第33話 オッサンたち、セカンの街に到着する
クランハウスを出たオッサンたちは『獣の森』を進む。
長かった奴隷時代のせいで筋力が落ちきっているアリーシャとクレアを背負って木々の間を駆け抜ける。
日が昇るころにクランハウスを出発したオッサンたちは
やがて茜色に色付いた太陽が地平線に落ちようとする頃、オッサンたち一行は目的地であるセカンの街の大門に到着した。
「はぁ~、何とか日が落ちきる前に到着できたな……」
「現在の時刻は17時14分。結構ギリギリだね」
「時計のないこの世界やと太陽の動きが日常生活に密着しとるからな。なんにせよ門が閉まる前に到着できて良かったわ」
「これからどうする?」
「まずはスタッドの街にあった野宿できる広場みたいなところを探そうや。大きい街やし多分あるやろ」
「『獣の森』を狩り場にしている冒険者もたくさんいるだろうからね」
「よし。んじゃ、リューは広場に関しての聞き込みを頼むわ」
「エエよ」
「ホーセイはお嬢ちゃんたちの護衛な」
「了解。ケンジはギルドで依頼の確認だっけ?」
「おう。この街のギルドを確認してくるわ」
「その顔で大丈夫? フィーちゃんたちの傍に居たほうが良いんじゃない?」
「うるせえ、顔のことは言うな。俺が居ると面倒臭い奴に絡まれそうだからフィーたちのことはホーセイに任せたいんだよ」
「それもそうだね。気をつけて行ってきて」
「おう」
「良さげな依頼があったら確保しといてや」
「分かった。それじゃオッサンども、サクッと行動開始だ!」
行動方針さえ決まればオッサンたちはサクッと行動を開始できる。
オッサンたちは自らに割り当てられた役割を全うするため、すぐに動き出した。
「あの、私たちも何かお仕事を――!」
「ありがとう。でも今は大丈夫。オッサンたちに任せておけば良いよ」
「でも……」
「気にする必要はないよ? 今の僕たちの優先順位はフィーちゃんたち三人を守ること。三人が強くなれば能力に合わせてちゃんと仕事を割り振るつもりだから、そのときはよろしくお願いするよ」
「そう、ですか……」
ホーセイから説明されたフィーが表情を暗くした。
「私、全然皆様のお役に立ててませんね……」
「えっ? そんなことないと思うけど」
「本当にそう、でしょうか……」
「少なくとも僕たちはフィーちゃんのことを大切な仲間だと思ってるし、いつも助けてもらってると思ってるよ? それに一番大切な、オッサンたちの癒やし役をしてくれてるしさ」
「癒やし、ですか? 私たちが?」
「可愛い女の子たちが仲良くしている姿を見れば、それだけでオッサンたちの心は潤うからねぇ。
それにフィーちゃんは戦闘でもオッサンたちをしっかりサポートしてくれてる。それだけで充分だよ」
「私、ちゃんとサポートできていますか?」
「もちろん」
即答したホーセイが、若者らしい焦りを感じているフィーを優しい諭す。
「フィーちゃん。焦らなくても大丈夫だよ。アリーシャちゃん、クレアちゃんと一緒にこれからじっくり強くなっていけば良いんだ。
僕たちオッサンはそんな三人をサポートするために全力を尽くすから」
「……(コクッ)」
ホーセイが若者の悩みにオッサンアドバイスをしていた頃、ケンジはギルドで依頼書が貼ってある掲示板を眺めていた。
「おっ? スタッドの街より依頼の数が多いな」
掲示板に貼られている依頼書の数は軽く見積もってもスタッドの街のギルドの二倍はあった。
しかも全ての依頼書には絵が描かれており、その依頼の目的が何になるのかが分かりやすく示されている。
「文字が読めない俺には有り難い心遣いだな。ええと……これは何かの草が描かれてるから採取系の依頼か?
こっちは……ゴブリンかこいつ。つーことはモンスターの討伐系か。それでこれは……犬? もしかして迷い犬の捜索依頼か?
