第42話 オッサンたち、無意識にキモイことをする
スタンピードの対応のためにその場を離れたギルド受付嬢・スティム。
スティムの代わりにやってきた受付嬢にブルースライム捕獲依頼の達成を報告したオッサンたちは無事、報酬を受け取った。
報酬は銀貨十枚、一万ガルド。
日本円にして十万円ほどだ。
対してギルドに買い取ってもらった素材の総額は大金貨三枚。
金貨三十枚分の価値であり、日本円にして三千万円ほど。
これはジャイアントトードの
「うーん……ブルースライム捕獲は案外簡単に終わったし、割が良い、と言えば割が良い金額だとは思うんだけど……」
「洞窟まで往復六時間。洞窟内でのブルースライム探しに四時間。時給一万円とは言え襲ってくるモンスターのことを考えれば安すぎやで」
「パーティー人数で割ると一人頭、日当で一万五千円ぐらい? これだったら依頼を受けずにモンスターを狩って素材を売ったほうが儲かるんじゃない?」
「せやけどギルドランクは上げといた方が何かと便利やからなぁ」
「そうなの?」
「ギルドランクが上がると色んな店で優遇措置が受けられるってガイドブックに書いてあってん。例えばギルド提携の宿屋に安く泊まれるやら、ギルド提携の鍛冶屋に融通が利くやら」
「ケンジの【クラン】にリューの【加工】があるなら別に要らなくない?」
「目先のことだけを考えればな。せやけどリニオグナタの件もあるし」
「何かあったっけ?」
「まだGランクパーティーでしかないオレらが二つ名を持っとるヤバいモンスター、リニオグナタと戦って勝ってデッカイ瘴魔石をゲットしたやろ? あんなん絶対、悪目立ちしてるに決まってるやん」
「あー……まぁリニオグナタがこの世界でどれほどのものなのか分からずに戦って、普通に勝っちゃったもんねぇ……」
「オレらが強すぎるから目立ちたくなくても結果的に目立ってまう。それは多分、今後も変わらんと思うわ。オレらが”自分ファースト”の信念で生きている限り」
「まず自分が楽しむ。余裕があれば仲間を助ける。好きに生きる、っていうのが僕たちのパーティーのモットーだもんね。そのモットーを無くしたり、我慢したりするのは僕はイヤだよ」
「オレもそうやし、ケンジもそうやろ?」
「ん? ああ……そうだな」
「だったらこれからも悪目立ちすることは避けられへん。それやったら個人で居るより組織に属してそのシステムを利用したほうが立ち回りは有利にしやすい。そんな訳でギルドランクを上げる必要がある、って訳や」
「なるほど。素材を売って生活するだけじゃ片手落ちってことかー。はー、スローライフの夢はいつ叶うんだろうね……」
「社会的立場を上げていけば何とかなるやろ。ま、しがらみも増えるやろけど」
「なにそれ。そんなの現実と変わらないじゃん。せっかく異世界なのにぃ!」
「異世界言うてもそこで生きていくためには必要なもんがぎょうさん(たくさん)あるってことやろ。それでも現実世界に居たときよりは有利ちゃうか?」
「現実世界にはアビリティもアーツもスキルもないもんね……」
「それにギルドランクを上げればフィーっちたちにちょっかい掛けてくるヤリチンどもに対して脅しが効くやろ」
「それは確かに。三人とも美少女だからどこに言っても目立っちゃうもんね」
「だからさっさとギルドランクを上げたいねんな」
「なるほどね。……うん、切り替えた! ギルドランクを上げて社会的立場をゲットして誰にも邪魔されない完璧なスローライフを目指そう!」
「おう。目指せスローライフや!」
纏まった金を手に入れたオッサンたちは手分けして物資を買いそろえた。
六人がしばらく生活するための食材。
【加工】で装備を作るために必要な金属インゴットや皮や木材。
他にリューが欲しがったのが絹と
「ま、ちょっと考えがあってな。お高めやけど買ってもええか?」
「絹? まぁ良いんじゃない? ケンジはどう?」
「ん? ああ。良いと思うぞ」
「サンキューや。ほな買っとくわ」
