第8話 オッサンたち、ミーティングする

「ところでリュー。ミーティングのアジェンダ議題ってどんなの?」


「議題はいくつもあるで。アビリティの確認。その後はオレが【分析】で見たフィーっちの情報共有と今後のことについてやな」


「【分析】で見たって……フィーちゃんって何か変だったの?」

「それはケンジが戻ってから話すわ」


「了解。でも……うーん、なんかお腹が落ち着かないなぁ」

「温かい味付きお湯でもそこそこ美味かったけど、量が少なかったしな」


「塩と干し肉とジャガイモだけでこの味なのは、ケンジが色々と工夫してくれたからだろうけど、圧倒的に動物性タンパク質が足りなくて僕の筋肉が泣いてるよ」


「さすが料理が趣味の独身おっさんやけど。食材なぁ……そっちも早いところ充実させたいところや。メシがマズイのは生死に関わるで」

「そんな大袈裟な」


「大袈裟やあるかい。美味いメシを食べりゃ気力も湧くし、もっと美味いメシを食うために踏ん張ることもできる。


 毎日繰り返すことをおろそかにしてQOL生活の質が下がってもーたら、折角、現実世界から逃避できたのに勿体ないやんけ」


「逃避かー。やっぱり今の状況だとそういう表現になっちゃうのかな」


「異世界転移モノはおっさんたちの現実逃避の産物やとは思うけど、日本人だったら普通のことちゃうか?」

「普通なの?」


無明長夜むみょうちょうやに包まれて四苦八苦しくはっくさいなまれながら生死流転せいしるてんする日本人が目指す、死後の理想郷・極楽浄土。


 死して苦から解放されて楽しく暮らしたいっていう夢を疑似的に体験できるのが異世界転生やら異世界転移の物語の良いところやん。


 逃避やとしてもそれは日常に神仏が紛れ込んどる日本人のDNAに刻まれてる諸行無常しょぎょうむじょうの果ての夢や。


 せっかくそんな夢のような場所に居るんやから、できるだけ幸せに、楽しく暮らしたいやん?」


「急に宗教を語り出してどうしたの? 頭おかしくなった?」


「宗教はゲーム世界の構築に役立つ知識やからな。たまに蘊蓄うんちくしたくなるねん」


「なるほど。ゲームクリエイターは色んな知識が必要なんだねえ」

「作家もやろけどな。ま、なんとなーく今の状況を分かりやすく例えられるかなーとおもて」


「言いたいことのニュアンスはなんとなく伝わってきたよ。折角、アイコちゃんから役に立ちそうなユニークアビリティを貰ったんだし、好きなように楽しくのんびり生きていきたいよねー」


「それな。だからおっさんたちが目指すのはのんびり楽しいスローライフ! って感じで行きたいんやけどケンジはどないや?」


「俺も賛成だ」


 フィーを寝かしつけて二階から降りてきていたケンジが、リューの提案に同意を示した。


「この歳になれば物語の主人公になりたいなんて毛ほども思わんからな。仲間たちといっしょに楽しく暮らすスローライフ。目標としては最高じゃねーの?」


「んじゃ、ミーティングの議案の一つは決定と」

「ミーティングって。仕事かよ」


「仕事っぽくアジェンダを決めてミーティングしてると、頭の中がビジネスモードに切り替わって変に冷静になっちゃうよね」


「ま、習い性というかクセっちゅーか。思考が切り替わるってのはあるわな」

「冷静に考えてもスローライフが目標ってのは悪くないと思うぞ」

「のんびり暮らすのはやっぱおっさんの夢やしなぁ」


「そうだね。僕たちはスローライフを目指す! 可能ならかわいいパートナーを見つけたいところだけど」

「ホーセイはやっぱり未亡人狙いか?」


「治安が良いとは言えない世界のようだし、未亡人って結構居そうだよね。生活に困窮しながらも必死になって子供を育てる……そんな女性たちを支えてあげたいんだよねー、僕」


「なら俺は巨乳女とお近づきになりたいぜ!」

「おっぱい星人のケンジらしいね。だけどフィーちゃんのことはどうするの?」


「あん? フィーはまだ子供だろ。未成年に手を出すほど落ちぶれちゃいねーよ」

「せやな。やっぱ成人してんとな。ってワケでオレは合法ロリを探すで!」

「合法ロリか。異世界ならリューのメガネに適う女がいるかもな」

「エルフとかドワーフとかも居そうだしね」


「やろ? 楽しみやわー!」

「はははっ、それぞれの目標は決まったみたいだね」


「欲望丸出しだけどな。パートナーを見つけてしっぽり幸せな生活を過ごすのが目標ってのも良いじゃねーか。面倒事に巻き込まれそうなことは極力避けて行こうぜ。触らぬ神に面倒なし、だ」


