第55話 オッサンたち、イケメンの尻を叩く

 モンスター大発生スタンピードの第三波が押し寄せる。


 モンスターの中には瘴気によって変異したモンスターが存在し、通常個体とは全く違う強さを持つその変異モンスターによって、防衛戦に参加している冒険者たちは苦境に立たされていた。


 そんな中、右翼でモンスターたちを押し戻していたケンジとホーセイ、そして左翼で冒険者たちの支援を行っていたリューは、モンスターに押し切られようとしている中央の防衛隊を救うために駆けつけた。


「【挑発タウント】!」


「【ソーンバインド】!」


「オッサンスラーッシュ!」


「ファイアーボール!」


「【オールステータスアップ+】ですの!」


 中央部隊に合流したケンジたちは、冒険者を襲う変異森狼の群れに向かって一斉攻撃を仕掛ける。


「怪我をしている方はこちらに来て下さい! 回復します!」


「あ、ありがてぇ……頼むよ、お嬢さん」


「はい! 任せてください!」


 フィーは若い冒険者の傍に近寄ると、森狼の爪に深々と切り裂かれた腕に手を添えて回復魔法を発動した。


「【ヒール】!」


 フィーが【スキル】を発動すると、掌から溢れ出した白い光が冒険者の腕を包み込んだ。


「すっげえ……もう治ってる……は、ははっ! やった! 傷がなくなってる!」


「あっ! そんなに急に動いちゃダメです! 怪我が治ったとしても失った血は戻っていませんから。安静にしていてください」


「そうは言ってられないよ。だってみんな戦ってるんだから。怪我が治ったんなら俺も戦うさ!」


 そういうと若い冒険者は再び戦いの輪に飛び込んでいった。


 その若者の後ろ姿を心配そうに見送っているフィーの下へ、次から次へと新たな怪我人がやってくる。


「フィーっちはそのまま冒険者たちを回復したって!」


「はい!」


「ホーセイ、【戦士の咆哮ウォーリアーハウル】のCTクールタイムはどうなっとるよ?」


「いつでもいけるよ!」


「ならソッコーでぶっ放したってや!」


「了解! 【戦士の咆哮】!」


 ホーセイが盾職アーツを使用すると効果範囲内のモンスター(戦場にいるモンスターの七割強だ)がホーセイめがけて突進してきた。


「う、うわぁぁ! モンスターが一斉にこっちに向かってくる!?」


「動揺しなくていい! こっちにやってくるモンスターは俺たちが受け持つ! 中央の冒険者たちは他のモンスターを頼む!」


「頼むって言われたって、こいつらめちゃくちゃ強いんだよ!」


「強いんだったら三人、四人で適当にチームを組んで一体に当たれば良い! 生き残りたいなら気張ってやれよ!」


「わ、分かったよ!」


 ケンジに発破を掛けられた若者が近くの冒険者たちに声を掛け、あちこちで四人一組の簡易パーティーが形成され始めた。


「ケンジとオレが攻撃役アタッカーを務めるわ。クレアっちは他の冒険者たちを支援したってや」


「ご主人様方の支援はどうするんですの?」


「そこはオレの方でやるから心配せんでエエよ。余裕があれば距離レンジコントロールも頼むで!」


「な、何とかやってみますの!」


「大丈夫、クレアちゃんならきっとできるから!」


「はい、頑張りますわ!」


「アリっちはファイアーバレットを連発して数を減らすことに専念や!」


「分かった!」


「フィーっちはそのまま回復に専念!」


「了解です!」


「ほんならこれで役割分担完了やで!」


「よし! 三人でのレイド戦は久しぶりだが、一丁、ぶちかますか!」


「まずは景気づけや! 【リインフォースエリア】!」


 リインフォースエリアは発動地点から円形に全ステータスバフエリアを展開する支援職のアーツだ。


 先ほどクレアが発動した【オールステータスアップ+】より上昇量は低いが効果時間が長く、何より重ねがけが出来る。


 ホーセイを基点として発動したアーツの恩恵は、最前線で戦うオッサンたちのステータスを大幅にアップさせた。


 更にそこにケンジが持つユニークアビリティ【指揮】のバフが乗れば、オッサンたちの力はこの場にいる誰よりも遥かに強くなる。


「全力全開、最速でモンスターを処理していくぞ!」


「せやな!」


 声を上げると同時に二人はモンスターの大群に突撃した。


「おおぅ、敵、敵、敵のオンパレードだな!」


「変異種がぎょうさんおるわ。森狼はほぼ全て変異しとる。ケンジ! オレらは変異モンスターを優先すんで!」


「おうよ! 先にやるぜ! 【ソニックウェーブ】!」


 【ソニックウェーブ】は剣身から衝撃波を放つアーツだ。

 発動者を基点に扇形の効果範囲を持ち、三メートル先まで衝撃波が届く。


 ケンジがアーツ名を発音しながら剣を横に振り払うと、剣身から放たれた衝撃波が前方の変異森狼、数十匹をまとめて両断した。


「うひょーっ! すげぇ威力だ!」


「新装備の威力もあるやろけど、オレのバフとケンジの【指揮】のバフが乗っとるからな! 人外ステータスでアーツを使えば、そら(それは)すげぇ威力になるのは当然や! その調子でモンスターを吹っ飛ばしていってや!」


