第16話 オッサンたち、少女に風呂を勧める

「そんなことよりも、や。フィーっちにレベリングしてもらうのは良いとして、ビルドの方向性を確認しておかんとアカン」


「俺たちのパーティーに足りないのは回復職ヒーラーだな」


「スキルポイントが余ってるから一通りの回復魔法は取得したけど、戦闘中は専門職に任せたほうが効率が良いからね」


「そんな訳でフィーっちにはヒーラー……つまり回復魔法を中心に能力を取得して欲しいんやけど、どうやろか?」


「回復……つまり私は神官になるのですか?」


「いや、神官になる必要はない。能力一覧で回復系のアビリティやスキルを中心に取得して欲しいんだ」


「戦闘中、僕たちは前衛を務めることになるから、フィーちゃんには後衛で戦況を見ながら回復や支援をしてもらいたいんだよ」


「フィーっちが後衛に回ってくれたらオレも前に出ることができるし、そうなったらパーティー全体の戦力が大幅にアップするねん」


「なる、ほど……?」


 おっさんたちの説明を聞いて頷いてはみたものの、フィーはいまいちピンと来ていないらしく小首を傾げていた。


「ビルドなんて概念を知らなければ首を捻ってしまうのも仕方ねーか」

「実際にやってもらう方が早いんじゃないかな?」

「まずはレベリングってわけだな」


「フィーちゃんの目的を達成するためにも僕たちは強くならないといけない。そのために明日からレベリングを頑張る。


 レベルを上げて獲得したスキルポイントで能力を取得して強くなる。これが短期方針だね」


 そういうとホーセイをソファーから腰をあげた。


「だけど今日はゆっくり休息のターンだよ。


 レベリングするにしろ、フィーちゃんが冒険者としてやっていくためにはそれなりの装備も必要だしね」


「それもそうだな。……おいリュー。おまえの【加工】が頼りだ。頼むぜ?」


「フンッ、任せとき。せやけど戦闘のときはケンジの【指揮】が有効なんやから、そっちもしっかり頼むで」

「おうよ」


「一旦、難しい話は置いておいて、今日はゆっくり身体を休めようよ。フィーちゃんもそれで良いかな?」


「はい……!」


「うっし。そうと決まれば、俺は晩飯の仕込みに取りかかるわ」

「僕はクランハウスの機能を確認して回るよ」

「ほんならオレは街で仕入れた素材を使ってフィーっち用の装備を作っとくわ」


「あの、私はどうしましょう?」


「そんなこと、決まってる」

「せやな」

「うんうん」


「え……?」


「フィーはまず風呂に入ってのんびりしろ! 今日は働くことを許さん!」

「ええーっ!?」


「せやで。フィーっちは長い間、奴隷生活を続けとったんやから身体に疲れが溜まってるはずや。今日はゆーっくり風呂に浸かってのんびり養生ようじょうしぃ」


「お風呂は命の洗濯だからね」

「おうよ。だからフィーが一番風呂な」


「そ、それはさすがに……。先に皆様が入ってください!」


「いーや、一番風呂はフィーだね」

「おっさん汁が滲み出た風呂にフィーちゃんを入れるのはさすがに避けたいよね」

「その言い方やとフィーっちの残り湯を堪能するヘンタイオッサン共になるで?」


「あ、そっか。じゃあお湯を張り替えるとか?」

「水道も通ってるみたいだし、それで良いんじゃね?」


「あの、でも私は皆様の奴隷です。だからやっぱり皆様がお先に――」


「いーやダメだね。奴隷って言うんだったら主人の俺が命令する。フィーはゆっくり湯船に浸かって心身ともにリフレッシュすること! 良いな?」


「あの、えっと……はい……!」


 命令――という名の気遣い――に再び瞳を潤ませたフィーの手を引いて、ケンジは少女を風呂へといざなった。


 洋風で統一された脱衣所には洗面台や化粧台が並び、同時に二十人ぐらい入れるほど広かった。


 入浴場への扉を開けると大浴場と言えるほど広い湯船とバスチェア(風呂椅子)が並んだ洗い場があった。


 洗い場にはシャワーがあり、シャンプーやリンスが完備されていてどこぞのホテルの大浴場と言っても大袈裟ではなかった。


 肝心の湯船はというとどうやら掛け流しらしく、東洋の龍の姿を模した石像から温水が溢れ出して湯船の中に滔々と水を湛えていた。


 至れり尽くせりな浴場に感心するケンジの横で、フィーが物珍しそうに浴場を眺めていた。


「わぁ……なんだ色々ありますね。ここがお風呂なんですか?」


「フィーは元王女様なんだから風呂ぐらい見たことあるだろ?」

「それはそうですけど……見たことのないものがあって」


「風呂の設備は俺たちの居た世界と同じみたいだ。原理は謎だがお湯も湧き出してるしゆっくり湯船に浸かれそうで良かったよ。設備の使い方は教えてやるから、ゆっくり風呂を楽しんでくれ」


