第12話 オッサンたち、若者に絡まれる

 突然、横から現れた二人の若者の内、短髪で厳つい顔つきの男がフィーの手を掴んで引っ張った。


「きゃあっ!」


「おいこら、てめぇウチのフィーに何してくれてんだ!」


「あん? おっさんの奴隷をたっぷり可愛がってやろうって言ってんだけど?」

「おっさんなんかより若い俺たちのほうが奴隷だって嬉しいだろ? 今から一日中、ベッドでたっぷり可愛がってやるよ」


「へへっ、ほら来いよ。どうせおっさんたちのチンポに満足できてねーんだろ? 俺らが可愛がってやるからしっかりご奉仕しろよ!」


 短髪の男の隣で入れ墨の入ったスキンヘッドの男が下卑た笑いを浮かべる。


「おまっ、正気か? フィーっちはオレらの仲間やで? それを勝手に可愛がるだのなんだの。頭イカれてんちゃうか?」


「っていうか、いつまで掴んでんだ! フィーが痛がってるだろうが、さっさと話せよクソガキが!」


 ケンジは声を荒げてフィーを掴んでいる若者の腕を叩き落とした。


「痛ってぇ! てめぇおっさん、何しやがる! ぶっ殺すぞ!」

「何もクソもねーよ! 礼儀のなってないエロ猿相手に遠慮するほど、人間ができてねーんだよ俺はなぁ!」


「てめぇ。スタッド最強のCランクパーティ『狼帝ろうていつるぎ』だと知って楯突いてんのかっ!?」


「えっ? 『童貞のチンカス粗チン』がなんだってぇ?」

「くははっ! なんやそれ! 一個もあってなさ過ぎやろ!」

「空耳と言うには無理があるねー。五十点」


「てめぇら俺らのことナメてんのかっ!」

「ナメてるんじゃなくて相手にしてねーんだよ。さっさと失せろ。シッシッ」


「てめぇ! ぶっ殺す!」

「さっきから同じ言葉ばっか繰り返しとるのぉ。語彙ごいなさ過ぎやろ」


「『てめぇ』『ぶっ殺す』『ふざけんな』あとは『ヤラせろ』ってところかな。四つあれば会話が成り立つコミュニティでいきがってるんだろうね。格好悪いなぁ」


「教養がないってのは見てて可哀想やな。せめて愛嬌があれば良かったのに。ま、年がら年中チンポおっ立てて発情しとる猿にそないなことを望むのは可哀想か」

「確かにね」


 おっさんたちのやりとりを聞いて、事態を注視していた他の冒険者たちの間から忍び笑いが漏れ聞こえてくる。


 その声に気付いた男たちが顔を赤くしながらおっさんたちを睨みつけた。


「てめぇ……ガチで俺らを怒らせやがったな!」

「野郎、ぶっ殺してやる!」


「はいはいはーい! ギルドホール内での冒険者同士の喧嘩は御法度ですよ! やるなら訓練場でルールを決めてシロクロ付けてくださいねー!」


「あら。ギルドが止める訳やないんや」


「依頼についての争いなら仲介することもありますけど、私闘にまでは口を出しませんよ。おじさんたちはもう冒険者ですし、冒険者同士で好きにやってください」


「淡泊ですねえ」


「冒険者同士のいさかいにまで口を出していたら、私たちギルド職員は業務がパンクしちゃいますからね」


「なるほど。ギルドってブラックなんですね。ご迷惑をおかけしてすみません」

「いえいえ」


「ほなまぁ、ティントベリーちゃんたちギルド職員さんの手を煩わせんように、さっさと若者に世間の厳しさを教えたろか」

「おう。いい加減、俺は怒りで頭が沸騰しそうだ」


「じゃあ僕はフィーちゃんの護衛をしておくよ。頑張ってねおっさんたち」

「おっさん言うな!」


「まだ若……くは無いが、ガキには負けん! ほら、その訓練場とやらに連れて行けよ。社会の厳しさってのを教えてやるからよぉ!」


「舐めやがって! 絶対ぶっ殺してやる!」

「てめぇ、ふざけんなよ! 絶対ってやんよ!」


