第51話 オッサンたち、モンスターと激突する

「剣士、重戦士は前でモンスターの侵攻を抑えるんだ! 魔導師と弓士たちはモンスターに攻撃! まずは第一波を凌ぎきるぞ!」


「おう!」


 イケメン男――カインの声に冒険者たちが応え、すぐさま態勢を整える。


 重戦士は皆の前に進み出て盾を構え、その後ろでは剣士たちがモンスターの侵攻を待ち構えていた。


(フンッ、あんなオッサンどもに頼らなくたって、俺が一声掛ければ冒険者たちは従うんだよ。それなのにギルドのやつらは俺じゃなくてあんな小汚えオッサンを頼りやがって……)


 カインの胸の奥に湧き上がる憎しみの炎。

 それは自分をないがしろにしたギルドへの憎しみだ。


 その憎しみは濃度を増して、ないがしろになる切っ掛けを作ったオッサンたちにも向かっていた。


(この俺をバカにしやがって……)


 カインはバカにされることが嫌いだ。

 カインはないがしろにされることが嫌いだ。

 カインは軽んじられることが嫌いだ。


 カインが子供の頃、顔が良いというだけで虐められたことがあった。


 子供集団のリーダー格だった少年から、顔が良いだけのバカと蔑まれ、集団から暴行を受けた。


 だがカインは必死に身体を鍛え、そのリーダーをタイマンで叩きのめし、実力で子供たちのリーダーとなった。


 そこからのカインはその成功体験を繰り返していく。

 難癖を付けてくる冒険者の先輩たちをぶちのめし、結果で黙らせ、実力を持って排除した。


 やがてカインは周囲から一目置かれるようになり、若者たちはカインをリーダーと崇めて団結した。


 カイン軍団とも言えるその集団はギルドの中でも隠然たる影響力を持つようになり、ベテランだ先輩だと年長者であることを嵩に着てカインを軽んじていたオッサンたちは、苦々しく思いながらも見て見ぬ振りをするようになった。


 カインにとってそれは『勝ち』だ。


 セカンの街ではカインのことを知らぬ者は居らず、どこに行っても女たちが寄ってきて勝手にちやほやするようになった。


 勝利者であるカインにとってそれが当然――のはずだった。

 あのオッサンたちに出会でくわすまでは。


(あのオッサンどももギルドも、俺に恥を掻かせやがってよぉ……!)


 衆目の中、咎められたことがカインの心を深く傷付けた。


 なぜ自分があんな辱めを受けなければならないのか。


 その屈辱を晴らすため、カインはこのスタンピードを利用しようとしていた。


「『獣の森』に居るモンスターなんてタカが知れてるんだ! 他の奴らのことなんて無視して前に出るぞ! 俺たちの力だったら狩り放題なんだから、みんな気合い入れていけよ!」