 そう言ってケンジは設備の使い方を説明する。

 シャワーの使い方、シャンプーやリンスの効能について説明したあと、


「じゃあごゆっくり」


 ケンジはそう言い残してリビングに戻っていった。


「お風呂……」


 主人の背中を見送った後、風呂に置き去りにされたフィーは唖然とした表情で風呂場を眺めていた。


 だがそれも束の間だった。

 風呂を前にしたフィーは少女らしく嬉しそうな微笑みを零した。


 それも当然のことだろう。

 奴隷商人に捕まり、奴隷となってから長い月日が経っている。


 三日に一度、濡らした布で身体を拭くことしかできなかったのだから、フィーの身体は汚れきっていた。


 その汚れを綺麗さっぱり落とすことができるのだ。

 年頃の少女であるフィーが喜ぶのも無理はなかった。


「ううっ……おじさまたちは私のこと、臭いと思っていたのかな……」


 奴隷暮らしに慣れたとは言えフィーは元王女だ。


 自分が臭いと思われることに羞恥を覚えるのは王女……いや女性として当然の心理だろう。


 フィーは主人の言葉に甘えて風呂を楽しむことにした。


「えっと……」


 今、フィーが纏っている服は、主人の一人であるリューが作ってくれた服だ。


 可愛さと動きやすさを兼ね備えたこの服をフィーはいたく気に入っていたが、少女にとっては初めて接する様式の服だ。


 着るときも苦労したが、脱ぐときも同じように手間取ってしまう。


 服が破れないように悪戦苦闘しながら留め具を外し、下着を脱ぎ――長い時間を掛けてフィーは一糸まとわぬ姿となった。


 脱衣所の中にある鏡に映る自分の姿を見て溜息が漏れた。


「だいぶ痩せちゃった……」


 長期間、奴隷生活をしていたフィーの身体は痩せ細っていた。


 肌はカサカサで髪はボサボサ。

 あばら骨が浮き出るほど痩せてしまった身体を見つめながら、フィーはふと視線を下に向けた。


「おっぱい……」


 新しい主人のケンジは、どうやら大きなおっぱいが好きらしい。


(私の胸はおじさまに相応しいおっぱいなのかな……。昔はもう少し大きかったと思うんだけど……)


 奴隷に落とされてから一日一食の生活を続けていたからか、フィーの胸は昔に比べて大きくしぼんでしまっていた。


 その萎んだ胸部を見つめながらフィーはそっと溜息を吐く。


「おじさまは大きいおっぱいがお好みみたいだけど、今の私じゃダメかな……って、私、何考えてるの! あぅ、はしたない……」


 胸に添えた手を慌てて離すとフィーは身体を清めるために浴場へ向かった。


 浴場は何もかも清潔で清々しさを感じた。

 目につく設備は初めて見るものも多く、フィーは主人が教えてくれたことを確認するように洗い場のシャワーを手に取った。


「これを、こうして――きゃっ!? 冷たい……っ!」


 把手とってを捻ると管の先端に装着された器具から雨のように水が溢れ出し、少女の身体に降り注ぐ。


「あ、そうだ! 確かご主人様はこうやってお湯を出せって……!」


 捻った把手の反対側にある同じような把手を捻ると、冷たかった水が徐々に温水へと切り替わった。


「あ……すごく気持ち良い……」


 頭頂部を優しく刺激しながら長い髪を伝い落ちていく温水の雨。


 その雨の心地よさに吐息を漏らしながら、フィーはしばらくの間、シャワーから溢れ出す温水に身を任せた。


 髪と肌に積み重なった汚れが温水によって流れ落ちていく。

 身体が軽くなるような錯覚を覚えながら、少女は久方ぶりの洗髪を心の底から満喫していた。


「そういえばご主人様が石鹸があるから使えって言ってたけど……これかな?」


 洗い場に備え付けられた不思議な容器を手に取って、主人が実践してくれたように頭の把手を軽く押す。


「ふぁぁ、良い香り……」


 白濁してドロッとした液体から漂ってくる花の香り。

 その香りに自然と頬がほころんでいく。


「ええと、洗髪用の石鹸シャンプーと、髪を保護する石鹸リンスと、髪を綺麗にする石鹸トリートメント……。石鹸がこんなにたくさんの種類があるなんて知らなかった」


 掌に取った液体を髪に塗ったフィーは手の平で撫でつけるように優しく、ゆっくりと髪を洗った。


 最初は泡立つこともせず濁った色になっていた石鹸は、何度か洗い流すことでようやく泡立つようになった。


 髪の汚れが落ちる度にフィーの心は軽くなる。


 やがてすっかり汚れが落ちた髪に、今度は髪を保護する石鹸を塗り込んでいく。

 髪の艶が戻りますように――。


 そんな女性らしい願いを込めながら丁寧に石鹸を塗り込んだあと、フィーは身体を洗うための石鹸と教えられたものを肌に塗り込んだ。


 髪と同様に最初は泡立つこともなかった石鹸は、何度も繰り返すうちに泡立つようになって身体が泡に包まれた。


「ふふっ、こっちの石鹸も素敵な香り……♪」


 肌から汚れが落ちると心が躍り、フィーは自然と表情を綻ばせるのだった――。



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