第59話 オッサンたち、大金を手に入れる

 ギルドのエントランスでの騒動が終わったあと、ケンジたちTOLIVESトゥライブス一行は副ギルドマスター・スティムの案内でギルドマスターの執務室へ通された。


「よくやってくれた!」


 執務室に入るやいなや、雷鳴のように轟くギルドマスター・ムトゥの賛辞に一行は思わず耳を塞いだ。


「声、でけぇよ!」


 ムトゥの大音声にケンジたちは抗議するが、ムトゥは悪びれた様子を見せず、機嫌良く笑い飛ばした。


「ガハハッ! 悪い悪い! だがそれだけセカンの街を守れて嬉しいってことだ。多少は許してくれ!」


 白い歯を豪快に見せつけて大口を開けて笑うムトゥの姿に呆れながら、ケンジたちはスティムに促されてソファーに向かった。


 少女たちをソファーに座らせて自分たちはその後ろに陣取ったまま、ケンジはムトゥとその横に座っているセカンの街の領主、セイル・リィ・グラディウス子爵に依頼達成の報告を行った。


「ひとまず報告だ。『水鏡の地下洞窟』にあった瘴気溜まりの浄化をこの目で確認した。これでモンスター大発生スタンピードは無事終了……ってことで良いんだよな?」


「ギルドから現地に確認のための部隊を派遣している。その部隊が戻ってくるまでは確定できないが、まぁ大丈夫であろうよ」


「そうか。なら俺たちに依頼された仕事は完了だな」


「言われた通り、街に被害が出んように頑張ったで?」


「子爵様の要求はこなせたと思うよ」


「そうですね。あなた方は充分……いや、私が思っていた以上の成果を上げ、この街を守ってくださいました。心よりお礼申し上げる」


 そういうとセイルは胸に手を当てる貴族の作法で恭しく頭を垂れた。


「役に立てて良かったよ。街の住民に混乱はなかったか?」


「多少の混乱はありましたが大きな問題はありませんでした。領兵たちも事態の収拾に全力を尽くしてくれていますし、すぐに日常を取り戻すことができるでしょう」


「そうか。そりゃ良かったよ」


 セイルの返答にケンジは安堵の息を吐いた。

 なにせケンジがセイルの街の防衛隊に参加したのは、戦う術を持たない人たちの代わりにモンスターと戦って住民たちを守りたいという想いがあったからだ。


 その想いを成就させることができたケンジが安堵するのは当然だった。


「良かったですねご主人様」


「ああ。これも手伝ってくれたみんなのお陰だ。ありがとう」


「えへへ、お役に立てたのなら良かったです」


「少しでも御恩返しができたのであれば嬉しいことですの」


「それにアタシたちも良い経験が積めたしね」


「おまえら……。改めてありがとうな」


 少女たちの反応にケンジは感謝の言葉を伝えながら深く頭を下げた。


「ところでケンジ。瘴気溜まりに至るまでの報告を頼む。一応、決まりなんでな」


「分かった。スタンピードの防衛をリューたちに任せた俺はフィーたち女の子三人を連れて『水鏡の地下洞窟』に向かったんだ。そこで――」


 ムトゥの要請に応え、ケンジは瘴気溜まり浄化までの流れを報告した。

 地底湖のある広間に到着し、瘴気溜まりから出現した謎のモンスターの話になったとき、それまでケンジの報告を手帳に書き留めていたスティムが疑問を呈した。


「謎のモンスター、ですか?」


「謎なのかどうなのか俺たちには分からんが、とにかく見たことのない姿をしたモンスターだったよ」


「それはどのような?」


 ケンジが記憶を探りながら詳細を報告すると、スティムはメモを取っていた紙にサラサラと絵を描いた。


「こんな感じでしょうか?」


「そうそう! 目がなくて、顔の半分ぐらいあるデカイ口があって、胴体には人間の手みたいなのがたくさんあって、それがワサワサ動いて身体を動かしていたな」


「聞けば聞くほどおぞましい姿だな。恐らく新種の瘴魔なのだろうが、そのモンスターを倒したっていうのか?」


「仲間と協力して何とかな」


「そうか。新種相手によくやってくれたな。改めて礼を言う」


「どういたしまして。……と、まぁ報告はこんな感じだ」


「ありがとうございます。かなり詳細に報告してくださったのでギルド本部に送る報告書も質の高いものになるでしょう」


 そういうとスティムはメモしていた手帳を閉じてムトゥに視線を向けた。


「それで、だ。報酬の話なんだが――」


 そういうとムトゥは応接机の上に書類を置いた。


「ギルドからの提示額が書いてある。これで納得できるなら書類にサインをくれ」


「あー、えー、んー……」


「なんだ? 額に不服があるのか? 多少なら交渉することはできるが」


「いやそうじゃなくてだな」


「実はオレら、読み書きできへんねん」


「だからいつもフィーちゃんに読んで貰ってるんだよね」


「ちと格好悪いが……スマン、フィー。なんて書かれているか教えてくれるか?」


「分かりました! じゃあ読み上げますね!」


 ケンジのお願いに笑顔で答えるとフィーは提示された書類に目を通した。


「ふむふむ……ええと、今回の依頼を受けたことで私たちTOLIVESのパーティーランクが上がるみたいです。Gから……ええっ!? Cまでランクを上げてくれるそうですよ!」


