第30話 オッサンたち、森を進む

 新しく仲間となったアリーシャとクレア。

 二人はジャックオ・ドスケイブ伯爵に性奴隷として扱われていた。


 幸い、フィーラルシアとアリーシャ、そしてクレアの三人と同時に性交して同日同時刻での処女喪失というおぞましい目的に固執していたジャックオのお陰?で、アリーシャもクレアも純潔を守ることができているらしい。


 少女たちが歪んだ性癖の犠牲にならなかったことをオッサンたちは心の底から喜び、安堵した。


 アリーシャとクレアの二人は長い奴隷生活が続いて虚弱になっていたため、オッサンたちは二人の少女を担ぎながら森を進んだ。


 途中、モンスターとも遭遇したが、レベル60をオーバーしているリューと、パワーレベリングのお陰でレベル40に到達したフィーの敵ではない。


 アリーシャたちを背負っているケンジとホーセイの代わりに、リューとフィーの二人が連携して戦って軽々とモンスターを撃破した。


「フィーっちもつよなったなぁ。もう熊も狼も敵やないやん」


「えへへ……これもご主人様方のお陰です!」


 打ち倒した狼にトドメの一撃を入れながら、フィーは褒められたことの嬉しさに頬を綻ばせた。


 そんな親友の姿に、オッサンに背負われていた少女たちが言葉を失っていた。


「すごっ……えっ、どうして? フィーってこんなに強かったの?」


「王宮に居た頃は清楚でたおやかな一国の王女殿下に相応しい淑女レディでしたのに」


「おいおい、そんな風に言ってやるなって。生きるためには強くならないといけないって、フィー自身が決めたことなんだから」


「フィーちゃんは今も充分、清楚で嫋やかな女の子だよ」

「ただちょっとモンスターを圧倒する力を持ってるだけの、普通の女の子だ」


「そんなこと言われなくても分かってるけど……」


 そこで言葉を切ったアリーシャは、何かを決意したようにホーセイに背負われているクレアに視線を向けた。


「ねぇクレア。このままじゃダメよね、アタシたち」


「……ええ。フィーラルシア殿下の側仕えとして、わたくしたちも負けてはいられないかと」


「おっ? なんだ? アリーシャもクレアも強くなりたいのか?」


「アタシたちはフィーラルシア王女殿下の側仕えなのよ。あるじを守るのがアタシたちの役目。なのにアタシたちはフィーを守ることができなかった……」


「わたくしたちが弱かったせいで王女殿下は人狩りに捕まり、背負わなくても良い難儀を背負わせてしまったのです……」


「全部、アタシたちのせい……」


 オッサンたちの背中で少女たちが悔しげな涙を流した。


「悔しいなら強くならないとね」


「それができたら……!」


「できるぞ。おまえらが望むなら俺たちが鍛えてやるよ」


「アンタたちが……?」


「僕たちが、というよりモンスターが、かな?」


「俺たちとパーティーを組めばおまえらは強くなれる。だが修行は過酷だからな? おまえらにその覚悟はあるか?」


「あるわ!」


