第58話 オッサンたち、怒りを晴らす
「後衛、回復職は前線の重戦士たちを回復! アタッカー陣は三人一組を維持してモンスターの処理速度を上げていってや!」
「おう!」
戦場に響くリューの声に冒険者たちが反応を返す。
いつのまにか防衛隊全体の指揮を担当することになったリューは、左右に視線を配りながら声を張り上げて的確に指示を出していた。
「後衛、魔法職の人間は一撃でモンスターを倒そうとしたらアカン!
消費魔法力の低い攻撃魔法でチクチク攻撃すりゃエエ!
モンスターの態勢が崩れればあとはアタッカーが始末してくれるさかい、今は威力より手数で前衛をフォローや!」
「リュー殿! 右翼が飛行型のモンスターに手こずっている。手を貸してほしい」
『疾風団』所属の
「ほな弓士は右翼に移動して援護したってんか(援護してあげてください)!」
「分かった!」
「ダビットさん、左の様子もついでに見てきてくれへん?」
「わ、分かった。だが少し待ってくれ。息を整える」
「ずっと走りっぱなしでスタミナ厳しいよな。ダビットさんには『スタミナアップ』の支援魔法を掛けとくわ」
「これは……すごいな。身体の奥から力が湧いてくる。今しばらくは走り回っても大丈夫そうだ」
「ダビットさんのお陰で戦場全体の様子を把握できて助かってるんや。しばらくは大変やと思うけど、よろしゅう
「それが俺の仕事だからな。気にしないでくれ」
「いぶし銀やな……かっこええでホンマ」
「ふっ……」
リューの賞賛の言葉にダビットは微笑を零した。
「モンスターの出現が減少傾向に入っとる。左翼にはちょっとずつ中央に近寄るように伝えておいて」
「承知した。では行ってくる」
そういうとダビットは左翼に向かって走り去った。
「ホーセイ! 前線、耐えられるか!」
「モンスターも減ってきてるし余裕だよー!」
「いや余裕なもんか! もう盾を構える体力もねえよ!」
ホーセイの台詞に前線で的になっている重戦士たちが抗議の声を上げた。
「えー、もう? だらしないなぁ」
「ほんなら『スタミナアップ』の支援したるわ。
……ほい、これでまだまだ盾を構えてモンスターの攻撃を防げるやろ?」
「ちょ、そういうことじゃねえよ! 少しは休ませろって言ってんだよ!」
「休むのは後でもできるでしょ。今は盾を構えてモンスターの攻撃を防ぐのが僕たちの仕事だよ。ほら【
「こんの鬼畜マッチョがぁぁぁぁ!」
前線を張る冒険者たちの罵倒をホーセイは涼しい顔で聞き流す。
「タンクが敵を引きつけ、アタッカーが敵を倒す。このやり方が一番効率が良いんだから文句言わないで盾を構える!」
周囲の冒険者たちを叱咤激励しながら、ホーセイはお手本とばかりに突進してきた猪型モンスターの攻撃を真っ正面から弾き返した。
「筋肉! 筋肉! 筋肉は全てを解決する! 死にたくなかったらスタンピードが終わった後もしっかり筋肉を育てよう!」
「なんの宗教やねん」
「マッスル教だよ。筋肉を信じるものは筋肉に救われるんだ。肉体も精神もね!」
「暑苦しっ」
モンスターと対峙しながら軽口を叩き合うオッサンたち。
そこへケンジからパーティーチャットが届いた。
「おっ! ケンジが瘴気溜まりの浄化に成功したみたいやで!」
「だったらこのスタンピードもそろそろ終わりかぁ」
「せやな。目の前のモンスターを倒せば終わりや」
「結構楽しかったね」
「まぁオレらにとっては久しぶりの防衛レイド戦やったしな。ユグドラシルファンタジーやと、この十倍の規模やったけど」
「他のクランと協力して戦うのがレイド戦の基本だったしね。色んなビルド構築の人が居て見てて面白かったなー。またやりたいね」
「ユグドラシルファンタジーの方やったらな。こっちの世界のレイド戦はもうしばらくは勘弁や。リスポーンできるワケやないこの世界で、これだけ大人数のIGL《インゲームリーダー》(ここでは戦闘時の指揮官の意味)はしんどいわ」
ホーセイに応えたあと、リューは戦場の冒険者たちにも聞こえるように大きく声を張り上げた。
「みんな、モンスターの出現も少なくなってきとる。多分あと少しでスタンピードは終わりや! 変に張り切って命を落とさんように、慎重に頑張ろうな!」
スタンピードの発生源が封印できたと伝えるワケにも行かず、リューは適当に誤魔化しながら周囲の仲間に情報を共有する。