「おうよ!」


「オレもケンジに負けんように……と!」


 ケンジの活躍を見たリューが対抗心に火を付けた。

 敵集団に向かって駆け寄ると集団の中心に向かってジャンプする。


「【グラウンドスマッシュ】!」


 剣技アーツの名を叫ぶとジャンプして滞空していたリューの身体が大地に引き寄せられるように激突し、剣から周囲に衝撃波が放たれた。


 衝撃波は地面をえぐり、周囲を巻き込んで大爆発を起こす。

 暴走していたモンスターたちが大爆発に巻き込まれたことで侵攻の勢いが落ちた。


「うはっ、グラウンドスマッシュなんて囲まれた時に使う、どちらかと言えば防御よりのアーツなのにそこまで威力が出るんだな」


「RPGはレベルを上げてステータス差で殴るのが正義やからな! とにかく敵はめっさ多いんやし、テキパキ処理していくでー!」


「おう!」


 オッサンたちは声を掛け合いながらモンスターを処理していく。

 そんなオッサンたちの活躍によって、圧倒的な数で押し潰そうとしていたモンスターの勢いが落ちてくる。


 それでもオッサンたちは手を抜かず、モンスターの大群に対して全力でぶつかり、敵を次々と撃破していった。


 変異モンスターをオッサンたちが受け持つことで余裕ができた冒険者たちは、通常個体のモンスターに狙いを定めて危なげなく処理していく。


 モンスターの攻勢に崩壊寸前だった戦線が、オッサンたちの活躍によって再び力を盛り返した。


「す、すげぇ……なんて強さだよ、あのオッサンたち……」


 そんなオッサンたちの姿を見て、カインの取り巻きの若者たちが唖然とした声を漏らしていた。


「なぁ、ギルドマスターたちってあのオッサンたちの本当の強さを知っていたからじゃないのか?」


「じゃあ本当ならオッサンたちを中心に防衛をするつもりだったのに、カインのせいでオッサンたちは右翼に回されたってことか……?」


「あのオッサンらが最初から中央にいれば、ここまで押し込まれることもなかったんじゃないか……?」


 あちこちから聞こえてくる声は無形の刃となってカインの心に突き刺さる。


「おおい! おまえらいつまでグチグチ言ってんだ! 俺たちだけに任せるんじゃねーよ!」


「防衛戦は全員の協力が必要なんや。立ち止まって愚痴をこぼす前にさっさとモンスターを排除してんか!(してよ)」


「あ、はい! すみません! おいみんな行くぞ!」


「おう!」


 オッサンたちの声に従い、若い冒険者たちはモンスターに立ち向かっていく。

 だがその間もカインは剣を下ろしたまま戦場に佇んでいた。


「カイン……」


 そんなカインにダリアとレイネの二人がそっと寄り添う。


「俺が……俺があんなオッサンどもに助けられるなんて……っ!」


 モンスターの攻撃に圧倒されて押し込まれようとしていた状況が、オッサンたちがやってきたことで戦況が一気に好転した。


 自分ではできなかったことを見下していたオッサンたちが成し遂げる――そのことがカインのプライドを傷付ける。


 心の奥底から湧き上がってくる悔しさにカインは歯を食いしばる。

 そんなカインに向かってオッサンが声を掛けた。


「おい! おまえ、確かカインだったか。中央部隊のリーダーはおまえなんだろ! いつまでもボケッとしてるんじゃねーよ!」


「う、うるせぇ! 俺だって……俺だってなぁ!」


 ケンジの叱咤に反論しようとしたカインだったが、それ以上言葉が続かずに悔しげにオッサンを睨み付けた。


 その視線にはケンジに対する憎しみの感情が籠められていた。

 あなどり、小馬鹿にしていたオッサンに助けられたことが、カインには受け入れがたい屈辱だったからだ。


 その視線の意味を正しく理解しながらも、ケンジはそんなことには興味が無いとばかりにカインに近付く。


「なぁカイン君よぉ。おまえ、いつまでそうやって俯いているつもりだ?


 中央部隊にはおまえの仲間が揃ってるんだろ? リーダーが俯いてばかりじゃ死人が増えるだけになっちまうぞ?」


「うるせえよ! こいつらが俺の言うことを聞かねえだけだ!」


「当たり前だ。日常的につるんでいるのかもしれねえが、仲間はおまえの手下でも無けりゃ部下でもねえ。


 言うこと聞かないってのは、リーダーであるおまえの言ってることに納得できねえからだ」


「そんなこと言われても俺が知るかよ!」


「またそれかよ! 知らない、分からない、興味無い。そう言っておけばみんながみんな許してくれるとでも思ってるのか! 甘ったれ野郎が!」


 カインの身勝手な言い訳にケンジが声を荒げる。


「リーダーだって言うのなら仲間のできることできないことを把握して、それぞれの立場と能力に合った動き方を指示してやれよ!


