第35話 オッサンたち、仲間のレベリングを見守る


 目の前で蠢く軟体生物・スライム。

 そのスライムと対峙する三人の女の子。


 フィーラルシア・ノースライド。

 アリーシャ・シルバーフォックス。

 クレア・サンボルト。


 ケンジが率いるパーティーの一員となった三人の少女たちだ。


 少女たちは蠢く軟体生物を目の前にして、緊張した面持ちで武器を握っていた。


「まずは敵を【鑑定】や。そうすりゃレベル差があれば敵の生命力やら魔力、それに属性やら攻撃方法なんかが表示される。それが【鑑定】アビリティの能力や!」


「はい!」


「戦闘を開始する前に【探知】アビリティを使って周囲の敵を確認するのも忘れたらアカンで!」


「分かりました!」


『水鏡の地下洞窟』。

 地底湖が存在し多種多様なスライムが生息する洞窟にリューの指示が反響する。


「アリっちとクレアっちは初めての戦闘やろうからオレらがフォローする。せやけどギリギリまで手は出さんから、自分たちで何とかするように頑張りや!」


「分かってる。スライムなんかに負けないんだから!」

「全力を尽くしますの!」


「スライムは決して弱い敵じゃないから充分注意して。敵の動きを良く見て。焦らず、確実に、だよ」


「はい!」


「おっし、準備が整ったら戦闘開始だ!」


 オッサンたちの声援を受け、まずフィーが一歩前に進み出た。


「二人はまだレベル1だから、私が前に出るね」


 冒険者となったばかりの友人たち庇うように前に出たフィーが、いつでもスライムに攻撃できるように杖を構える。


「スライムは体内にある核を壊すことで倒せるみたい。私が牽制するから二人はスライムの核を狙って」


「分かったわ!」

「やってみますの!」


「じゃあ行くよ! えーーーいっ!」


 気合いと共に杖を振り下ろすフィー。

 だがその一撃はスライムの生命核を捉えることはできなかった。


 攻撃を受けたスライムは威嚇するように酸を噴き出して反撃を始める。


「やだ! 変な液体がピュッ、ピュッって……!」


「スライムの酸は触れたら服が溶けちゃうから注意してね!」


「服が溶けるのはイヤですわ。分かりましたの!」


 声を掛け合いながらスライムと戦う少女たち。

 その姿を後ろから観察しながらオッサンたちは話し合っていた。


「フィーのやつ、二人を守るって気持ちが強くて、スキルを使って攻撃することを忘れてるな」


「普段からスキルを使うことに慣れていないと、どうしても脳筋スタイルになっちゃうからねえ。僕も初心者のときはよくやってた」


「その辺りはアリっちとクレアっちがビルドを構築してから改善していこ。まずは経験値をゲットしてレベルを上げんとな」


「アリーシャは怖がってるのか手数が少ないな。接近戦は苦手なのかもしれん」


「クレアちゃんは度胸があるね。冷静に隙を窺って攻撃してる」


「それだけやない。常に視界に敵味方を一望できるような位置取りをしとる。視野が広い証拠や。こりゃ鍛えたら良いIGLインゲームリーダーになりそうやな!」


「珍しくリューが興奮してるね」


「IGLできるやつは稀少やし、金の卵を見つけたらそら興奮もするわい」


「IGL、ホント難しいよなぁ。俺も一度チャレンジしてみたけど視野を広く持てないし、考えることが多すぎてDPSが下がっちまう」


「アタッカーはMOBモブをキルするのが役目やし、DPSが下がってもうたら本末転倒やからな」


「向き不向きがあるから、こればかりは仕方ないね」


「せやけどクレアっちがIGLとして使えるとなると選択肢が広がってエエね」


「タンクにホーセイ、前衛アタッカーに俺とリュー。中衛にクレア。後衛ヒーラーにフィー、後衛ダメージディーラーにアリーシャ。良いバランスじゃねーか!」


「こんなバランスの良いパーティー編成なんて、僕たち初めてじゃない?」


「俺たちは自分ファーストでパーティー組んでたからな」


「いびつでも楽しんだモノ勝ち、が僕たちのモットーだったしね」


「それな。まず自分が楽しむ。余裕があれば仲間を手伝う。ゲームの中でまで誰かに気を遣いたくなかったし、それが許される仲間がそばにおったし」


「おっ、珍しいじゃん。リューがそんな熱いこと言うなんて」


「たまにはエエやんけ」


「いやもっと言ってくれよ。褒められて喜ばねー友達は居ねーぞ?」


「ダッルーーーーーーーーーーーーッ!」


 ニヤニヤして小突いてくるケンジにリューは顔を顰めた。


「ハハハッ、ケンジの悪い癖、ウザ絡みが出てるよ」


「ほんまウザいわー、このオッサン。そんなんやから会社の総務の女の子に『浅草さんってネチッこいセックスして女の子に嫌われそうですね』って言われるねん」


「ぐはっ……! トラウマを抉るのはやめろよ! 禁止カードだろ、そのネタ!」


「だったらウザ絡みすなよ。オレにやる分にはまだエエけど、フィーっちたちにそれしたら絶対嫌われるで?」


「それは大丈夫だ。俺はそこまでノンデリじゃねえ」


「いや説得力ないからね、その言葉!」


