第48話 オッサンたち、ギルドの依頼を受けることにする

【※2023/11/13現在、不定期に21時更新となっております】


 頼みたいことがある――。


 ギルドからの要請を受けたオッサンたちは、ギルドマスターであるムトゥに先導されてギルドの奥にある執務室に向かった。


 ムトゥに促されるまま部屋に入るとそこには先客がいた。


 年齢は三十歳前後か。

 若くはないが加齢が顔に出るほどでもない、落ち着いた雰囲気を持つ青年だ。


 見れば誰でも分かるほど仕立ての良い服を纏い、煌めく金髪を後ろにひと纏めにした青年が入室してきたオッサンたちに顔を向けた。


「ムトゥ。その方たちが?」


「はい。彼らが副ギルドマスターが言っていたパーティーです」


「そうですか」


 ギルドマスターの説明に頷くと青年は立ち上がってオッサンたちに声を掛けた。


「私はこの街の領主を務めるセイル・リィ・グラディウス子爵です。トゥライブスの男性陣とははじめまして、ですね。どうぞよろしく」


 セイルと名乗った男は親しげな表情を浮かべて自己紹介すると、握手のために手を伸ばしてきた。


 だがケンジはハッとした表情で後ろに下がった。

 それはホーセイやリューも同じだった。


 自分たちの身体を盾にするようにフィーたちを庇うポジションに着く。


「男性陣とははじめまして、ってのはどういうことだ?」


 警戒を隠そうともせずにケンジは剣の柄に手を乗せる。

 そんなケンジの姿を見てムトゥが怒鳴りながらセイルの前に立った。


「おい! 領主様の前で剣の柄に手を置くたぁ、どういう了見だ!」


「……ちと事情があってな。そっちのお貴族さんが俺たちに何かするってんならこっちもそれ相応の対応をさせてもらうぜ」


 一触即発の雰囲気が漂う執務室の中、口火を切ったのはセイルだった。


「フフッ……」


「何が可笑しい?」


「いえ。まるで姫を守る騎士のようだなと。ですが見たところ騎士というよりはただの冒険者に見える。


 だからこそ疑問が浮かぶんですよ。あなた方はなぜ、それほどまでにその少女たちを守ろうとするのです?」


「約束したからだ」


「約束?」


「俺たちが無事に故郷に連れて行ってやるってな」


「……なるほど」


 ケンジの返答に満足したのか、セイルは両手を挙げて見せた。


「どうやら嘘は言っていないようですね」


「あん?」


「あなた方の目を見れば分かる。あなた方は本当にそちらのお方を守ろうとしているらしい。


 これでも立場上、人を見ることが多くてね。目を見ればその者の真意がある程度は見抜けるんですよ、私は」


「だから何だってんだ?」


「私に追求の意思はないということです」


 ケンジに疑問に答えを返すと、セイルはその場で膝をついて一礼した。


「お久しぶりです、フィーラルシア王女殿下。私のことを覚えておいでですか?」


「……お久しぶりです、セイル・リィ・グラディウス子爵。


 五年前のノースライド王生誕祭の時、ご挨拶を頂いたときはまだ男爵だったと記憶していますが、どうやら陞爵なされたのですね」


「ああ、覚えていてくださいましたか。光栄至極に存じます」


「お、おい、こりゃどういうことだ? 子爵様が頭を下げるって……」


「ムトゥ。こちらの方はノースライド王国第一王女、フィーラルシア・ノースライド殿下です。失礼のないようにお願いしますよ」


「ノースライドの第一王女~っ!? ノースライドの第一王女と言えば、王都陥落の折りに国外に脱出し、その途中で人狩りに出会して奴隷になったって噂の……?」


「そうです。そして奴隷商人によってスタッドの街に連れて来られて以降、消息が不明になっていたのですよ」


「その消息不明な王女様がこの娘だっていうんですかい?」


「ええ」


「はぁ~……何があったか知らないが、なんでまたそんな高貴な女性がオッサンパーティーのメンバーになってるんだか……」


「オッサンは余計だっつーの。俺たちにも色々あったんだよ。それより子爵様よ。フィーのことを追求しないっていうのは本当か?」


「そもそもノースライドは我がカーケーク王国とも交流のあった重要な隣国。


 王都を攻め滅ぼされたからといって王女を捕縛するなどカーケーク王国の品位に関わりますからね。我が国の王、ガリウス陛下もそんなことは望んでおりません」


「……それが本当のことやったら有り難いことやけどな」


「少なくとも私自身は本当にそう思っておりますし、ドスケイブ伯爵のような無体を働くつもりもありませんよ」


 リューの言葉にセイルは肩を竦めて応えた。


「そこまで知っとるんか」


「国境を預かる者としては当然のことです。ドスケイブ伯爵の末路も含めて、ね」


「それを知っていて、僕たちをどうするつもりかな?」


「どうもしません」


「へぇ……本当にそれで良いのかよ? 俺たちはあの伯爵を――」


「おっと。皆まで仰る必要はありませんよ。全て把握していますからね。その上で私はあなた方を追求しないと言っているのです」


「……その言葉を信じろって?」


「信じて頂けると今後の関係がスムーズに行くかと」


 にこやかな表情のセイルの様子に、ケンジたちは真意を測りかねた。


 警戒する様子を隠そうともしないオッサンたちに、セイルは肩を竦めながら言葉を続けた。


