第32話 オッサンたち、ひと息つく

奴隷生活が長かったためか、具だくさんとは言え味付けは簡素な野菜スープであったとしても、アリーシャとクレアの二人は目尻に涙を浮かべながら噛み締めるように味わっていた。


 鶏胸肉を細かく刻み、包丁の背でしっかりとミンチにした後、タマネギと塩を混ぜ込んで作った肉団子。


 奴隷生活を続けていた少女たちの胃腸を慮って、ニンニクや生姜などの刺激物は香り付け程度にしか使っていない薄味の肉団子だ。


 その肉団子を少女たちはゆっくりと咀嚼する。


「胃腸が弱っているだろうから無理して食べなくても良いぞ? 自分の体調と相談しながらゆっくりとな」


 そんなケンジの声掛けに小さく頷きながら、少女たちは下品にならないように――だが匙を動かすのを止めようともせずにスープを味わった。


 やがて――。


「はぁ……美味しかった」

「なんだか久しぶりに食事をした気分です」


 空になった器を机に置くと、少女たちは身体を休めるようにソファーの背もたれに寄りかかった。


「お替わりはどうする?」


「欲しい気持ちはあるんだけど、今は止めとく……」

「もうお腹いっぱいですの」


「うん……身体の奥がポカポカしてて、ふぁぁぁ~……ちょっと眠いかも」

「そうですわね。何だか頭がぽんやりしてきましたの……」


「無理して起きてなくて良いからな」

「部屋の準備は終わってるから、いつでもベッドで横になれるよ」


「あ、それじゃ私、二人をお部屋に連れて行ってあげますね」


「三人一緒の部屋にしてるからね」


「後片付けはやっとくからフィーも一緒に休んで良いぞ」


「はいっ!」


 元気良く返事をしたフィーが、すでに瞼が落ちそうになっている二人に声を掛けて手を引いて二階へ向かった。


「ぐっすり眠れると良いんだけどな」

「多分、朝までぐっすりやろ」


「このクランハウスのベッド、寝心地良いしね」

「それな。回復力アップの効果affixが付与されてるっぽいわ」


「道理で。朝の目覚めが清々しいと思ってたんだ」

「オッサンになってから清々しい目覚めなんざ無かったしなぁ」


「加齢と共に寝ても疲れが取れなくなってくるんだよねぇ……身体は鍛えてたけど、それでもあまり効果なかったし」


「オッサンになると目に見えて回復力が下がるよなぁ」


「それを見越してアイコちゃんがベッドに追加効果付けてくれたんとちゃう?」


「マジかよ、アイコちゃん気が利くな」


「アイコちゃんに感謝や。……と、お約束をこなしたところでや。これからのことなんやけど」


「おう。今後どうするかってこともきっちり詰めておきてーよな」


「フィーちゃんたちの故郷ノースライドに向かうのは決定事項として、細々こまごまとした流れは決めてなかったね」


「フィーっちと同じくアリっちとクレアっちのレベリングは確定やろ」


「ユグドラシルファンタジーでもこの世界でも、ステータスこそパワーってのがドスケベ伯爵との戦いでもよーく分かったからな」


「それに二人も強くなりたいって言ってたしね。だけど今は二人の装備を用意できないんでしょ?」


「それや。【加工】するにしても材料が必要なんやけど、その材料を調達しようにもオレらの全財産は金貨二枚、二十万ガルドや」


「しばらくは不自由なく過ごせるだろうが人数も増えたし心許ない財産だな」


「無駄遣いできないねえ」


「せやからすぐにインゴットやらの加工用素材を調達するのは厳しい。って訳で、ホーセイの身ぐるみを剥ぐことにしたわ」


「ええっ!? リューは僕の筋肉がそんなに見たいのっ!? 仕方ないなぁ」


「オッサンの筋肉見て何が楽しいねん。ちゃうわい。ホーセイの鉄の鎧をインゴット素材に戻して、それで二人用の装備を作るっちゅー話や」


「おっ、良い案じゃねーか。それで行こうぜ」


「タンクから鎧と盾を取り上げようなんて、君たちの血は何色だって話だよ」


「鎧と盾だけやないで。剣も寄越してや」


「人の心とか無いのっ!?」


「こればっかりはしゃーないやんけ」


「もー……はい、装備を共有インベントリに移しておいたよ」


「悪いなホーセイ。稼いだら倍にして返すから、今はアリーシャたちのことを優先してくれ」


「優先は良いけど。なんだかDV夫にパチンコ代をせびられる貞淑妻な気分だよ」


「なんか自分は関係無いっぽい反応しとるけど、ホーセイのだけやなくてケンジのも提供してもらうで」


「俺のって……でも鎧は皮だし、盾は木の盾だぞ? ……おい、まさか」


「剣があるやないか。その剣、共有インベントリに移しておいてや」


「マジかよ。剣士から剣を巻き上げるなんざ人間じゃネエ!」


「自称剣士のくせに何言っとんねん。そもそもユグドラシルファンタジーはジョブ制RPGやなくてビルド制RPGやねんから剣士なんて職業はないやろがい」


「そこは気分だよ気分!」


「ええからさっさとその剣寄越さんかい!」


「ったくよぉ……」


「あははっ、ザマァ! 当事者意識のないクズには死を!」


「おいホーセイ、てめぇたまに毒吐くとラインを軽々飛び超えるの止めろ!」


「偽らざる僕の気持ちだからね」


「ほんと裏表の激しいやつだな……ってか、リュー。鉄装備を【加工】してアリーシャたちの新装備を作るってのは良いけどよ。新しい武器を調達するまでの間、俺らの装備はどうするんだよ」