「デリカシーどこに落として生まれて来たんやって話やからな、ケンジの場合」


「ぐぬっ……気をつけます」


 オッサンたちが何やら雑談に興じている間もフィーたちはスライム相手に善戦を続ける。

 やがて――。


「やったーっ!」

「ふぅ、何とかなったわね」

「ふふっ、やりましたね、わたくしたち……♪」


 全てのスライムを倒した少女たちから、達成感に満ちた歓声を上げた。


「終わったみたいやな」


「初勝利おめでとう!」


「怪我はないか? どこか痛いところとかあったらすぐに言えよ?」


「大丈夫です! みんな怪我することなく勝てました!」


「フ、フンッ、これぐらいアタシには余裕なんだから!」


「ふぅ、初めてで緊張しましたの」


「お疲れさん。それじゃ早速、能力の取得と行こうぜ」


「せやな。ほんならアリっちとクレアっち、さっき開いたステータスボードをもう一回開いてや」


「分かったわ。えーっと、確か、こうやって――」


「ステータスボード、出しましたわ」


「よっしゃ。んじゃメニューリスト……ボードの右側にある文字の中から、取得可能スキルの一覧を選んで貰って――」


 リューの指導の下、アリーシャとクレアは能力リストを開いた。


「ステータス、ちょいと見させてもらうで。ふむふむ――」


「スライムの経験値、どうだった?」


「グリーンスライムの経験値は一。それを三匹倒したんで取得経験値は三やな。パーティーメンバーになったことでオレらのユニークアビリティが適用されて、獲得した経験値は三千。現在レベルは3や」


「なんだそれ、日本語バグりすぎだろ」


「そもそもアイコちゃんから貰ったユニークアビリティがバグってるんだから、日本語だってバグッちゃうよ」


「それな。レベルが1上がる度にスキルポイントが十貰えるから、そこに俺らのユニークアビリティ【取得スキルポイント十倍】が適用されて……」


「二万ptだね」


「ユグドラシルファンタジーはレベル100でカンストだったから総取得スキルポイントは990ptプラス初期値の10ptで合計1000ptだったよな」


「うん。だからレベル3でスキルポイントが二万ポイントってことは、ユグドラシルファンタジー的に考えるとだいたいレベル2000だね」


「2000!? 改めてバグり散らかしてるよなー、俺らのユニークアビリティ」


「僕らっていうか、アイコちゃんのせいだけどねー」


「まぁオレらからするとそうかもしれんけど。でもそのチートのお陰でフィーっちたちがこれから安全に生きていけるなら別にエエやん」


「確かに」

「確かに」


「それよりも、や。取得スキルポイントが二万ptもあるんなら、定番の能力は殆ど網羅できそうやな」


「アビリティもアーツもスキルも取り放題だな。リュー、ビルドの方向性を示してやってくれよ」


「そうするつもりやけど、まずはアーツやらスキルよりも先にステータスを補正するアビリティを優先するつもりや。そのほうが安全やろ」


「ステータスこそパワーの世界だからねえ」


「そういうこっちゃ。ってワケで二人とも今からオレが言うアビリティを探してポチッとしてや。まずは【ステータス+】ってアビリティや。五項目あるからその項目全部を一段階ずつ取得していってや」


「アビリティ……あ、この項目かな」


「これをこうして……あの、『本当にアビリティを取得しますか?』と質問されておりますけど、どうすれば?」


「『はい』のところをポチーッとすりゃ大丈夫やで。やり直したい場合は『いいえ』をポチーッや」


「分かりましたの。ポチーッ」


 リューの言葉を真似ながらクレアが能力を取得した。


「これで良いのですの?」


「こっちもできたわよ」


「ほんなら次は定番アビリティの取得や。アビリティの項目で【鑑定】と【探知】、あと【ミニマップ】とその機能拡張版【ミニマップ+】。それと【インベントリ】と【インベントリ共有化】と、あとは――」


「ま、待って待って。そんなにたくさん言われても覚えきれないわよ!」


「スマンスマン。ゆっくり言うから慌てんと一個一個確かめながら取得してや」


 リューが取得する必要のあるアビリティを列挙すると、アリーシャとクレアは一覧の中から該当アビリティを探し出して取得した。


 この段階で二人は筋力・耐力・敏捷性・魔力・運の五項目のステータスに補正が掛かり、なおかつ、ミニマップなどの便利機能を取得したことになる。


「よし。次はアーツやらスキルやらやけど。まずはアリっち」


「アタシね。どうすれば良いの?」


「アリっちには後衛ダメージディーラー、つまり魔導師役をやってもらいたい」


「やるわ。アタシは魔法の神髄を極めるために幼い頃から勉強を――」


「あー、神髄ぐらいはすぐに極められるから安心しぃ」


「……………へっ?」


「まずはオレの言う通りの能力を取得していってや」


 そう言ってリューは取得すべき能力を伝える。


「まずは炎系初級スキルのファイアバレット。その次にファイアアロー。ファイアーランスを取得すると炎系中級スキルが解放されるからファイアーボール、ファイアーウォールを取得。


