第43話 少女たち、お風呂を楽しむ


 その頃、浴室に向かったフィーたちは――。


「はぁ~、今日は何だか怒濤どとうの一日だったわね」


 脱衣所で服を脱ぎながら、アリーシャが一日を振り返って溜息を吐いた。


「まさかわたくしが魔法を使える日が来るなんて。王国にいた頃は思ってもいませんでしたの」


「アタシだって良く似たものよ。宮廷魔導師になるために日々、勉強と鍛錬に励んでいたのに……スライムを倒しただけで古代魔法まで使えるようになるなんて」


「リュー様は上級スキル、と仰っていましたけど」


「上級でも古代でも、もうなんでも良いわ。アタシが今まで両親から厳しく鍛えられて血のにじむ努力で頑張ってきたことが、あんなにあっという間に達成できちゃって……喜んで良いのか悲しめば良いのか分からなくなっちゃったわよ」


「ふふっ、わたくしはとても喜んでおりますわ。苦手だった魔法を使えるようになりましたし、何よりご主人様方に御恩返しができますから」


「それはそうだけど……って、フィー? 胸をペタペタ触ってどうしたの……って、あれ? フィーってそんなにペチャンコだったっけ?」


「うー……ペチャンコって言わないでよぅ」


「ご、ごめん。でも王宮に居た頃とは随分変わっちゃったからびっくりして」


「うん……奴隷生活をしていた頃、二日に一度しか食事を貰えなかったから、それで痩せっぽっちになっちゃって……しぼんじゃったの」


 悲しげな表情でフィーは自分の胸を触る。

 そんな友の姿を見てクレアが優しい笑いを零した。


「ふふっ……ケンジ様はグレートなオッパイがお好みのようですしね」


「うん。そうなの……って、ち、ち、違うよ!? 別にケンジ様のことを意識してる訳じゃなくて、ただ痩せちゃったなーって思ってるだけで……!」


「ふーん。本当にそれだけぇ?」


「そ、それだけだよ! 他に何もないもん! アリーシャだってオッパイちっちゃくなってるくせに!」


「ぐっ……それはそうだけど。アタシたちもフィーと同じで二日に一回しか食事を与えられなかったし、色々大変だったのよ……」


「それでも今、わたくしたちは生きています。わたくし、その事実が一番嬉しいことですわ」


「うん。そうだね……!」


「あのゲス野郎に純潔を奪われなくて本当に良かった……。知ってる? アイツ、弱った女を力尽くで手籠めにするのが趣味だったのよ」


「何やら自慢げにわたくしたちに語っておりましたの。わたくし、商会のお手伝いでたくさんの殿方を観察する機会が多かったですけれど、あれほど品性下劣にして醜い俗物ぞくぶつを見たことがありませんでしたわ」


