第40話 オッサンたち、ギルドに報告する


 セカンの街のギルドの構造は至って平凡だ。


 大きな扉をくぐると正面奥に五つのカウンターがあり、窓口の一つ一つに一人の受付嬢が常駐している。


 ギルドには併設されたギルド直営の酒場が存在し、カウンター前に置かれたテーブルでは冒険者たちが思い思いに寛いでいる。


 そんなギルドに一人の若者が仲間を連れて駆け込んできた。

 その若者を見て、若い女性の冒険者やギルド職員が明るい顔を浮かべる。


 若者の名はカイン。

 セカンの街のギルドでは特に女性に人気のある冒険者だ。


 そのカインが血相を変えてギルドに飛び込んできて声を上げた。


「大変だ! 『水鏡の地下洞窟』でモンスター大発生スタンピードの兆候が確認された! 瘴気に汚染されたモンスターが大量に発生している!」


 イケメン男カインの声にギルド中が騒然となった。

 狼狽するギルド受付嬢の中でただ一人、冷静なスティムがカインを問い質す。


「カインさん、その話は本当ですか?」


「本当だよスティムさん。俺たちが現地で確認した。瘴魔しょうまも確認できてる」


「瘴魔……瘴気に汚染されたモンスターが出現したのなら、大発生スタンピードは確実に起きていると考えたほうが良いですが……証拠はありますか?」


「残念だけど証拠はない。溢れ出したモンスターを討伐するのに必死だったし、早く戻って報告しなければいけなかったから素材を回収する時間なんて無かったしね」


「そうですか……」


「だけど安心してくれ! スタンピードの第一陣は俺たちのパーティーが死力を尽くして殲滅しておいた! しばらくは時間が稼げると思う!」


 カインの言葉にギルドに居た冒険者たちが一様に安堵の息を吐いた。


「さすがカインのパーティーだ」


「セカンの街を拠点にする冒険者の中でもカインはエースだ。スタンピードが発生した直後のモンスターの大群を殲滅するなんて、なかなかできることじゃない」


「だけどスタンピードの対応、ギルドはどうするつもりなんだろうな?」


「なんにせよカインたちのパーティーを中心に対策することになるだろう。俺たちも街を守るために力を尽くそうぜ」


「おう。当然だ。カインに協力してセカンの街を守るぞ!」


 冒険者たちの間で繰り広げられるカイン賞賛の声。

 その声をカインは当然のように受け止めながら言葉を続ける。


「実は戦闘の最中、洞窟で他のパーティーと鉢合わせしてしまったんだ。彼らは俺たちに協力して共に戦ってくれたが、残念ながらモンスターの大群に飲み込まれて儚く散ってしまった……」


「そんな……まさかトゥライブスの方たちが……?」


 カインの言葉を聞いてスティムが口に手を当てて声を震わせる。


 カインは涙を拭うような仕草をしたあと、グッと顔を上げてギルドに居る冒険者たちに視線を向けた。


「セカンの街を愛する冒険者として彼らの犠牲は決して無駄にはしない。みんな、俺に力を貸してくれ! 力を合わせてスタンピードを乗り切ろうじゃないか!」


 芝居がかったセリフにが冒険者たちはカインの言葉に乗せられて意気を揚げた。

 だが――。


「なぁにが彼らの犠牲は無駄にしないだ。好き勝手言ってんじゃねーぞ!」


 激しい音と共にギルドの扉が開き、ケンジが姿を見せた。


「オッサンっ!? ウソだろ……あの数のモンスターを倒して――」


「あれはケンジさん!? カインさん、これは一体どういうことですっ!?」


「あ、いや……」


「どうもこうも。『水鏡の地下洞窟』で依頼にあったブルースライムの捕獲をしている最中に、こいつらがモンスターの大群を擦り付けてきたんだよ」


「擦り付けて? ですがそう言った場合は冒険者たちが協力して戦うか、その場で協議してどうするかを決めるのがギルドの定めたルールですが……」


「協議ぃ? そんなもの無かったぞ。一方的にモンスターの大群を擦り付けてこいつらは自分たちだけ逃げていったんだよ」


 カインたちのことを顎で指し示しながら、ケンジはスティムにそのときの状況を説明した。


「その言葉を裏付ける証拠はありますか?」


「残念だが確たる証拠はない」


 ケンジの言葉にあからさまにホッとした表情を浮かべるカイン。

 だが次の瞬間、その表情が凍り付いた。


「証拠はないが、物的証拠ならあるで!」


 ケンジの隣からスティムの前に進み出たリューがズタ袋――インベントリの能力を偽装するための大きな麻袋――の中から瘴気に汚染された魔石『瘴魔石』を取り出してカウンターの上に並べた。


「これ全部、アイツがオレらに擦り付けたモンスターを倒してゲットした素材や。これって物的証拠になるんちゃう?」


「す、少しお待ちください。今すぐ鑑定しますので」


 そういうとスティムは並べられた瘴魔石を手に取り、何やら複数の道具を使って丁寧に調べ始めた。


「瘴気に汚染された瘴魔石は通常の魔石と違って含む魔法力の質と量が段違いなんです。ですので魔石に蓄えられた魔法力を調べれば、この魔石が本当に瘴魔石かどうかが分かります。そして――」