 そこまで取得したら炎系上級スキルが解放されるから、ファイアストーム取ってインフェルノ取ってヘルファイアを取得や。


 それで最上級スキルが解放されるからノヴァ、スーパーノヴァ、オーバーノヴァ取って、最後に炎系エクストラスキルの神炎の剣レーヴァティンを取得、と。


 ほい、これでアリっちは炎系魔法の神髄を極めた最強魔導師になったで!」


「……………………え」


「おおー、すげーじゃんアリーシャ。神炎の剣って広範囲殲滅魔法のだろ? 確かトップクラン【輝く一番星シャイニングスター】の『サラッチ』が最強ランクまで強化してたよな」


「最強ランクまで強化したら直径一キロ四方を火の海にできる威力があるんだよね。レイド戦だと初っ端にぶっ放して敵MOBを殲滅してくれるから楽だったなぁ」


「それなー。ザコ相手に消耗しなくて済むから助かるんだよな」


「……というワケや。広範囲殲滅魔法は使いどころの難しいスキルやから、今のところはオレらの指示なしで使うのは禁止ってことにしといてや」


「………………ちょ、っと待ってよ。何がどうしてどうなってるの?」


 オッサンたちの説明がうまく飲み込めず、アリーシャは言葉を詰まらせながら首を捻った。


「今さっきアリっちはレベルが上がったやろ? そのときに取得したスキルポイントを使ってスキルをゲットしたって訳や」


「……だからそのスキルって何よ?」


魔法力MPを消費して使用する技能のことや。この世界的に言うなら魔法やな」


「待って。待って待って待って。つまり何? アタシってスライムを倒しただけで古代魔法を使えるようになったってことぉ!?」


「古代魔法が何のことなんかいまいち分からんけど、まぁそういうこっちゃ」


「嘘でしょ……」


「信じられへんか?」


「し、信じられる訳ないでしょ!」


「なら試してみたら良いじゃん。丁度、新しいスライムが天井から落ちてきたし」


 そういうとケンジは五メートルほど離れた場所を指差した。


「ほら、アリーシャ。あのスライムに向かってスキル……魔法を使ってみてくれよ。そうだな……ファイアボールでもぶつけてやれ」


「ファイアボールっ!? アタシ、そんな上位魔法、まだ使えないわよ!?」


「ファイアボールは中級スキルなんやけど……まぁそこはええわ。アリっちはもう使えるようになっとるから対象をターゲッティング……狙ってファイアボールって口にすれば魔法が発動するで」


「口にって……詠唱は!」


「ないで。音声認識やから口に出せばすぐに発動や」


「そんなことあるわけない! だってそんな簡単に魔法が使えたら勉強なんて必要ないじゃない!」


「まぁまぁエエからエエから。騙されたと思ってやってみてや」


「ううー……分かったわよ……」


 リューの言葉に半信半疑な表情を浮かべながら、アリーシャは新たに現れたスライムに向けて魔法名を唱えた。


「ふぁ、ファイアボール……」


 どうせ発動なんてできない――そう信じ込んでいるアリーシャが、頬を赤く染めて恥ずかしそうに魔法名を口に出した。


 その瞬間、


「え、え、え、えーーーー……っ!?」


 発動したスキル――魔法がアリーシャの目の前に人間の頭より二回りほど大きな火球を出現させた。


「なにこれーっ!?」


「ほら魔法が発動したぞ。対象に向かって発射だ」


「発射ってどうすれば良いのよっ!? 投げれば良いの!?」


「投げるモーションは必要ないで。発射するイメージを頭に浮かべればエエねん」


「イメージ……は、発射!」


 アリーシャの声に反応した火球がスライムに向けて飛翔し、着弾と同時に大きく爆発した。


「キャーッ!?」


「おおー、結構な威力のファイアボールだな。【ステータス+】の恩恵か?」


「それもあるけど魔力操作のアビリティを取らせるのを忘れてたわ。あのアビリティがないと消費MPがデフォルトのままで燃費悪いし、威力の調整もできんから使い勝手悪いねんなぁ」


「だったらすぐに取得しないと」


「やな。アリっち、ちょっとこっちに……」


 リューが声を掛けようとしたが、アリーシャは目の前で起きた事――自分が使えない上位魔法が使えたことと共に、知識として得ていた威力とは大きく違うこと――ににショックを覚えたようで放心状態に陥っていた。


「アカンわ。声が届かんみたいや」


「じゃ、アリーシャは後回しにするか」


「次はクレアちゃんだけど……すごいね。目がキラキラ輝いてる」


「それはそうですの!」


 アリーシャの使ったファイアボールの魔法の威力を目の当たりにし、クレアのテンションは爆上がりしていた。


「わたくし、実は魔法が苦手でして……でもアリーシャさんのように簡単に魔法を使えるようになれるのですよね? これを喜ばずして何に喜ぶんですの!」


「楽しそうで何よりや。ほなら次はクレアっちのビルドを相談しよか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る