へぇ~……依頼の種類も多岐に渡ってるんだな」
多種多様な依頼が並ぶ掲示板の中に洞窟らしき絵とスライムらしき絵が描かれた依頼を発見したケンジは、詳しく見ようとして貼られている依頼書に手を伸ばした。
そのとき。
「お、これ良いんじゃねえの!」
甲高い声と共に横合いから伸びてきた手が、ケンジが取ろうとしていた依頼書をかっさらっていった。
「『獣の森』にある『水鏡の地下洞窟』でポイズンスライムの駆除だってよ。これなら余裕でできるっしょ!」
フィーと同じぐらいの年頃の整った顔付きのイケメン男が背後に居る仲間――二人居て、どちらもイケメン男よりも年上に見える巨乳美女だ――たちに向かって嬉しそうに声を掛けた。
「へぇ~、なかなか良い依頼ね。それにしましょう」
「そうだね。スライム程度の相手なら簡単に終わらせられますしね」
「じゃ、これに決定な! ……なんだよオッサン? なにジッと見てんだよ? この依頼は俺が先に取ったんだから譲る気はねえぞ?」
「……………………いや。なんでもない」
イケメン男の言い方にカチンと来たケンジだったが、オッサンは
舌の上に乗って今にも口から溢れ出そうになった抗議の声をグッと堪えながら、イケメン男の詰問に首を横に振った。
「チッ、なんだよ。じゃあこっち見てんじゃねーよ。むかつくオッサンだな」
「カイン。おじさん相手にグチグチ言わないの。時間の無駄でしょ」
「そうですよ。ほら、受付に行きましょう? ねっ?」
「……すまん、変なオッサンがジロジロ見てきたせいで頭に血がのぼっちまった」
「そういうときってあるよね。分かるわ」
「うんうん。だけど私たちはもう大人だから。冷静に行きましょう」
「おう。もう大丈夫だ。受付に行こうぜ」
イケメン男は仲間たちに礼を言うと、ケンジのことなど眼中にないようにさっさと立ち去っていった。
「……実際、俺が取ろうとするよりもタッチの差とは言えアイツのほうが早かったんだから、優先権を争うような問題じゃない。
今のは出遅れた俺が悪い。イライラしているのは一時的に感情が沸騰しているだけ。客観的に見ればアイツは悪くない悪くない悪くない悪くない……」
ケンジは心の内で沸騰する怒りの感情を分析し、『怒り』に対して『怒らなくても良い理由付け』を行う。
そしてきっかり六秒後。
「ふぅ~~~~~~~~~~~~……よし」
大きな溜息を一つ吐いたケンジは心の中で沸騰していた怒りの鎮静に成功した。
「オッサンなんだからアンガーマネジメントぐらいしないとな」
アンガーマネジメントとは管理職になれば習得を強要される感情の制御法だ。
ケンジは現場監督へと昇進する際に会社から習得を命じられ、自費で教本を購入してプライベートの時間を使って必死に勉強した。
そのやり方を思い出すことで何とか感情をコントロールしたケンジは、気を取り直して掲示板に目を向けた。
「良さげなダンジョンの依頼は無くなっちまったが、アリーシャたちのレベリングのことを考えればもうちょっとやりやすい依頼のほうでも良かったか。うん、これなんて良いな」
掲示されている依頼書の中から『ジャイアントボア五頭分の牙の納品』という依頼――描かれていた絵から推測しただけだが――を確保した。
(これならオッサンたちが前衛に立って姫プレイをすりゃ、アリーシャたちも簡単にレベルが上がるだろう)
そう考えたケンジは依頼書をはがしてギルドの受付に向かった。
その途中、先ほどのイケメン男たちのパーティーとすれ違う。
イケメンはオッサンより先に依頼書を確保したことが嬉しいのか、自慢げにアゴをそらしてケンジを見下す笑みを浮かべていた。
「フフンッ……」
「だからそういうの止めなさいって」
「子供じゃないでしょう?」
すれ違い際に鼻で笑う声が聞こえたが、すでに怒りを収めていたケンジは何も反応せずにイケメン男たちを無視して受付に並んだ。
反応しないケンジに興味をなくしたのか、イケメンは仲間たちを連れてギルドを出ていった。
(はぁ~……いちいち絡んでくるなよなぁ。でもグレートオッパイなイイオンナを連れてやがったな……やっぱ世の中、顔が重要か。世知辛ぇな……)
「次の方ー……ひっ!」
「あー、悪い。顔が怖いのは生まれつきでな。威圧したり怒鳴ったりはしないから何とか我慢して欲しいんだけど……」