「まーたおんなじ言葉を繰り返しとるわ。ほんま教養ないんやなぁ。可哀想に」


 おっさんたちは喧嘩をふっかけてきた若い冒険者の後ろを付いていった。


 するとギルドホールで暇そうにしていた他の冒険者たちが、おっさんたちの後ろをぞろぞろとついてきた。


「スタッド最強の『狼帝の剣』に喧嘩売るやつが居るなんてなー」

「でもあいつらちょっと強いからって偉そうにしてやがったからな。オレはおっさんたちを応援するぜ」


「そうそう。少しは痛い目を見ろっていうんだ」

「はー、何か間違いが起きて死んでくれねーかなぁ、あいつら」


 野次馬たちの間から漏れ聞こえてくる若者たちへの悪口。

 その声を聞くとはなしに聞きながら、おっさんたちは肩を竦めた。


(やれやれ。自分では何もせんのにポッと出のおっさんたちに期待するとか、ほんま勝手なやつらやのぉ)


(僕の勤めていた会社の社員はこんなやつらばかりだったから、僕は特になんとも思わないかなー。大衆なんてこんなもんだよ)


(他のやつらのことなんざどうでも良い。フィーを怖がらせたあいつらだけは絶対に許さねえ!)


(顔面反社やのにキレたらアカンよ。人を殺す前に人殺しと間違えられるで)

(うっせー、顔のことは言うな!)


 こそこそと言葉を交わす内におっさんたちは訓練場に到着した。

 訓練場はギルド建物の裏手にある三十メートル四方の広場だ。


 木製の柵でグルッと囲まれていて、訓練場という名前に相応しく案山子かかしまとが乱雑に設置されている。


 広場の中央に進んだ二人の若者は、おっさんたちへの敵意を隠すこともなく垂れ流して殺意の籠もった視線を向けた。


「二対二、決闘続行が不可能な怪我を負うか降参すれば負け。それでどうだよ、おっさん!」


「『狼帝の剣』をあれだけバカにしたんだ。逃げるはずないよなぁ!」


「良いだろう。受けてやるよ」


「ふんっ。おい、そこのやつ!」


「え、オレぇっ!?」


 『狼帝の剣』の二人と良く似た若さの冒険者が素っ頓狂な声を上げた。


「てめぇが審判をやれ」


「どうしてオレが!」


「うるせぇ! やらねーとぶっ殺す!」


「くっ、わ、分かったよぉ……」


 渋々と了承した気弱そうな青年が訓練場の中央に進み出た。


「双方準備を!」


「ふんっ、こっちはいつでもってやんよ!」


「掛かってこいやぁ!」


「あー、待て待て。準備ぐらいゆっくりさせろ」


「そないにせっかちやのに良くもフィーっちのことを一日中可愛がってやるとか言えたもんやな。どうせ今まで独りよがりのセックスしかしてこーへんかってんやろ」


「てめぇ……!」


「まぁ少し待ってろや。すぐに相手したるさかい」


「早くしろよジジィが!」


 歯茎を剥き出しにして怒鳴る若者たち。

 そんな若者たちの罵声をスルーし、リューはケンジに囁きかけた。


「ああいう考えの足りん若者は激情に駆られて後先考えずに殺す気で来よるで。ケンジも充分気ぃつけや」


「おう。正面からぶちのめしてやる」


「結構な自信やな。オレら素人やのに」


「この世界はユグドラシルファンタジーと良く似てるし、実際、実戦でユグドラシルファンタジーと同じような動きができた。PvPだと思えば何とかなるだろ。それにおまえだって乗り気じゃねーか」


「そらまぁ、仲間をゲスい目で見られて頭きとるからな。それに丁度良かってん」


「なんだよ?」


「スキルポイントで底上げしたオレらのステータスがこの世界でどこまで通用するか気になってるねん。それを試したい。ちなみにケンジはどこまでステータス強化にポイント注ぎ込んだんや?」


