第20話 オッサンたち、誰かに狙われる

 アイウェオ王都で貴族が劣情に従って行動を起こそうとしていた頃。


 自分たちの知らぬところでそんなことになっているとは毛ほども思わず、フィーはおっさんたちと共にギルドでモンスターの素材を売却していた。


「ええとー……スライムの核、一角兎の皮につの、それにジャイアントボアの牙に毛皮……わ、ダンジョン産の鉱石もあるじゃないですかー! 


 それもこんなにたくさん! これだけの量を売って頂けてギルドとしては大助かりですよー!」


「おう。じゃんじゃん買い取ってくれ」


「それにしてもTOLIVESトゥライブスの皆さんって実はすごくお強かったんですねー。『狼帝ろうていけん』との決闘騒ぎとか、今でもギルドでは語り草になってますよー」


「『狼帝の剣』ってなんだったっけ? 聞いたことある気がするんだけど……」

「あれだよあれ。ほら、あれ。あれ……うーん、何だったか」


「……アカン、まーったく思い出せん。どっかで聞いたことあるんやけどな」

「喉元までは出てるんだよ。だけど何だったか今いち思い出せん……」


「ううっ、僕たちほんとおっさんになったんだねえ……」

「加齢で記憶力が完全に退化しとるわ……」


 ギルドの受付嬢の話を聞いて記憶を探るおっさんたちであったが、残念ながら『狼帝の剣』に関しての記憶が蘇ることはなかった。


 そんなおっさんたちにフィーが助け船を出した。


「ご主人様方が冒険者登録に来た時に絡んできた人たちのことですよ」


「冒険者登録のとき……あーっ! 居たなぁ童貞のチンカス粗チン!」

「オレとケンジがコテンパンにしてやった奴らか!」

「確かに居たねー。どんな人たちだったか全く思い出せないけど」


「一人はハゲだったような……?」

「ハゲやったっけ? スキンヘッドやなかったか?」

「ハゲはハゲじゃねーか」


「天然モノのハゲと人工ハゲを一緒にすんのは天然モノのハゲに失礼やろがい」

「ハゲは男の勲章だもんね」


「せや。ハゲは人生の厳しさを頭皮によって全て受け止めた熟練の戦士の象徴やねんぞ。ファッションハゲと一緒にすんのはアカンわ」

「そうか。失言だった。世の中のハゲの皆よ、正直すまんかった……っ!」


「あ、はは……そ、そう言えば『狼帝の剣』の方、最近、見かけませんね」


「彼らはスタッドの街最強のCランクパーティーとしてかなり幅を利かせていましたからねー。TOLIVESのおじさんたちにコテンパンにされちゃったことで居づらくなったみたいで、つい先日、街を出て行ってしまいました」


「マジか。俺らのせいでティントベリーちゃんに迷惑掛けちまったか?」

「いいえ、全く。彼らは他の冒険者の皆さんに威張り散らしていてトラブルも多かったですから、現場としては大助かりです」


「迷惑な取引先は扱いに困るから面倒よなぁ」


「そういうことです。正直なところ居なくなって清々している職員も多いんですよ。……あ、今の話はここだけの話ってことで。ギルドマスターに知られるとうるさいですから」


「やっぱギルドマスターってのが居るんだな。俺らはまだ会ったことねえけど」

「オレらみたいな低ランクパーティーがお偉いさんに会う機会なんて持てんやろ」


「それもありますけど、ギルドマスターは基本的に一日中、執務室に籠もりきりですからねー。何やってんだか」


「ティントベリーちゃんでも知らんの?」

「ギルドマスターの仕事内容を私たち一般職員が知る訳ないじゃないですかー」

「そういうもんなんや?」


「そういうものですよ。ギルドの責任者として貴族や王族とやりとりすることも多いみたいですし。先日も王都から来た貴族の接待をしていたみたいで、かなりゲンナリしてましたけど」


