第56話 オッサンたち、強敵を瞬殺する
ケンジがスタンピードの最前線に戻ってくると、リューが苦笑を浮かべながら出迎えた。
「若者への説教、お疲れさんやったなケンジ」
「説教じゃねーよ! 俺なりのアドバイスだアドバイス」
「オッサンのアドバイスなんざ若者にとっては説教と同じやで?」
「……マジかよ。親切なアドバイスのつもりだったんだが」
「オッサン親切、余計なお世話って若者言葉知らんのか? 説教マジ乙。老害死ね、価値観押しつけハラスメントって言われるのが関の山やろ」
「マジかー……まぁそう思うならそれでも良いさ。俺は偽らざる本音をぶつけただけだし、どう受け取るかは本人次第だ」
「言いっぱなしジャーマンか。まぁええけど。それよりケンジ。そろそろ『水鏡の地下洞窟』に向かう準備、始めておいた方がエエんちゃう?」
「今、俺らが抜けて大丈夫なのか?」
「厳しいとは思うけど、それでもやらんとアカンことやしな。オレとホーセイで何とか
「二人が揃って居れば何とかなると思うが……中央部隊の冒険者たちがリューの言うことを聞くかどうか……」
「散々、実力を見せつけたし、まぁ何とかなるやろ。それに、ほら見てみぃ」
「あん?」
リューが指差す方に視線を向けると、そこには女性二人と連携してモンスターと戦うカインの姿があった。
「へえ、もう立ち直ったんだな。へっ、なかなか気合い入ってる男じゃねーか」
「それでオッサンの説教が効いたーとか勘違いしたら、妖怪居酒屋説教大好きオジサンになってまうから気ぃつけよ?」
「怖すぎんだろ。そんな勘違いするもんか」
リューの指摘にケンジがブルッと身震いしていると、戦場に絶望にも似たどよめきが広がった。
「何があった!?」
「来た、来たんだよ災害級モンスター! 赤き死の
「それも三匹も居るぞ! あんな文献にしか載ってない災害モンスター、どうやって戦えば良いんだよ!」
赤き死の剪刀――瘴魔リニオグナタの姿に、冒険者たちの間に動揺が走る。
「この状況、放置するのはマズイぞ、リュー!」
「わーっとる! 重戦士系の冒険者たちはホーセイの下に集合や! ちょっとばかしオッサンたちは抜けるから、その間、戦線の維持は頼むでぇ!」
「抜けるって……逃げるんじゃねーだろうなぁ!」
「アホ抜かせ、誰が逃げるかい! ビビッてイモひいとるあんたらの代わりにリニオグナタと戦ったる言うとるんじゃい!」
「ま、マジかよ。災害級モンスターに挑むなんて頭おかしいんじゃねーの?」
「誰かがやらんとアカンやろがい。グチャグチャ言うとる暇があったら、オレらに協力せんかい!」
「わ、分かったよ……!」
リューの一喝に文句を封殺された冒険者が、戦場のあちこちに声を掛けて重厚な装備に身を包む者たちを集めた。
集まった重戦士たちにはホーセイが指示を出した。
「じゃあ僕たちはリニオグナタの相手をするので、しばらく前線の敵をキープしておいてくださいね」
「そ、それは了解したが……本当に俺たちで出来るのか?」
「大丈夫ですよ。ウチには優秀な支援職が二人も居ますし。みんながモンスターの攻撃に耐えられるように支援魔法で援護しますから」
「支援魔法ってさっきから使ってくれてるやつだろ? その魔法のお陰で俺たちはモンスターと互角以上に戦えてる。ありがたい限りだぜ」
「それなら何とかなりそうか。分かった。あんた一人に任せきりなのも悔しかったところだ。俺らも頑張ってやるさ!」
「頼りにしてます。じゃあ今から皆さんに敵のヘイトを集めますから頑張ってくださいね。なぁに二百か三百そこらのモンスターが一斉に襲いかかってくるだけです」
「……………………え」
「支援魔法の援護があれば平気平気。それじゃ早速。【
【なすりつけ】は盾職アーツの一つで、自分が今までに稼いだヘイトの半分の数値を他者に付与するアーツだ。
「なんだ、今の……って、ちょ、ちょっ、ちょーっ!? モンスターの大群が一心不乱にこっちに来てるぞ……!」
「皆さんにヘイトを集めましたからね。じゃああとはよろしく!」
「よろしくって……く、くっそーっ! やってやる、やれば良いんだろやれば!」
重戦士たちが焦ったように盾を構える。
その姿を確認するとホーセイはすぐにケンジたちに合流した。
「お待たせ」
「ホーセイ、おまえやることエグすぎ」
「僕一人でも充分やれていたんだし、たかが二百や三百程度のモンスターの攻撃を受け止めるぐらいワケないでしょ」
「んな訳あるかい! チーターのオレらと比べたら可哀想すぎるわ。クレアっち、重戦士のやつらには防御アップ系支援を厚めにしたってや」
「分かりましたの! 【ディフェンスアップ+】!」
