第9話 オッサンたち、チートを活用する

「さて、と」


 リューが買ってきた薪を料理の後の残り火にくべながら、ケンジは空中に文字を描いてステータス画面を開いた。


「どうすっかなー……」


 空中に表示されたARウィンドウには、現在のスキルポイントで取得可能な全能力がリストアップされている。


「【アビリティ】は常時発動しているか、任意発動できる特殊能力。


 【アーツ】は戦闘時に使用する強力な攻撃技だがクールタイムが存在して連発できないもの。


 んでもって【スキル】はマジックポイントMPを消費して任意発動できる能力。


 この三つを取捨選択してビルドを組むのがユグドラシルファンタジーの面白いところだったんだが」


 ズラッと並んだ取得可能な能力リストを前にケンジは大きく溜息を吐いた。


「現在のスキルポイントが二十万、か。


 これからレベルが上がる度にスキルポイントが増えていくし、リューの言う通り何でも取り放題だな。


 この歳になってオレツエーつーのも格好悪いけど、生きていくためにはできるだけしっかりとしたビルドを構築したいし……」


 そんなことを考えながらケンジは取得可能な能力リストを眺めた。


「【アビリティ】と【アーツ】は三段階強化。

 【スキル】は五段階+α。


 使用するスキルポイントは強化の段階が上がるごとに二倍になっていくが……二十万ポイントもあれば定番ビルドの大半は構築できるな」


 独り言を漏らしながらケンジはリストからいくつかの能力をピックアップする。


「まずは【鑑定】と【探査サーチ】を取得、と。


 あとは生命力HP魔法力MPSTR筋力VIT耐力DEX敏捷性INT魔力LUCのステータス補正用アビリティを最大まであげて――」


 ケンジはARウィンドウを操作して迷い無く能力を取得していく。


「いつものフォーメーションで行くならアタッカーは俺が務めることになるから、攻撃系の【アーツ】もフル強化しておくか」


 剣から衝撃波を飛ばす【スラッシュ】。

 斬撃を強化する【ソードストライク】。


 対象との距離を一瞬で詰める【ダッシュ】。

 回避率を大幅に上昇させる【アヴォイダンス】。


 他にも攻撃時に効果を発揮する【アビリティ】や【アーツ】、日常的に使用するであろう【スキル】を取得していく。


「ま、こんなところかな」


 パワー重視の近接アタッカーとして必要な能力を取得したケンジは、自分のステータスを眺めながら満足げに頷いた。


 と、そのとき、天幕からホーセイが姿を見せた。


「ケンジ、そろそろ交代の時間だよ」

「ええっ!? もうそんな時間かよ!」


「うん。三時間経ったよ。っていうか何してたの?」

「取得できる能力リストを見ながらビルドを組んでた」


「ビルドを組んでると時間を忘れちゃうよね。で、どんなビルドにしたの?」

「いつも通りパワー重視の近接アタッカービルドにしたけど、ポイントに余裕があるからスピード系のビルドも組み込んでみた」


「あははっ、力が強くて速いとか良いところ取りの最強ビルドだね」


「命が掛かってるからなー。ポイントにはまだ余裕もあるし、後は状況に応じて取っていく感じになると思う」


「そうだね。じゃあ僕もいつも通りのビルドにプラスしておこうかな」

「ホーセイは耐久ビルドだったよな」


「うん。前衛タンクは耐久ビルドが一番強かったしね。だけどポイントに余裕もあるし、回避タンクのビルドに必要なアビリティも取っておくよ」


「回避できて耐久もできるタンクとか最強過ぎだろ」

「命が掛かってるしねー。『オレ最強』でも別に良いでしょ」


「まあな。やっぱり命を大切にするってのは外せないし」

「まずは命大事に。その基本方針で間違いないと僕も思う」

「ホーセイにそう言ってもらえると安心するよ」


「相変わらず心配性だなぁ、ウチのリーダーは」

「いまだにこの世界がどういう世界なのかも分からんしな。ご安全に、をモットーにして慎重に行くのが無難だろ」


「もう僕らもいい歳だし、冒険しても良い年齢はとっくの昔に過ぎたもんね」

「命がかかってるなかで無鉄砲にはなれねーよな」

「安全第一、僕は良いと思う」


「サンキュー。……んじゃ後の見張りは頼むわ」

「了解。おやすみケンジ」

「おう、おやすみ」


 ホーセイに見張りを引き継いだケンジは天幕の中からクランハウスに入った。

 リビングのソファーに腰を下ろして天井を見上げる。


(ふぅ……)


 異世界に転移して最初の夜。


 ケンジの頭の中は明日からのことでいっぱいで、どうやって生きていくか、どうやって生活をしていくかの心配ばかりだ。

 だがそれだけというワケでもなかった。


 日々、同じことを繰り返すだけの生活の中で失っていた情熱のようなものが、心の中に湧き上がっているのをケンジは実感していた。


 目の前に広がる未知の世界に対してのワクワクと胸躍るような感情。

 何も知らない場所で一つ一つ知識を得ていく楽しさ。


 それはおっさんになったと自覚した頃には自分の中から消失していた感覚だ。


 久方ぶりのワクワク感は心を満たし、全身に血が通ったような――生きているんだという実感を伴ってケンジをたかぶらせていた。


(きっとこの世界でも生きていくうちに色んなしがらみが出てくるだろう。


 だけどきっと今までとは違う人生になるはず……いや、違う。

 今までとは違う人生にするんだ。俺が。俺たちが俺たち自身の手で)


 頭脳派のリューが居る。

 いつも仲間を支えてくれるホーセイが居る。

 自分は一人じゃないんだ――その事実がケンジの心を強く鼓舞した。


 昂ぶる気持ちを深呼吸で落ち着かせてケンジは目を瞑る。

 周囲の光を遮断して暗闇に包み込まれると、自分が思っていた以上に疲れていることに気が付いた。


 背中に感じるソファーの柔らかな感触。

 その感触に吸い込まれるような錯覚を覚えながら、ケンジはいつのまにか深い眠りに落ちていた。

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