第18話 オッサンたち、生姜焼きを味わう
ケンジが夕食の準備をしていると――。
「あの……お風呂、先に入らせて頂きました。ありがとうございました!」
風呂上がりのフィーがリビングに戻ってきた。
頬を軽く上気させ、満面の笑みを浮かべるフィーの姿におっさんたちは言葉を無くしていた。
垢で薄汚れていた肌は白く輝き、ボサボサだった髪はまるで最上級の絹糸のように煌めく。
そんなフィーの姿に驚いたのだ。
おっさんたちの目の前には紛うことなき絶世の美少女がいた。
「あ、あの? ええと……皆様、どうかされました?」
「……いや、なんつーか……すごいな」
「元々、顔立ちの整った子やとは思ってたけど」
「お風呂に入って綺麗になったからか、なんだか輝いて見えるね」
「それな。絶世の美少女過ぎてアゴが外れた」
「まさに王女様だねえ」
「いやー、眼福やわぁ。拝んどこ」
「俺も」
「僕も」
「え、ええーっ!?」
自分に向かって両手を合わせるおっさんたちの奇行にフィーは悲鳴を上げた。
「ど、どうしたんですか!? どうして私、拝まれてるのですかっ!?」
「いやー、フィーがあまりにも美少女過ぎて、おっさんたちは思わず神様の下に召されるところだったよ」
「ほんまそれな」
「広場の冒険者たちがエロい目つきをしてたのも理解できたよ」
「そうかぁ? 確かに美少女だが、ちーっとばかり胸が足らんだろ」
「あぅ……」
ケンジの指摘に、フィーが悲しげに眉を下げて胸を隠した。
「うわぁ……これはひどい」
「良くもまぁ口に出して言うたもんやで、このおっさん」
「これってアレでしょ。いわゆるノンデリってやつ」
「おっさんでノンデリとか生きる資格ないやん。死んだらええねん」
「な、なんだよっ! どうして俺がそこまで言われなきゃなんねーんだよ! 俺は俺の魂の指標、グレートオッパイの信念に従ったまでだぞ!」
「気付いてないとか老害通り越してただの害悪やん」
「日本男子なら腹を切って死ぬべきだよね」
「ほんまそれな。……フィーっち、ケンジの言うことなんか気にせんでええで?」
「うんうん。フィーちゃんはまだ育ち盛りの年頃なんだから。これからたくさんご飯を食べればきっと大丈夫だからね」
「そう……でしょうか……?」
「あったり前やん。安心しぃ。オレとホーセイにはフィーっちが思ってること、ちゃんと伝わっとるさかい。今以上に綺麗になって、この顔面反社おっさんを見返したったらええねん!」
「うんうん。フィーちゃんが動物性タンパク質をしっかり取れるようにおっさんたち頑張るから大丈夫だよ。だからたくさんお食べよ」
「あの、ありがとうございます。私、頑張ってご飯をたくさん食べます!」
「その意気や!」
「おっさんたちが全面バックアップするからね!」
「ご指導よろしくお願いします!」
何やら盛り上がる三人の姿を見てケンジが口を尖らせる。
「なんだよ、三人で盛り上がりやがって。俺も入れろよ」
「いやぁ察しの悪いノンデリおっさんとは仲良うしたくないわ」
「正直、頭かち割って脳味噌のどの辺りにデリカシーって概念が収まっているのか調べてみたくなったもんね」
「おっさんになる間にどこかに落としてしもたんやろ。可哀想に……」
「ケンジみたいなおっさんにはなりたくないなぁ」
「てめぇら好き勝手言いやがって……」
「そんなことよりケンジ子さん、メシはまだかいな」
「フィーちゃんもお腹減ったみたいだし、早くしてよね」
「おまえらなぁ……!」
好き放題言ってくるおっさん二人に苛ついた声を漏らしながら、ケンジは流れるような手際の良さで生姜焼きを仕上げてテーブルの上に勢いよく置いた。
「ごちゃごちゃ言いやがって! 明日からメシ作ってやんねーぞ!」
「ツンツンしたこと言うとるのにしっかりご飯よそってるやん」
「ケンジのそういうオカンみたいなところ、僕は好き」
「うるせー! ほらフィー。おまえもさっさと座れ。メシにするぞ!」
「はい!」
