第38話 オッサンたち、敵をなすり付けられる


 警戒を呼びかけるクレアの声にオッサンたちはすぐさま臨戦態勢を整えた。


 最前衛にホーセイ。その後ろにケンジとリュー。

 中衛はクレアが務め、後衛にはフィーとアリーシャが控える。

 それが今のTOLIVESのメインフォーメーションだ。


「金属が擦れる音が聞こえてくるね。ということは他の冒険者が戦ってる?」


「そういやギルドで『水鏡の地下洞窟』で別の依頼を受けてたパーティーが居たな。多分、そいつらじゃね?」


「どんな奴らや?」


「アタッカーらしいイケメン男とグレートオッパイな女騎士とグレートオッパイな女神官で、確かポイズンスライムの討伐依頼を受けてたような……。装備も整ってたし、それなりに経験を積んだパーティーに見えたぞ」


「だったら戦闘があっても余裕やろ、とは思うんやけど……」


 遠くから聞こえていた金属の擦れる音が徐々に近付いてくる。


「なんか音が近付いてきてない? それに他の音も混ざってるような……」


「ねえ。何か唸り声みたいなのも聞こえる気がするんだけど……」


「確かに聞こえますの……足下も微かに震動している気がしますわ」


「ご主人様、どうなさいます?」


「……隊列を崩さないようにゆっくり後退しよう。ある程度、距離を稼げたら洞窟の入り口に向かってダッシュするぞ」


「それが一番やろな。ほな、オレが最後尾を担当するわ」


「頼む。みんな後退だ!」


 オッサンたちは前方に注意を払いながら地下洞窟の入り口に向かって後退する。

 だが事態は急転した。


 前方から聞こえていた金属の音がより一層激しくなり、地面を蹴りつけるような激しい足音が聞こえてきたのだ。


「おい……おいおいおい! マジかよ! 一気にこっちに走ってきてるぞ!」


「逃走してるみたいだね。それにモンスターらしい足音も多い。マズイよこれ!」


「クソッ、このまま回れ右しても追いつかれそうだな。こうなったら俺たちでアリーシャとクレアを抱えて逃げるか……!」


「そんなのイヤよ! アタシは戦うわよ、ご主人様!」


「わたくしもアリーシャさんの意見に賛成です」


「いや、そうは言っても二人はまだ戦闘に慣れてないだろ!? いきなり乱戦になるのはキツイって!」


「そんなの、戦っている間に慣れていくわよ」


「ええ。わたくしたちにとって実戦こそ最高の教材ですわ」


「いや、そうは言ってもだな……!」


「二人はどうしてそこまで戦いたいの?」


「アタシたちは弱い。そんなの分かってる。だけど早く強くなりたいの」


「友人としてフィーさんを守るためにも。それがわたくしたちの務めであり、」


「アタシたちの目標なのよ! だからアタシたちは戦いたい!」


 そう言ったアリーシャたちの瞳には力強い意志の光が見えた。

 そんな二人の友人の言葉にフィーが瞳を潤ませる。


「その覚悟受け取った! なら戦うぞ!」


「ま、レベリングに丁度良い、っていう考え方もできるわな」


 最後尾に移動していたリューが、アリーシャたちの声を聞いてケンジたちの下へ戻ってくる。


「うーん、大丈夫かなぁ」


「俺らオッサンが踏ん張って大丈夫にすりゃ良いんだよ」


「それもそっか。じゃあやろう」


「そうと決まったら態勢を整えよか。まずオッサンたちはステータスに掛けてた制限の解除や。フルパワーで暴れんで!」


「おうよ!」


「僕の筋肉の出番だね!」


 リューの指示に応え、ケンジたちはアビリティリストを展開して無効化していた【ステータス+】のアビリティを全解放する。


「他にも出番はあるで。ホーセイ、洞窟の壁に横穴を作っておいて。で、ケンジはその横穴にクランハウスの扉を展開しておいてや」


「なるほど。いざというときはクランハウスに逃げ込む訳か」


「いざっちゅーときはな。フィーっちたちも危ないと思ったらすぐにクランハウスに入ること。オッサンたちとの約束やで?」


 リューの言葉に少女たちが力強く頷きを返した。

 そのとき前方から足音と共に冒険者たちの声が聞こえてきた。


「前に誰か居るぞ! 丁度いい、あいつらに擦り付けて俺らは逃げようぜ!」


「ちょっとカイン! それは冒険者規定に違反する行為よ!」


「そうですよカイン様! こういう場合は一緒に戦うのがギルド所属の冒険者に課せられたルールです!」


