第6話 オッサンたち、現実を直視する

 異世界転移をした直後に出会った、フィーと名乗る奴隷の少女。


 フィーを助けるために奴隷契約を結んで新たな主人となったケンジは、リューとホーセイという親友と共に森を抜けた先にあるスタッドの街に到着した。


 ステータスボードに表示されている時計は17時を過ぎ、太陽が片足を地平線に沈め始めた頃合いだ。


 街の門が閉まる直前に何とか街中に滑り込めたケンジたちは、何はともあれ疲れた体を休めるために宿屋へ向かった。


 だがそこで異世界の常識というものに直面した。


「部屋に泊められないってどういうことだよっ!?」


 宿屋のカウンターに響くケンジの怒鳴り声。

 怒鳴られた宿屋の主人は眉をしかめて盛大に嘆息を漏らした。


「だから何度も言ってるだろ! 奴隷を部屋に泊めることはできないって。馬小屋を貸してやるって譲歩してるんだからそれで充分だろ?」


「だからなんでそんな差別するんだよ! 奴隷だって人間だろうが!」


「奴隷が人間? ハッ……何をとち狂ったことを言ってやがる。奴隷ってのは平民よりも更に下の身分で、生きる価値のない最下層のやつらだぞ? 


 そんなクズどもが平民様と同じようにベッドのある部屋で眠れるはずがないだろうが。それに奴隷を室内に入れたら他の宿泊客の荷物が心配だ」


「なんやそれ? 奴隷が盗みを働くって言いたいんか?」


「当然だろ? 奴隷なんてみんな手癖の悪いクズばかりだ。大事な客の荷物に手を着けられたらこっちが商売あがったりになるんだよ」


 ケンジの背後に居るフィーを睨み付けながら宿屋の主人は言葉を続ける。


「それでも奴隷を部屋に入れたいって言うなら貴族や金持ち向けの高級宿に行けよ。  

 そこなら奴隷用の部屋が用意されてる。


 うちは庶民向けで奴隷が横たわったベッドで寝たくないって客が大半だ。

 奴隷を馬小屋で寝かせたくないって言うのならウチ以外の宿屋に行きな。


 ま、この時間に部屋が空いてる宿屋なんてロクなもんじゃねーがな! ブハハ!」


「ちっ。わーったよ! 頼まれたってこんなクソ宿屋に泊まってやるか!」


「減らず口を叩きやがって! 泊まらないならテメーらは客じゃネエ! さっさと失せろ!」


「言われなくても出てってやるよ!」


「二度と来るなボケが!」


「二度と来るかクソが!」


 宿屋の主人からの罵声に怒声を返すと、ケンジは地面を踏みならすような乱暴な足取りで宿屋を出た。


「ったく何なんだよ、この世界はよぉ!」


「アイコちゃんがベリーハードって言ってたのはこういう意味だったのかな」


「人権が大切にされてた現代から来たオレらにとっては、ベリーハードっていうのもあながち間違ってへんな」


「ああ、クソ、腹立つ……!」


「あ、あの……私なら馬小屋でも平気です。わらがあるだけで充分ですから」


「は? ダメに決まってる。ちゃんとした場所で寝ないと疲れは取れないだろ」


「で、でもこのままじゃ、ご主人様たちがゆっくりお休みになれませんし」


「そんなのは別に良いんだよ。おっさんたちはこう見えて体力だけはあるんだ。一日ぐらい平気だぞ」


「でも……」


「ま、押し問答してても何も始まらん。フィーっちを連れて宿屋に泊まることができへんのなら他を当たるしかないやろ」


「他って言ってもどうすれば良いんだろう?」


「ケンジのユニークアビリティ【クラン】の出番ってことや」


「ああ、そういやそんなアビリティ持ってたな。じゃあ早速――」


「ちょい待ち! まだ使ったらアカンで!」


「な、なんだよ急に。どうして使ったらダメなんだよ? フィーを早く休ませてやりたいんだが?」


「どういう原理でクランハウスに繋がるかまだ分からんやろうが。街中でいきなりクランハウスが出現したら騒ぎになること間違いなしやで」


「今は変に目立つべきじゃないね」


「だからどっか人目の付かないところでアビリティを使ったほうがエエと思うんや」


「そんな場所、どこにあるんだよ?」