「おーっ!」


 中央部隊に配置された冒険者たちはカインの言葉に雄叫びをあげ、隊列など気にせずに森に向かって走り出した。


 森の奥から聞こえてくる、地面を揺るがすモンスターの大群の足音。

 およそ千にものぼるモンスターが禍々しい敵意を浮かべながら迫ってくる。


 腹に響くその音は、防衛に参加した冒険者たちの心に恐怖という名のデバフを与える。


「こんな……こんなにもたくさんのモンスターが襲いかかってくるなんて……」


 まだ駆け出しなのだろう。

 皮の鎧に木製の盾を装備した少年剣士が歯の根を鳴らしながら弱音を吐く。


 少年剣士の横に居たベテラン冒険者は、弱気な少年剣士を励ますように自信に満ちた笑みを浮かべながら肩を叩いた。


「なんだ? スタンピードを経験するのは初めてか? なら今日は記念日だな」


「き、記念日って何のですか?」


「スタンピード童貞を捨てた記念日さ。オレの若い頃もそうだったが、街を守り切れば娼婦の姉ちゃんがおまえの童貞ももらってくれるぜ? 良かったな!」


「え、俺、童貞じゃないですけど……」


「ハァッ!? なんだよ怖がってるおまえを励ましてやろうと思ったのによぉ! ったく最近の若いやつは半端モンのくせにヤルことだけは一人前に早えんだからよぉ」


「あ、なんかすみません。ちなみに先輩はスタンピード童貞を捨てたときに童貞を捨てたんですか?」


「うるせえよ!」


 ベテラン冒険者と少年剣士の会話を遮るように前方からカインの声が響いた。


「やるぞみんな! 戦闘開始だ!」




 前に突出する中央部隊の動きに、防衛隊の両翼に配置された冒険者たちの間に動揺が走った。


「ギリギリまで引きつけてから側防塔の弓隊と連携して迎撃するっていう作戦じゃなかったのかよっ!?」


「中央部隊が先走ったんだよ! 誰だよ中央のリーダーは!」


「カインだ。中央部隊はカインとその取り巻きたちで構成されてるからな」


「あいつかよ。ったく勝手なことしやがって……!」


 動揺と共に右翼の冒険者たちがカインへの不満が一気に噴き出した。


「ったく、面倒なことしてくれたもんだな、あの若いのは……」


「オレらに恥を掻かされたことがよっぽど悔しかったんやろなぁ」


「それでスタンピードで抜け駆けして見返してやるって? 命を賭けてやるようなことかなぁ、それ」


「あいつにとってはそういう類いのものだったんだろ。若さ故のってやつかも知れんが巻き込まれるほうは溜まったもんじゃねえよ。どうするリュー?」


「中央部隊だけ突出してもうたらモンスターに半包囲されてまう。しゃーない(仕方ない)からこっちも前に出るで」


「左翼のほうはどうするの?」


「ダビットさんにお願いしよか。ひとっ走り左翼に行ってもらって向こうのリーダーさんにこっちの状況を説明してきてもらえるやろか?」


「分かった。任せておけ」


 リューの依頼に頷くとダビットは左翼に向けて走り出した。


「気ぃ付けて行ってきてやーっ!」


 リューの気遣いの言葉に背中越しに手を上げて応えると、ダビットはそのまま姿を消した。


「いぶし銀だねぇ」


「カッコイイよねぇ、いぶし銀の冒険者って」


「雑談は後にしーや。オレら合同パーティーはホーセイを先頭にして前進! 中央部隊と並んでモンスターを迎え撃つで!」


「ほ、本当に行くのか? ここで待機しておいた方が良いんじゃないのか?」


 リューの宣言に疾風団のリーダー・ザザンが戸惑いの声を上げる。


「そうしたいのは山々やけど、このままやと突出した中央部隊にモンスターの攻撃が集中してすり殺されてまうやろ。


 そうなったらただでさえ人数不利やのにもっと不利な状況に追い込まれてまう。街を守るためにはオレらも前に出んとアカンのよ」


「ホント、カインのやつは余計なことしてくれたわね……!」


「あいつ、小山こやまの大将だからねー。周りが良く見えてないんだよぉ」


「後でギルドマスターに文句言ってやるんだから……!」


 疾風団のサブリーダーであるエミリと弓士のトリアが、暴走しているカインに対して辛辣な評価を下す。


「とにかく前に出るで! ホーセイ頼むわ!」


「了解!」


 リューの指示に従ってホーセイが先頭を突き進む。

 その後ろからケンジたちが続き、やがて中央部隊に並び立つ。


 それから少し遅れるように左翼が動き始めた。


「よし。前目で戦線を構築できたと思っておこうか」


「そういう切り替えって大事だよねー」


「ほんなら防衛戦開始やで! 各員、気合い入れて頼むでぇ!」


「まずは僕から行くよ! 【戦士の咆哮ウォーリアーハウル】!」


 盾を構えたホーセイが盾職タンクアーツ『戦士の咆哮』を使うと、その瞬間、中央部隊に襲いかかろうとしていたモンスターが一斉にホーセイを目指して突進を始めた。


「右翼全部と中央の半分ぐらいが有効射程かな」


「上出来やホーセイ! 戦闘開始すんで!」


「パーティーの皆様を支援しますわ! 【オールステータスアップ+】!」


 クレアの支援アーツが発動すると同時に、右翼に配置された冒険者たちから淡い光りに包まれる。


「これで皆様の持っている力が一段階ほどアップしましたわ!」


「こいつはすげぇ! まるで若い頃みたいに身体に活力が漲ってやがるぜ!」


「足がまるで羽みたいに軽い。今ならもっと早くもっと正確に動けそうだわ!」


「魔力もアップしている? これが支援魔法というものなのね」


 バフを掛けられた疾風団のメンバーがみなぎる力の感覚に歓喜の声を上げる。


「ほんなら次はオレの番やな。【ソーンバインド】!」


 ホーセイに殺到するモンスターの二列目の敵が、リューの拘束魔法の効果によって著しく速度を落とした。


 必然、モンスターの先頭集団と大きく距離が開く。


「よし今だ! アタッカー陣、先陣のモンスターを処理するぞ!」


 ケンジが飛び出すと疾風団のアタッカーがその後に続いた。


「おう、ザザンさんよぉ! ウチのクレアの支援魔法はどうよ?」


「ああ、最高だ! まるで若い頃に戻ったみたいに気力体力が充実してる。早くモンスターを狩りたくてウズウズしてるぜ!」


「ハハッ! 良いテンションだ! 俺はソロでモンスターを狩るから、そっちも好きに動いてくれ!」


「任せておけ!」


 ケンジとザザンは走りながら互いの健闘を祈るように拳を合わせた。


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