第10話 オッサンたち、活動方針を決める

 ソファーで寝落ちていたケンジは、何かにのし掛かられているような重みに息苦しさを感じて目が覚めた。


「な、なんだぁっ!?」

「スー……スー……スー……っ」


「なんだフィーか。焦ったぁ……モンスターにのし掛かられたのかと思った。そういやクランハウスで寝てたんだったか」


 フィーはケンジの身体の上に倒れ込んで気持ち良さそうに寝息を立てていた。


昨夜ゆうべはフィーが寝てる間にクランハウスに移ったからな。目が覚めたら知らない場所で、俺が起きるのをそばで待っている間に寝落ちたって感じか」


 ケンジのシャツを握り締めながら寝息を立てるフィーを優しく揺り起こす。


「フィー、おーい、フィー、起きろ。朝だぞー」

「スー……スー……んっ、んん~~~……」


 ケンジの声に反応したフィーが、眠そうに目を擦りながら顔を上げて――。


「ひゃあっ!?」


 可愛らしい悲鳴を上げた。


「おはようフィー。大丈夫か?」

「あ、あ、だ、大丈夫です! 失礼しましたご主人様!」


 主人にのし掛かる状態で寝ていたことに気付き、フィーは慌てて身体を離した。

 ケンジは乱れた髪を手櫛で整えているフィーに問い掛ける。


「良く眠れたか?」


「はい! でも、あの……ご主人様、ここってどこなのでしょう? 目が覚めたら知らない場所に居て。ウロウロしている間にご主人様を見つけて、それで――」


「俺の側に居たらいつのまにか寝てしまった?」

「あぅぅ。すみません……」


「良いって良いって。良く眠れたのなら何よりだ」

「それで、あの……ここは?」


「ここは俺のアビリティで出したクランハウスだ」

「あびりてぃ?」


「そう。アビリティ。分からないか?」

「……(コクッ)」


「そっか。うーん、どう説明したら良いものか……」

「ええと、良く分かりませんけど、ご主人様はおうちを作る魔法が使えるってことでしょうか?」


「そう、とも言えるし、魔法じゃないとも言えるし……まぁ、その、なんだ。今は俺がこういうことができる、ってことだけ知っておいてくれれば良い。あ、すまんが他言無用で頼むな」