ケンジはできあがった料理を仲間たちの前に準備する。
生姜焼きと千切りキャベツと、いたってシンプルな夕食だ。
生姜焼きの味付けは塩ベース。
スライスしたタマネギと豚っぽい肉に塩と砂糖、みじん切りした生姜を混ぜ込み、しっかりと味を染み込ませて焼き上げた一品だ。
「醤油が無いから塩ベースになっちまったが我慢してくれよ」
「醤油! しまったネットで一緒に買えば良かったやん! なんでもっと
「そこまで頭が回るかよ!」
「まぁそれは次の機会の楽しみにしておこうよ」
「しょうがやき、って私、初めて食べます……」
フィーは目の前に置かれた生姜焼きを興味深げに観察する。
「それにこれはお米、でしょうか。イレブニア大陸の東方にあるミズホ皇国の特産品ということは知っていますが実物を見るのは初めてです」
「やっぱこっちの世界にも米はあるんだな」
「せやけどこっちは魚沼産コシヒカリや。味は保証するで!」
「それより早く食べよう。お腹が空きすぎて死にそうだよ」
「だな。じゃあいただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
「あ、えっと……い、いただきます!」
おっさんたちの真似をして手を合わせたフィーは、器用にフォークを使って生姜焼きを口に運んだ。
「……っ!」
口の中に広がるタマネギの甘み。
そして肉の臭みを消して肉の味を下支えする生姜の風味。
その甘みと肉の旨味を際立たせる塩味にフィーは歓喜の声を漏らした。
「すごく、美味しいです……っ!」
「そうだろうそうだろう。フィーが風呂に入っている間にじっくり味を染み込ませたからな!」
「んでもってこの濃い味付けの肉が白米に合うねんなぁ!」
「やっぱりお米って最高だよね! 日本人だなーって実感するよ!」
仲間たちの賞賛に笑顔を浮かべたケンジが、少女の皿に生姜焼きを追加する。
「ほら、フィー。まだお替わりはあるからたくさん食えよ」
「は、はひっ! あひあほうおらいます(ありがとうございます)!」
口の中に頬張った肉をもぐもぐと咀嚼しながら、フィーはケンジの気遣いに元気よく答えた。
「ケンジ。フィーっちの胃はまだまだ弱った状態やろから、あんまり無理に食わせたらアカンで」
「おっと。そりゃ確かにそうだ。すまんフィー」
「もぐもぐ、ごくんっ……だ、大丈夫です。ちゃんと自分のお腹と相談していただきますから!」
「それなら良かった。……どうだ? 美味いか?」
「美味しいよケンジ!」
「いやおまえには聞いてねーわ! 俺はフィーに聞いてんだよ!」
「あ、あの、すごく美味しいです! このお料理はご主人様が作ったんですよね。すごいです!」
「へへっ、まぁ一人暮らしも長かったしな。生姜焼きを作るぐらい造作もねーよ」
「いやいや造作はあるやろ。オレなんて生姜焼き食べたかったら近くの弁当屋で生姜焼き弁当買ってまうわ」
「自分では絶対に作らないよねえ」
「弁当買えばすぐ食えるしな」
「俺だって初めはそう考えてたけどよぉ。おっさんと呼ばれる年代になったある日、急に料理に凝りたくなったんだよ。あれ、なんだろうな?」
「おっさんになると突然、夢中になってまうベスト3やな。料理、筋トレ、アウトドア。そしてすぐに飽きてやらなくなってまうけどしばらくするとまたやりたくなる」
「加齢で脳が衰えてくるから刺激を求めて新しいことを始めるんじゃない?」
「加齢のせいかよ!」
「世知辛いわぁ」
加齢談義に花を咲かせているおっさんたちを横目に、フィーは美味しそうに食事を続けていた。
「もぐもぐもぐ……王城に居た頃に出されたボアのお肉は臭みが強かった印象がありましたけど……こんなに美味しくなるのですね」
「んっ? フィーはこの肉が何の肉が知ってるのか?」
「え? ボアのお肉、ですよね?」
「いや知らん」
「知らんってどういうことやねん」
「肉屋で適当に調達した肉なんだよ。少し高めだったがいい感じに脂が乗ってて美味そうだったんだ」