「F、E,D、C……一気に四つもランクが上がるのかっ!?」


「四階級特進とか、オレら別に死んでないのに」


「そのせいで報酬が低いとか?」


「そんなワケあるか! 赤き死の剪刀せんとうと呼ばれる瘴魔リニオグナタを倒したり、スタンピードの最中に瘴気溜まりの浄化を成功させたり、おまえたちのように実力のある者をいつまでもGランクに留めているほうが周囲に悪影響があるんだよ!」


「Bランク以上のパーティーですら達成が難しい高難易度依頼を達成したのです。本来ならばその実力を鑑みてAランクに上げるべきだとは思うのですが……」


「ランクのジャンプアップには条件がいくつかあってな。高難易度依頼の達成実績、ギルドマスターの推薦、それと貴族による推薦が必要になるんだ」


「それやと三階級特進やないの?」


「スタンピードが発生する直前に依頼をこなしただろう? 色々あって処理が後回しになっていたから、ついでに処理しておいたんだよ」


「ちなみに皆様は個人ランクもCランクになりましたから、後で新しいギルドカードをお渡ししますね」


「四階級特進かー。なんだかいまいちピンと来ないねぇ」


「まあな。それよりフィー。続きを読み上げてくれ」


「はい! ええと……後は報酬ですね。ギルドからは金貨三百枚。そして領主であるセイル子爵様より金貨三百枚。あと……えっ?」


「どうした?」


「あの、カーケーク国王ガリウス・ディ・カーケーク陛下より感状と金貨五百枚の報奨金があるそうです」


「王様から? なんでまた?」


「陛下の側近である私の領地がスタンピードによって大被害を被れば、ガリウス陛下と対立している派閥に格好の攻撃材料を与えることになります。


 そうなれば政局は不安定になり国政が滞ってしまう……。

 隣国の情勢が不安定な今、国内の安定に力を注ぎたい陛下にとって、この街を守ってくれたトゥライブスの皆さんはまさに救世主と言えるのですよ」


「それで報奨金をくれたってワケか。だけど本当にそれだけか?」


「ええ、それだけです。深い意味はありませんよ」


 そういうとセイルはにこやかな笑顔を浮かべた。


(どうもこの子爵さんの真意が見抜けんのよなぁ)


(なんか胡散臭いよね)


(子爵って、公侯伯子男で下から二つ目の爵位だろ? そんな下級貴族なのに王様の側近を務めてるんだから何かしらあるのかもな)


(どうする? 王様からの金。素直に貰っておくか?)


(なんか有り難く受け取るのには抵抗あるよねぇ。裏がありそうだし)


(だけど俺たちにはフィーたちを奴隷から解放するって目的があるんだ。金は貰っておくに越したことはねえだろ)


(裏がありそうで裏がナイってことも往々にしてあることやしな)


(なら素直に貰っておこっか)


「ふふっ、ご相談は終わりましたか?」


「まあな。王様からの報奨金、有り難く頂戴しておくよ」


「それは良かった。受け取って頂けてガリウス陛下もお喜びになるでしょう」


「王様にも感謝していると伝えておいてくれ……っていうのは不敬になるかな?」


「いいえ。必ず伝えておきましょう。それともう一つの報酬についてですが……」


「ノースライド王国についての情報も報酬の一部だったな。もちろん話してくれるんだろ?」


「約束ですからね。ムトゥ、お願いできますか?」


「承知しました」


 セイルの問い掛けに頷きを返すと、ムトゥは執務机の引き出しを開けてボタンのついた装置を取り出した。


「スティム。俺はセイル様の話が終わるまで部屋を出られん。悪いがギルド職員への指示を頼む。防諜結界を使うがしばらくはこの部屋に誰も近づけないでくれ」


「分かりました。それでは私はこれで失礼しますね」


 ケンジたちに一礼するとスティムは部屋を出て行った。


「あら。スティムさんが同席するのはマズイん?」


「今から話すのはカーケーク王国の諜報部隊が命掛けで手に入れた極秘情報です。ギルドマスター以外には聞かせられない規則なのですよ」


「極秘情報って……おいおい、なんだかキナ臭くなってきたな」


「そないな重要な情報やのにオレらに教えてもエエんかいな?」


「フィーラルシア殿下が居なければ教えるつもりなどありませんでしたけどね。陛下に許可を頂いているので大丈夫ですよ。では……ムトゥ」


「はい。防諜結界を展開します」


 そういうとムトゥは先ほど取り出した装置のボタンを押した。


「うわっ、すご……一気に魔力が部屋の中に満ちたわ。防諜用の魔道具だったのね、それ」


「そうだ。結界内の音を少しも漏らすことはない、ギルド特製の結界発動装置だ。使用するにはCランク以上の魔石が必要で、コストはバカ高いんだがな」


「へぇ……興味深いですの。分解して中身を調べ尽くしてみたいですわ」


「バ、バカ言うな。この魔道具を作るのにいくら掛かってると思ってんだ。分解なんてさせるかよ」


「むぅ。残念ですの……」


「勘弁してくれ。……セイル様、準備整いましたよ」


「ありがとうムトゥ。では皆様にお伝えいたしましょう。


 フィーラルシア殿下が国を捨てて逃げなければならなくなった原因の一つ。

 ノースライド紛争が起こった本当の経緯を――」


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