「そもそも我らカーケーク王国には何の関わりもないことです。それに隣の国の品性下劣な伯爵については我が国にも伝わってきていましたからね。


 そんな愚か者のために実力ある冒険者と敵対するのは、浅はかの極みというものでしょう」


「……さよか。その言葉がどこまで本気なんかはこれから見極めさせて貰うわ。ま、諸々落ち着いてから色々と聞かせて貰いたいところやけどな」


「色々とは?」


「ノースライド王国の現状とか知りたいことは山ほどあるんだよ」


「なるほど。ふむ……ではそれも報酬の一部と致しましょうか」


 リューの提案にセイルは笑顔を浮かべて頷いた。


「ちゃっかりしとるなぁ……」


 報酬の一部、ということはスタンピードからこの街を守るために活躍できなければ情報は手に入らないということだ。


「こちらとしても色々ありましてね。


 王の側近である私は今回のスタンピードを何がなんでも無事に乗り切らなければ、王宮で敵対派閥に足を引っ張られてしまうのですよ。


 それを避けるためにも少人数で瘴魔リニオグナタを討伐したというあなた方の力が必要です。小狡くもなりますよ」


「情報はスタンピードを無事に切り抜けたご褒美ってことだね。ちゃっかりしてるけど取引としては良いんじゃない?」


「いいや。それだけやと命の張り甲斐がないわ。もうちょい(もうちょっと)イロを付けてもらいたいところやな」


「良いでしょう。スタンピードを無事に乗り切れた暁にはあなた方の望むものを報酬としてお支払いしましょう。常識の範囲内でお願いしたくはありますが」


「非常識な要求をするつもりはないから安心してや。ほなそれでいこか。……リーダー、こんな感じでどうやろか?」


「良いんじゃないか?」


「ならひとまずは交渉成立やな。話を進めよか」


「ええ。ではムトゥ。依頼の説明をお願いします」


「了解です」


 子爵に促されるとムトゥは依頼の説明を始めた。


「おまえたちにやってもらいたいことはただ一つ。スタンピードの発生源に出向き、その原因を取り除いてもらいたい」


「スタンピードの発生源?」


「スタンピードは瘴気溜まりによって引き起こされる現象と言われていてな。


 瘴気溜まりから溢れ出した瘴気によって周辺のモンスターに変異が起こり、それと同時に瘴気溜まりから瘴魔が溢れ出してくる。


 瘴魔ってのは生物が持つ魔法力……とりわけ人間が持つ魔法力が好物らしく、出現すると同時に魔法力を捕食するために暴れ出す。やがて外に出た瘴魔が目指すのが――」


「人が多く居る村や街ってわけか」


「ああ。それがスタンピードの原因の一つだ」


「一つってことは、他にもあるのか?」


「瘴魔は瘴気を撒き散らすんだよ。その瘴気に当てられたモンスターが変異を起こして暴走する。


 つまり瘴魔を倒さなければ周辺のモンスターがいなくなるまで変異を起こし続け、暴走し続けるって訳だ」


「周辺のモンスターが全滅するか、さっさと瘴魔を倒すか。それとも――」


「瘴気溜まりを止めるか。それがスタンピードの対処法だ」


「その瘴気溜まりを止めるっていうのはどうやれば良いの?」


 ホーセイの質問を受け、ムトゥは執務机のひきだしの中から掌大の大きさの水晶玉を取り出した。


「これは水晶に浄化魔法が封じられている、封印球と呼ばれるものだ。瘴気溜まりに投げ入れれば浄化魔法が発動して瘴気を浄化してくれる」


「それを投げ入れて瘴気を浄化すればスタンピードは止まるって訳やな」


「そういうことだ。おまえたちには封印球を携えて『水鏡の地下洞窟』に向かい、瘴気の発生源を浄化してもらいたい」


「『モンスター大発生スタンピード』の中をモンスターの大群を突っ切って『水鏡の地下洞窟』に向かって、モンスターの大群が居るであろう地下洞窟の中で瘴気の発生源を見つけて封印するのが俺らの仕事か。


 いや普通に不可能だろそれ!」


「まー、普通の冒険者やったら厳しいやろな」


「それはギルドでも重々承知している。だからこそリニオグナタを倒すほどの実力を持つお主たちに一縷いちるの望みを託すのだ」


「買いかぶられたもんだが……」


 あまりに難易度の高いクエスト依頼にケンジは考え込む。


(どう思う? おまえら)


(うーん……多分、僕たちならできると思うけど……)


(せやな。洞窟に行って瘴気溜まりを見つけて浄化するってのは、苦労はするやろうがオレらで実行は可能や。せやけど問題が一つある)


(この町の防衛のことだよな)


(それや。オレらが洞窟に向かっとる間に街がぶっ壊されてもーたら意味ないで)


 リューの懸念と同じことを心配していたケンジは、その心配をムトゥにストレートに質問した。


「俺たちが地下洞窟に向かっている間、この街の防衛は本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。……と言いたいところだが正直、厳しいだろう。


 セカンの街の冒険者はそれなりの実力を持ったものも多いが、スタンピードに対抗するには絶対的に数が足りていない」


「領軍の兵も動員しますが、それでも数が足りないでしょうね」


「街が破壊されていたら、報酬は――」


 ケンジの問いにセイルは微笑みを浮かべただけで答えなかった。


(破格の報酬だからこそ、しっかり遂行してくれよってことかよ)


(子爵様からしたら当然のこっちゃろ(ことだろう)な)


(どうするケンジ?)