「もしご主人様たちに助けられなかったらと思うと……ううっ、背筋に怖気が走って死んじゃいそう……」


 ブルッと身体を震わせたアリーシャは、だがすぐに笑顔を浮かべる。


「でもそれも全部過去のことよ。今は大好きなフィーとクレアと一緒に居られるもの。例え奴隷の身分になっていたとしてもアタシは幸せ」


「アリーシャ……。うん、私も同じ。みんなと一緒に入れてすごく幸せだよ!」


「そうですね。わたくしもお二人と同じ想いですわ」


 そういうと三人は満面の笑みを交わした。


「って、アタシたち裸で何やってんの。風邪引いちゃうって!」


「あははっ、そうだね。お風呂に入っちゃおう!」


「ええ。ふふっ、わたくし、最近はここのお風呂に入るのが一番の楽しみですの」


「クランハウス、だっけ? ここのお風呂はホント凄いもんね」


「機能的で利便性に富みながら最高の安息を与えてくれる素晴らしい浴場ですものね。さぁ皆様、今日もお風呂を堪能いたしましょう!」


「テンション上がりすぎでしょ」


 裸になった少女たちは笑顔を交わしながら浴場に場所を移した。


 溢れるほどの湯を湛え、その湯の温かさが浴場に広がっていて裸の少女たちが寒い思いをすることはない。


 少女たちはすぐに湯船に浸かりたい気持ちを抑え、まずは身を清めるべく、洗い場の椅子に腰を下ろした。


「王国に居た頃はメイドが洗ってくれたけど……こうやってお友達と一緒にお風呂に入るのもとっても楽しいね」


「大勢でお風呂に入るなんて経験、今までしたことがなかったものね」


「ふふっ、貴重な経験ですの。フィーさん、お背中を洗って差し上げますの」


「あはっ、ありがとうクレア。じゃあ私はアリーシャの背中を洗ってあげるね!」


「えっ!? アタシっ!? 良いわよ、そんなの……」


「ダーメ。みんなで洗いっこするの!」


 有無を言わせぬ元王女の言葉にアリーシャは溜息を吐くと、大人しくフィーに背中を向けた。


 その背中にボディソープをつけた手拭いを押しつけると、フィーは優しく、丁寧にアリーシャの背中を洗い始めた。


「ううっ、肌、荒れてるからあまり見せたくないのに……」


「大丈夫だよアリーシャ。私も同じだもの」


「わたくしたちはみんな、奴隷生活のせいで肌も髪も荒れ放題に荒れていますもの。でも最近、少しずつ治ってきているように感じますわ」


「この石鹸のお陰なのかな?」


「お風呂に入ると全身が癒やされたような気がしますし、恐らくご主人様方の不思議な力のお陰なのでしょうね」


 少女たちは他愛のない会話を交わしながら互いの身体を洗い合う。

 身体を泡だらけにしたあとは洗い役を交代し、アリーシャがフィーの背中を、フィーがクレアの背中を優しく擦る。


 ひとしきり身を清めて泡立った石鹸をシャワーで洗い流すと、少女たちの全身を爽快感が包み込んだ。


 身を清めたあとは洗髪だ。

 長い髪を優しく揉み洗いし、頭皮を指でマッサージする。


 泡を洗い流し、トリートメントを染み込ませ――少女たちは時間をたっぷり使って自分自身を磨き上げた。


「ふぅ。さっぱりしたぁ~」


「なんだか生まれ変わったようにスッキリしましたの。やはりここのお風呂は最高ですわぁ~!」


「じゃあお湯に浸かろっか♪」


 笑顔を交わしながらたっぷりと湯を湛えた湯船に足を付ける。

 湯の温度は熱すぎず、温すぎない、丁度良い塩梅あんばいの温度だ。


「あんっ、んっ……」


「うっ、あぅ……」


「はぁ~……なんだか生き返るようですわぁ……」


 身体に染み込んでくる熱に心地良さげな声を漏らした少女たちは、ゆっくりと腰を下ろして全身を湯に浸けた。


 少女たちはしばらく黙ったまま、温かな湯を楽しむように吐息を漏らす。


「気持ち良いねぇ~……」


「少し前だとこんな風にお風呂に入れるなんて考えられなかったわ……」


「最高ですわぁ~……」


 満足げな声を漏らしたクレアがおもむろに指を動かし、自分のステータスボードを空中に表示した。


「フフフッ……♪」


「何よ? 自分のステータスボードを見ながら笑ったりして」


「モンスターテイマーとしてどんなモンスターをテイムしようかなと、思いを馳せていたのですわ」


「いいなぁクレアは。二つも能力ちからを手に入れられて……」


「アタシも欲しいって言ったけどリュー様にまずは炎魔法の使い方に慣れてくれって言われちゃったわ」


「でもアリーシャは洞窟からの帰り道にアビリティを色々取得してたよね?」


「魔導師用のアビリティをいくつかね。魔力操作とか魔力回復速度アップとか。レベルが上がってスキルポイント? っていうのがたくさん手に入ったから、その辺りのアビリティを全部取得させてくれたみたい」


