第36話 オッサンたち、パーティ編成を考える
使えるはずのなかった上位魔法――ユグドラシルファンタジー的に言えば中級スキル――の威力に茫然自失するアリーシャをよそに、オッサンたちとフィーはクレアの近くに集まった。
「ほんで次はクレアっちやねんけど。クレアっちには中衛に適したビルドにして欲しいんや」
「ビルド、ですか。中衛を務めることになるのはもちろん構わないのですけれど、そもそもビルドというのはいったい……?」
「ビルドっていうのは自分の役割の決定というか選択というか……」
「つまり自分が何をしたいか。どう活躍するかを選ぶってことだな」
「自分で選べますの?」
「ああ。それが俺のユニークアビリティ【クラン】が持つ力だ」
「自分で選べる……それは素晴らしいことですの!」
目をキラキラと輝かせたクレアが、待ちきれないようにリューに視線を向けた。
「ではリュー様。ご指導よろしくお願い致しますわ」
「任せとき。ほんならまずはビルドの方向性やねんけど、クレアっちにはオレの代わりにパーティーの
「ばっふぁー、ですか? それってどのような役割ですの?」
「バッファーは支援術士とか支援職とか言われる役割だよ。味方の攻撃力をアップしたり魔法の威力を高めたり……」
「それだけやないで。バッファーの一番重要なポイントはタンクやアタッカーなんかの前衛メンバーが敵に囲まれんようにすること。つまり戦場の掌握やな」
「戦場の掌握……! それはつまり戦況を自らの手で左右できる立場になるということではありませんか! なんとも素敵な言葉ですの!」
「お、おう。大人しそうに見えてすげぇ反応するな、クレアは」
「クレアはノースライドの商経済を支えていた大手商会『サンボルト商会』の商会長の娘ですから」
「商会? でもクレアって貴族なんだろ?」
「はい。サンボルト商会の国への貢献に感謝しておじいさま……先代のノースライド王が爵位を与えたのがサンボルト男爵家の始まりなのです」
「なるほど。実力でのし上がった貴族って訳か」
「ふふっ、ただの成り上がり成金貴族ですわ」
そう言って楚々とした微笑を浮かべたクレアだったが、その笑みには誇らしさと共にどこかしら凄みのようなものが感じられた。
「ホワホワしたお嬢さんかと思ったけど、なかなかやるやん」
「肝も据わってるしな。したたかな女の子ってのはカッコイイから俺は好きだぞ」
「僕も。清楚な笑顔の裏にしたたかさを隠す少女。うーん、いいねえ」
「あらあら。うふふっ……そんな風に言われると何だか照れくさいですの」
「むぅー……」
「あん? どうしたフィー? ほっぺた膨らまして。腹でも減ったか?」
「……なんでもないです」
「うふふっ、フィーさんは相変わらずお可愛らしいですの」
「むぅ。そんなことないもん」
「?? 良く分からんが……今はクレアのビルドをさっさと決めちまおうぜ」
「まったくこのオッサンは……」
「仕方ないよ。ケンジだし」
「何のことだよ?」
「……何でもあらへん。まぁとにかく、や。クレアっち。バッファーになることを了承してもらえるやろか?」
「ふふっ、もちろんですの。ご主人様方のご恩返しができるのなら、わたくしなんでも致しますわ」
「マジか! ありがとうやでクレアっち! クレアっちがバッファーやってくれたらオレがフリーにポジション取れるし、前衛の負担をだいぶ減らせるわ!」
「今のところ俺とホーセイの二人で大丈夫だが、正直、これからどうなるかは未知数だからなぁ」
「リューが前衛に出てきてくれるなら確かに助かるよね」
「とは言え、フィーっちたちが慣れるまではトップ下が定位置になると思うで」
「それでいいぞ」
「じゃあクレアっち、続きやねんけど……」
リューは
「後衛ダメージディーラーはクールタイムが発生する【アーツ】よりもMPを消費するだけで連発できる【スキル】のほうが重要視されるんやけど、中衛のバッファーは【アーツ】のほうが強力やねん。クールタイムが発生する能力やからシビアに時間管理せんとアカンけど」
「クールタイム、というのは……?」
「クールタイムっていうのは【アーツ】が再使用できるようになるまでの時間のことだよ」
「なるほど。【アーツ】とやらは連続で使用することはできないのですね」
