第31話 オッサンたち、新パーティーで張り切る

 少女たちが風呂を楽しんでいる頃――。


 クランハウスに備え付けられたガスコンロの前で、ケンジが微妙そうに首を捻っていた。


「んー……やっぱ干し肉の出汁は微妙だ。コクに深みがねえし旨味が足りねえ」


「そないな違いあるん?」


「大ありだ。そもそも旨味ってのはグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸の三種類が主な成分だ。


 その内、肉から出るのはイノシン酸だが、どうやらこの世界の干し肉には余り含まれてないらしい」


「何か違いがあるんやろか?」


「干し肉の製法が現代と違うからかもな。こっちの干し肉はカッチカチに固くて噛みきるのも一苦労なものばっかだろ? それでかもしれん」


「日本人としては出汁はしっかり引いておいて欲しいんやけどなぁ」


「俺だって同じ気持ちだけど、鰹節も干し椎茸も個人が簡単に作れるようなもんじゃねーからなぁ……」


「ちゅーことはネット通販頼みか」

「一定以上の品質のものが欲しければネット通販に頼るしかねーだろうな」

「つまり金を稼げ、ちゅーわけやな」


「それな。金がなければ食事は貧相なままだし、アリーシャたちに武器を作ってやることもできねえ」


「余ってた布地で何とか二人分の服は【加工】できたけど、鉄のインゴットはホーセイ用の鉄装備に全部突っ込んでもーたしなぁ。木製の杖やら盾ぐらいしか【加工】できへんわ」


