第11話 オッサンたち、冒険者になる

 今後の行動方針を決めたおっさんたちは、朝食を済ませたあと野営道具を荷物に収めて広場を後にした。


 向かう先は冒険者ギルド。

 冒険者として登録してお金を稼ぐ手段を作るのが目的だ。


「ちなみにフィーは冒険者ギルドのことを何か知ってるか?」

「そうですね。多少の知識はあります。ご説明しましょうか?」


「頼むわ」

「分かりました!」


 頼む、という言葉に嬉しそうに答えたフィーが冒険者ギルドの説明を始めた。


「冒険者ギルドは主要な街に必ず一つは支部が存在する巨大な組織で、主な業務は冒険者の管理と依頼を仲介することです。


 冒険者としてギルドに登録するとお仕事をもらえたりモンスターの素材を買い取ってもらえたりします。


 ギルドカードは公式な身分証として使えたり、街への入場税が免除されるって特典もありますね」


「ふむ……ということは俺らが持ってる知識とほぼ同じってことで良さそうやな」

「基本はウェブ小説のテンプレギルドって認識でいけそうだね」

「ならさっさと登録して森に拠点を移そうぜ」


「まぁそう焦りなって。オレらはまだまだこの世界には素人しろうとや。変にボロが出んように慎重にいかんと」


 そのために必要なのは自分たちの背景情報だ――そう考えたおっさんたちは知恵を出し合って自分たちの設定を決めた。


 ケンジ、リュー、ホーセイの三人は辺境の村で自警団をしていたおっさんだが、自警団を村の若者に譲り、若い頃に夢見た冒険者になりたくて村を出た。


 旅の途中、モンスターに襲われていた奴隷商の馬車から生き残りを見つけたので、契約して連れている。


 それがおっさんたちの考えた設定だ。


「ま、大きな嘘はついてないし、設定的にはこんなもんちゃう?」

「俺たちとフィーとの関係性だけが少し心配だな」


「気持ちは分かるけど大丈夫じゃないかな。奴隷の扱いのひどいこの世界で、奴隷との関係を詳細に調査するようなことはしないだろうし」


「それにフィーっちとは、ちゃーんと正式契約も交わしとるしな」

「だったら良いんだがなぁ……」


「心配性だなぁ、ケンジは」

性分しょうぶんなんだから仕方ねーだろ」


杞憂きゆうしても何も始まらんて。堂々としときゃいけるやろ」

「そういうこと。ほら行こうよ」


「……おう。フィーは俺たちから離れずについてこいよ」

「はい……!」


 やがておっさんたちは冒険者ギルドに到着した。


 巨漢でも楽々とくぐれる大きな扉の上にデカデカとした看板を掲げる二階建ての建物だ。


 扉をくぐると紙やインクの匂いに混ざって汗と垢の匂いが漂っていた。


「うげっ、すげぇ匂いや……雨の日のカードショップの匂いとどっこいどっこいの匂いやなこれ」


「衛生観念どうなってやがんだ……ちゃんと風呂入ってるのかよ」


「こういうところだけリアルになるのはホント勘弁して欲しいよね。それよりフィーちゃん大丈夫? 辛いなら外で待ってる?」


「い、いえ、大丈夫です。奴隷はこういう匂いには慣れっこですから」

「辛いならすぐに言ってね」

「はい……!」


 むせ返る匂いに顔を顰めながらギルドの中を見渡すと、入り口の正面にカウンターが五つあった。


 一つは冒険者たちが狩ってきたモンスターの素材を机に載せている。

 素材買い取り用の窓口だろう。


 残り四つのウチ、一番端にあるカウンターが空いていたため、おっさんたちはそのカウンターの受付嬢に声を掛けた。


「あのー……すみません」

「ひっ!? な、ななな、なんですかっ!?」


 声を掛けたケンジの顔を見て頬を引きらせる受付嬢。

 その姿を見たホーセイが慌ててケンジの前に割り込んだ。


「ああ、すみません。この人、顔はすっごく怖いけど乱暴者じゃないので安心してください。大丈夫です。噛みついたりしないので」


「は、はぁ。えっと……受付に何の御用でしょう?」


「実はですね。僕たち冒険者として登録したくてギルドに来たんですけど、登録ってどうすれば良いのか分からなくて。教えて頂けますか?」


 柔和な笑顔を浮かべたホーセイを見て警戒を解いた受付嬢が、少々お待ちくださいと答えると仕事場の奥に姿を消した。


「……納得いかねえ」

