第39話 オッサンたち、レイドボスを倒す
『水鏡の地下洞窟』でオッサンたちは冒険者から大量の敵モンスターを擦り付けられた。
だが脱出までもう少しというところで巨大ザリガニに追いつかれてしまった。
「うわぁ……大型バンほどの大きさのザリガニなんて初めて見たよ。しかも何だか羽も生えてるし」
「何度もあってたまるか! 羽付き巨大ザリガニなんて勘弁しろっての!」
「あー、アカン……気ぃ失いそうや。オレ、足の多い奴、苦手やねん」
「さっきもクモが居たじゃねーか」
「クモは地面に足ついてるやん。でもザリガニとか身体を反らしたときの、あのうにょうにょ不規則に動く足とか、ジンマシン出そうになるねん……」
「そんなの俺だって同じだよ! つーか得意なやつなんていねーだろ!」
「やだなぁ。戦いたくないなぁ……」
「リュー。逃げるのはアリか?」
「逃げたとしてもあの足の多さに勝てる気ぃするかぁ? めっちゃスピード出そうやんアレ……」
「……無理だろうなぁ」
「平坦な道を全力で追ってこられたら確実に追いつかれるだろうね」
「やろ? だったら戦うしかないってこっちゃ」
「うへぇ……」
「その選択肢しかないよねぇ……」
げっそりした表情を浮かべながらオッサンたちは戦闘態勢を整える。
「リュー、【分析】の結果を教えろよ」
「名前はリニオグナタ。攻撃は噛みつき、両手のハサミ、羽を使ったジャンプ攻撃。ちなみに毒持ちで通常攻撃に毒付与と、口から毒を噴射する攻撃があるな。あと
「口から毒噴射とかザ・グレートカブキかよ」
「耐性はあるの?」
「ありがたいことに耐性は無しや。良かったなオッサンども。打撃は通るで」
「どこが良かったんだか。それってザリガニを素手で触れってことだよ? いくら昭和生まれのオッサンでも素手でザリガニは触りたくないよ……」
「俺も正直、得意じゃねーな……」
「オレらが生まれたんは昭和末期やしなぁ。虫やら生き物に耐性ないんはしゃーないで。もやしっ子やったし」
「勘弁して欲しいところだがやるっきゃねーよなぁ」
「やるっきゃないと、だね」
「なんや大昔に聞いたことのあるフレーズやな」
戯れ言を交わしながら、オッサンたちは巨大ザリガニと対峙する。
「フィーっちはいつでも状態異常を解除できるようにしといてや!」
「はい!」
「クレアっちはオッサンたちに【回避力アップ】のバフや。敵の攻撃を回避できんと状態異常を食らってジリ貧になるから効果が切れんように頼むで!」
「承りましたわ!」
「アリっちは待機や。MP回復したらオッサンに教えてや」
「分かった!」
「ほんなら(それじゃあ)オッサンども! 戦闘開始や!」
IGLのリューの言葉が戦闘の火蓋を切って落とした。
「前線にバフフィールドを設置すんで! 【リインフォースエリア】!」
リインフォースエリアは支援職が使うバフアーツの一つだ。
指定したエリアに居る全ての仲間に全ステータス上昇の効果がある。
「まずは僕がヘイトを取るよ!【
使用者の周囲三メートルに存在する敵のヘイトを自身に集中する効果がある。
それぞれの
「【インパクト】!」
拳闘系アーツ『インパクト』。
拳がヒットすると同時に爆発的衝撃を発生させる
ユグドラシルファンタジーでは
攻撃アーツとしてはクールタイムが短めのため連発しやすいのも特徴の一つだ。
「ああー! 打撃ダメが通るって最高だぁ! もう一丁! 【インパクト】!」
ザリガニとの距離を調整するように移動しながら重い一撃を叩き込んだ。
「っていうか昏睡値とかあるのか? この世界のモンスターに!」
「【分析】には表示されてないけどモンスターかて生物やねんから、昏睡ぐらいするんちゃう?」
「なら連発して試してやる!」
ほぼ零距離での拳闘アーツの連発。
人外ステータスから繰り出される威力に辟易したのか、リニオグナタがケンジに向けて
「うおっ、アブねっ!」
巨体に似合わぬ速度で振り下ろされた鋏が地面に大穴を穿つ。
「ちょっとケンジ、攻撃しすぎ! ヘイト管理できない! さっさと離れる!」
「わ、悪い悪い!」
ホーセイの叱責に謝罪するとケンジはリニオグナタから距離を取る。
ケンジが移動したのを確認すると、ホーセイは再び【挑発】を使ってリニオグナタの注意を惹いた。
「いくら人外ステータスだからって相手は高HPのボスなんだよ! 一撃で仕留められるはずがないんだからコツコツ削っていってよね! それが定石でしょ!」
「わーってるよ!」
ケンジは敵の動きを注視しながら慎重にダメージを与えていく。
その間にもリニオグナタは多彩な攻撃方法でホーセイを攻撃していた。
鋏による攻撃。ホーセイを挟もうとする動き。
尻尾を叩きつけるような攻撃。
その全ての攻撃をホーセイは両腕に装着した盾で難なく
だがたった一つ、ホーセイにも捌けない攻撃があった。
「仰け反った! 多分、毒噴射が来んで! 気ぃつけや!」
「気をつけていても毒は食らっちゃうんだって!」
人など丸呑みできそうなほど大きな口から毒が噴き出し、タンクとして攻撃を受け止めているホーセイに浴びせられた。
「状態、毒! HPがすごい勢いで減ってる! これ、猛毒タイプだ!」
「フィーっち、ハイキュア!」
「はい! ハイキュア!」
フィーが状態異常解除の回復スキルを使うと、猛毒状態に陥っていたホーセイから毒が消えた。
「ありがとう! ちょっとこの毒、洒落にならないんだけど!」
「猛毒は通常の毒と比べてスリップダメージが半端ないからな。気ぃつけや!」
「タンクやってるんだから気をつけても毒は食らうんだってば!」
「安心しぃ。毒になってもフィーっちがすぐに回復してくれるからな!」
「その考え方、ちょっとオニ過ぎないっ!?」
軽口を叩きながらリニオグナタとの戦いを繰り広げるオッサンたち。
この世界の人間としては異常なステータスを持つオッサンたちをもってしても、リニオグナタは強敵だった。
だが、それでもやはりオッサンたちの優位は動かない。
強敵を相手に慎重に立ち回りながらオッサンたちは、じわじわとリニオグナタの生命力を削っていく。
そして――。
「ねえ!