「中途半端にする必要無いからな。全ステ-タスの補正はMAXまで強化したぞ。全ステータスに+50された状態だ」


「オレらのレベルは20。基礎ステータスは30前後でそこにアビリティでステータス補正が乗っとる状態って訳やな。その力を確認するにゃ良い機会やろ」


「だからあんなに煽ってたのか」


「腹が立ってたのは本当やで。それにちゃんと計算してたからな」


「計算?」


「オレたちが勝てるって計算や。相手のステータスは40程度の数値や。アビリティ補正を考えりゃ、オレらのステータスは二倍近い」


「マジか。それなら立ち回りをミスらなかったら何とかなりそうだな」


「せやろ? ええ歳やねんから勝率の計算ぐらいしておかんとな」


「……」


「……まさか計算せんでああも喧嘩売っとったんかっ!?」


「悪いかよ……」


「かーっ! おっさん、加齢が過ぎて前頭葉ぜんとうように血ぃ巡らんようになっとんちゃうか。頭、大丈夫かぁ?」


「なんだそれ?」


「おっさんになると前頭葉が劣化して感情を抑えられなくなるってやつや。ケンジ、おまえ気をつけんと老害一直線やで? 感情、しっかりコントロールしーや?」


「う、うっせーな! 分かってるよ!」


「んじゃそろそろバトルに行くで。基本はユグドラシルファンタジーのPvP戦や。ゲームではしこたまやったから動きは身体が覚えてるやろ」


「まあな」


「最初から全力で行って瞬殺するから、しっかり準備しときや」


「任せろ。しつけのなってないガキどもにきっちり分からせてやる!」


「今にも人を解体しそうな悪ーい顔しとるで。おお、怖っ」


「うっせえ」


 腰に佩いた剣を抜いたおっさんたちは、準備は整ったとばかりに『狼帝の剣』と正対せいたいした。


「待たせたな」

「ほなやろか」


 飄々とした態度のおっさんたちとは逆に、『狼帝の剣』の二人は怒りと憎しみの籠もった目でおっさんたちを睨み付けていた。


 やがて審判役を押しつけられていた若者が腕を上げた。


「二対二で真剣勝負。戦闘続行が不可能な時、負けを認めた時に勝敗を決する。双方、冒険者の誇りに賭けてルールを守るように」


「ふんっ」


「早く決闘開始を宣言しろよ! ヘボ審判!」


「勝手なこと言うなよ。あんたらが俺を審判に指名したんだろ! だったら審判の言うことぐらい聞けよ!」


「なにぃ!?」


「てめぇ! 俺たちにそんな口を利いてタダで済むと思ってんのか?」


「ひっ!?」


「おいおい、若いの。てめえらの相手は俺らだろうが。誰彼構わず威嚇して喧嘩売ってんじゃねーよ。サルかよ」


「自分の強さを誇示して他人を貶めるのはほどほどにしとかんと、後々自分に返ってくるで。まぁ若い兄ちゃんらにはこの言葉の意味は伝わらんと思うけど」


「うるせえ! おっさんの説教なんて聞きたくねーんだよ!」


「おらぁ! さっさと始めろや!」


「わ、分かったよ……!」


 『狼帝の剣』の二人に詰め寄られた審判役の若者が怯えた声で応え、


「決闘開始!」


 掲げていた腕を振り下ろした。


「ぶっ殺してやる!」


 決闘開始の合図と共にスキンヘッドの男が憎しみの籠もった怒声と共にケンジに向かって突進した。


 その後ろから飛び出した短髪の男は、リューに向かって一直線に距離を詰めた。


「ほなやろか」

「おう!」


 距離を詰めてくる相手をしっかりと見据え、ケンジたちは武器と盾を構える。


「近接アタッカーとして長い間やってきたおっさんの力、見せてやるよ!」


「こちとら支援職だけやってた訳ちゃうからなぁ? タイマン勝負でも簡単にやれると思うなや!」


「死ねやおっさん!」


「ぶっ殺す!」


 無謀にも見える突進で距離を詰めてきた『狼帝の剣』は、負けることなど露ほども考えていないほど強烈な一撃を繰り出してきた。


 前のめりで、全身全霊を籠めたような一撃だ。

 怒り、憎悪、傲慢なまでの強者の余裕。