「……いくつか頼みたいことがある」


「言ってみろ」


「まず一つ。セカンの街を守るためにも防衛戦にはオレらも出させてもらう」


「俺の『鑑定』スキルでも見抜くことができないほどの実力を持ったおまえたちだ。参加してくれることは嬉しいが……。


 だがおまえたちはカインと確執があるんだろ? 面倒なことにならないか?」


「なるだろうな。だからその面倒事をギルドの方でなんとかしてほしい」


「何とかって……また無茶振りしてきやがる」


「やり方やら方法は任せるが、俺たちが防衛戦に参加できたら、多少なりとも役に立つと思うぞ」


「……分かった。その言葉を信じよう。カインのほうは俺が何とかする」


「頼む。俺たちなんだが……防衛戦に参加しつつ、頃合いを見計らってパーティーを二つに分ける。


 俺とフィーたちが地下洞窟に向かい、リューとホーセイには引き続き防衛戦に参加してもらう」


「お、おい。ただでさえ六人しか居ないパーティーを分けて、本当に瘴気溜まりまでたどり着くことができるのかっ!?」


「まぁ問題ないで。フィーっちたちも実力は付いてきてるしな」


「フィーラルシア殿下や他の少女たちのレベルは『鑑定』スキルで把握している。


 ウチに所属する冒険者の中でもトップの実力者だとは認めるが……そんな危険な場所に高貴なお方を向かわせるのはギルドの口からは――」


 言えない、とは言わずそこで言葉を止めたムトゥに対し、フィーは毅然と顔を上げて答えた。


「構いません。王女と言っても元ですから。それに今の私たちはケンジ・ザ・グレートオッパイ様の奴隷です。ご主人様と共に行くことこそが私たちの使命です」


「ぐ、グレートオッパイぃ?」


「ケンジ・ザ・グレートオッパイは俺の名前だ!」


「そしてオレはリュー@ちっぱい最強!」


「マダムスキー・ホーセイとは僕のことだよ!」


「揃いも揃ってなんてひどい家名だ!」


「うぉい! 人の名前を酷いとか、失礼にもほどがあるだろ!」


「あー、いやスマン。確かにそうなんだが……」


「あまりにもその、欲望が漏れ出している家名だったから虚を衝かれてしまって」


 酷い家名を聞いてセイルが呆気にとられた顔を見せる。

 だがすぐに表情を引き締め、厳しい口調でケンジに警告を発した。


「ケンジ・ザ・ぐ、グレートオッパイ殿。もしフィーラルシア殿下に無体を働いているようであれば、他国の王女とは言え私も黙っている訳には参りません。カーケーク王国の法に照らし合わせて裁かせていただきますよ?」


「俺たちがフィーたちに無体なことなんざするはずがねえよ」


「大事な仲間にアホみたいなことするかいな」


「うん。フィーちゃんたちは僕たちにとって大切な仲間なんだから」


「それによ子爵様。将来ある若者を守るのは大人の役目だ。


 故郷を追われ、奴隷なんてものにされちまったフィーたちに手を出すなんて外道なこと俺たちがするはずがねーよ」


「人として、大人として。後ろめたいことなんざしたくないわ」


「お天道様に顔向けできないことなんてしませんよ」


 ケンジたちの言葉を受けたセイルがチラリとフィーに視線を向ける。

 その視線の意味を正しく理解し、フィーは力強く頷きを返した。


「……どうやら嘘は言っていないようですね」


「当然だろ。嘘なんてついたことがネエ……なんてことを言うつもりはねーが、フィーたちに対して不誠実な真似はしたことがねーよ」


「その言葉、信じましょう」


 ケンジの言葉に納得したのか、それともフィーの反応を信じたのか。

 セイルはひとまず話題を変えた。


「しかし……フィーラルシア殿下。これはとても危険な依頼になります。御身も危険に晒されることになるでしょうが……本当に宜しいので?」


「構いません。他国の民であったとしても危機に瀕した民を守るのは貴族の役目。例えこの身が奴隷に落ちていようとも、貴族としての矜持を捨て去るつもりはありませんから」


「高貴なるお志に感銘を受けると共に、心より感謝を……」


 フィーの言葉に、セイルは胸に手を当てながら深々と頭を下げた。

 その時――。


「ギルドマスター! スタンピードの先頭が姿を見せました!」


 大声を上げながら執務室にスティムが駆け込んできた――。


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