「今度こそフィーラルシア王女殿下を守るためにも。わたくしたちはどんな艱難辛苦かんなんしんくを与えられようと、強くなってみせますわ!」


「良い返事だ! 貴族のご令嬢って割に気合い入ってんじゃねーか!」


「ケンジ、気合いとか根性とか好きだもんね」


「こちとらギリギリ昭和生まれのオッサンだぞ。ガキの頃から気合いと根性って価値観を叩き込まれてきたんだから当然よ。


 ……ま、今は時代が違うってのも理解してるけどな」


「子供の頃からの習い性ってオッサンになっても抜けないもんね……。だけどあまり厳しくしすぎて嫌われないようにね」


「そこは承知してるよ。無難に楽しくレベリング! ってな!」

「気合い入れるのは良いけど、二人の体力が戻るまでは禁止だから」

「それぐらいわーってるよ」


「アタシたち……強くなれるの?」


「きっと強くなれるよ。だけどそれは後回し。今は体力を回復させなくちゃ」


「ホーセイの言う通りだ。よく食べてよく寝て、気力と体力をしっかり回復させてからな。おまえらはまだ子供なんだから」


「子供って失礼ね。これでもアタシたちは十八歳。立派な淑女レディよ!」


「俺たちオッサンからすれば二十歳になってないやつはまだ子供だぞ」


「二十歳、ですか。ふむ……もしかしておじさまたちの居た異世界では、二十歳にならなければ成人と認められなかった、とかですの?」


「良く分かったね。その通りだよ。僕たちの世界では二十歳以下はみんな未成年、つまり子供なんだ」


「だからオッサンの俺たちにとっておまえらは保護すべき子供って訳だ。だけど心配すんな。子供だからって馬鹿にするつもりはねーからよ」


「それなら良いわ。アタシたちの体力が戻ったらしっかり鍛えてよね」


「任せとけ。つーか、なんでそんなに上から目線なんだよ?」


「うっ、ごめん……癖なのよ。悪かったわね」


「おろ? 意外に素直? ははっ、可愛いところあるじゃん」


「うっさいわね!」


 ケンジの軽口を聞いてアリーシャは抗議するようにオッサンの後頭部に頭突きを繰り出した。


「痛ぇ!」


「よ、よよ、余計なこと言うんじゃないわよ! オッサンのくせに!」


「悪かったって! おお、痛ぇ……」


 ジンジンと疼く後頭部に顔をしかめながらケンジは素直に謝罪する。

 そこへモンスターの処理を終えたリューたちが戻ってきた。


「何をじゃれあっとんねん」


「なんでもねーよ。露払いお疲れさん。先を急ごうぜ」


「おう。まだもうちょい先やけど、ミニマップでそこそこ良さげな洞穴を見つけたから今日はそこで一休みしよか」


「どれぐらい掛かりそう?」


「んー、今の移動速度やと六時間ぐらいやな」


「分かった。フィー、バフのお替わり頼むわ」


「はい!」




 フィーのスタミナ強化バフは効果絶大だった。


 奴隷生活が続いて痩せ細っていたとは言え、三十キログラムの重り――つまり少女の身体を背負っての強行軍を三十七歳のオッサンたちが成し遂げることができたのは、ひとえに強化されたステータスとスタミナ強化バフのお陰だ。