「マジかいな。商品に名札とか付いてなかったん?」
「付いてたけど俺が読めるはずねーだろ?」
「そっか。僕たち、こっちの世界の文字はまだ読めないもんね」
「だから豚っぽい見た目の肉を買ったんだよ。ちょっと赤身の部分が濃い色してんなーとは思ったけど」
「ちなみにフィーっち。ボアってどんな動物なん?」
「ボアは口元にこんな風な――」
そう言うとフィーは両手の人差し指をピンッと立てて口元に持っていった。
「すごく鋭利な牙を生やした四つ足の魔獣です。身体全体がすごく固い体毛に覆われていて――」
「なるほど。それって多分、猪のことだね」
「ちょい待ち。魔獣ってことはもしかしてモンスター?」
「そうとも言えますね」
「言える? どういうことだ?」
「ええと――」
口の中のものをゴクンッと飲み込んだフィーが、姿勢を正してケンジたちに向き直った。
「この世界には人類種に敵対する生物が数多く存在しています。それらをモンスターと呼んでいるのですが、その中でも獣型のものを『魔獣』と呼び、人に近しい体型のものを『魔物』と呼んでいるのです」
「だからボアは魔獣ってことか」
「モンスターが食べられるっていうのはウェブ小説では定番だけど、実際に食べることになるとは思わなかったねえ」
「良いじゃん、ファンタジーらしくて! いつかドラゴンとか食ってみてえなぁ」
「ド、ドラゴンを食べるんですかっ!?」
「こっちの世界じゃドラゴンって食わないのか?」
「それは……どうなんでしょう? 少なくとも私は誰かがドラゴンを食べたというお話は聞いたことがありません。だってドラゴンは最強の魔獣ですから」
「あ、やっぱりドラゴンってそういう扱いなんだね」
「最強の魔獣かー。挑んでみてえ……っ!」
「だよね! だけど今のままじゃレベルも装備も足りないよ」
「まずは地道にレベリング、か」
「コツコツとレベルを上げて装備を整えて――これぞRPGの醍醐味だよ!」
「レベルだけなら速攻上がりそうやけどな」
「ううっ、リュー、僕の楽しみを壊さないでよぉ……」
「すまんすまん。ま、ドラゴンが食べられるかどうかはオレの【分析】で見れば分かると思うし、もし出会ったらしっかり分析するから安心しぃ。
それよりモンスターが食べられるってことは昨日倒した森狼の肉も食べられるんやろうか?」
「それこそ【分析】で調べてみたら?」
「それもそうやった。ちょっと調べてみるわ」
そういうとリューはジェスチャーでアイテムウィンドウを開き、回収しておいた森狼を【分析】した。
「んー……」
「どうよ? 食えそうか?」
「食べられるけど臭みが強くて筋が硬いみたいやな。【分析】によると庶民が日常的に食す肉やって」
「つまり安物の肉ってことか。良いじゃん。調理のし甲斐がありそうだぜ!」
「え。マジで食べるつもりかいな」
「香味野菜と圧力鍋があれば何とかなるだろ。一度、挑戦してえ」
「でも圧力鍋なんてこの世界に――あ、そっか。ネット通販」
「せやけど米十キログラムで金貨五枚やで? 圧力鍋なんてナンボになるねん」
「そりゃそれなりの値段はするだろうな。だからそのために金を稼ぐ。短期的な目標ができて丁度良かったじゃねーか」
「安物肉を食すために金を稼ぐって本末転倒ちゃう? それよりは金を稼いでネット通販で和牛の肉でも買いたいわ」
「でも今後のことを考えるとこっちの世界の素材を使って何ができるかは知っておいた方が良いんじゃない?」
「そういう考え方もあるか。はぁ……米のほうを優先したい気持ちもあるけど、あとで圧力鍋の値段調べとくわ」
「ついでに包丁とかの調理器具の他に、炊飯器のことも調べておいてくれ」
「炊飯器はええけど包丁は短刀とかで代用できるやんけ! 別に要らんやろがい!」
「バッカおまえ、料理を趣味にしてるおっさんだぞ俺は。道具に拘ってこそおっさん料理じぇねーか!」
「おっさんって何でも形から入るもんね」