 偉そうに口先だけであれこれ命令するのがリーダーの仕事って訳じゃねーんだよ!」


 そういうとケンジはカインの襟元を掴んで鼻頭はながしらが触れるほどに顔を近づけた。


「おまえが俺らのことを憎むのは勝手だ。

 だけどな。

 今、そんなことを言っている場合なのか? 違うだろうが?


 スタンピードを防がなけりゃ、セカンの街が蹂躙されるかもしれないってときに、いつまで一人で拗ねてんだ!?」


「うるせぇ、てめぇ、離せよ!」


 襟元をねじり上げられたカインが苦しげに藻掻く。

 だがケンジは拳に力を込めてカインを離さない。


「なぁカイン君よ。おまえ今、めちゃくちゃ格好悪いのに気付いてるか?


 上手くいかないからって拗ねて俯いて。

 そんな風にやる気を無くすなら、最初からリーダーなんかになるんじゃねーよ!」


「オッサンのてめぇに何が分かる!」


「何も言わずに自分を理解してほしいってその態度が甘ったれなんだよ!


 皆が皆、自分の人生を必死に生きてる。誰かに構う余裕なんて無いのが普通だ。


 だけどそんな余裕がない中でもおまえの仲間たちは時間を割いておまえと共にいてくれている。


 おまえに手を貸してくれている。それがどれほど幸せなことか、おまえは分かっているのか?」


 傍に誰かが居てくれる――それは決して普通のことではない。


 ただなんとなく。居心地が良いから。利害の一致――理由は様々かもしれないが、それでも誰かが傍に居てくれるというのは案外、特別なことなのだ。


 誰かと共に生きるというのはそんなに簡単なことではない。

 だがカインには常に傍に居てくれる二人の女性がいる。


「なぁカイン君。元々はおまえの身勝手な振る舞いのせいとは言え、俺らに恥を掻かされたと思って絡んできているのは知ってる。


 そうしたいと思っちまうおまえの気持ちも分からんでもない。


 だけど今のおまえの姿は、おまえを慕って傍に居てくれる二人の女の子に恥を掻かせてるだけなんじゃねーのか?」


「そ、そんなことある訳ねーだろ! なぁ!?」


 オッサンの言葉に言葉を詰まらせたカインは傍に居る女性たちに同意を求める。

 だが返ってきたのは沈黙だった。


「お、おまえら! このオッサンの言う通りだっていうのかよ!?」


「ち、違う……! そんなこと思ってないわ! でもカインが動かなければマズイのは事実でしょ!」


「そ、そうです。カイン様が立ち止まってしまえば、中央部隊の冒険者たちは連携が取れずにモンスターに押し切られてしまいます。だからわたしたちは――!」


 二人の女性はカインを慰めよう必死に言葉を尽くす。

 だがカインは二人の女性の言葉に傷ついた表情を浮かべていた。


「二人ともカイン君のことを心配してんだよ。それだけ思いを掛けてくれる女の子がいるのに、いつまでしょぼくれていやがるんだ」


 ねじり上げていた襟元から手を離すと、ケンジはカインの肩を叩いた。


「女に気を遣わせて、いつまでもいじけてるんじゃねーよ。男がやることなんざ単純で、ちょっと考えれば簡単に分かることだろうが」


「な、なんだよ?」


「自分のオンナに格好良いところを見せる! それだけだろうが!」


 そう言ってケンジはカインの背中を押した。


「お山の大将を気取るだけで良いのならとやかく言うつもりは無い。

 だけどよぉ、カイン君。


 せっかくグレートオッパイなグレート美女が隣に居てくれるんだぞ? その二人に格好良いところを見せたくねーのか?」


「おおい! ケンジ! さっさと前線に戻ってきてや! オレ一人やとさすがにモンスターを処理しきれんわ!」


「おお! すぐに戻る!」


 最前線から聞こえるリューのヘルプに大声で応えると、ケンジは再びケインの肩を叩いた。


「男だったら背中を見せろ。

 誰よりも前に立ち、誰よりも働いて皆が通れるように道を作れ。


 自分がやってみせるからこそ人はついてきてくれるんだ。

 本当の意味でリーダーになりたいと思うなら、立ち止まってる暇なんてねーぞ?」


 それだけ言うとケンジは再び最前線へと駆け出した。


「ちくしょう……あのオッサン、好き勝手言いやがって……っ!」


「だけど……あの人は間違ったことは言ってないと思うわ」


「ダリア、おまえ……!」


「別にカインに失望したって訳じゃないわよ?

 だけど今、私たちには……ううん、カインにはやるべきことがあるはず」


「ダリアの言う通りです。カイン様だからこそできることはあるはずです。

 だからカイン様、戦いましょう」


「俺だからできること……」


 レイネの言葉を反芻したカインは、やがて何かを決心したような晴れ晴れとした表情を浮かべると、再び剣の柄を握り締めた――。

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