 そんな気迫の籠もった一撃は並の人間であればその気迫に圧倒され、身動きも取れずに一刀両断にされていただろう。


 スタッド最強のCランクパーティと自称し、周囲の冒険者たちが気後れしてしまうのも分かるほど、気力と気迫のこもった強烈な一撃だ。


 だがおっさんたちには通用しなかった。


「【シールドバッシュ】!」

「【パリィ】!」


 気迫の籠もった一撃が盾に触れた瞬間、ケンジは盾で攻撃を弾き飛ばし、リューは盾の角度を的確に操って攻撃をいなした。


「なにっ!?」

「おわっ!?」


 渾身の一撃を跳ね返されて体勢を崩す『狼帝の剣』。

 その隙を見逃すおっさんたちではなかった。


「いくぜリュー! 瞬殺コンボだ!」


「任せとき!」


 体勢の崩れた相手に対し、ケンジとリューは【アーツ】を発動した。


「【ソードライジング】!」


 下から掬い上げる軌道で剣が宙を走り、スキンヘッドを空中高く打ち上げる。

 そして重力に引かれて宙から落下してくるスキンヘッドに向かって、


「【ソードストライク】!

 【フレンジー】!

 【スラッシュ】!


 こいつでトドメだ!

 【バーストインパクト】!」


 宙に浮いたスキンヘッドの男に連続して【アーツ】を叩き込んだケンジが、地面に叩きつけられた頭部に向かって最後の【アーツ】を放った。


 【バーストインパクト】。


 ヒットすると同時にそれまでのコンボ中に使用した【アーツ】の攻撃力の50%を一気に叩き込むフィニッシュアーツの一つだ。


 スキンヘッドの側頭部の地面に振り下ろされた剣から強力な衝撃波が発生し、爆発したかのように地面を大きく抉った。


 そんなケンジの横で短髪の男と対峙していたリューは、冷静な表情で短髪の男の攻撃を完璧にいなしていた。


「ほれほれ、どうしたぁ? これで終わりかぁ? デカイ口を叩いといてオレに一撃も入れられんとか恥ずかしいでぇ?」


「てめぇ! 舐めんなよ! ぶっ殺す!」


「まーた単語で会話しとる。本読みや本を。読書はエエ勉強になるで?」


「うるせぇ! 黙りやがれ!」


「さよか。ほなさっさと終わらせようかね」


 会話が成り立たないと判断したリューは、短髪男の攻撃をいなしたあとで攻勢に転じた。


「【アヴォイダンス】」


 リューの言葉と共に【アーツ】が発動した。


 【アヴォイダンス】は一定時間、回避率を大幅にアップさせる【アーツ】だ。

 短髪男の斬撃を軽々と回避したリューが流れるような動きで剣を繰り出す。


「【ラッシュ】!

 【ソードストライク】!

 【三連突き】!

 【スラッシュ】!


 これでフィニッシュや!

 【バーストインパクト】!」


 蝶のように軽やかに舞うリューの剣が短髪男に襲いかかった。

 

 右から来た剣戟に反応した途端、リューの剣は男の左側から突きを繰り出す。

 右、左、上、下――軌道を読ませない変幻自在の剣が短髪男を追い詰める。


 最後の一撃はケンジと同じフィニッシュアーツだ。

 鼻筋を擦るように振り下ろされたリューの剣は、地面に触れることなく衝撃波だけで大地を抉った。


「ひ、ひぃ!」

「うぐっ……!」


 強力な衝撃波が至近で炸裂した『狼帝の剣』の二人は、情けない声を上げながら気を失った。


「なんだよ、もう終わりかよ」

「みたいやな。おーい審判くん。判定してくれや」


「あ、えっと……『狼帝の剣』の戦闘続行不可能を確認! よって、おっさん二人組の勝利!」


 審判役の若者の声を受けて野次馬たちからどよめきと歓声が上がった。


「おっさん二人組って、またひどい勝ち名乗りだねぇ」


「パーティー名が無いからしゃーないで」


「なら勢いに任せて今、決めちまうか」


「おっさんズとかどうかな?」


「おっぱい紳士同盟とかどうや?」


「それも良いけど、実はもう決めてるんだよ。俺たちのパーティー名は――!」



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