「うわぁ……。そういうことを聞くと余計にお近づきになりたくないって思っちゃうなぁ」


「権力者に近付いても良いことなんざねぇからな」

「ま、俺らにゃ関係ないこっちゃ」

「……」


「フィー? どうかしたか?」

「え……あ、いえ! なんでもありません!」


「なら良いけど。今日は素材を売った金で食料を調達するから忙しくなるぞ。フィーにも手伝ってもらうから、そのつもりで頼むな」

「はい!」


「ではでは、こちらがモンスター素材の買い取り金額になりまーす! 全部まとめて金貨二十枚! いやー、稼がれましたねー!」


「金貨二十枚ってことは二百万ガルドか。少しは一息つけそうだな」

「一息どころか百息ひゃくいきぐらいは付けるでしょー! よっ、小金持ち!」


「嬉しくない声援やなぁ。どうせなら大金持ちって言われたいわ」

「金貨二十枚程度じゃ大金持ちとは言えないですねえ。それでも私たち一般人からすると充分稼いでいらっしゃると思いますよ? 金貨一枚もあれば四人家族が半年は暮らせる額なんですから」


「そう聞くと大金に思えるな、金貨二十枚」

「今日の買い出しで半分以上無くなる予定やけどな」


「食料、調味料、服や下着に使う布や木材、それに鉄。色々必要だもんね」

「そういうこっちゃ。金も手に入ったことやし、さっそく買い出しに行くで」

「おう」


 ギルド受付嬢のティントベリーに別れを告げたおっさんたちは、二手に分かれて買いだしに向かった。


 ケンジとフィーは食材や雑貨を買いに市場へ。

 ホーセイとリューは【加工】用の資材を求めて鍛冶屋や材木屋へ。


 それぞれが己に課せられた役目をこなす中、ケンジは不審な視線に気付いた。


(なんだ……? 妙な視線を感じるな……)


 不審な気配。

 誰かが物陰から観察しているような錯覚――。


 一般的な会社員でしかなかったケンジが気配を感じ取れるのは、スキルポイントで取得したアビリティ【気配察知】のお陰だ。


 自分とフィーを観察しているであろう不審者に悟られないように注意しながら、ケンジは別行動しているリューたちにパーティーチャットを飛ばした。


 フルダイブ型VRMMOの基本機能である視線入力を使えば、不審者に気付かれずにチャットを送ることは造作もない。

 やがてリューからの返信がチャットに表示された。


『そっちもおるんか。こっちもギルドを出てからずーっと誰かに見られてるみたいやねん』

『マジか。どうするよ?』


『街の中やとどないもしようがないわ。街を出て森の中に入ってからいてしまおうや』


『それしか手はねえか。分かった。合流するぞ』

『ほな正門前で待ち合わせしよか』

『すぐ行く』


 ケンジは仲間と手短に計画を摺り合わせたあと、隣に並んで歩いていたフィーの手を強く握った。


「ふわっ!? あ、あのあのあの、ごごごごごご主人様っ!?」


 突然、手を握られたことでフィーが恥じらいの声を上げる。


(シッ。フィー、ちょっと声を落としてくれ)

(はわわっ、ご、ご主人様、お顔が近いです……!)


(あー、悪い。おっさんの顔が近くにあるのはキモイかもしれんが、話を聞かれたくないんだ)


(え……ご、ご主人様、何かあったのですか?)


 顔を近づけて囁くように話しかけてくるケンジに対し、フィーは顔を赤らめながらも何らかの事態が起こったことを察し、主人に合わせて声を落とした。


(ああ。なんだかきな臭い感じがするんだ。買い物が終わったらすぐに正門でリューたちと合流するぞ)


(わ、分かりました……ですが、その……ご主人様、奴隷の私なんかの手を握ったらご主人様のお手が汚れちゃいます)


(そんな訳あるか。良いからしばらくこのままで居るぞ。おっさんの手、汗でヌルヌルしてるかもしれんが我慢してくれ)


(だ、大丈夫です! ご主人様の手は温かくて、おっきくて……全然ヌルヌルなんてしてませんから!)


(そりゃ良かった。……じゃあ正門に向けて移動する。少し急ぐが頑張ってついてきてくれ)

(はい!)


