第14話 オッサンたち、森で生活する

 奴隷であるフィーへの差別が蔓延はびこるスタッドの街を出たおっさんたちは最初に転移してきた森に向かった。


 スタッドの街を出て四時間ほど歩いた先にあるその森を、冒険者たちは『獣の森』と呼んでいるらしい。


 『獣の森』は広いだけでなく植生が豊富なうえに野生生物や魔獣が多いことでも知られており、冒険者たちにとっては絶好の稼ぎ場所でもあった。


 森の中にはいくつかの迷宮ダンジョンも散在しているらしく、ダンジョン攻略を生業にする冒険者も多い。


「以上がギルドで買ったガイド本をフィーっちに読み聞かせてもらって判明した情報や。まとめるとRPG序盤でレベリングするには打って付けの場所って訳やな」


「なかなか良いじゃん。で、拠点はどこに構えるよ?」


「最低条件は近くに川がある、それなりに開けた場所かな」


「歩き回って探すのも骨が折れそうだな」


「そのために【アビリティ】があるんやで」


「あん? 探索に役に立ちそうな【アビリティ】なんてあったか?」


「さすがケンジやな」


「どうせバトル関連の能力しかチェックしてなかったんでしょ?」


「うっ……それはそうだけども。だけど鑑定やら探知スキルは取得したぞ!」


「そら鑑定やら探知はユグドラシルファンタジーのプレイヤー全員が最初に取得する定番スキルやん」


「ぐぬ……それはそうだけれども!」


「スキルポイントで取得できる能力一覧には機能拡張用アビリティがあったんだよ。パーティー共有のインベントリの機能解放の他にミニマップの機能拡張とかね」


「へぇ。それってどんな拡張機能なんだ?」


「表示領域の拡大とかマップ内検索機能とかやで」


「検索ぅ? まんまゲームじゃねーか!」


「だから言うてたやん。アイコちゃん、ユグドラシルファンタジーのシステムやらユーザーインターフェースを丸パクリしとるって」


「一般的なネトゲに備わっている機能はほぼ全て能力一覧の中にあるみたいだよ」


「マジかー……それ、俺も取得しとくわ」


「ケンジはもう少ししっかり能力一覧を確認しときぃ。ところでフィーっち。街からこっち歩きっぱなしやったけど疲れとらん? 疲れてたら正直に言うんやで?」


「お腹空いたら言ってね? ご飯あるから」


「はい! でもまだまだ大丈夫です!」


 リューたちの気遣いにフィーは笑顔を返した。


「んじゃ、ホーセイはマップで良さげな場所を探しといて。オレはフィーっちと周辺警戒しとくわ」


「俺はどうすりゃいい?」


「ケンジは能力リストとにらめっこして有用な能力は全部アンロックしとき」


「わ、分かった!」


 森の中を歩きながらそれぞれの役目をこなすおっさんたち。

 しばらくしてホーセイが声を上げた。


「ここ、良さそうかも」

「良い場所が見つかったのか?」


「うん。森の中を流れる川の傍に直径二十メートルぐらいの広場がぽっかりと空いた場所を見つけたよ。拠点を作るには打って付けの場所だと思う」


「でかしたでホーセイ! ほな早速そこ行こか!」


「おう。フィー、いけるか?」


「はい!」


 まだ元気がありそうなフィーの様子に安心したおっさんたちは、少女に歩幅を合わせながら森の中へ分け入った。


 途中、森狼の他、一本角を持った兎らしき魔獣と遭遇戦が発生したが、レベルの上がったおっさんたちの敵では無かった。


「ご主人様たちは本当にお強いですね」


「そうかぁ?」


「今のところザコとしか戦ってないからなぁ。強いかって聞かれても今いち実感が湧かんから首を捻ってまうわ」


「でもフィーちゃんを助けた頃に比べると、格段に身体が動かしやすくなってる気がするね。自分の思った通りに身体が動くっていうか」


「ステータスアップのアビリティを全部乗せしとるからやろ」


「環境に慣れてきたっていうのもあるのかもな」


「何にせよ、狼やら兎はもう敵やないってこっちゃな」


「パーティー共有のインベントリに入れておけば、リューに【加工】してもらって素材化も簡単だしな」


「皮やら肉やら骨やらだけやなくて素材化できるものは自動的にやってくれよるからな。便利なユニークアビリティをもらったもんやわ」


「その素材を定期的にギルドに卸せばお金も稼げそうだし。やっぱり拠点を森に移すのは良い選択だったんじゃないかな」


「ホーセイの提案があったお陰やな」


「僕のお陰というよりもアビリティをくれたアイコちゃんに感謝だよ」


「あの、ご主人様。アイコちゃん? ってどなたですか?」


 聞き慣れぬ女性名を耳にしたフィーが小首を傾げながら疑問を口にした。


「俺らをここに連れてきた元凶というか原因というか。フルネームだとアイコニアスとかって言ったか」


「えーっと、ちょっと待ってログを確認するから。……うん、合ってるね」


「オレらはそのアイコニアスちゃんって子とちょっとした縁があってなぁ。この森にやってきたのもアイコニアスちゃんのせいというか、おかげやねん」


「アイコニアス……えっ? 創世の女神様のお名前ですよね、それ」