 オッサンたちはちょっとした全能感に包まれていたが、残念ながらそのテンション感に引っ張られるほど精神的に若くはない。


 老成した精神が『これは一時的なもので自分の実力じゃない』と判断し、脳内で溢れ出そうとするアドレナリンを無意識に抑制していた。


 オッサンのテンションが上がるときは趣味に使う機材に出会ったときか、デジタルガジェットに触れたときか、へきを強く刺激されたときぐらいと相場は決まっているのだ。


 しばらく森の中を走り、リューが見つけた洞穴に到着したオッサンたちは、拠点となる地形を手早く作り上げてクランハウスを展開した。


「なに、ここ……っ!?」


「ふぁぁ、すごいですわね。なんだか凄く不思議なものに満ちあふれていて……こんなお部屋、わたくし初めてみますの」


 部屋を見回して感嘆の声を漏らす少女たち。

 その少女たちをソファーに座らせると、オッサンたちは少女たちに快適な夜を過ごしてもらうためにテキパキと行動を開始した。


「俺は食事の準備に取りかかる。フィーは二人を連れて風呂行ってこい」

「風呂の入り方やらシャワーとかの使い方を教えてやってや」

「僕たちのことは気にせずに、のんびりしてきて良いからね」


「はいっ! あの……お気遣いありがとうございます!」


「良いってことよ。久しぶりに友達との時間を楽しんでこい」

「はいっ!」


 オッサンたちに水を向けられたフィーは嬉しそうに頷くと、少女たちを風呂場へ連れて行った。


「さて、と。俺は晩飯の準備に取りかかるわ」

「今日のご飯はどうするの?」


「二人ともいきなり固形物はキツイだろう。干し肉で出汁を取って、細かく刻んだ野菜をぶち込んだ簡単具だくさん野菜スープってところだな」


「そっか……二人とも長い奴隷生活で胃腸が弱ってるだろうし、仕方ないよね。でも……ううっ、動物性タンパク質が少なくて僕の筋肉がひもじいって泣いてるよ」


「ハァ~、分かった分かった。じゃあ鶏肉をミンチにして肉団子でも作るか。それなら二人も多少は食べられるだろ」


「賛成!」


「ったく、この筋肉バカはよぉ……」


「これでも異世界に来てからこっち我慢してたんだよ? そこそこ活躍したんだし、たまには僕のワガママも聞いてよね」


「わーったよ。リューは何か食いたいものはあるか? ついでに作るぞ?」

「んー、オレは今んところ特にないな。ケンジに任せるわ」


「任せとけ。それより誰かメシ作ってる間に二人の部屋の準備を頼むわ」

「オレは二人の新しい服を作るから無理。ホーセイ、やっといて」

「了解ー」


 勝手知ったるというべきか。

 長年、友達付き合いをしていたオッサンたちは、スムーズに役割分担を終えて行動を開始した。




 その頃――フィーは親友の二人に風呂の使い方を教えていた。




「これが身体を洗う石鹸で、こっちが髪を洗う石鹸。それにこっちが髪の傷みを治す石鹸で――」


「待って待って。石鹸ってそんなに種類があるのっ!?」


「そうみたい。ケンジおじさまの話だと異世界ではもっとたくさんの種類の石鹸があるみたいだよ。すごいよね」


「すごいどころの話じゃ……って、クレア、アンタ何してんの? 石鹸の容器をジッと眺めて」


「この容器、どういった仕組みなのでしょう? 把手を押すだけで中の液体が溢れ出してきます。これは革命的な容器です! 売ればどれほどの利益が出るか」


「ご、ご主人様方の物なんだから売ったらダメだからね!」


「むぅ……残念ですわ」


「ハァ……サンボルト商会のご令嬢はこんなときでも商魂たくましいわね」


「いつ、いかなるときでも観察を怠らず真理を見抜け。それがサンボルト男爵家の家訓ですもの」


「大したものね」


 親友のめざとさに呆れれば良いのか、それとも感心すれば良いのか測りかねたアリーシャが曖昧な笑いを浮かべた。


「それより二人ともお風呂なんて久しぶりでしょう? 私が洗ってあげるね」


「い、いや、良いわよそんなの! っていうか、アタシたちは一応、主人と側仕えなのよ?」


「アリーシャさんの仰る通りですわ。わたくしたちは友人ではありますが、その前に主人と側仕え。さすがにフィーさんに洗っていただくのは……」


「良いの! 私が二人を洗ってあげたいの!」


 不満げに頬を膨らませたフィーは、遠慮する二人の身体に湯を浴びせて石鹸で泡まみれになった布を擦りつけた。


「ちょ、もう……強引なんだから」

「なんだか恐れ多いですわ」


「そんなこと言わないで。……二人に再会できて、心の底から嬉しいんだから」


 涙を堪えるように声を震わせながら、フィーは二人の背中を交互に擦る。

 そんなフィーの声に釣られるように少女たちの声が掠れた。


「ごめん。アタシも同じだよ、フィー」


「ええ……よくぞ再会することができたと。わたくし、心から創世の女神アイコニアス様の慈悲に感謝致しますわ」


 ジャックオ伯爵との戦いの後、少女たちは再会を喜ぶ暇もなく森を移動し、今、ようやく落ち着くことができた。


 だからこそ少女たちの心の中は喜びに溢れ、奇跡的な再会ができたことで溢れる涙を止めることはできなかった。


「グスッ……ああ、もうダメダメだよ。こんな姿で泣いてちゃ風邪引いちゃうよ。ほら、二人は髪を洗って。私が二人の身体を洗ってあげるからね」


「ん、そうね。じゃあお願いするわ」

「ふふっ、くすぐったいけれど、何だかとっても幸せですわね」


「生きていればこそ、ね」

「ええ」


 優しい手付きで背中を擦る友人の手。

 その感触に身を任せ、少女たちは久しぶりの入浴を楽しむことにした――。



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