「だ、大丈夫です。私、ギルドの受付嬢を務めて三年のベテランですから! 目と目が合った瞬感、ちょっと漏れそうになりましたけどギリギリセーフでしたから!」
「それは、なんというか……怖い顔でスマン」
そう言って丁寧に頭を下げたケンジの態度に安心したのか、怯えていた受付嬢は居住まいを正して改めてケンジに顔を向けた。
「セカン支部で受付を務めるスティムがご用件を伺います」
「俺はケンジ。今日、セカンの街に到着したばかりなんだが、この依頼を受けようと思ってさ」
そう言うとケンジは掲示板から剥がした依頼書を受付嬢に提出した。
「『ジャイアントボア五頭の牙の納品』ですか……。こちらの依頼の納品期間は十日以内となっています。お一人で五頭も狩るのは厳しいのではないでしょうか?」
「あー、すまん。俺一人じゃなくてパーティーで狩る予定なんだ」
「パーティー、ですか? パーティー名をお伺いしても?」
「……」
受付嬢スティムに質問されてケンジは思わず口を噤んだ。
(手配書が回っている可能性もあるけど、どうするか……)
ケンジたちはアイウェオ王国スタッドの街の冒険者ギルドでパーティー登録を行ったが、そのスタッドの街近郊で王国の伯爵位を持つ貴族、ジャックオ・ドスケイブ伯爵と敵対し、結果的にジャックオの死に関与した。
そのこともあってアイウェオ王国に隣接するカーケーク王国の辺境都市・セカンにやってきたのだ。
(フィーが言うには冒険者ギルドは世界規模の組織だって話だからな。ドスケベ伯爵の件で手配書がギルドに回っていたら――)
そのときは自分が囮になって追っ手を引きつけて逃げよう――そう覚悟を決めたケンジは受付嬢の質問に正直に答えた。
「パーティー名は
「大丈夫ですよ。パーティー名についてはギルド各支部で情報を共有するようになっていますから」
「そうなんだ? もしかして魔道具みたいなものを使ってとか?」
「ええ、そうです。ええと、トゥライブスさんトゥライブスさん……」
スティムは分厚いファイルをめくりながら、トゥライブスの名を探す。
「ああ、有りましたね。スタッドの街で登録されたGランクの四人パーティー。ですが四人ではジャイアントボアを討伐するには戦力が
「あー……実は新メンバーが二人、入りそうなんだ。明日、冒険者登録しに来る予定なんだが」
「合計六人のパーティーですか。うーん……新人二人を伴う六人パーティーで、しかもGランクですよね? やっぱり厳しいと思います」
「ジャイアントボアってそんなに強いの?」
「Eランクになれるほどの強さをお持ちでないと正直、厳しいと思います。Gランクパーティーにジャイアントボア五頭を相手にする依頼は、ギルドとしては推奨しかねますね。ただ……」
「ただ?」
「トゥライブスさんの実績と貢献度を鑑みれば、推奨はできないが止めることもできないって感じなんですよねぇ……」
「貢献? なんかしたっけ俺ら?」
「スタッドの街のギルドにボアの毛皮や牙、鉱石などを大量に納品した、とパーティーの履歴に残っていますけど……」
「ああ、そう言えば、確かに素材を大量に売っ払ったな」
「はい。その実績を考えれば、すでに討伐しているジャイアントボアの依頼の許可を出しても良いと判断できるのですが……」
「そこは大丈夫だ。信じてくれ、とは言えないが、必ず依頼は達成する。その自信はあるぞ」
「自信、ですか……。トゥライブスさんの実績を見ればその言葉に嘘はないのだろうなと思います。ですが私……いえ、冒険者ギルド・セカン支部にはその言葉を信用する根拠がございません。ですのでやっぱり許可しかねます」
「そうか。……」
面倒だと思う気持ちもあったが、だがケンジにはスティムの言っていることも理解できた。
書類上の実績を鑑みた上で、それでも直接顔を合わせて積み重ねた信用が必要。
それは命を賭ける冒険者たちに仕事を依頼するギルドとして、当然のリスク管理とも言えるからだ。
「ご納得頂けますか?」
「ああ、納得した。まずは俺たちがスティムさんに信用されるように頑張るよ」
「ご理解ありがとうございます……!」
「代わりと言っちゃなんだが俺たちのパーティーでも達成できそうな依頼を見繕ってくれないか? できれば報酬高めの依頼を頼みたいんだけど」
「そうですね……」