「あははっ、まぁまぁ。仕方ないよ。ケンジの顔、ほんとに怖いし」

「顔面反社は辛いわなぁ」


「そこまでひどいかぁ!? さすがに顔を見て悲鳴を上げられれば俺だっていい気しねーわ……」


「あ、あの! 私はご主人様のお顔は精悍せいかんたくましいって思います!」


「あーあ、フィーっちにまで気ぃ遣われて」

「怖いなら怖いって言っても大丈夫だよ? おじさんたち怒らないからね?」


「こ、怖くないです! ホントです!」


「ううっ、フィー、ありがとなぁ……若い子に怖くないって言って貰えるだけでおっさんは幸せだぁ……」


「厳つい顔付きってだけで若い子には敬遠されるもんなぁ、おっさんは」

「怖いとか怒ってるとか言われること、おっさんになると増えるもんね」


「だからフィーっちも無理せんでエエで?」

「ケンジもそういうの、慣れてるから」


「いや慣れてねーわ! いつもおっさんハートにヒビ入ってるわ! 顔に出してねーだけだわ!」


「あぅ……ホントですよ? ホントのこと言ってますからねっ!?」


 おっさんたちの予想外の反応に焦ったフィーが必死にフォローの言葉を並べ立てていると、書類の束を持った先ほどとは別の受付嬢が姿を現した。


 受付嬢は巨乳を揺らしながらおっさんたちの居る窓口にやってきた。


「すみません、お待たせしましたー!」

「あら? さっきの子とはちゃう人が来た」


「あの子はまだ見習いの受付嬢ですから怖い顔した人に怯えちゃってー。なので私が皆さんへの説明を引き継ぎますねー!」


 元気の良い言葉と共に書類の束を机に置いた受付嬢が顔をあげた。


「私は冒険者ギルド・スタット支部の受付を務めるティントベリーでっす! ギルドは顔の怖いおじさんだろうと誰だろうと新人さんは大歓迎ですよー!」


 満面の笑顔で自己紹介する受付嬢に、さっきまで傷ついた素振りを見せていたケンジがキリッとした表情を作って話しかけた。


「大歓迎とは嬉しい限りですよ、グレートオッパイなお嬢さん!」


「おまえ、さっきまで落ち込んでたんとちゃうんかい」

「流れるようにセクハラしたね。死ねばいいのにこのおっさん」

「うぉい! それは言い過ぎだろ!」


「いやぁ、いくら巨乳好きでも出会って五秒で即セクハラはアカンやろ」

「死んで詫びる必要、あるんじゃない?」

「ぐぬっ……」


「あははっ、びっくりするぐらい気持ち悪いおじさんですねー♪」

「ぐっ……すんません、魔が差して魂の叫びが漏れ出てしまいました」


 気持ち悪いと一刀両断されてたじろぎ、謝罪するケンジ。


 そんなケンジにビジネススマイルを浮かべながら、ティントベリーと名乗った女性は書類をカウンターに並べた。


「大丈夫ですよー。おじさんがどれだけ気持ち悪くても! 私、業務はきっちりやるほうなので!」


「そら良かったわ。巨乳大好きなエロおっさんは置いておいて、早速、冒険者登録を始めてもらいたいんやけど」


「ちなみに僕たち、この子と奴隷契約をしてるんですけど、彼女も冒険者になることは可能ですか?」


「奴隷が冒険者登録することは良くあることですよ。だけど奴隷が冒険者になる場合は全ての責任を負う主人の名前が必要になります。どちらがご主人なんです?」


「あー、一応、俺がこの子の主人だ」

「ええっ!? セクハラキモおじさんがご主人様なんですか!? あれ、でも……」


 ティントベリーは首を傾げながらフィーの胸部を見つめた。


「あぅ……」


 その視線の意味を察し、フィーは胸を両手で隠しながら頬を染めた。


「うーん……なるほど、将来の可能性を見込んだ投資ってことですね!」

「なんのことっ!?」


「では巨乳好きのキモおじさんは、こちらの必要項目におじさんの名前を書いて提出してくださいねー」


「キモおじさん……わ、分かったよ。フィー、そういうことだから必要項目には俺の名前を書いておいてくれ」


「はい……!」


「質問は以上ですかねー?」

「せやな。分からんことがあったらその都度つど、質問させてもらうわ」


「了解しました! ではまずはこちらの書類に記入してください!」


 そう言ってティントが差し出してきた書類を見ておっさんたちは目を丸くした。


(おい。おまえら、この文字、読めるか?)