「それやねんけど面倒に巻き込まれへんって方針はすでに不可能な状況なんよ」

「ん? どういうことだ?」


「フィーっちのことを【分析】してみたんやけどな。あの子、どうやら本当の身分は亡国のお姫様みたいや」


「はっ? マジで言ってんのか?」


「大マジやで。本当の名前はフィーラルシア・ノースライド。ノースライド王国っちゅーところの第一王女様らしいわ」


「ボロボロの服を着ているのになんだか妙に大人っぽくて気品のある子だなーって思ってたけど、なるほどね。王女様だったって聞いて納得したかも」


「王女様がなんで奴隷なんかになってんだ?」


「買い出しのときに屋台のオヤジにそれとなく聞いてみたんやけど、北方……って言ってもここから結構離れてるみたいやけど、そのノースライド王国ってのは二年ぐらい前に隣国に攻め込まれて滅ぼされたらしいわ」


「戦争に負けたから奴隷にされたってことか」


「いや、それがどうも違うみたいやねん。屋台のオヤジが言うにはノースライドの王様は捕まってもーたけど、他の王族たちは逃げおおせたらしい」


「じゃあ、その逃避行の最中に奴隷商人に捕まってしまったってことかな? でも仮にも王女様だったら有名なんじゃないの?」


「多分やけど、あの森で死んだ奴隷商はフィーっちの正体を知ってたんとちゃうか? フィーっちの売り先はこの国の貴族とか言ってたやろ? 


 こっちの世界の常識はまだ分からんけど、ただの奴隷をわざわざ遠く離れた国の貴族に売りつけるっちゅーのも妙な話やし」


「じゃあ奴隷商が森狼フォレストウルフに食い殺されたところで、何も知らない俺たちに出会ったってワケか」


「フィーっちからすりゃ都合良かったやろうな。自分の本当の身分を知られることがないと思ったんやろ。だけど残念ながらオレが【分析】アビリティを持ってたから全部バレてもーた、と」


「そうか」


「んでどうするよケンジ?」


「どうするって?」


「元王女の奴隷なんて連れてりゃ面倒事は避けられへん。フィーっちを手放すんなら早いほうが良いんちゃうか?」


「俺が? 保護するって決めたフィーを手放す? そんなことすると思うか?」

「いや思わんよ。念のため聞いてみただけ」

「チッ。試すようなことすんな」


「ごめんて。せやけど今のままやと面倒事に巻き込まれる可能性は高いで? ケンジはそれでもええんか?」

「スローライフが目標ならできるだけ面倒事は避けたいほうが良いんじゃない?」


「あのな……。仲間に降りかかる苦難を面倒事なんて言うんじゃねーよ。それは一緒に乗り越えるべき試練だろうが」


「クッサ」

「おいぃ! 人が真面目に言ってんのに茶化すな!」


「いや、おっさんなのに熱血で青臭いセリフを恥ずかしげもなく口にできる勇敢さとか、ケンジらしくて僕は良いと思うよ」


「ホーセイ、おまえホント笑顔で人をディスるよな」

「心外だなぁ。ディスってないって。最上級の褒め言葉だよ!」


「ま、そういうこっちゃな。今のセリフとか、青臭くておっさんの鼻がひん曲がりそうなセリフやったけど、ケンジのそういう青臭いところ、オレも案外嫌いやないで」


「うるせー……これが俺っていう男の背骨なんだよ。悪いか」


「悪くないって言っとるやん。でもまあ、ケンジのクッサいクッサいセリフでオレらの方針も決まったな。そうやろホーセイ?」

「そうだね。ケンジの方針に賛成だよ」


「仲間の苦難は一緒に乗り越える。今までそうしてきたからこそ、オレらは今まで友達関係を続けてるわけやし」


「なんだかんだ、色々あったもんねえ、若い頃は」


「やめろってホーセイ。唐突に思い出話を始めるなんざ、おっさんになったって自分で言ってるようなもんだぞ。蕁麻疹じんましんが出る」


「あはは、ごめんごめん」


「ま、とりあえずフィーっちのことはこれからも面倒見ていくってことで決定やな。とはいえ、や。この世界の知識が少ないオレらだけやと面倒事があったときにフィーっちを守りきれるか分からん。