後方に控えて戦況を見守っていたアリーシャが復調をリューに告げた。
「ナイスやアリっち!」
「魔法、使うわよ! 良いわよね!?」
「おう! アリーシャの思うまま、デカイの一発ぶちかましてやれ!」
「うんっ!」
ケンジの声援を受けて顔を綻ばせたアリーシャが、リニオグナタに向かって指先を向け――。
「『インフェルノ』!」
炎魔法『インフェルノ』。
対象を包み込むように渦巻く炎柱が出現して敵を焼き尽くす上級スキルだ。
その威力は周囲の空気を焦がし、後衛にまで熱気が伝わってくるほどだ。
つまり――。
「熱っつい! 熱っつい! 熱っついわ!」
「うわーーーっ! 盾が燃えたぁ! っていうか把手の鉄も溶けちゃってるぅ!?」
ほぼ零距離でリニオグナタと正対していたオッサンたちにも被害が発生するということだ。
いくらステータスが高いと言っても熱いものは熱く、痛いものは痛いのだ。
「アリーシャ、おまえ、ちょっとやり過ぎだぁ!」
「で、でもアンタがデカイの一発ぶちかませって言ったんじゃないっ!」
「言った! 確かに言った! じゃあ仕方ないな!」
「このヤケドの責任は全てケンジにあるね!」
「そうだな、俺が悪かった!」
「あ、でも、その……アタシもごめん! ちょっとやり過ぎたかも!」
アリーシャの謝罪の声が響くと同時に激しかった火勢が収まり――リニオグナタは生命活動を停止した。
「あ……やった! やったわ! アタシの魔法が敵を倒したわ!」
「うふふっ、おめでとうございます、アリーシャさん」
「やったね、アリーシャ!」
「うん! アタシ、やれた! ちゃんとやれたわ!」
強敵を倒した事実に喜びの声をあげる少女たち。
その光景を見ながらオッサンたちは和む。
「美少女たちが喜びに声を弾ませる。良い光景だな。ヤケドしたけど」
「自分の力に確信が持てた素晴らしい光景だね。ヤケドしたけど」
「おーいフィーっち。すまんがオッサンたちのヤケドのほう、回復したってー」
「あ!? ご、ごめんなさい、すぐに回復します!」
フィーの回復魔法に癒されるケンジとホーセイを横目に、リューは倒れたリニオグナタの死骸をインベントリに回収した。
「ふぅ、何とか生き残れたみたいやな。良かった良かった」
「生き残れたのは良かったが、状況を考えるとあんま良くはないだろ」
「モンスターの大量発生とか変異モンスターとか、嫌な予感しかしないねえ」
「せやけど今、オレらにできることは今のところもう無さそうやで」
「だな。モンスターが来ない間に一気に距離を稼いでセカンの街に戻ろうぜ。ギルドに報告も必要だろうし」
「装備の調達もしたいね」
「今の俺たち、丸裸も同然だからなー」
「盾も燃えたし、鎧も半分焦げちゃったし」
「このレイドボスの素材が高値で売れれば良いんやけど」
「抜け目ないリューのことだから途中で倒したモンスターの素材なんかもしっかり回収してんだろ?」
「当然やんけ」
「なら何とかなるだろ。さっさと街に戻ろうぜ」
「ほんならアリっちとクレアっちを担いで急いで移動や。その間に二人に新しいアビリティを取得してもらっとくわ」
「今の戦闘でだいぶレベルも上がっただろうし、戦力補強は必要だしね」
「ならそれで行こう。アリーシャ、クレア。そういうことだからすまんがオッサンたちの指示に従ってくれ」
「うっ……オンブされるの、あまり好きじゃないんだけど」
「悪い。少しだけ我慢してくれ」
「……ん。ま、まぁ良いけど」
「ホーセイ様、お手数をお掛けしますがよろしくお願いしますわ」
「いえいえ。それじゃ行こうよケンジ」
「ああ。セカンの街に急ごう!」
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