必要なものを街で購入したあとは郊外の空き地にテントを張り、オッサンたちはクランハウスに場所を移した。
「フィーっちたちは先にお風呂に入って
「え、あの……良いんですか?」
「もちろん。今日はたくさん頑張ってたし汗もたくさん掻いたでしょ。お風呂でゆっくり疲れを癒やしてくるといいよ」
「やった……! 早く行きましょうよ、フィー、クレア!」
「そうですね。ではお先に失礼致しますわ」
オッサンたちに頭を下げるとフィーたちは風呂場に向かった。
「……行ったか? よし、ほんならオレはちょっと作業に取りかかるわ」
「作業って何の? あ、もしかして僕たちの装備を作ってくれるの?」
「アホか。オッサンたちの装備なんざ後回しに決まっとる。オレには先にやったらなアカンことがあるねん」
そう言ってリューはリビングにあるパソコンを操作した。
手慣れた手付きでクリックを繰り返し、とある企業のウェブページを表示する。
「なにそれ。女性向け下着のメーカーページ?」
「おう。歴史とブランド力の高い、女性用下着と言えばココってメーカーや。ここで女性用下着のイロハを調べようと思ってな」
「もしかしてフィーちゃんたちに下着を作ってあげるつもり?」
「出会ったあと、フィーっちたちに言われるままに何個か下着は買うたけど、こっちの世界の下着ってデザインも悪いし、質も良くないやろ?」
「それはそうだけど」
「肌によく無い下着を着させたままにしとくんもアレやし、それに美少女たちがダサい下着を着てるって事実が元コスプレイヤーのオッサンとしては我慢ならんねん」
「なるほど。すごいねリュー。ビックリするぐらいのセクハラクソオヤジだ。気持ち悪すぎてヘドが出たよ」
「いや言い過ぎやろ!」
「少しでも彼女たちの生活を快適にしてあげたいって気持ちは分かるけど、男に作られた下着を貰って喜ぶ美少女ってエロゲ以外に存在するの?」
「いや、居る……んちゃう?」
「居るとか思ってるリューの頭の中がゲスすぎて友達やめたくなってくるよ」
「マジか。居らんのか。せやけど決してやましい気持ちなんてあらへんねんけど……やっぱりキモイって思われるやろか?」
「必要性をちゃんと説明できるのなら別に良いんじゃない? 知らないけど」
「ホーセイ、おまえは関東人のくせに関西人の『知らんけど』使いこなすなや」
「とにかく。下着を作ったあとは僕たちの装備も作っておいてよね」
「わーっとるわ(分かってるわ)!」
ホーセイの手厳しいツッコミに項垂れながらも、リューはへこたれた様子を見せずにウェブページの閲覧に集中した。
「ところでケンジ。今日の晩ご飯は何を作るの?」
「んー? ああ、鶏もも肉とキャベツのトマト煮込みに、じゃがいもと小麦で作ったニョッキもどきを入れるつもりだ」
「ニョッキってパスタの一種だっけ。コロッとした形の」
「それだ。米も残り少ないし、パンと違って手軽に作れる主食だからな」
「へぇ、どんな味なのか楽しみだなー。あ、僕のは大盛りにしておいてね」
「分かってるよ」
ホーセイの要請に短く答えたケンジは、あとは黙って料理を続ける。
(……下手な考え休むに似たり、なんだけどなぁ。ま、そうやって悩んでしまうところがケンジの良いところでもあるけど)
ホーセイはギルドを出てから口数の少ないケンジの様子に気が付いていた。
だが何も言わなかった。
ケンジは大人のオッサンなのだ。
そしてそれはホーセイも同じだ。
友人だからと言ってあれこれ根掘り葉掘り聞いて相談に乗る、なんてことをするつもりはない。
オッサンは一人で考え、一人で答えを出すものだ。
だけど一人では抱えきれないときもある。
一人では決定できないものもある。
それに気付き自分が納得できたとき、オッサンは初めて仲間を頼るのだ。
オッサンとは案外面倒な生き物だ。
(だから今はこれで良いんだけど。でも長年付き合ってきたオッサンとしてケンジがどんな答えを出すのか目に見えてるから歯がゆいんだよなぁ……)
