第44話 オッサンたち、パワーアップする


 少女たちが風呂で友情を再確認しあっている頃。


「リュー。PCの前に座ってるんだから、監視カメラのほうもちゃんとチェックしておいてよ?」


「分かっとるよ。ちゃんと見てるから安心しぃ」


「そうなの? ステータスボードとにらめっこしてるから忘れてるのかと思った」


「他の冒険者が近付いてきたらすぐに外に出て牽制できるように、そこらへんは抜かりなくやっとるよ。ついでにちょいと自分らが持っとる能力を再チェックしとこうとおもてな」


「能力のチェックって何をチェックするの?」


「使い方、もしくは使い道、ってところや。なんとなーくふんわりとした感覚で使っとるけど何か他に応用は利かんのかとおもて」


「また急に変なところが気になったんだね」


「しゃーない。どうせ――」


 そういうとリューはキッチンに立ち、眉間に皺を寄せて料理をしているケンジに視線を向けた。


 それだけでホーセイはリューが何が言いたいのかを察し、頷きを返した。


「だよねー」


「ま、そういうこっちゃ。今のうちにやっといたほうが後々困らんしな」


「それは良いけど、能力を調べるって言ってもどう調べるの?」


「そこは能力の効果説明のテキストとにらめっこや」


「にらめっこ?」


「この世界って創世の女神アイコニアス――アイコちゃんがユグドラシルファンタジーのユーザーインターフェースを丸パクリしとるやん? ショートカットジェスチャー然り、各種能力然り」


「うん。異世界のはずなのにユグドラシルファンタジーと良く似てるもんね。もちろん違うところもあるけど」


「それはオレら限定の話やけども。オレらはビルド型MMORPGであるユグドラシルファンタジーのシステム内に存在しとると言っても過言やない訳や。


 そんでビルド型MMORPGの真骨頂と言えば――」


「アビリティコンボ!」


「そういうこっちゃ。レベル100がカンストで最大取得スキルポイントが1000ポイントしかなかったユグドラシルファンタジーでは実現できんかった、複数タイプのビルドの併用ができへんかと思てな」


「攻略wikiでは色々と議論されてたねぇ。複数職のアビリティを取得してシナジーを生み出す併用ビルド」


「せやけど併用ビルドはその強さを発揮する前にスキルポイントが足らんようになるから、結局は中途半端な強さしか得られず、意味あらへんと言われとった代物やった。せやけど……」


「アイコちゃんがくれたユニークアビリティ【取得スキルポイント十倍】のせいで腐るほどスキルポイントがある僕らなら最強を目指せる!」


「そういうこっちゃ。ま、何でもかんでも能力を取得すると逆に弱体化する原因にもなるから簡単やないと思うけどな」


「メインビルドのステータスに影響の大きなアビリティもあるもんね。魔力INT筋力STRに変換する近接魔導師ビルドの能力を、後衛魔導師が取ってもアンチシナジーになるし」


「ユグドラシルファンタジーは多彩なアビリティと無数のスキルを組み合わせることで自キャラを強くするビルド型MMORPGや。


 逆に言うと考え無しでビルドを組んでも自キャラは強くなれん。アビリティやアーツに対してそれなりの知識が無いと厳しいからな」


「それで能力のチェックかー」


「ま、そうは言うてもビルド関係のアビリティは後回しにするけど」


「そうなの? じゃあ最初にするのは?」


「オレらが所持してるユニークアビリティ。その能力の把握や」


 そういうとリューはインベントリからアイテムを取り出した。

 リビングのテーブルの上に四十センチ四方の石がデンッと鎮座する。


「これってリニオグナタの瘴魔石?」


「せやで。リニオグナタ関係の素材はギルドが買い取ってくれんかったしな」


「買い取り価格を出せないからすぐには買い取れないって拒否られたんだっけ」


「リニオグナタってのが災害級モンスターで、なかなかポップせーへんレアモンスターって話やしな。買い取ってもらえんかったのは残念やけど、そこはまぁ考え方次第ではあるやろ」


