第7話 オッサンたち、クランハウスを手に入れる
奴隷であるフィーを連れて宿屋に行ったおっさんたちは、奴隷は馬小屋で寝ろと言う宿屋の主人の言葉に反発して宿泊を取りやめた。
衛兵から貧乏冒険者が野営することのできる広場が街外れにあることを教えてもらったおっさんたちは街外れに向かう。
街外れの広場はそこそこ広く、貧乏冒険者たちの野営の天幕が散見された。
広場の奥まった場所に人気のないスペースを見つけたおっさんたちは、そこを今夜の拠点と定めた。
ホーセイとフィーがテントの設営を始めるのを横目に、ケンジは遅い晩飯の準備を始める。
メニューは干し肉と根菜を煮込んだスープと黒パンという簡素なラインナップだ。
スープが完成した頃には買い出しからリューが帰還し――おっさんたちが食事にありつけたのはとっぷりと夜も更けた頃だった。
「うっし、スープ配るぞ。食器くれ食器」
「ほいよ」
「サンキュー。まずはフィーからだ。ほれ。たくさん食え」
「わ、わ、こ、こんなにたくさん……っ!?」
食器から溢れそうなほどなみなみと注がれた具たっぷりスープを渡されて、フィーが面食らったような声を上げる。
「おう。フィーはまだ子供なんだからたくさん食えよ。遠慮なんてすんなよ?」
「せやせや。たんと(たくさん)お食べ」
「スープはたくさんあるから遠慮せずにお替わりしてね」
「あの、でも……」
「良いから良いから。子供が遠慮なんてするもんじゃねーぞ」
「……(コクッ)」
ケンジたちに促されるまま、フィーはスープを匙で掬って口に運び――大きな瞳から涙を溢れさせた。
「おいっ!? どうした!? もしかして泣くほどマズかったのかっ!?」
「おいおいケンジぃ。ちゃんと味見したんかぁ?」
「当たり前だろ! ちゃんと味見したぞ! 美味いってほどでもないしちょいと薄味過ぎるが、それでもそこそこ食える味にはなってるはずだぞっ!?」
「じゃあもしかしてヤケドしちゃったのかな?」
少女の変化に焦るおっさんたち。
だがそんなおっさんたちにフィーは泣き笑いの表情を返した。
「違うんです。こんなにも温かくて美味しいスープを飲んだのが久しぶりだったんです。温かいスープなんてもう二度と食べられないと思っていたから……。そう思うと何だか涙が止まらなくなっちゃって……」
「口に合ってるなら良かった。たくさん食えよ? お替わりもあるぞ」
「この黒いパンはくっそ硬いけどな。つかなんでこんな硬いねん。石やんけ」
「黒パンは保存食だからね。小麦じゃなくてライ麦で作ってるらしいよ」
「原材料なんざどうでもええわい。これどうやって食うねん」
「本来の食べ方はシチューに入れて煮込んで食べるそうだけど」
「ならスープにぶち込んでおけば食えるだろ」
「はぁ~……さっさと金稼いでまともな食事ができるようにせんとアカンなぁ」
「フィーにももっと美味いものを腹いっぱい食わせてやりたいしな」
「そのためにはお金をたくさん稼がないといけないね」
「稼ぐ方法はやっぱギルドに登録して冒険者になるのが手っ取り早いか」
「ウェブ小説の定番だねー。それがこの世界でも通用するか分からないけど」
「ま、その確認は明日やな。今日はもう寝たいわ。ふぁぁ~……」
「そういや俺ら、連休をゲームに費やしてボスと五時間戦って、更に異世界で夜まで過ごしてるんだったな。いったい何時間起きっぱなしなんだか」
「おっさんになると徹夜のできない体になっちゃうよね。僕もさすがに眠いかな」
「俺はまだ平気だ。なんか久しぶりにアドレナリンがドッパドッパ出てるわ」
「体力バカのケンジと一緒にすな」
「なんでだよ。体力バカなのは筋トレが趣味のホーセイだろ!」
「ひどいなぁ。僕はケンジと違ってもう限界だよ。寝不足は筋肉の敵だしね」
「だらしねえ奴らだな。んじゃメシを食ったら【クラン】を使ってクランハウスを作ってみるか」
「フィーちゃんももう限界みたいだからね」
ホーセイの言葉におっさんたちがフィーに視線を向けた。
フィーはカラになったお椀を持ったまま、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
「お茶碗持ったまま寝とるわ」
「よっぽど疲れてたんだろうな」
「それはオレらもやで。さっさと食って早よ寝たい。せやけど先にやっておかんとアカンこともあるからなぁ」
「なんだよ? やっとかなくちゃならないことって」
「ミーティング」
「ミーティングぅ?」
「この世界で気付いたことについて情報共有しておいた方が良いもんね」
「なるほど。そりゃ確かにそうだな。ならさっさとメシ食ってクランハウスを作っちまうか」
ケンジとホーセイが残りのスープをお椀に注ぐ。
冷めて
「スー……スー……」
「フィー、よく寝てるな」
「僕が抱え上げたときも身動き一つしなかったよ」
「それだけオレらに気を許してくれてるってことかもしれんで」
「だったら良いんだけどな。うっし、んじゃやるぞ。【クラン】!」
ケンジが声を上げると目の前に半透明な扉が出現した。