「そういうことや。だから支援職は【アーツ】のシビアな時間管理能力が必須やねんけど……」
「大丈夫ですわ。わたくし、時間管理は得意ですの」
「ほんまに?」
「幼い頃から実家の手伝いをしていて、長じてからは商会長である父の秘書を務めておりましたから」
「なるほど。それでタイムスケジュールの管理は得意って訳だね」
「うふふっ、はい。それなりには」
「んじゃ、あとは時間管理の精度を上げていけばエエな。まずはバッファーに必須の【アーツ】から取得していこか」
対象となる範囲の敵の足下に泥沼を出現させて対象の移動速度を制限する『マッドスワンプ』。
トゲのついた茨を召喚して対象を移動阻害をしながらDOTダメージ(ダメージを効果時間の間与えるダメージのこと)を与えるアーツ【ソーンバインド】。
指定範囲に麻痺、毒、眠りの雲を発生させる各種【クラウド】系アーツ。
指定ポイントに敵が触れた時に発動する各種【トラップ】系アーツ。
味方の攻撃力や防御力を上げる【アップ】系のスキル。
敵の攻撃力、防御力をダウンさせる【ダウン】系スキルを取得していく。
「移動遅延に移動阻害……移動を妨害するアーツが多いんですのね」
「さっきも言った通りバッファーの仕事は前衛が一度に戦う敵の数のコントロールやからな。移動阻害系のデバフを的確なタイミングでばら撒いて戦況を有利にするのがバッファーの真骨頂なんや」
「慣れてないバッファーはやたらと【アップ】系のバフとか【ダウン】系のデバフを捲きたがるんだよねぇ」
「状況を考えずにバフされるとヘイト管理が狂うし、クールタイム管理もズレるから結果的にDPSが下がるし、正直、勘弁して欲しいんだよな」
「贅沢言うとるわ、この脳筋オッサンども。他人の時間管理すんの、めちゃくちゃ大変やねんぞ?」
「いや、リューのバフには文句ねえし、クレアだって駆け出しのバッファーなんだからこれから合わせて行けば良いってのは承知してるさ」
「でもユグドラシルファンタジーの時にいたイキリバッファーみたいなのはちょっとね……って話だよ」
「押しつけバッファーか。ありゃ確かに迷惑やったな」
「ご主人様方に迷惑を掛けないように頑張りますわ」
「おう。だけど頑張るのはクレアだけじゃない。一緒にだぞ」
「連携あってこそだからね」
「ええ」
オッサンたちの言葉に頷いたクレアだったが、リストを見ながら名残惜しそうに小さな溜息を吐いていた。
「おん? どうした? 何かあったのか?」
「それはその……あの! わたくし、一つおねだりさせて頂いても宜しいです?」
「何のおねだりや?」
「もしかして何か取りたい能力があった?」
「はい、あの、これを――」
クレアは能力一覧が表示されているARウィンドウの一部を指差した。
そこに書かれているのは【調教師】という文字。
モンスターテイマーに関する能力だ。
「わたくし、動物が好きで……モンスターを操る冒険者さんに憧れていたのです。いつか自分もモンスターをテイムしたいと、密かに夢見ておりましたの」
「なるほど。
「うわっ、支援職と調教師系のビルドの両立って結構マゾくなかったっけ? 攻略掲示板で挫折した人の書き込みをたくさん見たことがあるよ」
「使いこなせていたプレイヤーは、プレイ人口が数億も居るユグドラシルファンタジーのプレイヤーの中で百にも満たない数だった記憶があるな」
「実際のところ【アーツ】をメインに使う支援職と【スキル】を使ってテイムモンスターに力を与える調教師はビルド的にはそこそこ相性がエエ組み合わせやねん。それやのに使いこなせるプレイヤーが少なかったのには理由があってな」
「へぇ、そりゃ初耳だ。理由ってどんな理由があんだよ?」
「支援職は【アーツ】のクールタイムを把握しつつ、仲間たちのバフ状況と効果時間の把握をして、更に敵に掛けたデバフの効果時間の把握をせんとアカンやん?」
「時間把握ばっかりだねぇ。それをやってくれてるリューには感謝だよ」
「ま、好きでやってることやからそれは別にエエんやけど。とにかく戦闘中の支援職の頭の中は【アーツ】や【スキル】の時間管理に脳内リソースを割かれてるって訳や。そしてこれはテイマーも同じやねん」
「へえ、そうなんだな。単純にテイムしたモンスターに指示を出して戦わせてるだけだと思ってたわ」