「そこは腐るほどあるスキルポイントの使いどころやろ」


「拳闘系の能力を取れってこと? でもユグドラシルファンタジーをプレイし始めてからこっち、拳闘系って取得したことないんだよねぇ」


「ホーセイはタンク一筋だったからな。新キャラ作っても結局は前衛タンクビルドしかやってなかったし」


「そういうケンジだって同じでしょ」


「ソードマンビルド一筋だったよ。だけど新しい挑戦ってのも良いんじゃね」


「現実世界じゃそう簡単に挑戦なんてできなかったしね」


「経営者はやたら挑戦とか言うワードが好きやったけどな。言いっぱなしにして後は社員に丸投げする経営者にしか会ったことないけど」


「口先ばかりだからね経営者って。死ねば良いのに」


「ま、現実世界の愚痴なんざもういいよ。それより拳闘系の能力を確認しようぜ」


「ほなその間にオレは【加工】でアリっちたちの装備を作っておくわ」


「頼むわ」


 軽口を叩きながらサクッと次の動きを決めたオッサンたちは、それぞれの役割を果たすべく行動を開始した。


 リューはユニークアビリティ【加工】を使ってアリーシャ、クレア二人用の装備を製作する。


 その横ではケンジとホーセイが相談しながら拳闘の【アビリティ】、【アーツ】、【スキル】の一覧を確認し、それぞれの役割に合わせたものをピックアップしていた。


「そもそもユグドラシルファンタジーで拳闘系の能力を取ってたやつって、どんなムーブしてたっけ?」


「一応、拳闘系でもタンクは居たよ。でもほとんどの人が拳闘アタッカービルドだったね」


「マジか。拳闘タンクは耐久タンク?」


「ううん、さすがに回避タンクが大半だったよ」


「なるほどな。んでホーセイはどうすんだよ?」


「僕のステータスなら耐久寄りのタンクビルドが性に合ってると思う」


「なら俺は近接アタッカー系の能力でビルド構築すっか」


 それぞれの役割を確認しながら二人は能力一覧の中から必要な能力をアンロックしていく。


 拳にオーラをまとわせて強力な攻撃を繰り出す拳闘系の基本アーツ【ブロー】と、魔力を纏わせるアーツ【マジックブロー】


 短時間、全身に気功を纏って敵の攻撃を受け止める【オーラ】。

 ジャストガート時に敵の態勢を崩すことができる【受け流し】。


 素早いパンチを繰り出す連撃系のアーツ【百烈ブロー】。

 相手を強制的にノックバックさせる【喧嘩キック】。


 戦闘で高まった内気功を拳に込めて圧倒的な爆発力を持つ一撃を叩き込むフィニッシュアーツ【ビッグバンアタック】。


 その他にも拳闘ビルドで必要な能力を取得していった。

 そして――。


「こうやって見ると拳闘系は相手との間合いを調整する能力が多いな」


「基本、超接近戦タイプのビルドだからね」


「やり甲斐ありそうだ……よし。俺好みの拳闘アタッカービルド、完成だ!」


「こっちも同じく僕好みの耐久ビルド完成したよ。盾を装備した変則的なビルドだからケンジの盾もらうね」