「お? 創世の女神ってのは自称じゃなかったのか」


「ちょっと頭のおかしい子だと思ってた」


「テンションの高いメッセージを寄越してたしなぁ」


「そういやリュー。お問い合わせフォームの件、まだ返信は来てないのか?」


「来てへんなぁ。もしかしたらアイコちゃん忙しいんかも?」


「さっき戦ったモンスターの経験値もアビリティの効果が適応されてたよ」


「ってことはアイコちゃん、まだ対応できてないってことか? まさか仕様って訳じゃねーだろうけど」


「さすがに仕様は無いやろー。アイコちゃん、さっさと対応してくれんとこのままやとオレら人類最強になってまうで。大丈夫かいな」


「ズルで最強になんざなりたくねーなぁ……」


「贅沢言うとる。ま、アイコちゃんの返信待ちしとる間に、この世界で生き抜けるようにしこたまレベリングしとこや」


「だね」


 ケタケタと笑い合うおっさんたちの横で、フィーの顔が真っ青になっていた。


「あの、あの……もしかしてご主人様たちは創世の使徒様なのですか?」


 何かを恐れるように脱力したフィーは、地面に膝をついて主人たちを見上げた。


「創世の使徒、ってなんのことだ?」


「それは――」


「あー、待ち待ち。そういったこみ入った話は落ち着いたところでゆっくりしたほうがエエ。フィーっち、気になるやろけどもうちょっとだけ我慢してな」


「は、はい……」


「拠点ができたらちゃんと説明するからね」


「うっし。だったらさっさと移動しようぜ」


 ケンジの号令を合図におっさんたちは拠点候補地へ向かった。

 三十分ほど森の中を歩き、目的の場所へ到着した。


 並び立つ木々を抜けたところにぽっかりと口を開けている広場。


 広場の右手には穏やかに流れる川があり、左手には切り立った岩壁が隆々とそびえ立っていて、さながら森の中にある個室のようなおもむきだ。


「へえ……なかなか良い場所じゃん」


「森の中を長いこと歩かんと到着できん場所にあるし、他の冒険者が迷い込んでくることもそうそう無さそうな場所やね」


「拠点向きでしょ?」


「じゃあ早速、俺のアビリティで――」


「ケンジ待ちぃ。それより先に場を整えんとアカン。ホーセイの【地形操作】で岩壁に穴ぁ開けてくれるか?」


「穴?」


「せや。で、その穴に入った先には五メートルぐらい平らなところがあって、その奥から三メートルぐらい登る感じの坂を作って欲しいや。


 その坂の上にクランハウスのドアを展開すれば外から出入りする姿が見えへんし、万が一、川が氾濫しても水が入ってくる可能性も低まるやろ?」


「なるほど! さすがリューだね。すぐにエディットするよ」


 リューの提案に頷きを返したホーセイが、アイコニアスから与えられたユニークアビリティ【地形操作】を起動した。


 するとホーセイの目の前にARウィンドウが現れる。


「ここを、こうして……こっちはこうで……」


 ブツブツと独り言を漏らしながらインターフェースを弄ると、ものの数分で岩壁に穴が空いた。


「できたよ。リューの注文通りにしておいた」


「早いな、おい!」


「ホーセイのユニークアビリティも目の前で見ると大概チートやのぉ」


「あははっ、自分でやっててもチートだなぁって思うよ」


「それな。ほなら早速、拠点にしよか。ケンジ頼むわ」


「おう」


 おっさんたちはホーセイの作った洞穴に足を踏み入れた。


 入り口は大人二人が並んで入れる程度の狭さで、中に入ると洞穴奥に向かって上り坂が続き、行き止まりは壁になっていた。


 その壁に向かってケンジは【クラン】を使用した。


「よし、展開したぞ」


「おー。なら早速入ろか」


「ちょっと休憩したいね」


「え? え? あの、入るってどこにですか?」


「どこって、この扉の……あ、そうか。フィーをパーティー登録してねーわ」


「せやけど昨日はフィーっちも入れたやん?」


「僕が抱えていたから入れたんじゃない?」


「抱えて……えっ!? 私、ホーセイ様に抱えられたんですか?」


「うん。フィーちゃん寝てたからね。お姫様抱っこしたよ」


「あぅ……」


 ホーセイの説明を受けたフィーが恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「じゃあ俺が手を繋いでれば入れそうか。ほら、フィー」


「あの、その……」


 差し伸べられた手とケンジの顔を交互に見ながら、フィーは赤くなった頬を更に赤くして瞳を潤ませた。


「ん? どうした? 手を繋ぐだけだぞ?」


「それはその……はいぃ……」


 怖ず怖ずと伸ばされるフィーの手。

 ケンジはその手を迎えるように差し出しされた手を掴んだ。


(あ……ご主人様の手、お父様の手みたい……すごく大きくて、温かくて……)


「ほら、入るぞ」


「え……あ、はい!」


 フィーの手を掴んだケンジがクランハウスの扉を開けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る