「道具を見ると遥か昔に置き忘れたワクワクが蘇ってくるんだよ」
「まぁ言いたいことは分かる。ほな、空いた時間に適当に探しとくわ」
「おう、頼むわ」
夕食後――。
洗い物を片付けたおっさんたちは三人で風呂に入っていた。
「ふぅ~! 風呂、最高……っ!」
「ここ数日の疲れが一気に抜けていくねえ」
「ボス戦の準備のときから風呂入ってなかったから五臓六腑に沁みるわぁ」
クランハウスの風呂は体格の良い大人の男が三人、足を伸ばしてもまだ余裕のある湯船だ。
「あー、これだけのんびりできる風呂なんて、学生時代におまえらと行ったスーパー銭湯以来だ」
「アパートのお風呂って狭いもんね……」
「膝抱えんと湯船に浸かれんアパートに住んで十年……こんなデッカイ風呂に入れるってだけでもアイコちゃんに感謝やわ」
「それな」
「クソみたいな仕事から解放されて、大好きなRPGの世界を実体験できて、こんなに大きなお風呂に入れるなんて人生勝ったも同然だね」
「勝ったな風呂入るってそれ死亡フラグやんけ」
「そういやこっちの世界では蘇生魔法ってあるのかな?」
「いやー、さすがに無いんじゃねーの?」
「その辺りも調べておいたほうがエエやろな」
「リューに任せるわ」
「リューに任せるよ」
「おまえらホンマ……なんでもかんでもオレに丸投げすんのやめーや!」
「だって……なぁ?」
「うん。頭使うの苦手だし?」
「俺は建築の現場監督がメインの仕事だったし」
「僕は親族経営の会社の営業だよ? 足使って客取って来いっていう旧石器時代の営業方法しか許されないクソ会社だったんだよ? 頭なんて使わないよ」
「いや工数管理やら見積もり作成やら、頭使うところは色々あるはずやろ」
「でもRPGでの情報収集とか攻略情報とかはリューに任せるのが一番確実だし」
「リューなら安心して任せられるからな」
「はぁ~……まぁエエけど。その代わり戦闘のほうはしっかり頼むで」
「おうよ。任せとけ」
「で、武器のほうはどうなってるの?」
「オレらの装備はバージョンアップしといたで。素材が鉄のインゴットぐらいしかないからショボイけど、それでも攻撃力と耐久力がアップしてロングソード+3ぐらいの性能にはなっとるはずや。せやけどフィーっち用のが問題でなぁ」
「問題? 何かあったのか?」
「フィーっちには後衛で回復職をやってもらうつもりでおるやろ?」
「まぁそうだな。前衛は俺らが居るし」
「回復職の武器やと杖やらメイスやらが定番やん? せやけどこの世界のシステムがまだ分かっとらんから、【加工】で作ったもんやとただの杖、ただのメイスになってまうんや」
「あ、そっか。ユグドラシルファンタジーの場合、魔法職の武器はアーツのクールタイム減少とか消費MP軽減の効果がデフォルトでついていたもんね」
「せや。でもオレが加工してもそういった
「俺ら用の武器の性能は分かるんだろ?」
「【分析】で見たからな。せやけど材質に応じて基本攻撃力やら耐久度がアップしとるだけで追加効果はついてないで」
「うーん……謎だね」
「ゲーム的に考えればアビリティのランクが足りないか、
「ユニークアビリティはスキルポイントでレベルアップできへんのよなぁ。でも設計図か。確かにその可能性はありそうやな」
「追加効果が無いのなら普通の杖で良いんじゃね? もちろんフィーの安全第一な性能にはして欲しいが」
「それしかないのぉ。ま、この世界のことを調べていく内に分かることもあるやろ。んじゃ風呂から上がったらフィーっち用の武器を【加工】しとくわ」
「おう、頼む」
「明日はどうしようか?」
「まずは拠点周辺の探索だな。ある程度、森に慣れてきたら奥に探険しにいくって感じが良いんじゃねーかと考えてるが、二人はどうだ?」
「それでエエんちゃう? フィーっちにはあんま無茶はさせたくないし」
「命大事に、だね」
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