ケンジのお願いを受けてスティムは手元の紙束――恐らく依頼書の原本をファイリングしたものだろう――をめくった。
「これなんてどうでしょうか? 『水鏡の地下洞窟』でブルースライムの捕獲依頼が行政府から出ているのですが……」
「ん? それってさっきの若造どもが受けた依頼じゃないのか? いや、あっちは討伐依頼か」
「『水鏡の地下洞窟』は大きな地下湖が存在する洞窟なんですが、湿気を好んで多種多様なスライムが住み着いているんです。
有害なスライムが殆どですが、ブルースライムという種は老廃物のみを食べる習性を持つため、街の下水道に放されて水質浄化に利用されているんですよ」
「なるほど。で、そのスライムを捕まえて来いってのが依頼か。だけどどうやって捕まえるんだ?」
「ブルースライムはガラス瓶に入れれば簡単に捕獲できますよ」
「それ、ガラス瓶が溶けたり食べられたりしねーの?」
「ブルースライムは生物の老廃物のみ食べる食性ですので大丈夫です」
「老廃物……つまりウンコ?」
「ストレートに言えばそうですね」
「なるほど。分かった。じゃあそのウンコスライム捕獲の依頼を請けるわ」
「ありがとうございます! では手続きを――」
「それは明日、新しいパーティーメンバーを登録をするときに同時にお願いしたいんだけど……構わないかな?」
「構いませんよ。明日の午前中ならば私が居ますので声を掛けてください。すぐに登録できるようにしておきますね」
「マジで? それはすげー助かる。ありがとうなスティムちゃん!」
「ふふっ、どういたしまして」
ケンジの厳つい顔に慣れたのか、それともケンジの人柄を知って安心したのか。
それは分からないが、話を終えるころにはスティムは笑顔を浮かべるようになっていた。
「――という訳だ」
ギルドを後にしたケンジは、パーティーチャットでリューからの報告を受けてセカンの街の郊外にある空き地へと向かった。
その空き地ではスタッドの街と同じように貧乏冒険者たちが野営していた。
空き地の奥まった場所に仲間の顔を見つけたケンジは、焚き火に当たりながらギルドであったことを報告した。
「『水鏡の地下洞窟』か。ちょい待ち。ガイドブックで見てみるわ。ええと……多種多様なスライムが生息する湿気に満ちた洞窟。
天井から落下してくるスライムに注意やと。あとスライムを捕食する小型モンスターもぎょうさん棲んどるみたいやな」
「ゴブリンとかか?」
「いや、魔獣、つまり獣型のモンスターがほとんどらしいわ」
「それはそれで厄介そうだな」
「魔獣って状態異常を付与する攻撃能力を持ってるやつも多いからねぇ」
「アリっちやクレアっちの
「そこは俺らの頑張り次第だろ」
「ブルースライムを捕獲するついでに良さげなモンスターを見つけてレベリングするって算段だね。どっちにしろ僕とケンジで身体を張れば簡単じゃない?」
「んー、戦闘に慣れるためにも、オッサンたちはできるだけ手を出さず、三人でやってもらった方がエエと思うねんけど・・・・・・」
「危なくなったらすぐにスイッチすりゃ大丈夫じゃね? おーい、フィーたちはどうだ? そのやり方で構わないか?」
「はい、大丈夫です! 私、頑張ります!」
「少し怖いけど、やってみるわ」
「そうですね。何事も経験ですから」
「みんな前向きで素晴らしい若者たちだねえ」
「オッサンか」
「紛うこと無きオッサンだよ、僕ら」
「確かに」
「ほんなら(それなら)明日はアリっちとクレアっちの冒険者登録をしたあと洞窟の下見。本番は明後日からってことでどうや?」
「それで良いんじゃね」
「じゃあ方針も決まったところで、ケンジ」
「おん?」
ホーセイの声に顔を上げると、そこには何やらぐったりとした様子の少女たちの姿があった。
「三人ともお腹空いたって」
「おーっ! スマンスマン。元気に返事してくれていたから全然気が付かなかったわ。待ってろ、すぐにメシ作ってやるからな!」
「見張りはオレとホーセイでやっとくから先に食べさせてやってや」
「僕たちは後で頂くよ」
「分かった」
オッサンたちの気遣いを受け取ったケンジは、少女たちを連れてテントの中に入るとクランハウスを展開した――。
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