第21話 オッサンたち、敵を見つける

 クランハウスのソファーに座ったおっさんたちは、パソコンのモニターに映るクランハウス周囲の様子を食い入るように見ていた。


「まさか監視カメラでクランハウスの周辺を確認できるなんてな」

「ほんと、このクランハウスは至れり尽くせりだねえ」


「アイコちゃんってもしかしてデキる女なのか?」

「デキる女が初歩的なバグに気が付かないってことは無いんじゃない?」

「だったらデキない女かー」


「でもクランハウスが無ければ僕たちは異世界でもっと苦労してたと思うよ?」

「だったらやっぱりデキる女かー」


「それよりリュー。監視カメラがあるなんて良く気が付いたね」


「パソコンを弄ってたときに外部カメラにリンクされてることに気が付いたんよ。これがあればクランハウスから外に出るときも安心やなーと思って色々試しててん」


「そういう抜け目のないところはさすがリューだ」


「先見の明があると言って欲しいわ。ま、そんなことは置いておいて、や。ホーセイの【地形操作】で作った岩陰からクランハウスに移動することで監視者の目を眩ませる作戦、成功したみたいやな」


「騎士装備の男二人に盗賊シーフ……いや装備から見て斥候スカウトかな? そんな斥候っぽい男が二人。こいつらが僕たちを監視してたんだね。それで、これからどうするつもり?」


「どうもこうも。わざわざクランハウスから出て行って戦う訳にもいかねーし、しばらくは放置するしか無いだろ」


「現時点での対処はそれでええけど。こいつら何が目当てなんやろな?」

「僕たちはただのおっさんだし、監視されるようなことはしてないもんね」

「そうすると――」


 おっさんたちの視線がフィーに集中する。


「やはり私、でしょうか……」


「それしか思いつかないな」

「性奴隷としてどこぞの貴族に売られる予定やった亡国の元王女様。それだけ設定を盛られてたら、そら監視もつくやろなぁ」


「もしかしてフィーを買う予定だった貴族の手下なのか?」

「奴隷商人が到着せんからしびれを切らして探しに来た。その可能性が高いとオレはにらんどる」

「どうするケンジ?」


「もちろんフィーを守る。それは決定事項だ。そこに異存はないよな、おまえら」

「もちろん」

「当たり前だのクラッカーやな」


「だったらどうやって守るかだね」

「戦うか逃げるかの二択やろ。ケンジの考えはどうなんや?」

「……」


 ホーセイとリュー、二人の仲間の視線を受けながらケンジは考える。

 その横でフィーは表情を曇らせながら口を開いた。


「あの……私を。私を引き渡せばご主人様たちは無事に――」

「却下」

「却下や」

「却下だね」


「ですが……!」


「俺たちはフィーを守る。仲間を見捨てることは絶対にしない。この方針はこれからも絶対に変わることはないぞ」


「ケンジの言う通りだよ。仲間を見捨てて自分たちだけ安全に過ごすなんて卑怯なことはできない性質タチなんだよね、僕たち」


「暑苦しいかもしれんけど、おっさんたちは頑固やからな。堪忍かんにんしてや」


「頑固でもいい。古臭い考え方でもいい。暑苦しいと笑われてもいい。いい歳こいたおっさんだからこそ、自分自身に恥じない生き方を貫き通す」

「効率も、コストパフォーマンスも、損得勘定も。全部クソッ食らえだよね」


「ええ歳になっておっさんたちは小綺麗に生きることに飽きてもーてるんよ。面倒なおっさんたちと関係を持ってしもうたもんやで、フィーっちも」


「皆様……」


 絶対に守る。

 その言葉を覆さないおっさんたちの姿勢に目頭が熱くなり、フィーは小さな嗚咽を漏らした。


「泣いてる暇はないでフィーっち。まずは不審者の情報収集や」

「装備の強化も必要だね」

「レベリングして、俺たちだけでもレベル60にはしておきたいな」


「おっ? ということはケンジの中では戦うことに決まっとるんか?」

「こんなところまで追っ手をよこした貴族が見失っただけで諦めると思うか?」


「いいや思わん。絶対にねちっこくフィーっちを探し回ると思うで」

「だろ? だったら後顧の憂いは断っておくに越したことはない」


「せやな。オレも賛成や」

「僕も賛成だけど。それってつまりは覚悟しておけよってことだね?」


「ああ。今、人を殺す覚悟をしておかないと、いざという時に仲間を危険に晒すことになるだろう」


「せやな。それにしても人を殺す覚悟ねえ……」

「僕たち、人殺しになるんだね……」

「ああ、そうだ」


 黙り込んだおっさんたちだったが、次の瞬間、目を見合わせて笑った。


「余裕だな」

「うん、余裕で覚悟を決められるね」


「先に手を出すつもりなんざサラサラないけど、尊厳を。人権を。生命を。己の都合で暴力によって踏みにじろうとしてくる相手に何を遠慮する必要があるんや」


「命は大事。だけど自分と仲間の方がもっと大事」


「例えそれが身勝手な考え方だと言われようと、己を害する暴力に対して無抵抗でいるつもりは無い。例え相手の命を奪ったとしても、俺は俺自身の、そして仲間の生命と尊厳を守る。その覚悟はある」


「僕も同じだよ」

「オレもや」

「よし。なら大丈夫だな」


 視線を交わしていたおっさんたちは、互いの覚悟に敬意を表するように不敵な笑みを浮かべていた。


「ご主人様……」


 おっさんたちの決意の表明にフィーは瞳に涙を浮かべた。


 それは人殺しの決意をさせてしまったことへの後悔なのか。

 守ると言ってくれた言葉への感謝なのか。


 フィー自身にもその涙の意味は分からなかった。


 ただ少女は強く思ったのだ。

 この人たちとこれからも共に在りたい、と。


 己の尊厳を踏みにじり、もてあそぼうとする貴族に屈したくない、と。


「泣いている暇はねーぞ、フィー!」


「オレらだけが戦う訳やない。フィーっちにも相応の覚悟を持ってもらわんと勝たれへんかもしれん」

「いけるかい? フィーちゃん」


「もちろんです……!」


「良い覚悟だ。だったらいざって時に備えて明日からパワーレベリング開始だ。気合い入れていけよ、フィー!」

「はい!」


 おっさん三人と少女が一人。

 いびつな形だった冒険者パーティーTOLIVESは、共通の敵の出現によって今、本当の意味で一つになろうとしていた――。


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