「そうなんだ。私もご主人様の役に立てる何かがあると良いんだけどな……」


 自分のステータスボードを眺めながら、フィーは悔しげに呟く。


(取得能力一覧……このリストを調べてみれば、何かご主人様のお役に立てる力が見つかるかな……)


 そんなことを考えながらステータスを眺めていたフィーが、ふと思いついた疑問を口に出した。


「そういえばアリーシャたちって今、レベルはいくつなの?」


「わたくしもアリーシャさんもレベルは34ですわ」


「34! もうそんなに上がったんだ! すごいね!」


「自分でもびっくりしてるけどね。フィーのレベルは今いくつなの?」


「私は今、レベル51だよ」


「ごじゅっ……そんなに高いのっ!?」


「うん。ほら」


 フィーはステータスボードを表示させてアリーシャに見せた。


「ちょ……ステータスボードは簡単に人に見せるなって言われたでしょ!」


「でもご主人様は親しい仲間には見せても良いってことも言ってたよ?」


「それは、そうだけど……」


「ふふっ、わたくしも堂々とステータスボードを見ていますし、今更ですわ」


「それもそうね。じゃあ遠慮無く見せてもらうわ」


 友人たちの大らかさに苦笑しながら、アリーシャは表示されているフィーのステータスボードを覗き込んだ。


「うわっ、ホントだ。魔法が苦手だったフィーがいつのまにかお父様以上のレベルになってる……」


「へへー、すごいでしょー!」


「凄いというか何というか……ノースライド王国宮廷魔導師筆頭を務めるアタシのお父様よりもレベルが上だなんて、ちょっと言葉が出ないわよ」


「そう言えばご主人様方のレベルは今、いくつなのでしょう?」


「今度見せてくれるって言ってたけど……確かに気になるわね」


「ご主人様方のレベルはたしか60を超えてるって話だったと思うけど……」


「ろくっ!? ウソでしょ、本当にそんなに高レベルなの?」


「うん。アリーシャたちを助けるために頑張ってレベリングしていたときには、もうそれぐらいのレベルだったと思う」


「レベル60越え……まるで勇者か英雄ね」


「今の時代の最高レベルはイレブニア大陸最強の剣聖と謳われるアレックス様でしたね。確かアレックス様のレベルは71だったはずです」


「剣聖に近いってデタラメ過ぎない? ただのオッサンにしか見えないんだけど」


「もう! ご主人様方のことをオッサンなんて言うの、ダメだよアリーシャ」


「でも言っても怒られないし……時々、なんか嬉しそうに笑顔を浮かべてるわよ? あのオッサンたち」


「それはそうだけど……。というかご主人様方はみんな、アリーシャが憎まれ口を叩くと何だかいつも嬉しそうにしてるよね? どうしてかな……」


「さぁ?」


「伯爵令嬢なのにお口が悪いですものね、アリーシャさんって」


「うっ……。四人の兄様たちに混じって鍛錬してたから、話し方が乱暴になっちゃったのよ。仕方ないじゃない……」


「ふふっ、それもまた個性ですの」


「うん。だってどれだけ乱暴な話し方だったとしても、アリーシャがとっても優しくて素直な女の子だってこと、私たちはちゃんと知ってるから♪」


「そ、そういう恥ずかしいことをストレートに言わないでよね、もう……」


 顔を真っ赤にしてアリーシャがそっぽを向くと、フィーとクレアはそんな友人の反応が可愛らしくて楽しそうな笑いを零した。


「それにしても……赤き死の剪刀せんとう……昔から恐れられている瘴魔しょうまリニオグナタを危なげなく討伐されていましたし。わたくしたちって改めて、すごい方の奴隷なのですわね」