「どういうこと?」


「この素材をオレのユニークアビリティ【加工】で加工すれば、どんな武器ができるのか、ちょっと面白そうやないか?」


「確かにレアモンスターの素材なら強い装備ができそうだね」


「ユグドラシルファンタジーでもレアモンスターの素材を使った装備は結構エエ性能しとったしな」


「だったらジャイアントトードの瘴魔石も売らないほうが良かったんじゃない?」


「それはそうやけど先立つものもなかったしなぁ。ま、あんなザコ敵の瘴魔石なんてどうでもエエねん。本命はコレやから」


「リニオグナタの瘴魔石を使えばかなり良い装備ができそうだね!」


「せやろ? ほんなら(それなら)早速――」


 インベントリに移動させようとリニオグナタの瘴魔石に手を伸ばしたリューが、空中を凝視しながら動きを止めた。


「リュー? どうかした?」


「いや……【分析】の結果にちょっと気になる一文を見つけてん」


「気になる一文? どんなことが書いてあるの?」


「『瘴魔石は瘴気によって変異したモンスターの体内に存在する魔石。瘴魔石は変異の力を秘めており、抽出できれば人々に大いなる力を授けるだろう』やって」


「抽出できれば? ……抽出できればっ!?」


「せや。【抽出】やホーセイ!」


「僕がアイコちゃんから貰った、あの使いどころの良く分からないゴミアビ……謎のアビリティの使い道がこれってことぉ!?」


「他にも使い道はあるかもしれんけど、分析結果にそう書いてある以上、ここはホーセイの出番とちゃうか?」


「ようやく来ちゃったかなぁ、僕の時代が!」


「それは盛り過ぎや」


「良いじゃん、今まで地味な活躍ばかりだったんだから。目立った活躍できそうな時ぐらい盛らせてよ」


「まぁなんでも盛ってエエけど。ほな早速この瘴魔石に【抽出】を使ってみてや」


「え、でも本当に良いの? 失敗するかもしれないよ?」


「別にエエよ。なぁケンジ! エエよな?」


「んー? 良いんじゃね」


「ほら」


「今の上の空なケンジの許可に意味なんてある?」


「そこはまぁ、一応な」


「何が一応なのかは分からないけど、まぁいいや。それじゃやるよ。【抽出】」


 適当ぶっこくリューの言葉に肩を竦めて返すと、ホーセイは瘴魔石に触れながらユニークアビリティ【抽出】を使った。


 すると瘴魔石は白い光を放ち――やがて消滅してしまった。


「消えたっ!? もしかして失敗!?」


「いやちゃう。石が消えて何か出てきたわ」


 オッサンたちの視線の先には金色に輝く掌サイズの水晶玉が出現していた。


「これは……ふぐり?」


「金玉な! ふぐりとかいつの時代のおじいちゃん言葉でボケんねん」


「ナイスツッコミ。なんか金色の玉が出てきたね。なんだろコレ」


「分からん。ちょー(ちょっと)見てみるわ」


 瘴魔石が消滅した場所に出現した金色の水晶玉を拾い上げ、リューは【分析】を使用した。


「ウッソやろ……マジか」


「なになに? その金玉ってどんなアイテムなの?」


「名前はアビリティストーン。効果は【アビリティ拡張+】や」


「アビリティストーン!? それって確か高難易度レイドボスが0.01パーセントの確率でドロップさせるっていう、あの激レアアイテムっ!?」


「せや。所有アビリティのレベルアップのために使われるアビリティストーン。しかも高難易度レイドボスしかドロップせーへん激レアアイテムや」


「そもそも高難易度レイドボスを倒すためにはレベルカンストが必須だし、ビルドに合わせたアビリティは全部取り切っているから、アビリティストーンをゲットしても使い道が全くなくて売るしかない、通称『金玉ゴミ』!」


「それや。まさか瘴魔石から金玉が抽出されるなんて思わんかったわ」


「高値では売れるから嬉しいことには変わり無いけど、この激レアクソアイテム、こっちの世界でも売れるのかなぁ」


「それを売るなんてとんでもないで!」


「え? でもスキルポイントは腐るほどあるんだからアビリティストーンなんて必要なくない?」


「普通のやったらゴミやけどな。もう一回、このアイテムの効果を言うで? 効果は【アビリティ拡張+】や」


「うん。だからアビリティ拡張ならスキルポイントを使えばできるじゃん?」


「ちゃうちゃう。ホーセイが言っとるのは【アビリティ拡張】やろ? オレが言っとるのは【アビリティ拡張+】。プラス、が入ってる場合、基本的には一つ上のレアリティなことが多い。つまり――」