「僕も。テイマーって大変なんだね」
「戦闘中のテイマーはテイムしたモンスターへの力の供与の他にスキルを使った強化をするねんけど、それだけやなくてタンクやアタッカーの動きを邪魔せんようにテイムモンスターに細やかな指示を出さんとアカンのよ」
「そうなんだ? 僕、テイムモンスターはメインアタッカーとして運用するのが普通だと思ってた」
「よっぽど強力なテイムモンスターやない限り、装備の整ったプレイヤーのほうがDPSが出るし、何より状況に合わせた反応が段違いに速いからな」
「そこら辺はやっぱ人間の脳味噌のほうが優れてるってことか」
「ユグドラシルファンタジーの場合、テイムモンスターにはそのモンスターの種族に合わせたAIが組まれとって、それに準じた行動しかできへんかったんよ。だから支援職と調教師職の両立は脳内リソースを効率良く割り振らなアカンくて、難易度が激高やってん」
「同時に二つの物事を考えながら指示を出すってのは難しいもんな」
「せやけど、それはユグドラシルファンタジー内でのことやん? この世界やとどんな風になるんか、正直、興味があるねん」
「ならさ。やらせてやろうぜ!」
「せやけど、結構マゾいと思うで?」
「本人が挑戦したいって言ってるんだ。それを挑戦させずに諦めさせるってのはオッサンの傲慢さってもんだろ」
「……それもそうやな」
「やる前から無理って決めつけて何もしないのは、新しいものに順応できないオッサンたちだけで良いもんね」
「そもそも俺らのモットーは『自分ファースト』だろ。自分が楽しみ、余裕があれば仲間のフォローをする。クレアがテイマービルドを試したいっていうのなら、どんどんチャレンジさせてやろうぜ」
「……分かった! ほんなら調教師系の定番能力については後で説明したるわ」
「これはわたくしの我が儘でしかありませんけれど……本当に良いんですの?」
「おうよ。ガンガン挑戦すりゃいい。オッサンたちがフォローするからよ」
オッサンたちの声援を受けるとクレアはリューの能力の説明に耳を傾けた。
調教師。
ユグドラシルファンタジーではモンスターをテイムして自分の代わりに戦わせる変わり種ビルドの一つだ。
モンスターテイムを成功させるには運の要素が大きく絡み、確実性が低いことからあまり人気の無いビルドだった。
テイムしたモンスターに指示を出すときもモンスターとの親密度と運によってテイマーの指示を実行するか、違う行動を取るかの判定が行われるため、ビルドが完成していない内はバクチしか打てない不遇ビルドの一つだ。
その反面、ビルドに必要な能力を揃えてしまえば多種多様な行動を指示できるようになり、実質パーティーメンバーが増えるのと同等の戦闘力を発揮できる。
言うなれば超晩成ビルド。それが調教師ビルドなのだ。
ケンジたちがユグドラシルファンタジーをプレイしていたときでも調教師ビルドを実戦レベルで使いこなしていたプレイヤーは稀少で、テイマー能力に熟達したプレイヤーは有名な存在だった。
「バッファーと兼任するのは至難の業やけど挑戦しがいがあるとも言えるしな。頑張りや、クレアっち」
「はいですの!」
オッサンたちの応援の言葉を嬉しそうに受け止め、クレアは気合いを入れるように拳を握り締めた。
「二人のビルドも固まったことだしそろそろ依頼を再開しようよ」
「アリーシャはもう大丈夫なのか?」
「だい、じょうぶ……って訳じゃないわ。今まで魔法の勉強を頑張ってたのは何の意味があったのかとか、こんなに簡単に力を持ってしまって良いのかとか、色々あるけどいつまで呆けてはいられないもの。
でも時間のあるときにもっと詳しくビルドってやつのこと、教えなさいよね」
「分かった。今度じっくり教えてやるよ」
「ん。待ってる」
「そんじゃ依頼再開だ。フィー。ブルースライムを探してくれるか? オッサンたちは小さい物が見えないからフィーだけが頼りだ」
「私だけが頼り……! はいっ! もちろんです! 私、頑張ります!」
「おう、頼むぞ!」
「任せてください! アリーシャ、クレア! 二人も手伝ってね!」
「了解」
「もちろんですの」
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