「お? これってもしかしてクランハウスに繋がる扉か?」
「え? 扉? そんなのが出現してるの?」
「ん? なんだよ、ホーセイたちには見えねーのか?」
「全く見えんわ。多分、システム的にパーティーを組んでないからちゃう?」
「そうか。【クラン】はパーティ編成もできるって説明に書いてたな。えーっと」
何をどうすれば良いのか分からないケンジは、システムメニューを開いてアビリティを確認する。
「これを……こうすれば……おっ? これか?」
目の前に展開された半透明のクラン管理メニューウィンドウ。
その中からパーティーメンバー編成の項目を見つけたケンジは、メニューを操作してリューとホーセイをパーティーメンバーに設定した。
「これでどうだ?」
「あ、扉が見えるようになったよ」
「半透明の扉の向こうにクランハウスがあるってことやろけど……もしかして別次元にあるってことやろか?」
「さあな。多分そうじゃね?」
「なんだか冷静だね、ケンジ」
「今更、別次元とか言われてもな。何だか色んなことがありすぎてすっかり慣れちまったよ」
「そもそもオレらは異世界転移だか異世界転生だかをしとる最中やしな。常識外のことに一々驚くような初々しい感性はもう麻痺しとるわ」
「新しい出来事に出会したときに驚かないのって老化の始まりって話だよ? ほんと二人ともおっさんだなぁ」
「正真正銘おっさんやしな」
「気にしてても始まらんだろ」
「それもそっか。じゃあ中に入っちゃおう」
「おう」
ホーセイの言葉に頷いたケンジが半透明の扉を押し開けた。
扉の先には十人程度ならば余裕でゆったりと過ごせるリビングが存在し、いくつもの扉の他に二階へ繋がる階段があった。
リビングの隣にはシステムキッチンが完備されており、そこには冷蔵庫や電子レンジなどが陳列されていた。
「おおおっ! ソファーにテーブル、システムキッチンまであるじゃねーか!」
「広いし、家具も完備されてるし、え、ちょっとここ最高過ぎない?」
「豪邸と言っても過言やないでこれ。もしかしてケンジのアビリティが一番の当たりちゃうか!」
「おい、すげえぞ! 電気とガスに水道まで通ってる! 冷蔵庫に電子レンジ、それにコンロはIHとガスの二段構えとか最高だろ!」
「二階も広いよ、十部屋はある! ベッドもクローゼットもエアコンも完備されてるみたいだし、すごいよこのクランハウス!」
「ちょ、待て待て! なんかパソコンやらタブレットやらが……ってWi-Fiの電波あるやんけ。もしかしてネット繋がっとるんかっ!?」
おっさんたちは設備の整った部屋の様子にはしゃぐ。
別次元とか異世界にあまり驚かなかったおっさんたちも、家電や電化製品には胸が弾むのだから、おっさんというのは不思議な生き物だ。
「このクランハウスがあれば、この世界でも余裕で生きていける気がしてきた」
「お風呂もシャワーもあるしトイレは水洗だし、最高だね」
「やっぱケンジのユニークアビリティが一番の当たりやな!」
「これは素直にアイコちゃんに感謝だな」
「うん。感謝!」
「感謝や!」
「うう~ん……スー……スー……」
「おっと。年甲斐もなく
「せやな。クランハウスの探険はまたの機会にしよか」
「今日は適当に寝て、明日以降、色々と検証していくのが良いね」
「ああ、そうしよう。最初の見張りは俺がするから、おまえらは先に寝とけ」
「ありがたいけど見張りなんて必要かなぁ」
「テントの中を覗かれる可能性もあるし、テント自体を盗まれる可能性もある。現代的な倫理観なんて期待できへんやろし、自衛するに越したこたぁないやろ」
「それもそうか。じゃあいくつか確認しておこうよ」
おっさんたちは念のため、ケンジを介さなくてもクランハウスにアクセスできるかを確認した。
便利なことにパーティーメンバーとして登録されているのなら、クランハウスには自由にアクセスできることが分かった。
「便利やなぁ。最高やんケンジのユニークアビリティ」
「このクランハウスさえあれば拠点には困らないね」
「やっすい宿屋に泊まっても部屋からクランハウスに戻ってきてゆっくりできるってことやしな。異世界でこれほどでかいアドバンテージは無いで」
「ケンジさまさまだよ」
「拝んどこ」
「いや、だから俺を拝むよりアイコちゃんにお礼しとけって」
「せやな。ちょっと気が付いたこともあるし……後でなんとかしてみるわ」
「できんのかよ」
「多分?」
「まぁその辺りのことは全部リューに任せる」
「パーティー参謀がオレの役目やしな」
「頼む。んじゃ最初の見張りは俺がするからおまえらは先に休んどけ。三時間ごとに交代で良いか?」
「うん。じゃあ二番手は僕がするよ」
「んじゃ最後はオレやな。悪い、ゆっくり寝かせてもらうわ」
「気にすんな。じゃあ見張りの順番も決めたところで、俺はフィーを二階のベッドで寝かせてくる」
そういうとケンジは熟睡しているフィーを抱きかかえて二階へ向かった。
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