そんなリューの声に戦場のあちこちから冒険者たちの歓声が上がった。
安堵したような表情を浮かべながらも、リューの注意に従って冒険者たちは慎重に立ち回る。
やがて――セカンの街を襲ったモンスター
『水鏡の地下洞窟』から戻ってきたケンジはリューたちと合流し、セカンの街へ凱旋を果たした。
冒険者たちが街の住民から盛大な賞賛を受けるなか、ケンジたちは依頼達成の報告をするためにギルドへ急ぐ。
大混雑の大通りをすり抜けギルドの扉をくぐると、ギルドは生還した冒険者たちでごった返していた。
「よぉケンジ! 無事に戻って来られたんだな!」
「おうザザン! あったり前じゃねーか! そう簡単にくたばってたまるかよ!」
防衛戦で合同パーティーを組んでいた『疾風団』のリーダー・ザザンの歓迎を受けたケンジは、互いに固い握手を交わした。
「モンスター
「言うほど簡単じゃなかったけどな。だけど俺たちを信じてザザンたちが背中を守ってくれてたんだ。だったら意地でもやり遂げるしかねーだろ?」
「けっ。格好つけやがって。だがその考え方、嫌いじゃないぜ?」
「ははっ、ありがとよ。改めてお互い無事で良かった」
「おうよ」
ニヤリと笑みを交わすオッサン二人。
そんなオッサンたちに近付いてくる人影があった。
カインだ。
「おいオッサン!」
「あん? おお、カイン君か。どうやらおまえも無事だったみたいだな」
「はんっ、あの程度の戦闘で俺がくたばるかってんだよ」
「そうかそうか。で、何の用だ?」
「……」
ケンジの問い掛けにカインは口を噤んだ。
そんなカインを見て傍に寄り添っていたダリアとレイネが、カインの背中に手を添えながらカインを優しく励ます。
「ほら、カイン。ちゃんと伝えるって決めたでしょ」
「カイン様、一緒に頑張りましょう」
二人の女性に促されたカインは顔を上げてケンジの顔を真っ直ぐに見つめ、意を決したように口を開いた。
「その……色々と絡んで悪かったよ! 正直、すまんかった」
「はっ、ははっ……! なるほどなるほど。それがおまえなりの謝罪ってワケか」
「そうだよ。絡んだのは悪かったって反省したんだよ。なぁ許してくれんだろ?」
ケンジが笑いを零したことで安堵したのか、カインは肩の力を抜くと笑顔を浮かべながらケンジの肩を叩いた。
そんなカインに対して、ケンジはニコニコと笑顔を浮かべながらリューとホーセイに問い掛けた。
「……なぁ。もう良いよな?」
「防衛戦も終わったし
「僕たちの分も存分にやっちゃって」
「任せろ」
賛同を示すオッサンたちに頷きを返し、ケンジは肩に乗ったカインの手をゆっくりと離させると笑顔を浮かべたまま話しかけた。
「なぁカイン君よ。おまえ、ちょっと歯ァ食いしばれ」
「あんっ? オッサン、何言って――」
「そんな雑な謝罪で許せるワケねーだろうがぁーーーーーーーーーっ!」
怒気を孕んだ声をあげると、ケンジはカインの顔面に向けて強烈な右ストレートを放った。
「ぐぇっ!?」
完全に油断していたカインにクリーンヒットしたケンジの拳は、青年の身体をギルドの壁まで吹っ飛ばした。
「きゃあっ!?」
「カ、カイン様ぁっ!?」
床に崩れ落ちたカインを見てダリアとレイネが悲鳴を上げながら青年に駆け寄った。
ケンジはそんな二人に女性を追い抜くと、壁に激突して床に崩れ落ちたカインに歩み寄った。
「ひ、ひぃ!? く、来るなぁ!」
「うるせえ」
怯えた声を上げたカインを一喝すると、ケンジは頬を腫らした青年の襟元を掴んで顔を近づけた。
「狭い洞窟の中、追ってきた大量のモンスターを見ず知らずのパーティーに擦り付けて自分だけ逃げるってのはなぁ、やってることは通り魔殺人と同じなんだよ。
てめぇのせいでウチの可愛い娘たちが危険に晒されたんだ。
それを誠心誠意謝るってんなら話は別だが、なんだぁ? さっきの謝り方は」
襟首を掴んだ拳に力を籠めると、ケンジは床に伏していたカインを持ち上げた。
「てめぇが
あげく自分の悪かったところを受け止めもせずにまともな謝罪ができないなんざ、人として失格なんだよ」
ケンジは持ち上げたカインの身体を壁に叩きつけた。
「洞窟内でモンスターの大群から逃げているときの取り決めだって、ギルドルールとして設定されてるってスティムさんは言ってたよな?