リューの指示に従ってクレアがすぐに支援魔法を発動する。
「これでしばらくは保つやろ。ほなオレらはさっさとリニオグナタを討伐しよか」
「初めての戦闘の時は装備が整ってなかったが、リュー製の高性能装備がありゃ余裕だろ」
「そう願いたいところや」
「じゃあ準備は良い?」
「おう! 行くぞみんな!」
ケンジの号令一下、TOLIVESのメンバーが一斉に駆け出した。
狙うは三匹同時に出現したリニオグナタだ。
地面を蹴って一気に距離を詰めたあと、三匹がアーツの効果範囲に入るようにホーセイが素早く位置取りを決めた。
「【
ホーセイが盾職アーツを発動すると、三匹は一斉にホーセイに狙いを定めて突進してきた。
ホーセイは慌てず騒がず、落ち着いた様子で防御力アップ用の盾職アーツやスキルを発動して戦闘準備を進める。
やがてホーセイは三匹のリニオグナタに接敵した。
「さぁ来い!」
盾を構えたホーセイにリニオグナタが強烈な横薙ぎを見舞う。
だが――。
「ははははっ! 貧弱貧弱ぅ!」
巨体から繰り出される強烈な横薙ぎを食らいながら、ホーセイは微動だにせずその攻撃を受け止める。
「ユグドラシルファンタジーサービス開始から、僕はずっと盾職一筋の生粋のタンカーなんだ。そう簡単に沈められると思わないでよね!」
猛攻を全て真っ正面から受け止めながらも、ホーセイにはダメージを食らった様子はなかった。
リニオグナタの攻撃力をホーセイの防御力が上回っている証拠だ。
「ヘイト稼ぎは僕に任せてケンジもアリーシャちゃんも存分に攻撃しちゃって!」
「おう!」
「了解したわ!」
ホーセイの要請を受け、ケンジたちは攻撃に転じた。
「オッサンスラーーーーーッシュ!」
ホーセイに集中するリニオグナタの側面に剣技アーツを発動するケンジ。
剣から放たれた衝撃波が命中すると、リニオグナタの脇腹が切り裂かれ、青黒い体液が噴出した。
「うへぇ! やべぇ色してんな!」
返り血を浴びないように位置取りを替えながら、リニオグナタに攻撃を続ける。
一方、アリーシャは――。
「ねぇ! アレ、使って良いー?」
「アレってアレか。エエけど
「クレアに支援して貰えばたぶん大丈夫! それに新しく作ってくれた武器の威力、試してみたいの!」
「うーん、しゃーないな。せやけど最低ランクのやつしか使ったらアカンで! どれほどの威力が出るのか分からんねんから!」
「分かってる!」
リューの許可を得て嬉しそうに笑顔を浮かべたアリーシャが、手にした杖をリニオグナタに向けた。
そして――。
「【ノヴァ】!」
【ノヴァ】は最上級魔法スキルの一つ。
超高温の炎球を爆発させて敵を焼き尽くす強力な炎系魔法スキルだ。
アリーシャが魔法スキルの名前を口にした瞬間、魔法が発動し、杖の先にピンポン球ほどの炎球が出現した。
「えーーーーーいっ!」
アリーシャは出現した炎球を気合いの声と共にリニオグナタに投擲した。
ターゲットに向かって空中を真っ直ぐに飛ぶ小さな炎球。
その炎球がリニオグナタに接触した瞬間、周囲の空気が高温に熱せられた。
「あ、あ、あ、ヤバイ! こりゃヤバイ! 思った以上の威力になっとる!」
状況を察知し、リューは慌てて距離を取る。
「これ、ちょっとマズイよ! フィーちゃん、クレアちゃん僕の後ろに!」
「は、はい!」
「分かりましたの!」
ホーセイの指示にすぐさま反応し、少女たちは大男の背中に隠れた。
だがリニオグナタと接近戦を演じていたケンジだけは反応できず、熱風に巻き込まれてしまった。
「ちょ、なにがどうなってんだ……えええーーーーーーーーーーーっ!」
小さい炎球はリニオグナタに触れると加速度的に膨張し、息つく間もなく大爆発を起こした。
爆発は大気が震動させ、超高熱が大地を焼き払い――発生した衝撃波が後方で乱戦状態だったモンスターと冒険者たちをも吹き飛ばした。
「あっぶな……っ! ホーセイ! フィーっちたちは大丈夫やろな!?」
「大丈夫! 盾職最強のスペシャルアーツ【インヴィンシブル・フォートレス】を発動したから、僕の背後に居たフィーちゃんもクレアちゃんも、元々後衛に居たアリーシャちゃんも全員無傷で済んでるよ!」
「あの
「タンクをやり始めて長いからね。反射的に【アーツ】を使えなくちゃ一人前の盾職とは言えないよ。だけどケンジは?」
「【ノヴァ】はフレンドリファイア無効の魔法スキルやからリニオグナタに近接戦闘仕掛けてたケンジは多分、モロに食らってもーとるやろ。人外ステータスでダメージは軽減しとるやろけど……」
あちこちから煙の上がる焼け野原に視線を巡らせると、爆心地より離れた場所にケンジの姿を発見した。
「痛てててて……なんちゅー威力だ……」