 そこで提案なんやけど、フィーっちには正式にパーティーの一員になってもろて、オレらと一緒にレベリングしてもらおうや」


「つまりフィーを冒険者にするってことか?」


「奴隷が冒険者になれるのかは分からんけど、どちらにせよフィーっちもレベリングしたほうが良いと思うねん」


「強ければそれだけ選択肢が増えることにも繋がるしね。僕は賛成」

「そういう考え方もあり、か……」


「なんやケンジ。ケンジは反対なんか?」

「いや、リューの案は悪くないと思ってるし本人が望むならいいと思う。だけど正直、気乗りはしないんだよなぁ」


「女の子を戦わせるのがってこと?」

「そうかもなぁ。今の時代、そういう考え方が古いってのは理解してんだが」


「古い古くないで言えばおっさんのオレらの考え方なんて古いに決まってるんやし、そう考えてしまうのはしゃーないと思うで」


「まぁ……本人がやるっていうなら応援するし、無理って言うなら別の手を考えれば良いか」


「うん。それで良いんじゃない?」

「なら方針としてはそれでいこか。んじゃこの議案も終了と。次は――」

「なんだよまだあるのかよ?」


「どっちかっていうと本題や。おまえらステータス開いてみ」


 リューに言われてケンジたちはステータスを開くジェスチャー――空中に指でアルファベッドの『S』を描いた。


「開いたけど、これがどうかしたの?」

「ステータスウィンドウにある獲得経験値のところを見てみぃ」


「経験値? んー……ああん? なんだこれ? 数字がバグッてんのか?」

「獲得経験値がすごい数値になってるね」

「せやろ」


 おっさんたちのステータス画面の下部に、今までの獲得経験値を表示している箇所があった。


「えーっと……十万ポイントになってるね?」

「待て待て。狼一匹倒しただけで経験値が十万ってのはさすがにおかしいだろ!」


「それな。多分これ、計算式がバグッとる」

「どういうことだ?」


「アイコちゃんからもらったアビリティは【獲得経験値十倍】やったやろ?

 このアビリティ、本来は個別で獲得経験値に乗算が掛かる仕様やと思うんやけど、それがパーティー全員に適応されるようになっとるねん」


「ん? つまりなんだ? 森狼を倒した経験値が俺のアビリティで十倍になって、その十倍の数値がホーセイのアビリティで更に十倍になって――」


「で、その数値がリューのアビリティで更に十倍になってるってことぉ?」


「そういうこっちゃ。ちなみに森狼の経験値は一匹で百ポイントっぽい」

「百×十×十×十=十万ってことだね」

「アイコちゃん、デバッグしとけよ! すぐに分かるだろこんなバグ!」


「ほんまそれな。まだパーティー編成してなかった時点でこれやろ? やっつけ仕事すぎて逆にわろてまうわ。こんな初歩的なバグ見たことないで」


「経験値十万でレベル20。RPGの序盤の楽しさが一気に消し飛んじゃったね」


「レベル20ならどんなゲームでも中盤に差し掛かる頃やからなー。あ、ちなみに獲得スキルポイント十倍のユニークアビリティも同じようになっとるで」


「レベルが1上がるごとに十ポイント獲得できるから、レベル20×十ポイントにそれぞれのアビリティ効果が乗算で乗って……二十万ポイントだね」

「【アビリティ】も【アーツ】も【スキル】も取り放題や」


「なんだそりゃ。ズルにもホドがあんだろ……」

「RPG序盤の楽しさが全部失われちゃったねえ……」


「それはそうやけど。オレは正直、有り難いって思うわ。なにせここは異世界やん。何があるか分からんし強くなっておくに越したことないやろ?」


「それはそうだけどよぉ……ズルで強くなるのはちょっとなぁ」

「ポイントを使わないで縛りプレイをするのは……うーん、それはそれで何か違う気もするよね」


「死んだら元も子もないしな。……よし、切り替えた! グリッチ(ゲームプログラムの不具合やバグを意図的に利用すること)を利用するの主義に反するけど、正直、命には替えられん!」


「せやな。せやけど一応運営にメールしとくわ」

「は? 運営って誰だよ?」


「んなもん、アイコちゃんに決まっとるやん」

「はっ? アイコちゃんにメールできるのかよ!?」


「さっき気が付いたんやけどシステムメニューにログアウトボタンが無いのに、運営へのお問い合わせフォームは残ってんのよ。ちなみにパーティーチャットも機能してるみたいやで」


「ゲームかよ! つか、ちゃんとデバッグしとけよアイコちゃん!」


「なんか変な世界やなぁとは思っとったけど、アイコちゃん、ユグドラシルファンタジーのUIユーザーインターフェース丸パクリしとるわ」


「それはそれで使い慣れてて便利だからありがたいけど」

「こう、なんというか……異世界の情緒とかおもむきとか世界観とかさー。もうちょっとなんとかならなかったのかよアイコちゃん」


「くははっ! おっさんが贅沢言うとるわ」


 リューはケンジの繰り言に肩を震わせて笑いながら立ち上がった。


「さて。ミーティングはこれでおしまいや。オレはもう寝るで。さすがに限界や」


「おう。ホーセイも寝て良いぞ。俺は見張りがてらスキルポイントでどんな能力が取得できるか確認しておく」


「それ楽しそうだね。僕も見張りのときに確認しようっと。じゃあ先に寝かせてもらうね。ケンジ、あとはよろしく」


「おーう。おやすみ」

「おやすみー」


 ケンジに挨拶を返すと、ホーセイとリューは寝室のある二階に向かった。


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