冒険者は常に命の危険があって、そんな冒険者の生命を守るためにギルドはルールを決めてくれてるんだ。
そのルールが守れないのなら冒険者なんて辞めちまえ」
怒りを堪えるような低い声がケンジの怒りの深さを物語っていた。
「誰も彼もがてめぇのために居ると思うな。誰も彼もがてめぇを本気で認めていると思うな。誰も彼もがてめぇのことを簡単に許すと思うな。
筋を通すこともできねぇ奴がイキがってんじゃねえ!」
怒りの籠もった声でカインを叱りつけると、ケンジは再び右手を振り上げた。
だが――。
「ケンジさんストップです! そこまでにしてあげてください!」
ケンジの右手が振り下ろされる直前、ギルドの中に制止の声が響いた。
それはギルド受付嬢であり、サブギルドマスターのスティムの声だった。
「ケンジさんのお怒りはごもっともだと思います。
ですがこれ以上の暴力はあなたに取っても良い結果に繋がりません。
許してあげてほしい、とは言いません。
少しでも怒りを発散できたのならそこまでにしてあげてください。
どうか命まで取らないであげてください」
「い、命ぃ!? さすがにそこまでは考えてねーよぉ!?」
「くははっ! 顔面反社勢力のケンジがガチギレしてるのを見たら、普通の人なら殺されるって思ってまうてぇ!」
「失礼な。ガチギレしてたのはその通りだが、さすがに命まで取ろうなんざ考えてねーよ……」
「僕たちは付き合いも長いから分かるけどさ。落ち着いて周囲を見て。みんなにドン引きされてるよ」
ホーセイに促されて周囲に視線を向けると、祝勝ムードだったギルドはシンッと静まり返っていた。
「あー……悪いな。ずっと我慢していたことが爆発しちまって祝勝ムードに水を差しちまった。空気が読めなくて本当にスマン!」
言いながらケンジは冒険者たちに向かって深々と頭を下げた。
「お、おう。まぁその、なんだ。モンスターの大群を擦り付けられたケンジには怒る権利はあると思うぞ。それに今回ばかりはカインの自業自得だ」
ケンジを擁護するように応えると、ザザンはTOLIVESのメンバーに向かって頭を下げた。
「俺たちオッサン冒険者たちもカインの増長を止められなかった責任がある。セカンの街の冒険者の代表として俺からも謝罪するよ。すまなかった」
「ザザンが謝ることじゃねーだろ?」
「それでも先輩として後輩を適切に指導できなかったんだ。責任の一端はセカンの街に所属する俺たちオッサン冒険者にもある」
「そう思うなら次からはしっかり指導してやってくれ。このままじゃカイン君や他の若手冒険者たちが、ルールを守らないダメ冒険者になっちまうぞ」
「ああ。これからはギルドと二人三脚で若手を指導していくさ。どれだけ煙たがられようと、大人の責任を果たすためにな」
「はい。私たちギルドももう少し冒険者さんの状況に気を配ります」
「……ま、俺らは流れ者みたいなもんだ。後のことは任せるさ」
そういうとケンジは大きく息を吐いた。
「これぐらいで済ませちまって良いか?」
「ケンジの気が晴れたんやったらそれでエエよ」
「あの右ストレートには確かに僕たちの怒りも乗っていたと思うしね」
「正直、スッとしたわ」
「ケンジ様を怒らせると怖いということを学びましたの」
「そ、そんなことないよ! ケンジ様はとっても優しいご主人様だよ!」
ケンジの怒った姿を初めて見た少女たちは、だが普段と少しも変わらない様子でケンジのことを受け入れていた――。
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