「そんなこと言ってもモンスターの数が多すぎるじゃん! 共同戦線を張ったところで負けるに決まってるって! 良いから逃げるぞ!」


「でも……!」


「俺に意見するのかダリア!」


「ご、ごめんなさい……」


「レイネは俺の意見に賛成だろ?」


「……はい。カイン様がそう判断するのなら、わたしは従いますわ」


「それで良い。じゃあこのまま走り抜けるから――」


 そこまで言ったとき、イケメン顔の冒険者が歪んだ笑みを湛えた。


「なんだよ、ギルドに居たクソむかつくオッサンじゃん!」


「ああんっ!? てめぇ、あのときの……っ!」


「アハハッ、やっぱ俺ツイてるわぁ! おいオッサン、俺らが逃げるまで足止めしとけよ! 前途ある若者の未来のためにもしっかりとな!」


「はぁ!? 誰がてめぇなんかのために……っ!」


「ケンジ! 来るよ! バカの相手を後回しにして!」


「クソッ……てめぇ! ギルドに戻ったらぶっ飛ばしてやるからな!」


「ロクな装備もないオッサンが生き残れる訳ないだろ! あばよオッサン!」


 ゲタゲタと大笑いの声を響かせながら、イケメン男は女性二人を連れて走り去っていった。


「あいつ、ギルドに戻ったら絶対にぶん殴ってやる……っ!」


「そのときはオッサンたち全員でやるで。せやけど今は目の前のことや。敵の数はデカイのが三十。カエル、トカゲ、クモ、それに飛んでる小さい虫がたくさんや!」


「虫型のモンスターまでいるのかよぉ!?」


「飛行タイプの虫型モンスターかぁ。当たり判定が小さいし状態異常をばら撒くし、苦手なんだよねえ」


「心配せんでも虫型は後衛に任せるで。クレアっち、敵の動きを良く見てアリっちに目標を指示したってくれ!」


「分かりましたの!」


「アリっちはクレアっちの指示に従って小さい虫の処理を優先や!」


「分かった!」


「フィーっちは少し前に出て待機しとって。状態異常持ちモンスターのオンパレードやから、前衛が状態異常に掛かったらすぐにキュアで解除したってや」


「わ、分かりました! 頑張ります!」


「フィー! 肩の力を抜け! リラックスして行こうぜ!」


「大丈夫。オッサンたちはみんな強いから」


「大船に乗った気でいてや」


「はいっ!」


「各自、スタミナやらMP魔法力やらの管理はしっかりとな! ほな戦闘開始や!」


「おう! いくぞみんな!」


 ケンジのかけ声と共にパーティーメンバーの身体が光り輝いた。


「わっ!? なにこれっ!?」


「身体の奥から力が湧いてきますわ!」


「これがご主人様の持つお力なんだよ! すごいよね!」


「今回はパーティー全員での戦闘だからな。俺のユニークアビリティ【指揮】のバフが効果を発揮したんだよ」


 そんなフィーの声を聞いたケンジはより一層気合いを入れた。


「気合い入れるぞオッサンども! フィーたちは絶対に守り抜く!」


「うん。僕たちがしっかりと守ってあげないと」


「全力でモンスターを叩きのめすで!」


 少女たちを守る――その想いがオッサンたちの心を奮い立たせた。


「見えた! 一番手はクモ! その後ろからトカゲとカエルが迫ってきてるよ!」


「この数はタンク一人やと厳しいやろな。ホーセイは【挑発】で周辺のヘイトだけ受け持ってや!」


「分かった! 【挑発タウント】!」


 【アーツ】を発動すると周囲のクモがホーセイに一斉に襲いかかった。


「ひーぃ! 大型犬ぐらいの大きさのクモに迫られると、苦手じゃなくてもゾッとするねぇ!」


「すぐに数を減らすからちょっとだけ我慢してろ!」


「できるだけ早くねー!」


 ホーセイが一部のクモを引き寄せている間に、ケンジとリューの二人が他のクモ型モンスターに攻撃を仕掛けて数を減らしていく。


 その間、クレアの指示に従ってアリーシャがファイアバレットで飛行している虫型モンスターを処理していた。


「まずはケンジ様の右手側に飛んでいる虫にファイアバレットですわ! その次はホーセイ様の後ろに飛んでいる虫ですわ! その後はリュー様の足下に居る虫を一掃してくださいですの!」


「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って! そう矢継ぎ早に言われてもすぐには対応できないってば!」