「分からん。とりあえず衛兵さんにどこか野宿できそうな場所を聞いてみよや。ってワケですんませーん!」


 キョロキョロと周囲を見渡したリューが衛兵の姿を見つけて声を掛けた。


「ん? なんだお前ら。旅の冒険者か? 何の用だ」


「いやー、オレら宿屋を探してたんやけど、奴隷の子と一緒に泊まれる宿屋がなくて難儀してますねん。衛兵さん、どっか良いところ知らへん?」


「奴隷と宿にぃ? そんなことができるのは貴族や金持ちのために奴隷専用の部屋を用意している高級宿ぐらいしかないぞ」


「あー、やっぱり?」


「奴隷が一夜を過ごすのに馬小屋を融通してくれる宿屋なら上等な部類だ。普通の宿屋なら奴隷を連れた冒険者なんて断るものだからな」


「そうなんや……ならオレらどうしたらええかな? 衛兵さん、なんか良い案教えてくれへん?」


「知らん、と言いたい所だが、冒険者が夜の街を徘徊すれば街の住民が不安に思うだろう。街外れにある空き地を使え。稼ぎの少ない貧乏冒険者なんかはそこで野営してるはずだ」


「そんなところがあるんや! 衛兵さんナイスやで!」


「ふんっ。恩を感じるのであればこの街で悪さはするなよ? それと宿に泊まれない程度の冒険者ならさっさと街から出て行ってくれ」


「へいへい」


 衛兵の厭味いやみに適当に返事をしたリューが仲間たちの下へと戻ってきた。


「街外れに空き地があって貧乏冒険者なんかはそこで野営してるみたいやわ。オレらもそこへ行こやないか」


「だけどリュー。野営道具はどうするんだ?」


「そこは抜かりないで。森狼に襲撃された馬車があったやろ? あそこに野営道具が一式あったから拝借しといてん」


「マジかよ。さすがリュー。抜け目がないな」


「そこは先見の明があると言って欲しいもんやけどな。野営道具も食料も調達しとるから空き地でキャンプとシャレ込もうや」


「異世界初の夜がキャンプってのもオツだな。よし、料理は俺に任せとけ」


「おおっ、ケンジの手料理、久しぶりだね。楽しみだよ!」


「ま、それなりに食えるものを作ってやるよ。フィーも楽しみにしとけよ?」


「はい……」


「あれ? フィーちゃんどうかした? 元気ないね」


「疲れて眠いんとちゃうか? 悪いけどもうちょっと我慢してや」


「ううん、私は大丈夫です。でも……私さえ居なければご主人様たちは宿屋でゆっくりお休みできたのにって……」


「なんだよ、そんなこと気にしてたのか?」


「……」


「俺らが気にしてないんだから、フィーが気にする必要はないぞ?」


「でも……」


 ケンジの言葉に納得していないのか、フィーはしょんぼりした表情で俯いた。


「ま、気にすんなと言われても、自分のせいやと思い込んどるフィーっちには無理な話やわな」


「おい、リュー!」


「仕方のないことやて。オレらとフィーっちの間にはまだキチンとした信頼は醸成じょうせいされとらん。なにせ出会ったばっかやねんから」


「それは、まぁ……そうだけどよ」


「せやからこれ以上話しててもらちはあかん。だからフィーっちが気にするんなら気にしといてええよ。


 せやけどオレらは気にしてないから普通に接するで。それでこの話は終わりや」


「そうだね。それに今はやることがたくさんある。フィーちゃんにも色々と手伝ってもらうからよろしくね」


「は、はい! 誠心誠意、全力でお手伝いいたします!」


「ありがとう。じゃあまずは分担を決めようか。リーダー、指示をお願い」


「んじゃ俺が料理担当。ホーセイが野営準備担当。リューは買い出し担当ってことで頼むわ」


「了解」


「任せとき」


「フィーは料理できるか?」


「え、あの、えっと……で、できない、です……」


「そっか。なら今日はホーセイの手伝いを頼む」


「は、はい!」


「うっし、んじゃ行動方針は決定だ。キリキリ働こうぜおっさんども!」


 ケンジのかけ声に応えた一行はすぐに行動を開始した――。

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