(いーや、まったく読めん)


(うーん、英語にもドイツ語にもフランス語にも見えるしポルトガル語とかギリシャ語とかも混じってるような、全然違うような……)


(というかこれ、完全に文字化けしとるやん)

(これってこの世界独自の言語なのかな)


(いや単なる文字化けやと思うで。変な記号も入っとるし。……ローカライズできてないってことちゃうか?)


(またかよアイコちゃん! ちょっとはデバッグしとけよ! つか何度目だよこのツッコミ!)


(んー、お手上げや。アイコちゃんにアプデしてもらうしかないな。しゃーない、運営にメールしとくわ)


(ったく、雑な仕事しやがって。アプデが入るまで俺ら文字も読めない状況で生きていくのかよ! どうすんだこれ)

(しばらくは我慢するしかないやろなぁ)


 書類を前にこそこそと話をしているおっさんたちを見て、背後に控えていたフィーがそっと声を掛けた。


「あ、あの、ご主人様。よろしければ私が書きましょうか? 文字なら、えーっと……ま、前のご主人様に習いましたから!」


「おっ、そうか。じゃあ……って、書類って代筆でも構わないのか?」


「大丈夫ですよ。文字が書ける人ってそんなに多くありませんし。私も文字の書けない冒険者さんの代筆をやることがありますから」


「そりゃ助かるわ。んじゃ、フィーに任せて良いか?」

「はい、もちろんです!」


 ケンジの言葉に嬉しそうに頷くと、フィーは差し出されたペンを握って必要事項の記入を進めた。


「ううっ、おっさんたちが揃いも揃ってフィーっちの世話になるのは、さすがに情けなさすぎるで……」


「言うな。俺だって恥ずかしい」

「まあこればかりは仕方ないよ。僕たちも勉強しないと」

「文字化けの文字を勉強って、意味あるのか?」


「でもフィーちゃんはちゃんと読めてるみたいだし、勉強すれば読めるようになるんじゃないかな? 何もしないよりはマシでしょ?」


「勉強かー。おっさんになると勉強しても身につかなくなってくるんだよなぁ……」

「三十歳を過ぎると記憶力が低下してくるからやろな」

「世知辛いねえ」


 文字が書けない。

 文字が読めない。


 その恥ずかしさに消え入りそうになるおっさんたちを尻目に、フィーは少しも引っかかることなく書類に必要事項を記入していく。


「あらー、とても綺麗な字ですね。こんな綺麗な字を書く人、初めて見ましたよー」

「そ、そうでしょうか……?」


「正式な教育を受けた方が書く字ですね。奴隷に教育を受けさせるなんて前のご主人様は良いご主人様だったみたいで良かったですね」


「そ、それは、えーっと……」


「それほど良いご主人様だったのに、今のご主人様はこのおじさんたちなんですよね? 何かあったんですか?」


「それは、その……」


 ティントベリーの詮索せんさくに戸惑うフィーを見て、ケンジが助け船を出した。


「森の中だよ。前のご主人様が森狼に襲われて亡くなってたんだ」

「その森狼にフィーちゃんが襲われそうになっているところに、たまたま僕たちが遭遇して助けたって訳です」


「主人と死別した奴隷は逃亡奴隷として扱われるって話を聞いて、緊急避難的にフィーっちと奴隷契約を結んだって訳や」


「いつか解放してやるつもりで居るから安心してくれ」

「解放ですかー……」

「なんや、奴隷を解放するのはまずいん?」


「いえ、まずいって訳じゃないですけど。奴隷を解放するには大金が掛かっちゃいますから、そんなことを考える人は珍しいなって」


「ちなみに大金っておいくらぐらいするん?」


「奴隷の種類にもよりますけど、普通の労働奴隷だと首輪からの解放に百万ガルド、消失した市民権の再発行に百万ガルド、合計二百万ガルドが最低ラインですね」


「二百万ガルドっていうと二千万円ぐらい……って そんなに掛かるのかよっ!?」


「最低ラインでそれですね。もし奴隷が元貴族だった場合は二千万から三千万ガルドが最低ラインになります。ちなみに性奴隷ならもっと高いですよ」


「性奴隷なんて制度もあるのか……」


「お金持ちには需要がありますからねー。元貴族とか元王族が性奴隷にされて高値で売買されることもありますし。ま、その辺は平民の私たちには関係ない話ですけど」