「マジかよ。俺、丸裸になっちまうじゃねーか!」


「拳闘ビルドなら必要ないでしょ?」


「そうだけどよぉ……はぁ、早く金稼がないとなぁ」


「パーティーメンバーが増えて全体的な戦力もアップするだろうし、今だけの我慢じゃない?」


「わーってるよ。リュー、そっちはどうよ?」


「一応、アリっちとクレアっちの武器は作ったで。せやけど防具用の布地が無いんよなぁ。胸当てとブーツ系ぐらいしか作られへんかったわ」


「ならまとも防具は後回しにするしかねーな。二人には後衛にいてもらって姫プレイでレベリングしようぜ」


「姫プ(姫プレイの略称)してるプレイヤーを見ると反吐が出てたけど、不思議とアリーシャちゃんたちのためなら姫プしたくなっちゃうね。ハッ!? もしかしてこれは恋? マダムスキーにあるまじき感情……っ!?」


「ただの保護欲やろ」


「独身だと余計に保護欲が湧いちまうってこと、あるよなぁ」


「本来なら子供が居てもおかしくない歳やしな、オレら」


「グフッ……言うな。その言葉は俺に効く」


「正論パンチ止めてもらっていい? 殺すよ」


「荒ぶりすぎやろ、ホーセイ神……」


「余計なことは言うなってことだよ」


「正直、すまんかった」


「明日からはアリーシャたちをパーティー登録して、リューの作った装備でレベリングって感じか」


「それより先にセカンの街に移ったほうがエエやろ」


「レベリングするにせよ、ギルドで適当に依頼を受けておいたほうがお金も入って効率が良いしね」


「それもそうだな。じゃあ明日から移動ペースを上げるか」


「それがエエやろね。順調にいけば明日の夕方にはセカンの街に到着するやろ。とはいえオッサンにはなかなか厳しいペースやなぁ」


「ステータスが上がってるんだし、現実世界に比べれば充分体力あるでしょ?」


「そうやねんけど、歩き続けるのって飽きるやん」


「ワガママだなぁ」


「セカンの街に到着したらスタッドの街の広場みたいに天幕を張れる場所を探して、そこを拠点にして行動だな」


「オレは拠点にできそうな場所を探しとくから、ケンジはギルドで情報収集を頼むわ。ホーセイはお嬢ちゃんたちの護衛を頼むで」


「了解」


「よし。短期方針は決まったところで俺たちも寝るとすっか」


「この世界に来てから寝付きが良くてぐっすり眠れるし、寝起きはスカッと爽やかなんだよね。はぁ~、異世界最高」


「ほんとそれな。三十後半にもなると快適な睡眠を取ることもママならんようになってくるし」


「寝酒を飲んで翌朝後悔することもザラやったしなぁ」


「感謝の気持ちを胸に抱きつつ、俺らも風呂入ってさっさと寝ようぜ」


「せやな」

「だね」


 食後の後片付けと朝食の仕込みを終えたオッサンたちは、クランハウスに備え付けられた風呂で一日の汗を流した。


 そして次の日――。





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