「もちろんです。絶対、誰にも言いません!」


「ありがとう。ま、俺たちのことはもうちょっと落ち着いてからちゃんと説明する。それまでは不思議なことがあったとしても我慢してくれ」


「分かりました。いつかご主人様が話してくれることを楽しみにしてますね!」

「すまんな」


 聞き分け良く頷いてくれたフィーに礼を言ったあと、ケンジは少女を連れてクランハウスの外へ出た。


「おっさんども、おはようさん」


「おはようケンジ。良く眠れた?」

「おー、寝た寝た。思っていた以上に疲れてたみたいだわ」


「勝手の分からん場所やからな。しゃーない」

「朝ご飯、買ってきてあるから食べて。僕たちは先に食べたから」


「買ってきたってどこで?」

「朝市がもよおされてたから屋台で買ってきたんだ」


「そうか。んじゃ遠慮無く。フィーもたくさん食えよ」

「は、はい! いただきます!」


 ホーセイから渡された軽食――屑肉くずにくを煮たものと何かの葉野菜を何かの生地で包み込んだメキシコ料理のタコスのような軽食――を受け取って口に運んだ。


「ん? んんん~~~?」


「あははっ、あまり美味しくないよね」

「味付けは薄っいし生地はパッサパサやしなぁ」

「まぁでも食えなくはないぞ。ちなみにこれでいくらだった?」


「一つ五十ガルド。銅貨五枚だったよ」

「なるほど。高いのか安いのか分からんな」


「十ガルドで銅貨一枚、百ガルドで大銅貨一枚。

 千ガルドで銀貨一枚。一万ガルドで大銀貨一枚。

 十万ガルドで金貨一枚で百万ガルドで大金貨一枚ってなるらしいわ」


「屋台の軽食の値段から考えれば銅貨一枚百円。銅貨五枚で五百円って感じか。ん? ということは俺たちは今、そこそこ金を持ってるってことなのか」


「例の馬車で金貨三十枚、三百万ガルドを回収しとるからな。


 衛兵に軽く聞いてみたんやけど、境界外での拾得物しゅうとくぶつは自分が所有者であることが証明できん限り、


 発見者に所有権が移るのがこの世界の常識らしいわ。つまり金は全部オレらのもんってわけや」


「境界外ってのはあれか。街の外とか、そういう場所のことか?」

「そうみたいやで」


「ほーん。なら俺らは今、小金持ちになってるってことだな。なら、その金でフィーの服を買ってやろうぜ」


 奴隷であるフィーはケンジたちに拾われたときと変わらず、あちこちほつれた布の服に身を包んでいる。


 痩せた身体と薄汚れた肌や髪と相まって見窄みすぼらしさが極まっていた。


「服は別に買わんでもええで」


「はあ? じゃあ何か? フィーにはずーっとボロっちい服を着させていれば良いってのか?」


「ちゃうちゃう。服はオレが作ったるからわざわざ買う必要はないってこっちゃ」

「作る?」

「せや。まあ正確には作った、やけどな」


 そういうとリューはジェスチャー空中に”I”を描き、展開したインベントリの中から服飾アイテムを取り出した。


「えっ!? あ、あの、リュー様、今、空中の何もないところから服が……」

「ああ、これ? インベントリっちゅーてな。物を入れる異空間みたいなもんや」


「そんな魔法があるのですね……すごいです、リュー様!」

「そういうのとはちっと違うんやけど……」


「詳しいことは落ち着いたら話すってフィーには伝えたよ」

「さよか。ならまぁええか。今は……ほい、これ。フィーっちの新しい服やで」


「えっ!? わ、私の服、ですか?」


「せやで。フィーっち用に作ってみてん。フィーっちにあげるからテントの中で着替えてきぃ」


「あ、えと……は、はいっ!」


 リューから受け取った服を大切にそうに抱えると、フィーはテントの中へと駆け込んだ。


「服を作ったってどういうことだ? まさか夜なべして裁縫さいほうでもしたのか?」


「ははっ! ン十年前はコスプレイヤーやったオレでも、さすがに一晩で女の子の服は作られへんわ。あの服はオレのユニークアビリティで作ってん」


「リューのユニークアビリティって確か【分析】と【加工】だっけ?」


「せやで。【加工】ってのはどうやらインベントリ内のアイテムを組み合わせて新しいアイテムを作るアビリティみたいや」


「便利なアビリティじゃねーか」


「それなりに自由度が高くて使えそうなアビリティで良かったわ。それよりも、や。二人とも共有インベントリがあるの、気付いとったか?」


「パーティー用のインベントリのことだよね。能力リストを見てて気が付いたからアンロックしておいたよ」


「さすがホーセイやな。で、ケンジは?」

「いや、その……全く気が付きませんでした」

「さすがケンジやな」


「マニュアルとか説明文とか読まないタイプだもんね、ケンジ」

「ほんま雑な奴や」


「うっせーよ! それより共有インベントリのことを詳しく教えてくれよ」


「個人用インベントリの他にパーティー用の共有インベントリがあってな。アンロックしとくとパーティーメンバーなら誰でも共有インベントリにアクセスできるようになるんや」


