第17話 オッサンたち、ネット通販する
風呂場から楽しげな鼻歌が聞こえてくる。
その鼻歌を聞いてケンジは肩の力を抜いた。
(少しはリラックスできたかな)
ノースライド王国の第一王女フィーラルシア・ノースライド。
まだ十六歳の少女は戦争によって祖国を追われ、奴隷に落とされるという過酷な環境に身を置いていた。
身体は汚れ、肌は荒れて髪はほつれ――みすぼらしさの極まった見た目とは裏腹に少女の心の中には燃え上がるような熱い覚悟が充ち満ちていた。
だがどれほどの覚悟があろうとも。
どれほどの目的があったとしても。
いつまでも気を張り詰めていてはいつか健康を損なうことをおっさんたちは経験上、知っていた。
だからこそ風呂を勧めたのだ。
身体の汚れを落としてたっぷりの湯に浸かれば、どれほど気を張っていたとしても心は緩む。
その緩みこそが次の日への糧となることをおっさんは知っていた。
リビングに戻ったケンジは仲間たちにフィーの様子を告げた。
「良かった。これで少しは気が休まるだろうね」
「休みすぎて湯船で溺れてしまわんように気をつけておかんとな」
「それじゃ俺は晩飯の仕込みに入るわ」
「何を作るの?」
「豚っぽい生肉をいくらか調達したし、生姜焼きでも作るかな」
「エエのぉ! 生姜焼き! でも米が無いんよなぁ……」
「炭水化物は黒パンしか売ってなかったんだよ。我慢しろ」
「まーた黒パンかいな。せめて白いパンが食いたいわ……」
「その辺りもおいおい調達していかないとねえ」
「早いとこ食事の質を上げんと死ぬ。正確に表現するとオレが死ぬ」
「関西人は食にうるさいねぇ」
「あったり前やないか。食事に拘らんで何に拘って生きるねん。人生、楽しんだもん勝ちやで」
「一度、メンタルを壊したおっさんの言葉は響くね」
「人のことばっか気にしてたら心が死ぬ。せやけど人を見捨てても罪悪感で心が死ぬ。何でも適度にこなしつつ、美味い飯を食って和む。それが人生を楽しむための極意っちゅーやつや」
「だったらまずは米を探さねーとな」
「お米かー。ウェブ小説の定番なら東方に行けばありそうだけど」
「あれってなんで東方限定なんやろな。別に西方でもええやろうに」
「さあ。テンプレじゃない?」
「テンプレか。まぁテンプレは重要だしな」
インベントリから食材を取り出したケンジはキッチンの設備を確認する。
「しかしよぉ。電気・ガス・水道完備のクランハウスなんて聞いたことねーよ」
「それだけやないで。ネットも開通しとる」
「はっ!? マジかよ!? どこに繋がってるんだ?」
「チロッと調べてみたけどどうやら日本に繋がってるみたいやわ」
「……マジ?」
「マジ。通販とかもできるっぽいで」
「通販って。クレジットカードとか使えないのに代金はどうするの?」
「それがどうやらネット画面に直接入金できるみたいでなぁ……」
「ネットスキルで異世界放浪ご飯かよ!」
「僕、あのウェブ小説大好き」
「そんな感じっぽいわ。……っ!? せや、通販で米買えばエエやんけ!」
「おおっ! 確かに! すぐ買え、今買え、早く買え!」
「任せとき!」
ケンジの催促に応えたリューが手早くタブレットを操作して通販サイトで米を購入する。
決済ボタンを押した瞬間、リビングに段ボール箱が転送されてきた。
「キタァァァーーーーーーー! 米や! 念願の米やーっ!」
「決済した瞬間到着とか原理が謎すぎない?」
「アイコちゃんのお陰だな」
「万能過ぎる設定だねえ。ところで支払いってこっちの通貨でできたの?」
「できたで。ちなみに米は十キログラムで金貨五枚や!」
「たっっっっっっっかっ!」