「そうか。……いや、でもいつか解放する! 俺たちはそう決めてるんだ」

「せやな。フィーっちにはしばらく付き合ってもらう必要があるけど」

「おっさんたち、頑張るから待っててね」


「……」


 おっさんたちの言葉を聞いてフィーは微かに瞳を潤ませた。


「良いご主人様に巡り会えてラッキーですねー」

「……(コクッ)」

「さて。では記入が終わった書類をお預かりしますねー」


 そういうとティントベリーは書類を確認しながら何やら手続きに精を出し――やがておっさんたちの前にカードらしきものを差し出した。


「お待たせしましたー。ではこちらが皆さんのギルドカードになります。初回発行は無料ですけど再発行には結構な金額が掛かっちゃいますから、絶対に失わないようにしてくださいね!」


「あれ? これだけ? 血を垂らすとかせーへんの?」

「血を垂らしたらカードが汚れちゃうじゃないですか。ギルドカードは魔道具じゃないんですからー」

「タダのカードって訳ね」


(ウェブ小説ならギルドカードに血を垂らしたり魔力を通したりが定番だけど、この世界では違うみたいだね)


(血を垂らしてDNAで個人認証するとか、さすがにオーパーツ過ぎるからな)

(せやけど奴隷の首輪はDNA認証っぽいやん?)

(あれは魔道具ってやつなんだろ)


(ギルドカードは魔道具じゃないのかー。なんだかちょっとつまんないね)

(言いなや。オレも同じ気持ちやって)


 ガッカリした気持ちを共有しながら、おっさんは差し出されたギルドカードを手に取った。


「ランクの低い内は月に一度は依頼を達成しないとギルドカードが失効しちゃうので注意してくださいね」


「ランクが上がるとどうなるん?」


「ランクが上がると更新期限が延びていきます。Gランクは一ヶ月に一度、Fランクなら二ヶ月、Eランクなら三ヶ月に一度、依頼を達成しないと冒険者の資格を剥奪されちゃいますよ。


 あとランクが上がると報酬の高い依頼を受注できるようになりますね。その分、危険度の高い依頼になりますけど」


「稼ぎたいならランクをあげて命を賭けろってことだな。ちなみにランクってどこまであるんだ?」


「新人は皆さんGランクからのスタートです。依頼を達成することでギルドへの貢献度が上がり、一定の貢献をして頂くとランクが上がります。


 Eランクまでは新人冒険者という位置付けでDランクになるといっぱしの冒険者。


 Cランクは熟練冒険者の扱いでBランク以上は『強い冒険者』というのが一般的な認識ですね」


「つよいぼうけんしゃ。まぁ分かりやすい認識か」

「最高ランクはやっぱりS?」


「ギルドが認定できるのはAランクまでですね。Sランクは王族や教会関係者の推薦が必要な特殊ランクなので」


「SSSとか無いのか」

「なんですかそれ?」

「スーパー・スペシャル・すごいランクのこと」


「良く分からないですけどそうなんですねー。あはは。他に質問はないですか?」


「どうよ、リュー?」

「どう? リュー?」

「なんでオレやねん」


「こういう情報収集系はリューの役目だろ?」

「そうそう。リューに任せるのが一番確実だしね」


「ホンマこのおっさんらは簡単に思考を放棄しよってからに。ちゃんと覚える気でおらんと脳味噌の劣化が早まるで?」


「そう言うなって」

「リューが一番、細かいところに気が付くんだから」


「はぁ……。とりあえず、や。ギルドのルールやら役目なんかについて書かれているガイド本があったら欲しいんやけど」


「ありますよー! 銀貨一枚になりますけど」

「買った! 三冊もらうわ」


「毎度ありがとうございまーす!」


 リューは本を受け取ると懐から銀貨を取り出してカウンターに置いた。


「おいおい、冒険者に成り立てのおっさんが銀貨三枚をポンッと出すとか、羽振り良さそうじゃーん!」


「薄汚れてるがそこそこいいオンナを連れてやがるし。って、こいつ奴隷かよっ! 丁度良いんじゃね? おい、おまえこっち来いよ」

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