 並べられた瘴魔石の一つを手に取るとスティムは顔を上げた。


「この魔石に含まれる魔法力は通常の魔石のおよそ三倍。つまりこの魔石が瘴気に汚染されたモンスターの体内にあった瘴魔石に間違いないことが分かりました」


「じゃあアイツにモンスターを擦り付けられたってことも信じてもらえるか?」


「……ギルドとして否定はできません。でも残念ながら断定は出来かねます」


「曖昧な答えだなぁ」


「ま、組織としちゃ、そう言うのが精いっぱいってことだろ。それは別に良い」


 曖昧な答えしか出せないスティムに理解を示したケンジだったが、カインの方に振り返ったときにはその表情が怒りに歪んでいた。


「だがよぉ! てめぇ自身は分かってるよなぁ! 何が嘘で、何が真実だってことをよぉ!」


 胸の内を怒りでグツグツと滾らせたケンジの顔はいつにもまして凄味が増し、今にも若者を食い殺してしまいそうな――凶悪な表情だった。


「ひっ……!?」


「俺たちだけならまだしもてめぇはフィーたちを巻き込んだ。下手すりゃ死んでいたんだぞ? もしそうなったらてめぇはどう責任を取るつもりだ? アアンッ!?」


 腹立ちと苛つきを隠そうともせずケンジはカインに凄む。

 ケンジの凶悪な表情に怯えた声を漏らしたカインは、だがすぐに態勢を立て直すと虚勢を張りながら抗弁した。


「う、うるせーよ! オッサンが何言ってんのか全くわかんねー! 何を好き勝手、意味の分からねーこと言ってんだよ!」


「……はぁ? なんだよそれ。それで誤魔化してるつもりか?」


「誤魔化すも何も俺はオッサンたちのことなんて知らねーって言ってんの!」


「何が知らねーだ。てめぇは俺の顔を見て、クソむかつくオッサンとか言ってただろうがよぉ!」


「はっ? そんなこと言ってねーし。意味の分からないことばっか言って関係ない俺を巻き込むんじゃねーよ!」


 ケンジが何を言おうが取り合わず、カインは何度も意味が分からない、知らない、関係無いと言い張る。


「……アカンでケンジ。話にならんわ」


「自分のやったことを棚に上げて、自分は知らない、分からない、関係無い、か。どこにでも居る自分本位な若者って感じだね。会社の後輩にもこういうバカがたくさん居たよ」


「若者って一括りにしてやるな。フィーたちは違うだろ」


「それはもちろんだけど。よく見たことのある反応だなーって思ってさ」


「こいつが特別にアホでいい加減で無責任なボケってことやで」


「……クソッ、とにかく俺はオッサンたちなんて何も知らないし、見たこともないし、関係ないって言ってんだよ! おい、ダリア、レイネ! こんなところに居る意味ねーよ! もう行くぞ!」


「え、ええ……」


「分かりました。行きましょう、カイン様」


 癇癪を起こしたように吠えるカイン。

 そんなカインに寄り添って慰めながら、女性たちはギルドを出ていった。


「なんつーか……グレートオッパイな美女二人が、あんな顔だけのガキに顎で使われてるのを見ると胸の辺りがモヤモヤすんなぁ」


「女心はオレらオッサンには一生、理解できへんやろな」


「他人の恋愛事情なんてしったこっちゃないよ。ああいう顔だけの男が好きな女性だっているんだし。気にする必要ないでしょ」


「それもそうなんだがなぁ。ハタから見ていて幸せそうに見えないカップルってのは逆に精神的なダメージを食らうというか何というか……」


「ロクに恋愛経験のないノンデリオッサンが何を言っとるねん」


「恋愛経験なんざほとんど無いが、グレートオッパイが不幸になりそうなのは見てられねーんだよ!」


「あれはあれで幸福なんじゃない? 知らないけどさ」


「他人が口出しする問題やあらへん」


「ぐっ……。まぁそれもそうか。しっかしよぉ、あのクソ野郎。俺たちの前からシレッと逃げやがって……」


「でもケンジとの会話を聞く限り、もう接点を持たないほうが良いと思うよ?」


「間違いを認めない、何かあったらすぐに喚く。自分のメンツと自分の評価と自分の世界に固執してる、よく居るアホっ子ってことにして、もう忘れようや」


「分かったよ。正直、腹の虫は収まらんが……結果的にフィーたちには怪我一つなかった訳だしな」


「そういうこっちゃ」


 オッサンたちがイケメン男の態度にうんざりとしていると、今まで口を噤んでいた受付嬢――スティムが安堵したような声で話しかけてきた。


「トゥライブスの皆さん、ご無事で何よりでした。皆さんが死んでしまったと聞いて血の気が引いてしまいましたよ……」


「あのクソ野郎が。嘘ばっかつきやがって」


「オレらはピンピンしてまっせ」


「怪我もなく帰って来られて本当に良かったよね」


「そこです。先ほど鑑定した瘴魔石の量を考えるとかなり多くのモンスターと戦われたと思うのですが……その詳細をお教えいただけませんか?」


「詳細?」


「どのようなモンスターが、どんな風に現れたのか。どの程度の強さなのか。どれほど多くのモンスターがいたのか。どんな小さな情報でも構いません。スタンピードに対応するためには情報が必要なんです」


「なるほど。そういうことなら了解した!」


 スティムの懇願を二つ返事で頷いたケンジが胸を張って了承の言葉を返し、


「教えてやれ、リュー!」

「丁寧にだよ、リュー!」


 仲間に丸投げした。


「オレが報告するんかーいっ!」


「いいツッコミだ」

「そのツッコミ、待ってたよ」


「絶対来るやろなと思って準備してたっちゅーねん。ったく、何でもかんでも頭脳労働はオレに丸投げしよってからに……」


「リューが最適だろ」

「うん。リューしか勝たん」


「無理に若者言葉を使うオッサンはキモイって相場は決まっとんねんぞ」


「ぐっ……正論パンチ、やめてよ……」


 リューのツッコミに言葉を返すことができず、ホーセイはしょんぼりと項垂れた。


「はぁ……まぁ良いわ。『水鏡の地下洞窟』で起こった事についてオレから詳しく説明させてもらいます」


 そういうとリューはスティムに説明を始めた。


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