「そのための支援職ですわ。はい、アリーシャさんに【スピードアップ】ですの。これで魔法の使用スピードが上がりますわ♪」


「オニなのアンタ!?」


「アリーシャ、ガンバだよ!」


「んもう、これでも最高に頑張ってるわよ!」


 友人たちの声援?を受けながら、アリーシャは休む暇もなく魔法を連射して飛行している虫型モンスターを処理していく。


「ちょ、と待って、そろそろ魔法力MPが枯渇しちゃう……っ!」


「それでは【MP回復速度アップ】を掛けて進ぜますわ。回復次第、すぐに攻撃を再開ですの!」


「やっぱりオニでしょアンタ!?」


「さあ次はケンジ様の足下の敵にファイアバレットですの! まだまだ虫は居ますから休んでいる暇はありませんの!」


「アリーシャ、ガンバだよ!」


「だから最高に頑張ってるってばーっ!」


 後ろから聞こえる少女たちの声。

 その声に和みながらも、オッサンたちは前線で身体を張る。


「クモ、処理完了。次はトカゲにカエル!」


「変異カエルは拳闘ビルドの俺らじゃ厳しいぞ! どうすんだ、リュー!」


「カエルはノックバックさせて距離を取ってや! クレアっち! ノックバックしたカエルに移動阻害の【アーツ】や!」


「はい! 【ソーンバインド】!」


「アリっちは虫の処理が終わったらカエルにフォーカス!」


「わ、分かった!」


「フィーっち、前衛のスタミナ回復!」


「はい!」


「ホーセイ! 俺たちはトカゲを先に処理すんぞ!」


「了解!」


 IGLインゲームリーダーを務めるリューの指示に従い、声を掛け合って緊密な連携を取りながらオッサンたちは迫り来るモンスターに対処する。


 だが倒せども倒せどもモンスターは後から後から湧き出すように姿を見せた。


「チッ! キリがないな。この狭い通路やと押し切られたら一気に飲み込まれるで……しゃーない、みんな戦いながら後退すんで!」


「また難易度の高いことを……どこまで後退するつもりなの!?」


「入り口の大広間までや」


「入り口って結構な距離があるじゃねーか!」


「分かっとる。でもこのまま狭い通路で戦ってたら、一度態勢が崩れただけで一気に飲み込まれて全滅してまうやろ」


退さがるしかねえか……」


「撤退戦は難易度高いよ? フィーちゃんたち、大丈夫かな?」


「大丈夫です! ご主人様方の足は引っ張りません!」

「やってみせるわよ!」

「全力で頑張りますの!」


「いい気合いだ! 分かった。みんな戦いながら後退する!」


「まずはフィーっちたちからや! 背後を確認しながらゆっくりゆっくり、焦る必要はあらへんで!」


「何があっても俺らが後ろに居る。だから安心して、慎重に後退すれば良いぞ!」


「はい!」


 リューの指示に従って後衛の少女たちはゆっくりと後退を始めた。


 その間にもモンスターは押し寄せ、前衛のオッサンたちはジリジリと削られながらもモンスターを押し返す。


「クソッ、やっぱ変異カエルがウゼェ!」


「打撃耐性って言っても限度があるでしょ!」


 今のオッサンたちの武器は拳だ。


 その拳をジャイアントトードにのべつまくなしに打ち込んではいるのだが、打撃攻撃に耐性を持つジャイアントトードを撃破するには至らない。


 それでも前線が崩壊せず、五分に戦えているのはひとえにオッサンたちのステータスが異常だからだろう。


「ラスボス並のステータスなのにカエル如きに苦戦するとか情けねえな!」


「特性は言わばモンスターのユニークアビリティなんだから仕方ないよ」