「奴隷かー……アタシたち、いつになったら奴隷から解放されるんだろ……」


「わたくしたちは元貴族で性奴隷として登録されていますから、奴隷から解放するのに必要な金額は最低でも三千万ガルドぐらいでしょう」


「最低でも金貨三百枚、三人で九百枚、かぁ……。ただの冒険者ではなかなか手に入らない金額かもね」


「あくまで最低でその額ですからね。王族であるフィーさんがいらっしゃる以上、もっと多くのお金が必要になると考えるのが妥当ですわ」


「クレアが考える妥当な額ってどれぐらいよ?」


「そうですね……金貨三千枚ぐらいでしょうか」


「三億ガルドが必要ってことっ!? 大きな街の税収とほぼ同じじゃない。奴隷の解放にそんなお金が必要だなんて知らなかったわ……」


「高慢な貴族を屈服させる快感。高貴なものを自分好みにしつける愉悦。政治的な道具としても使える便利さや商売に利用できる稀少感。元貴族の性奴隷の価値はそれほど高いということですの」


「ヘドが出るわね。……ねえフィー。回復職の魔法で何とかならないの? 伝説に語られている解呪の魔法があったりするとか」


「解呪の魔法、あるよ」


「あるのっ!?」


「うん。ご主人様に言われて解呪の魔法は試したけど、奴隷の首輪には効果がなかったの。それにリュー様の分析でも首輪の正体は分からないんだって」


「昔、商会の手伝いをしていたときに聞いたことがありますわ。奴隷の首輪はただの魔道具ではなく、呪具に等しい特別なものだそうです」


「呪具。呪いを込めた魔道具ってこと?」


「真偽は不明ですがそういう噂が商人たちの間にありましたの。そもそも奴隷商人自体、奴隷の首輪を作っている者も分からないらしいですわ」


「そんな出所不明のものを使ってるの? 奴隷商人ってやつは……!」


「どこで作られているかも、誰が作っているかも分からず、新しく購入するときは闇社会の仲介人に頼んで手に入れるのだとか。その仲介人の身元も徹底的に秘匿ひとくされていて、もし衛兵に捕まったとしても即座に自害するそうですの」


「そこまでして守らなきゃいけないって、一体、この首輪にどんな秘密があるっていうのよ……」


 首に嵌められた首輪を指でなぞりながら、アリーシャは憎々しげに吐き捨てる。


「でもきっと大丈夫だよ。だってケンジ様は約束してくださったもの。絶対に奴隷から解放するからって」


「……そんな約束、本気にしてるの?」


「うん。ご主人様は、ケンジ様は絶対ウソは吐かないって信じてる」


「ま、ウソを吐いてアタシたちを利用しようって考えるような、そんな器用な人間じゃないってアタシも思うけどね」


「ノースライド王国は小さな国でしたがそれでも権力争いはありましたし、貴族の殿方は皆、見え透いた下心をお持ちでしたけれど。ご主人様方にはそのような下心は見えませんし、そもそも不器用な方々に見えますものね」


「出会ってからまだ時間は短いけど、信じられるって私は思ってる」


「アタシも別に信じられないとは言ってないわよ。アタシたちみたいな完全に面倒事に繋がる訳あり女を二つ返事で拾うんだから。お人好しが過ぎてて頭おかしいんじゃないのって思ってるけど。まだどう接して良いか分からないっていうか……」


「ゆっくりと知って行けば良いと思いますの。きっとご主人様方もそれを許してくださると思いますわ」


「まぁ、そうよね。先はまだ長いんだし。……ねぇ、フィー。ノースライドに戻ってアナタはどうするつもりなの?」


「民たちが圧政に苦しんでいるのなら、ノースライドの王女としてできることをやるつもりだよ」


「もし苦しんでいなかったら……?」


「……弱い統治者が血統を頼りに返り咲いても、民はきっと迷惑だと思う」


「つまり国を取り戻すような活動はしないってこと?」


「うん……」


「ふーん、そう。どうなったとしてもアタシはアンタに付いて行くから」


「え……」


「わたくしも同じですわ」


「アリーシャ……クレア……」


「王女であるアンタはアタシたちの主。だけどその前にアタシたちはアンタの友よ。大好きな、大好きな友達なんだから」


「だからどこまでもフィーさんについて行きますわ」


「うん……うん……! ずっと! ずっと一緒だよ! アリーシャ! クレア!」


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