 小声で言葉を交わすとケンジたちは足早に市場を後にした。

 向かう先はスタッドの街の正門だ。

 そこで仲間と合流したあと、ケンジたちは拠点のある『獣の森』へと急いだ。


 森の中を拠点に向かう道中も街で感じていた不審者の視線が消えることはなく、おっさんたちは歩きながら対応策を相談していた。


「街を出たのは良いものの、まだ監視されてるみたいやな」

「ああ。人数は四人ぐらいか?」


「え、すごい。ケンジ、分かるんだ?」

「【気配察知】のアビリティを取っておいたからな」


「おお、偉いやん。ちゃーんと取得可能能力の一覧、チェックしたんやな」

「そりゃおまえらにあれだけうるさく言われたらな!」


「戦闘系以外のアビリティにも興味を示すようになって……成長したね、ケンジ」

「何目線だよ、その言い方」


「だってユグドラシルファンタジーでは何度言っても戦闘系のアビリティ以外には興味を持たなかったじゃん」

「索敵やら戦況把握はぜーんぶオレらに丸投げやったからな」

「戦闘スタイルがバーサーカー過ぎて逆に潔かったけどさ」


「悪かったよ。……そっちのほうが性に合ってたんだ」


「ま、ユグドラシルファンタジーと違ってこっちの世界はマジもんの異世界なんやから命を守るためにもアビリティについては熟知しとかんとな」


「分かってるよ。んで、監視してる奴らはどうするよ?」

「捲く必要があるんやけど、どうやって捲こうか考え中や」


「拠点までは連れて行きたくはないよね」

「クランハウスはどこでも出せるんだから別に良いんじゃね?」


「どこでも出せる、か……せや! おっさんら、耳貸せ耳」


 何かを思いついたのか、リューがおっさんたちを呼び寄せた。


「良いか、まずはホーセイが――」


 メンバーに作戦を伝えようと顔を寄せ合うおっさんたちの様子を、鎧に身を固めた騎士風の男たちが遠くから観察していた。。


 男たちから少し離れたところには、軽装に身を包んだ斥候スカウトらしい姿も見える。


 四人の不審者は森の中に入っていった標的を観察しながら言葉を交わしていた。


「おい、ターゲットが森の奥に入っていくぞ」


「やつら、モンスターが蔓延はびこる森を住処すみかにしてるのか。いくら冒険者とは言え危険すぎるだろう。頭がおかしいんじゃないか?」

「なにかしらモンスターとの戦闘を回避する手段を持っているのかもな」


「もしかして結界石を使っているのか? だが結界石は使い捨ての魔道具だぞ? しかも一つ金貨五十枚はする高級品だ。そんな石を毎日使い捨てにできるほどの稼ぎがあるとは思えないが……」


「分からん。今はとにかくやつらを追うぞ。ジャックオ様がスタッドの街に到着する前にやつらの拠点を特定しておかんと、またネチネチと説教されることになる」


「はぁ……亡国の王女を性奴隷にするために領民の税を注ぎ込むなんて。なあ、俺たちの主人はあまりにも愚かじゃないか?」


「言うな。俺だってお前と同じ気持ちだ。だが……仕方ないじゃないか」


「弱らせた女をめちゃくちゃに蹂躙するのが趣味だとか、力で押さえつけて親族の目の前で犯すのが興奮するのだとか……正直、主の趣味が理解できん」


「……俺も同じ気持ちだよ」

「はぁ……仕える相手、間違えたかもな」


「もう言うな。ほら、やつらを追うぞ」

「分かったよ……」


 騎士風の男たちはもう一方のグループに合図を送り、付かず離れずの距離を維持しながらおっさんたちを追う。

 だが――。


「……っ!? おい! あいつらどこに行った!?」

「まさか見失ったのかっ!?」


「分からん! どれだけ木が立ち並んでいようと、そう簡単に見失うはずがないんだが……! おい、そっちはどうだ!」

「こっちも見失っちまいましたぜ、騎士の旦那」


「なにぃ!? 貴様、『獣の森』は庭だと言っていたではないか! 高い金を払って雇ったというのになぜ見失っているんだ!」


「いや、さっきまではしっかり見張っていたんだ! だけど突然、それこそ消えるみたいに姿が見えなくなっちまって……!」


「言い訳か!」

「クッ、そうかもしれねえが……だが本当なんだ! まるで煙のようにスッと居なくなっちまって……!」


「ええい、もういい! 周囲を探せ! きっとどこかに隠れているはずだ!」

「相手に見つかっても良いんですかい?」


「この際、仕方ないことだ。見つけ次第、男どもは殺せ! 但し女の奴隷には傷一つつけることを許さん!」

「わ、分かりやした!」


 騎士に怒鳴られた斥候風の男たちは、標的の姿を求めて周囲を探索する。

 だが多くの時間を費やした探索は、結局は無駄に終わってしまった――。


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