心は――」
「帝国に屈するか、抗うか、ってことやろな」
「その通りです。そしてトリアゲス王フライドが選択したのは抗戦でした。バンガス帝国の下風には立たないと宣言し、その後、トリアゲス王国は戦費調達のために増税に次ぐ増税を実施しました。最終的な税率は八公二民」
「八公二民って、収入の八割を税金で持って行かれるってことだよなっ!? エグすぎんだろ!」
「国が国民に死ねって言ってるも同然だね。そんなの国民が黙ってないでしょ」
「はい。各地で反乱が起きましたが全て王直属の近衛隊によって鎮圧されました。トリアゲスは税金の全てを軍備にあて、急速に軍事力を肥大化させていきました。そして一年前。事態は急変しました」
「いよいよノースライドがなぜ攻め込まれたってところに繋がるな」
「国民による反乱が頻発するようになった頃、その事態に危機感を抱いた王弟オードリック殿下がバンガス帝国に内通しました。どうやら重税に喘ぐ国民を救うためには国を売るしかないと考えたようです」
「へ? いきなりぶっ飛んだなぁ。そんなんフライドお兄ちゃんを引きずり下ろして自分が王様になって善政を敷きゃ良かったんちゃうの?」
「確かにその方が筋が通るでしょうが、トリアゲス王国の国民は王家に激しい憎悪を向けていましたからね。王弟が王に成り代わったとして、同じ血を引く王弟を許すことはなかったでしょう」
「国民に完全に見限られたのが分かって国を売ることにしたってわけか」
「あなた方がどう思うかは分かりませんが、私個人としては英断だったと思います。支配者として新たな血を受け入れて自分はその下につく。多少の居心地の悪さはあるでしょうが、地位と命は保証される可能性が高いですし、新しい支配者が相応しくない場合、再び王位に返り咲くことも可能ですからね」
「所詮は命あっての物種か。納得できねえけど」
「みんながみんな、ケンジと同じように生きられるワケやない。オレはその王弟さんの考えも理解できなくはないわ。好きやないけどな」
「僕もリューと同じかなぁ。どうしようもできないことって往々にしてあるしね」
セイルはオッサンたちの感想が終わるのを待って話を続けた。
「王弟オードリックの要請に応じ、帝国は軍を率いてトリアゲス王国に攻め入りました。その侵攻は王弟派の根回しによってスムーズに進み、侵攻から十日も経たない内に王都は帝国軍に包囲されました。ですが事態はここから急変します」
「確かに帝国軍がトリアゲス王都を包囲して勝ちました、ってことじゃ、ノースライドが攻められることは無かっただろうしな」
「フィーっちは確か、ノースライドと同盟を組んでたトリアゲス王国が、バンガス帝国に脅されていきなり宣戦布告してきた……って言ってたやんな?」
「はい。私はそう聞いてます……」
「その報告がされたとき、アタシとクレアも一緒に居たから間違いないわ」
「ええ。騎士団の方が報告してくださいましたわ」
「なるほど……。やはりそうでしたか」
「やはりってどういうこっちゃ? 子爵さんは何か知っとるんか?」
「話を続けていけば自ずと理解できると思いますのでこのまま続けますね」
「頼む」
「バンガス帝国に王都を包囲し帝国軍は勝利を確信したそうですが、そこに王弟が駆け込んできたのです。彼は帝国軍に王の不在を報告しました」
「不在? 王様は王都におらんかったんか」
「ええ。フライド王は王都が包囲されるよりも早く王都を脱出していたそうです。それも近衛全軍だけでなく、フライド王を支持する多くの貴族とその私兵と共に。その数はおおよそ四万人以上だったそうです」
「なるほど。王都を脱出して向かった先は――」
「ノースライドです。ですがノースライドにだって国境を守るために兵が配置されています。普通は戦いになる。そう思いませんか?」
「それはそうだよね……」
「なんか……胡散臭い話になってきたで」
「ああ。嫌な予感しかしねーな……」
セイルの口調に違和感を覚えるオッサンたち。
ケンジは元気付けるようにソファーに座っているフィーの肩に手を置いた。
セイルが何を言おうとしているかを察したのか、フィーは悲しげな表情を浮かべて肩に乗ったケンジの手に自分のそれを重ねた。
「ご主人様……」
「大丈夫だ。何があっても俺たちが居る。だから気を強く持て」
「……(コクッ)」
ケンジの励ましに頷きを返すと、フィーは顔を上げてセイルを見つめた。
「四万もの兵を率いて現れたフライド王はそのままノースライド国境の城塞に接近しました。本来なら城塞側は門を固く閉ざし弓や魔法で応戦するはず。ですが城塞の門は開かれており、フライド王は兵と共に悠々と城塞に入場したそうです」