身体を煤で汚したケンジがフラフラと立ち上がる。
そんなケンジの姿を見て、フィーが一目散に駆け寄った。
「ケンジ様、ご無事で良かったです……! あの、すぐに回復しますから少しだけ我慢してください!」
ケンジの負傷具合を丁寧に確認したフィーが、すぐに魔法を使ってケンジの怪我を回復させる。
「すまん。ありがとな、フィー」
「ご無事で良かったです、ホントに……」
フィーは目元に涙を浮かべながらも健気に笑顔を浮かべて主人の無事を喜んだ。
「おい、アリーシャ! ちっとやり過ぎたぞ! 三匹のリニオグナタが素材も残さず蒸発しちまったじゃねーか!」
「こ、こんなにすごい威力だとは思わなくて……ごめんなさい!」
「アリっちを叱らんといたって。使用許可を出したんはオレやから。オレからも謝るわ。すまん。まさかここまでの威力が出るとは想像してなかってん」
「無事だったから良いけどよ。で、威力アップの原因は?」
「思っていた以上に武器の性能が高かったってのが一つ。
あとは魔法威力アップやら魔力操作のアビリティを取得してもらったんやけど、そのとき取得させた精霊魔法系のアビリティが関係しとるんやと思うわ」
「精霊魔法?」
「アリっちが精霊魔法を使ってみたいって言っとったからな。
そんとき(そのとき)はまず火系統の魔法の使い方に熟達してもらおうと思ってダメって止めたんやけど、アビリティコンボを試すために【精霊の恩恵】ってアビリティだけは取得してもらってたんよ」
「そのアビリティってどんな効果なんだ?」
「属性魔法に精霊の恩恵が施されるっちゅー精霊魔法使いの必須アビリティや。
精霊魔法の威力アップ用のアビリティやな。
ユグドラシルファンタジーの魔法職は必須アビリティが多くてスキルポイントが足らんから【精霊の恩恵】を取得することは不可能やったんやけど、今のオレらにその問題はないからお試しで取得させてん。
で、それが狙い通り、精霊魔法だけやなくて普通の属性魔法にも効果を発揮したってのが事の真相やと思うわ」
「それであの威力って訳か……」
「なかなか良いアビリティコンボになって良かったわ」
「威力が上がるのは良いけど、コントロールできなくちゃ意味なくねーか?」
「そこはまぁこれからの課題やな」
「練習しなきゃ使いこなせないってのは道理か。アリーシャ、これから大威力の魔法を使うときは先に声を掛けてくれると助かる」
「お、怒らないの?」
「怒る必要あるか? 状況は充分理解しているだろうし、リニオグナタを瞬殺できたのはデカイ。だけど俺たち以外の近接職が巻き込まれたら確実にヤバイから、次からは気をつけてくると助かる」
「う、うん。分かった。次からは気をつけるわ!」
「おう。アリーシャのお陰でリニオグナタを瞬殺できた。ありがとな」
「……ふ、ふんっ、と、当然よ当然。アタシの力、こんなものじゃないもの!」
「そうかそうか」
「微笑ましいねえ」
「ツンデレはこうやないと」
アリーシャの態度にオッサンたちは生暖かい微笑みを浮かべる。
「――って和んでる場合やないわ。ケンジ、『水鏡の地下洞窟』に行ってモンスター
「おう。フィー、アリーシャ、クレア! 心の準備はできてるか?」
「はい!」
「もちろんですの」
「当然よ!」
「俺たちはこれから『水鏡の地下洞窟』に向かって全力ダッシュだ。道中、クレアは『スピードアップ』と『スタミナアップ』のバフを切らさないようにしてくれ」
「了解ですの!」
「フィーもスタミナ回復をかけ続けることになる。MPの残量は充分か?」
「えっと、大丈夫です!」
「アリーシャはMP回復のために待機だ。洞窟に到着してもしばらくは戦闘に参加しなくていい。援護が欲しいときは言うから俺の指示に従ってくれ」
「うー、アタシだけまた待機なの、納得いかないんだけど!」
「そう言うなよ。さっきの【ノヴァ】の威力を見れば、アリーシャを切り札にするのは当然の判断だ。ジョーカーを切るべきタイミングまでは温存しておきたい」
「むぅ。分かったわよ……」
ケンジの説明に不承不承、頷きを返すアリーシャ。
そんなアリーシャの反応に苦笑しながら、ケンジはリューたちに声を掛けた。
「じゃあ行ってくる」
「おう。あんじょう気張ってきぃや(しっかりがんばってきてね)」
「こっちのことは僕たちが支えるから安心して。だけど時間が掛かれば掛かるほど支えきれなくなるってことも忘れないでよ」
「分かってる。最速でクエストクリアしてやるさ」
そういうと三人は無言で突き出した拳を合わせた――。
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