「泣き言言わないでしっかりしなさいよ! アンタたちはこのアタシのご主人様なんでしょ!」


 オッサンたちの繰り言を叱りつけながら、アリーシャが魔法で援護する。


「ハハッ! 確かにな。泣き言まみれのオッサンなんざ格好悪くて仕方ねえ!」


「なら気合い入れ直そうか!」


「おう! やるぞホーセイ!」


「オッサンの意地を見せないとね!」


 アリーシャのツンデレ応援エールを聞いてオッサンたち奮い立ち、押し寄せるモンスターに拳を振るう。


 オッサンたちの活躍もあって何度も敵を撃退するのだが、すぐに次のモンスター集団が押し寄せてくる。


「これ、もしかして『モンスター大発生スタンピード』が始まってる……?」


「情報が少ないから判断できん。それに今は生き残ることが優先や。あと少しで入り口の広間に到着するから、もうちょい踏ん張ってやオッサンども!」


「わーってるよ!」


 リューの激励に答えながらモンスターを撃破していくケンジたち。

 やがて終わりの見えなかったモンスターの出現がピタリと止まった。


「なんでか分からんがモンスターの出現が途切れたぞ! 今がチャンスだ!」

「よっしゃ、一気に後退すんで! 全員駆け足!」


 リューの号令に従って全員が走り出す。


「ザコMOBの出現が途切れたとなると、次に出現するのはもしかして――」


「レイドボスってのがお約束かもな。そうなったらどうするリュー?」


「どうもこうも。逃げ切れるなら逃げるし、逃げ切れるか分からんのなら戦うしかないやろ」


「やっぱそうなるか。フィー! おまえらの状態はどうだ? まだ戦えるか?」


「私とクレアは大丈夫ですがアリーシャが厳しいかもしれません」


「だい、じょうぶよ! ちょっと頭が痛くて全身から血の気が引いてるけど!」


「いや全然大丈夫じゃないだろそれ!」


「魔法の使いすぎで魔法力が枯渇しかかってるだけだから。少し休んでMPを回復すればすぐに戦えるようになるわ……!」


「クソッ、MP回復ポーションとか用意してれば良かったんだが……!」


「そういうの、全く準備してなかってね僕ら。気が回らなかった」


「レベルアップの早さにテンション上がって脳筋プレイしすぎてもーたな。せやけど今更言ってもしゃーない。アリっちはMP回復するまで待機や!」


「そんな……! それじゃアタシが足を引っ張ってるみたいじゃない! イヤよそんなの! 大丈夫、アタシ、ちゃんとやれるわ!」


「心配しなくても足手まといなんてこれっぽっちも思ってねーよ!」


「これは役割分担の話だよ」


「そういうこっちゃ。アリっちに待機してもらうんは、いざってときにアリっちの魔法を切り札にするためや。だから気兼ねのぉ(気兼ねなく)休憩しとき!」


「……分かった」


「いい子だ。フィー、クレア。二人もアリーシャのフォローを頼むぞ」


「任せてください!」

「もちろんですわ」


 主人の言葉に少女たちが頷いたそのとき。

 足下の地面が震動する低い音が響いてきた。


「なんだぁ!? もしかしてこんなときに地震かぁ!?」


「地下洞窟の中に居るときに地震とかシャレにならないんだけど!」


「これは地震やない。地響きや。何かデカイものがドカドカと走っとるような」


 嫌な予感と共にオッサンたちは背後を振り返った。

 そして音の正体を見た――。


「ザ」

「ザ」

「ザリガニだぁーーーーーーーーーーーーーっ!?」



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