それでもホーセイは何も言わずケンジが口を開くのを待つ。
友達だからと言って何でも相談しなければならないこともない。
近付いて、肩を抱いて、話を聞くように仕向けることもない。
オッサンにはオッサンの付き合い方がある。
「うっし、できたで! これならみんな満足してくれるやろ!」
食い入るようにパソコン画面を見ていたリューが弾んだ声を上げた。
「完成したの? エッチな下着」
「エッチちゃうわい! 普通に可愛い下着や!」
「どれどれ、僕にも見せてよ」
「どうよ。コスプレネーム:リューチッパイ渾身の作品は!」
「ハハハッ、アイドル雀士みたいなコスプレネームだね」
棒読みならぬ棒笑いしながらホーセイはリューの作品を見た。
花柄やレースなどを贅沢に使いながら、決して邪魔にならないように配慮されたデザイン。
肌に触れる部分には滑らかな絹を使うなど、生地の特性を理解した上で配置された布地。
金属インゴットから【加工】したワイヤーだろうか。
形が崩れるのを防ぐために各所に細いワイヤーを組み入れた丁寧な仕上げ。
どこからどう見ても日本有数の超有名ランジェリー企業が販売している最高級ランジェリーだ。
「うーん、女性用の下着の善し悪しなんて分からないけどさ。なんだかすごく綺麗な仕上がりだね」
「せやろ。いくら万能チートな【加工】があったとしてもめっちゃ苦労したわ。特に細かい刺繍のところが大変でな――」
ホーセイの賞賛に気を良くしたのかリューは饒舌に苦労話を語り始める。
「サイズはぴったりのはずやし、気に入ってくれると思うで!」
「リュー。どうやって彼女たちのスリーサイズを知ったの?」
「【分析】で見たら見えるねん」
「……それ、絶対に本人たちに言っちゃダメだよ!? 下手すりゃ殺されるからね!?」
「え、怖っ……わ、分かった。黙っとくわ」
「そうして。僕たちまで変な目で見られたくないし。それでリューはこれをどうやって彼女たち渡すつもりなの?」
「どうやってって。普通に渡すで? これ使ってやって」
「はぁ~……そういうところ、やっぱりケンジの友達だよねリュー。そっくりだ」
「なんやてっ!? オレをあないな(あんな)ノンデリオッサンと一緒にすな!」
「いや充分ノンデリだって。とにかく下着が出来たのならそれはそれで良いから、麻か何かで袋を【加工】して、ついでに可愛らしくラッピングしておいて」
「それはエエけど。そないな(そんな)袋作ってどないするんや?」
「その袋に下着を入れてレベルアップしたお祝いとでも言って渡せば多少は誤解を招かずに済むかもしれないでしょ。ちゃんと変な意味はないからって説明する必要はあるけどさ」
「マジか。そこまでせんとアカンのか」
「そこまでしないとっていうか、それでも足りないぐらいだよ……!?」
「そうなんっ!?」
「はぁ~……僕も誰かをとやかく言えるほどの経験は無いけどさー。うちのパーティーのオッサンども、女の子の扱い方、ダメダメ過ぎだよ」
「そ、そうかぁ? 自分的にはかなり気ぃ使ってるつもりなんやけど……」
「フィーちゃんたちが許してくれるからってあまり調子に乗らないようにね。オッサンたちのお節介なんて若者たちにとっては迷惑でしかないかもしれないよ?
良かれと思ってやった気遣いに若い子から文句を言われたことって、現実世界でもたくさんあったでしょ?」
「うぐぅ……」
「リューだけじゃなくて僕もだけど。気をつけていこうね」
「……せやな。せやけど! この作品は渡してもエエやろ!? オレ、渾身のデザインに仕上げられてんから! めっちゃ可愛くデザインできたし!」
「好きにすれば良いんじゃない? どうなっても僕は知らないけど」
「くっ……『知らんけど』を使いこなしよってからに……」
友人の素っ気ない反応に、リューは傷ついたような表情を浮かべた――。
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