 【加工】。

 それは異世界に転移したときに創世の女神アイコニアスから授かった、リューのユニークアビリティだ。


 インベントリ内にある素材アイテムを使って新たなアイテムを生み出すことのできる自由度の高いユニークアビリティで、


 ホーセイが身に付けている鉄の鎧や鉄の盾、そして鉄の剣などは全てリューが製作したもののため、この世界で売られている物よりも数段、高品質になっている。


「早いとこ金を稼いで質の高いインゴットなりなんなり調達せんと、オレらの武器のメンテもおぼつかんで」


「さっさとセカンの街に着きたいところだが、焦るとロクなことがないからな」


「こういう時こそ落ち着いて行かんとな。『疲れたオッサン、そんなに急いでどこへ行く』や。急いだら膝やら腰やらイワすで」


「標語みたいに言うなっての」


 リューの言い方がおかしくて笑うケンジ。

 そこへアリーシャたち用の部屋を用意していたホーセイが戻ってきた。


「部屋の準備、終わったよー……」

「おう、サンキュー」


「フィーちゃんの部屋に二人分の寝具を移動しておいたよ。二人もその方が安心だろうし。それでフィーちゃんたちはまだお風呂?」


「みたいやな。まぁゆっくり入らせたろうや」

「それはもちろんなんだけど、そろそろお腹が空いたなーって」


「今、調理中だ。もうちょっと我慢しとけ」

「はーい……」


 渋々といった調子で返事をしたホーセイは、体力の消耗を抑えたいのかその巨体をソファーに横たえた。


「だらしねえぞホーセイ。子供も居るんだからもうちょっとシャキッとしとけ」

「僕もできればそうしたいんだけど、本格的に電池が切れそうで……」


「しゃーない。黒パン、おまえの分はがっつり大盛りにしてやるから、もうちょっとだけ頑張れ」


「んー、頑張る……」


 ホーセイが頑張れない声で返事をしたところへ、風呂場に続く廊下から賑やかな声が聞こえてきた。


「あの、ご主人様、お風呂、お先に頂きました!」

「おう、お帰り。さっぱりしたか?」


「はい! それで、あの……リューおじさま。二人の服を頂きたいのですが……」

「おー! ちゃんとできてるで!」


 インベントリから取り出したリュー謹製の洋服を受け取ると、フィーは風呂場にとって返した。

 そして――。


「お待たせしました!」


 再び戻ってきたフィーと、着替えを終えた少女たちを見て、オッサンたちは思わず黙り込んでしまった。


「おいおい、マジか」

「おおぅ、こりゃまたデラベッピンさんたちやな」

「……僕、ちょっと元気出たかも」


 少女たちはリューが【加工】で作った学生服にも似たシンプルな衣服を纏い、オッサンたちの前に姿を現した。


 風呂に入って奴隷時代の汚れを落とした少女たちは、初めて会ったときとは全く違う姿だった。


「……何よジロジロ見て。見世物じゃないわよ」


 オッサンたちの視線に気付いたアリーシャが、白い頬をうっすらと朱に染めながら唇を尖らせて不満を零す。


 何度も洗髪したのだろう。


 薄汚れていた金髪は本来の煌めきを取り戻したのか、まるで夜空に浮かぶ月の光を纏ったように眩い光彩を放ち、少女の美しさを強調する。


 垢で汚れていた肌はまるで磨かれた陶器のような滑らかさを取り戻し、毛先を整えたことで凜とした誇り高さを取り戻し、少女の意志の強さが伝わる美貌を鮮烈に強調していた。


「うふふっ、そう照れなくても良いではないですか。殿方に視線を向けられるのは慣れていらっしゃるでしょう?」


 アリーシャの反応を見てクレアが優しい微笑みをフワリと浮かべた。

 そう言ったクレア自身もアリーシャと同じく見違えるほど綺麗になっていた。


 特徴的なピンクブロンドはダイヤのように美しく煌めき、少女の纏うふんわりとした穏やかな印象をより一層引き立てる。


 垢によってごわついていた髪はまるで極上の絹糸のような滑らかさを取り戻し、少女が身体を動かす度にそよ風を纏うように追従する。


 穏やかな微笑みを浮かべたクレアは、まさに清楚なご令嬢といった姿でオッサンたちに頭を下げた。


「まるで生まれ変わったかのような、天国にいるような素晴らしい入浴を楽しめました。ご主人様方、お気遣いありがとうございましたの」


「気に入って貰えたようで何よりだが……なんつーか、すげぇな」

「すごい、ですか?」


 ケンジの言葉にクレアは小さく首を傾げた。


「いやホンマそれな。フィーっちのときもそうやったけど、なんちゅーか……ちょっと現実味がないっちゅーか」


「僕たちの居た世界でもちょっと見ないぐらいの美少女たちだよね」

「それだよ。眼福としか言いようがねーなぁ」


「んじゃ恒例、やっとく?」

「やろうか」

「うっし。じゃあ手を合わせて……!」


「眼福!」

「眼福や!」

「眼福だよ!」


 生まれ変わったように美しくなった少女たちに向かって、オッサンたちは両手を合わせて祈る姿勢を取った。


「い、いきなり何なのよっ!?」


「三人があまりにも美少女過ぎて後光が差してるから拝んでおこうかなと」

「僕たちの居た世界では良くあることだから気にしないで」

「いやそれはオレらオッサンたちだけやろ」


「なにそれ意味分かんないわよ!」


 オッサンたちに拝まれたアリーシャが顔を真っ赤に染めて抗議する。

 その横に居るクレアは恥ずかしそうに、だがどこか嬉しそうにはにかんでいた。


「んじゃまあ二人の美少女ぶりも拝めたことだしメシにしようぜ。今日の晩飯は具だくさん野菜スープなんだが……二人とも食べられるか?」


「多分、大丈夫だと思う……」

「美味しそうな匂いがしていますわ。これはもしかしてケンジ様が?」


「おう。このパーティーじゃ俺が料理担当だ。腕は……宮廷料理人と比べると数十段落ちるだろうが、家庭的な料理ならそこそこできるから安心してくれ」


「んでもってオレが装備担当。ちょっと材料が足らんくて二人の服はあんまりオシャレにはできんかったけど、次の街についたら色々調達するさかい、もうちょっとだけその服で我慢してな」


「えっ!? この可愛い服、アンタが作ったの?」


「おっ、どうやら気に入ってくれたらしいやん。嬉しいこっちゃで」


「身体にフィットしているのに苦しくもなく、とても軽やかな服ですの」

「だけどちょっと、その……足、出し過ぎじゃない?」


「オッサンやからさすがにドレスとかは作り方が分からんねん。でもこれからのことを考えれば動きやすい服装がエエやろ?」


「それはそうだけど……」


「私たちはもうドレスを着て過ごす立場ではありませんし。こればかりは仕方のないことですの」


「作り方を理解できたら作れるやろうけど、今は堪忍やで」


「……ん。アタシもワガママ言ってごめんなさい」


「エエてエエて。その程度の我が儘は可愛いもんや。いつか二人の希望に沿った服を作ったるさかい、楽しみにしててや」


「ありがとうございます。楽しみにしておりますわ」


「じゃあ次は僕の番かな? 僕の役目は地形操作。今日やったみたいに拠点となる場所を作ったりするのが役目かな。あとはご飯を美味しく食べる役!」


「うふふっ、それはとても重要な役目ですの」


「でしょ? やっぱり美味しいって言ってたくさん食べる奴がいないと、作り手も寂しいと思うんだよね」


「大食らいは食費に響くんだからほどほどにして欲しいが?」


「あははっ」


「いや笑って誤魔化すなっての」


「ま、それぞれ一応役目はあるけど誰かが何かをしなければならないって縛りはないから。できる人ができることをする、っていうのが僕たちのルールかな」


「そうだな。二人が元気になったら、二人ができることをしてもらうから、そのつもりで居てくれよ」


「もちろんよ」

「分かりましたの」


「うっし。それじゃ改めて。メシにしようぜ」

「僕、もうお腹ペコペコだよ」

「いただきます、や!」


 リューの声を追いかけるようにオッサンたちの声がリビングに響き――長い一日を締めくくる夕食が始まった。


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