「これって確かユグドラシルファンタジーでは次のシーズンから実装予定だった機能だよね?」


「あー、期間限定の高難易度レイドイベントをクリアしたトップクランが運営に要望を出してたやつか。んで、それが通ったんだったか」


「それや。どうやらアイコちゃん、その機能を先取りしてくれたみたいやわ」

「マジかよアイコちゃんすげえ気が利くな。ってか何者だよホント」

「びっくりするぐらいユグドラシルファンタジーに精通してるよねえ」


「女神の仕事を放置しとる廃人プレイヤーやったりしてな」

「さすがにそれはねーよ!」


 リューの荒唐無稽な想像図を笑い飛ばすおっさんたち。

 と、そこへ着替えの終わったフィーが姿を見せた。


「あ、あの、着替えました、けど……」


 オドオドとした様子でテントから出てきたフィーの姿に、おっさんたちは一様に息を飲んだ。


「こりゃまた……」

「おおー、すごいねえ」

「うっし! 見立て通りやわ。よぉ似合っとる!」


 白を基調にしつつもところどころに入る青と銀の刺繍。


 胸元が開いていながらも下品にならないように肩口をケープで覆い隠し、裾を綺麗なレースであしらった上着は見るものに高貴な印象を与える。


 ふわりと広がるスカートはフィーの持つ少女らしさを強調しつつも動きやすいように細心の注意が払われている。


 総評は『おっさんが考える超絶可憐な聖女服』とでも言うべきデザインだ。


 リューが製作した聖女服に身を包んだフィーを見て、おっさんたちは皆、満面の笑顔を浮かべて少女へ賛美の言葉を投げかけた。


「良いぞフィー。最高だ! すげぇ可愛いぞ!」

「うんうん、女の子らしくてすごく可憐だよ」


「どや。オレが作った服やで。最高やろ!」

「服はおっさん趣味丸出しのデザインじゃねーか」

「悪くないけど、ちょっとおっさんオタクが好みそうなデザイン過ぎるかな」


「なんでやねん! 可愛いやんけ!」

「可愛いのは素材が良いからだろ?」

「着る人を選びすぎる服だよね」


「おまえらだって好きやろがい! 二次元っぽい服!」

「好きさ。好きに決まってんだろ!」


「おっさんオタク殺しの服だよねえ。素材の良いフィーちゃんだから着こなせてる感じがするけど、一般人が着ると妙に浮くタイプの服」


「好き放題いいやがってぇ!」


 おっさん仲間から酷評されて不満を零すリュー。

 その横ではフィーが居心地悪そうにモジモジしていた。


「どうしたフィー? 良く似合ってるから恥ずかしがらなくても良いんだぞ?」

「もしかしてリューの作った服のデザイン、気に入らないのかな?」

「なんやて!? もし不満があるならすぐに作り直すから遠慮無く言うてや!」


「あ、ち、違うんです! その……こんなに可愛い服を奴隷の私が頂いても良いのかなって」


「良いに決まってるだろ。女の子なんだからオシャレしないと」

「ちょっとおっさんたちの好みが入りすぎた服だけどね」


「ホーセイもしつこいのぉ。そんなに服のデザイン微妙かぁ?」

「僕もケンジも好きなデザインだけど、フィーちゃんにはキツイんじゃない?」


「そ、そんなことありません! 私、この服、すごく気に入りました。可愛いのにすごく動きやすくて……」


「せやろ! これからのことを考えると動きやすさは必要やしな」


「これからのこと、ですか? でも奴隷の仕事をするにはこの服は可愛すぎて……汚してしまいそうで怖いです」


「奴隷の仕事というよりは冒険者の仕事やな」


「冒険者のお仕事……?」


「フィーには俺たちと一緒に冒険者になって欲しいんだ。そして一緒にモンスターと戦って欲しい……と思ってるんだが、いきなり言われても困るよな」


「女の子なんだし、戦うのが怖いって思うのは普通だもんね」


「せやけど今後のことを考えればフィーっちにも戦えるようになってもらわんと。オレらだけでフィーっちを守り切れるかどうか分からんしな」


「あ、あの、えっと、一体何を――」


「ま、その説明はここではちょっと……すまんが、後で詳しく説明するな」

「誰の耳があるかも分からないこんなところで話すのは避けたいからね。二人とも気付いてる? 他の冒険者のフィーちゃんへの視線」


 ホーセイが周囲を見渡すと、広場で野営している冒険者たちが一斉に視線を逸らすのが分かった。


「エロい目で見やがってアホどもが」

「同じ男として気持ちは分からんでもないが、さすがにゲスいエロ目線を仲間に向けられるとイラッとするな」


「うん。そこで提案なんだけどさ。僕たち、ひとまず森に拠点を移さない?」

「森? どういうことだよ?」


「街に居たら奴隷のフィーちゃんが絡まれる可能性があるでしょ? だから食料やら生活用品を買い込んで森に仮拠点を作るのはどうかなって」


「良いアイデアとは思うけどよぉ。人を食らうモンスターが跋扈ばっこしてる森で野営生活ってのはさすがに危なすぎねーか?」


「普通ならそうだろうね。でもケンジのアビリティがあるし、僕のアビリティでも面白いことができそうだから」


「面白いこと? っていうかホーセイのユニークアビリティって――」

「【地形操作】だよ」

「ホーセイが貰ったユニークアビリティ、確かにそんなんやったな!」


「そ。そのアビリティを使って森に拠点を作れば安全に過ごせると思うんだ。こんな風に――」


 そういうとホーセイは地面に手を触れてアビリティを使った。

 固い地面が変形を始め、アッという間にミニチュアサイズの家が姿を表した。


「わぁ、すごい! 小さなおうちができました……!」


「簡単な豆腐ハウスだけどね。【地形操作】は地形を変形させて思いのままにエディットできるユニークアビリティみたい」


「そんな魔法があるんですね……! すごいですホーセイ様!」


「魔法じゃないんだけど……まぁその辺りの細かい話は後でするとして。このユニークアビリティがあれば森に拠点を作ることができると思うんだ。


 ケンジのクランハウスと併用すれば、街で過ごすよりももっと快適に生活できると思うんだけど……二人ともどうかな?」


「いや、すげぇなホーセイ!」

「こりゃまたチートやな!」


「でもいくつか制限があって、エディットしたい場所に触れていないとアビリティの効果を発揮できないし、僕を中心に五メートルの範囲内しかエディットできないみたいなんだよね」


「それでも充分破格やんけ」

「リューと言い、ホーセイと言い、良いアビリティ貰ってやがんなあ」

「ケンジのユニークアビリティだって凄いと思うけど」


「レベリングするにしても素材を集めるにしても戦闘を介する必要のあるこの世界で、自動でバフが掛かるってのは最高にチートなアビリティやと思うで」


「クランハウスもびっくりするぐらい便利だったしね!」


「そうかもな。とにかくホーセイのユニークアビリティが使えるのなら、フィーを差別するこんな街からはさっさとオサラバしようぜ」


「森でレベリングと金策。んでもって準備が整ったら他の街に向かうってことやな。オレも賛成や」


「じゃあ決まりだね」


「えっと……本当に森の中に移るのですか?」


「おう。その方が色々と都合が良いしな。今日は準備やらなんやら忙しくなるからフィーもしっかりついてこいよ!」


「は、はい!」

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