「……え。もしかしてユニークアビリティを拡張できるかもってこと!?」


「言い切れんけどその可能性が高い。早速使いたいんやけど……さて、誰のユニークアビリティで試してみるか」


「うーん……【取得経験値十倍】も【取得スキルポイント十倍】も、今のところアイコちゃんのバグのお陰で拡張する必要ないもんね」


「あとはケンジの【指揮】と【クラン】。ホーセイの【地形操作】と【抽出】。そんでオレの【分析】と【加工】……」


「【加工】一択いったくだろ」


 キッチンで料理をしているケンジが即断即決する。


「だね。今後のことを考えればリューの【加工】を拡張するのが一番良いと思う」


「奇遇やな。オレもそう思ってたわ」


「だったら聞かないでよねー」


「いややっぱ一人で決めつけて決断するのは良くないやろ? オレらは仲間やねんし。相談して決めたいやん」


 言いながら、リューはチラリとキッチンに視線を投げた。


「相談、か。……ま、そうだよな」


「そういうこっちゃ」


「じゃあリュー、ヤッちゃいなよ!」


「よっしゃ。ほんなら使うでー!」


 出現した金玉――アビリティストーンをインベントリに収納したリューが、空中に浮かぶARウィンドウを操作してアビリティストーンを使用した。


 すると少しの間もなくリューは椅子から立ち上がって片手を高々と上げた。


「なに? 一片の悔い無しな感じ?」


「悔い無しや! 欲しいもんが手に入ったで!」


「どんな効果が拡張されたの?」


「【加工】ランク1。加工したものに追加効果が付与される。つまり追加効果affixが解禁されたってことや!」


「おおっ! それはすごい!」


 追加効果。

 アフィックスとも呼ばれるそれは、装備やアイテムに生命力HPアップや命中率補正などが付与される、ユグドラシルファンタジーの基本システムの一つだ。


 ゲームでは良アフィックスなアイテムを求めてプレイヤーたちがトレジャーハンター、通称トレハンと呼ばれる作業にのめり込んでいた。


 激レアな最優アフィックスが付与されたレジェンドクラスの武器がオークションに出されれば、何十億、何百億ガルドといったゲーム内通貨が飛び交ったものだ。


 それほどまでにアフィックスには強力な効果があった。


 例えば攻撃力10パーセントアップの武器があったとする。

 それ単品ではたかだか10パーセントでしかないが、追加効果は装備部位の効果が重複する。


 頭、肩、腕、手、胴、腰、足に指輪やブレスレット、ネックレスなどの装飾品全てに同じ追加効果が発生して重複していれば、攻撃力は100パーセントアップするようになる。


 攻撃力が20パーセントアップする追加効果なら全部位合わせて200パーセントアップする。


 リューの【加工】は今まで攻撃力と耐久度のアップ以外の追加効果は発生したことがなかったが、その追加効果が今後発生することになったのだから、リューが喜ぶのも無理はなかった。


「これでかなり戦力アップできるでぇ! リニオグナタ様々や!」


「でもアフィックスってランダム付与でしょ? そう簡単に優良装備は作れないんじゃない?」


「そうかもしれんけど装備に追加効果が付けば戦力アップは間違いなしやろ。まぁ色々やってみるわ」


「じゃあ僕の装備には全部位にタンクアーツのCT《クールタイム》短縮の追加効果を最優先で付与しておいてね。全部位マックスでよろしく」


「アホか。ランダム付与やって自分で言うとったやろがい」


「まぁまぁ。情報として伝えておこうかなって」


「まぁ気に掛けとくけど。まずはフィーっちたちの装備の充実。その後にオッサンどもの装備を加工して――」


 ウキウキな様子で【加工】スケジュールを組むリューと、そのスケジュールにあれこれ口を出すホーセイ。


 オッサンたちがはしゃぐリビングに、風呂上がりの少女たちが姿を見せた。



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