「……やっぱりか」
「追撃していた帝国軍は城塞に迫ってフライド王の引き渡しを要求しましたが、ノースライド側がこれを拒否。それだけではなく城塞外に伏せていた魔導師が帝国軍に奇襲を加え、損害を重く見た帝国は監視用の部隊を残して軍を退いた――これが私たちカーケーク王国が掴んでいる事の顛末です」
そこで言葉を切ったセイルとは対象的に、ソファーから立ち上がったアリーシャが悲鳴にも似た声を上げた。
「待って……待ってよ! そんなの絶対嘘!」
「ど、どないしたんやアリっち。いきなり怖い声出して!?」
「だってノースライドの魔法師団はお父様が率いているのよっ!? ノースライド王家に忠誠を誓っているお父様が、他の国の軍勢を助けようとする魔導師の存在を許すはずがないわ!」
「一部の魔導師だけが王家を裏切ったとも考えられますの」
「それはそうだけど……」
「……いいえ。残念ながらそれは違います」
「え……」
セイルの否定の言葉に、アリーシャは絶望に満ちた声を漏らした。
「我が国の諜報員が国境を抜けたトリアゲス王国軍の傍に
「それは本当なのか? 見間違いとかじゃないのか?」
「はい。複数の諜報員がその旗の存在を確認しています。残念ながら両団の裏切りは確実です」
「そん……な……」
セイルの言葉にアリーシャは脱力したようにへたり込んだ。
「騎士団の他にもアリっちのお父さんが裏切ってたってワケか……」
「さすがにちょっと予想外だったね……」
「……セイル子爵さんよ。アリーシャのお父さん……その魔導師団? がなんで裏切ったかってのは分かるか?」
「さすがにそこまでは。そもそもご息女が仰るように、宮廷魔導師でありノースライド王国魔導師団の長であるウィンリー・シルバーフォックス殿は、ノースライド王家への忠誠心に富んだ人物です。そんな彼がなぜ国を裏切ったのか……」
「謎やな。なんぞ理由があったんとちゃうか?」
「理由ってどんな?」
「脅されてたとか、弱味を握られてもーたとか」
「……憶測で言っても仕方ねーよ。それよりも今は――」
実父がノースライド王国の滅亡を招いた裏切り者かもしれない――その情報に接したアリーシャが絶望の表情を浮かべていた。
俯き、涙を流すアリーシャの姿に、オッサンたちは声を掛けることができずに立ち尽くす。
それでも無理に言葉を掛けようとしたケンジだったが、フィーの視線に気付いて口を閉じた。
(スマン、フィー。俺らでは役に立てそうにない)
(……大丈夫です。驚きはしましたが、アリーシャはアリーシャ。私にとって大切な大切な親友ですから)
(そう、か。……フィーに任せる)
フィー自身、衝撃の事実の接して動揺していてもおかしくはない。
だが少女は心を強く持ち、しっかりとした眼差しで茫然とする親友の肩を優しく抱き締めた。
「大丈夫。大丈夫だよアリーシャ」
「フィー……でも、お父様が……!」
「うん。でもアリーシャはアリーシャだよ。私の大好きな大好きな親友。だから大丈夫。アリーシャのお父様がどのような人だろうと、私にとってアリーシャは大切な親友で、大切な仲間だから」
「うっ、うっ……うわぁぁぁぁぁぁんっ!」
フィーの言葉を聞いてアリーシャは堰を切ったように涙を流す。
そんな少女の背中を優しく撫でながら、フィーはいつまでもアリーシャの身体を抱き締めていた。
友人たちの姿を見つめていたクレアが微かに首を傾げた。
(クレア、どうかしたのか?)
(……アリーシャさんのお父様の件ですが、わたくしも俄には信じられなくて)
(そりゃどうしてや?)
(アリーシャさんのお父様、ウィンリー・シルバーフォックス伯爵はノースライド国王アレクサンド・ノースライド陛下と幼馴染みの間柄。子供の頃より王と国に忠誠を誓っていた王国の良心とも言われるお方なのです。そのお方が国を裏切ったというのが信じがたく――)
(何か裏がありそうってこと?)
(その可能性を捨てきれない、と言ったところですの)
(今すぐにアリっちのお父さんが王国を裏切った戦犯と決めつけてまうのは、確かに早計かもしれんなぁ)
(子爵さんの話もどこまで信じて良いかは分からないからな。今は何らかの裏切りがあってノースライドが滅ぼされてしまった、ってことだけを事実として受け入れておこう)
クレアの疑問は尤もなことだ――そう考えたオッサンたちは、人づての情報に振り回されすぎないよう改めて警戒することにした。
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