金貨五枚。つまり五十万ガルドだ。
「屋台で買った軽食が銅貨五枚、五十ガルド。日本円にして大体五百円ぐらいと仮定すれば五十万ガルドやと五百万円やな」
「たっっっっっっっっっっっっっっっか! 十キログラム五百万の米って!」
「でも次元を超えて即時購入できることを考えたら安いんじゃない?」
「いや安くはないだろ」
「いや安くはないやろ」
「……リューをフォローしたつもりだったんだけどなー」
「ゴメンて。まぁ今回はネットやら金銭感覚の勉強代も込みってことにしてや」
「別に良いけどよ。しっかし俺ら結構金を使ってねーか? 奴隷商隊の残骸から回収した金ってあとどれぐらい残ってるんだ?」
「なんやかんや使こうてもうたからなぁ。残金二十万ガルド。つまり金貨二枚や」
「おほっ、派手に使ったなぁ!」
「金貨二枚じゃ心許ないね」
「日本円にして二百万やけど、四人で生活してりゃすぐ無くなるやろうしなぁ」
「明日からフィーのレベリングと金策だな。しばらく米の購入は禁止だ」
「ぐっ……背に腹は代えられんかぁ。しゃーない、我慢するわ」
「一人一日一合半食うと仮定して一日一キログラムの米を消費する計算だな。十日は保つ。黒パンを混ぜれば二週間ぐらいは米十キロでもいけるだろ」
「そこら辺の塩梅はケンジに任せるよ」
「おう任された。それよりリュー。フライパンを作ってくれ」
「はぁ?」
「いやキッチン設備は整ってるんだけどよ。残骸からゲットした鍋と包丁以外に調理器具が無いんだわ。米は鍋で炊けるけどフライパンがなけりゃ生姜焼きは作れん」
「大問題やないか。すぐ【加工】で作るわ」
「おう、頼む」
そういうとケンジは米を洗い始めた。
「それにしても本当にすごいね、このクランハウス。大浴場あり、ウォシュレット付きのトイレ有り、システムキッチン有り。
寝具付きの個室の広さは二十畳ほどあるし僕たちが日本で生活していたアパートより断然広い」
「ごふっ……微妙にダメージ受けること言いなや」
「いやー、このクランハウスで生活できるだけでも死んで良かったなぁって」
「そもそもオレらって死んでるんやろか?」
「どういうこと?」
「オレらはユグドラシルファンタジーのボスを討伐したあと、新クエストが発生してこっちの世界に来たやろ? そのとき肉体ごとこっちに転移したんかなって」
「現実世界で生きていたときと同じで身体に違和感ないからなぁ」
「そこや。そこがちょいと謎やってん」
「でもユグドラシルファンタジーはフルダイブ型のVR・MMOだよ? 肉体は今でもフルダイブ用の感覚変換機器……つまりパーソナルギアをつけたままの状態で現実世界に居るんじゃない?」
「脳と身体機能に超電磁的にアクセスして、五感全てをネット世界にフルダイブさせるための感覚変換機器、パーソナルギア、か。
でもそれを付けたままやとするなら、本体はいつか餓死してまうことになるんやないか?」
「俺らの身体はギアを被ったままベッドで横になってる状態だろうしなぁ」
「そうかもね。僕は元の世界に戻る気なんてないしそれで構わないけど」
「……ホーセイはよっぽど現実世界に戻りたくないんやな」
「二人は違うの?」
「いや違わへんで」
「俺もだ。こっちの世界の方が面白そうだしな」
「人間、どうせ死ぬんやし。楽しんだあとで死にたいわ」
「それな」
「なら気にしなくても良いでしょ」
「せやな。変なこと言うてもたわ。……ケンジ、フライパンできたで」
「サンキュー。んじゃ晩飯に準備に掛かるわ!」
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