第3話 オッサンたち、初期装備をゲットする

「なんだこりゃ……」


「人がいっぱい死んでる……」


 壊れた馬車。


 その馬車の周囲には積み荷らしきものが散乱しており、馬車の中で男が一人、腹を食い千切られて死んでいる。


 馬車を牽いていたらしき馬も腹部をえぐり取られて死んでおり、その周りには武装した男たちの遺体が激しく欠損した状態で横たわっていた。


「商人とその護衛って感じやな。傷跡を見るに獣型のモンスターにやられてもーたんとちゃうやろか」


「爪とか牙っぽい跡があちこちについてるね」


「つーことはこの森には人を食い殺すモンスターがいるってことか。やべーな、さっさと森を脱出しようぜ」


「せやな。ちゅーわけでケンジ、ホーセイ、手ぇ貸せや」


「なにをするつもりだよ?」


「追いぎ」


「はぁっ!?」


「なるほど。遺体から装備を拝借はいしゃくするんだね」


「そういうこっちゃ。ホトケさんたちには悪いけど、この際、利用できるもんは全部利用せんと。次はオレらがこうなってまうで」


 遺体に向けて手を合わせると、リューは装備を剥ぎ取り始めた。


「割切るしかないか。すんませんが有効利用させて頂きます!」


 リューに続いて手を合わせて遺体の冥福を祈ったあと、おっさんたちは護衛たちの装備を身につけた。


 剣、槍、短剣、革の鎧に革に木製の小型盾バックラー

 それにブーツや日曜道具、食糧や金など。

 必要なものを物色する。


「さすがにご遺体の服を剥ぎ取るのは抵抗があるね……」


「そりゃ俺も同じ気持ちだけどな。訳の分からんこの異世界で生き残るためには、できるだけのことをしないと」


「やりたくないことをやらないと生き残れないってのも、なんや現実を思い出してやるせなくなってまうなぁ」


「ゴタゴタ言っても始まらねーよ。ご遺体の皆さんには悪いが、しっかりと再利用させてもらおうぜ」


「へいへい。そういやゲームやと拾ったもんはインベントリに収納されるけど、こっちの世界はどうなんやろ?」


「ラノベの定番だねえ」


「ふむ。ちょっと試してみるか」


 そう言ってケンジは近くにあった小瓶に手をかざした。

 すると小瓶は音もなくその姿を消滅させた。


「インベントリ、と。……おっ、入ってる入ってる!」


「おおっ! すごいやん! どうやったんや?」


「んー、アイテムを見て拾うことを意識しながらクリックする感じを頭の中にイメージしたら勝手に入ったぞ」


「カーソルを合わせてクリックとか、そういうところもゲームっぽいね」


「ジェスチャーでシステムメニューを開けるし、そのまんまユグドラシルファンタジーの世界だよな、ここ」


「よー分からん仕組みやな。ここホンマに異世界か? ユグドラシルファンタジーの中に転移したとか、ホンマはそんなんとちゃう?」


「どっちでも良いよ。あのクソ会社に戻らなくて良いのなら僕はそれで満足だ」


「ホンマ、ホーセイは会社がイヤやったんやなぁ……」


「優しいホーセイをここまで怒らせたブラック会社ってのも、逆に少し興味は湧いてくるけどな」


「それはそう」


「そんなつまらない話はもう良いって。折角、アイコちゃんが異世界に転移させてくれたんだし、どうせならこの世界を楽しむことにしようよ」


「楽しむと言ってもなぁ」


「アイコちゃんが言うにはこの世界はベリーハードな世界らしいし、そう簡単にはいかんのとちゃうか?」


「それでも現実世界よりはマシだと思うよ。だって現実世界なんてベリーハードどころか難易度ナイトメアとかヘルとかトーメントな世界なんだし」


「……それもそうやな」


「この世界が本当にユグドラシルファンタジーと良く似た世界なら、まずはレベルをあげて地力をアップさせるのが定石セオリーだな」


「自分の命を守るためにもレベリングは必要やろな。あとは金や」


「なら当面はモンスター相手にレベリングと素材集めってところかな?」


「素材か。俺、解体なんてできないぞ」


「僕も」


「オレもやけど、まぁ慣れるしかないやろな」


「マジかよ。……そうしないと生きていけないのならするしかねーけどよ」


「そうと決まれば、や。貰えるもんは全部インベントリに入れていくで。ついでにインベントリにどれぐらい入るかの確認や」


「おう」


 周囲に散乱しているものをインベントリに回収し――必要なものをあらかた頂いたあと、おっさんたちは道の脇に穴を掘って不幸な遺体を埋葬した。


「こんな場所ですんません!」


「街についたらちゃんと誰かに報告しときますさかい、堪忍してや」


「ご冥福をお祈りします」


「うっし。挨拶は済ませたし、俺らもさっさとこの森を抜けようぜ。でないと次は俺らがモンスターに食われちまう」


「とにかく急いで森を抜ける。抜けられそうになかったときはケンジが作ったクランハウスで一晩過ごす。こんな感じで進もうや」


「革鎧に剣に槍。盾や短剣なんかも頂いたしそれなりに格好はついたな」


「食料やら調味料、それになにより金が手に入ったのはでかいで。一、十、百、千……三百万ガルドやって。どれぐらいの価値があるんやろな」


「ユグドラシルファンタジーみたいにアイテム価格がインフレしてないと良いんだけどねー」


「レジェンダリー武器が二億ガルドとかしてたもんな」


「ゲームを極めた廃人プレイヤーたちにとっちゃ二億程度は端金はしたがねやったし、プレイヤー間のトレードでインフレ極まってたからしゃーない。


 ま、こっちの世界の相場は普通であることを祈ろうや」


「だね」


 雑談を交わしながら、おっさんたちは装備した武器の感触を確かめる。


「初期装備が革鎧と鉄の剣。なかなか豪勢な初期装備だよな」


「ユグドラシルファンタジーの初期装備は布の服と木剣やったしな」


「思い出すなぁ、ユグドラシルファンタジーを始めた頃のこと」


「布の服と木剣で頑張ってレベリングして、金を稼いで装備を更新して。そうやって徐々に強くなっていく……RPGの醍醐味が一番感じられる時期だよな」


「そうそう! 一番面白い時期だよね!」

「せやけどホンマにオレらが異世界転移したのなら命がかかっとる。二人とも浮かれポンチになりすぎんといてや」


「わーってるよ」


「この世界がどれほど物騒なのか分からんからとにかく用心やで」


「うん!」


「よし、んじゃ、改めて気合い入れて行くぞ!」


 おっさんたちはもう一度、遺体を埋葬した場所に向かって頭を下げたあと、再び一歩を踏み出した。


 いや、踏み出そうとしたそのとき。


『きゃーーーーーっ!』


「ひーーーーーっ! なななななんや今の声!」


「女の悲鳴だ! どこからだっ!?」


「ケンジ、リュー、こっち! こっちから聞こえてきたよ!」


 ホーセイが指差したのは森の奥へと向かう方角だった。


「森の中に戻るのはヤバイんとちゃうかっ!?」


「だけど誰かが襲われて悲鳴を上げてるんだから放っておけないだろ!」


「ケンジの言う通りだよ。行こう、リュー!」


「はぁ~、ほんまお人好しなやつらやな……!」


 ケンジを先頭にしておっさんたちは悲鳴が聞こえた方向に走った。


 時折、剥き出しになった木の根につまづきそうになりながら木々の間を走り抜け――やがて森の中にぽっかり広がった場所に辿り着いた。


 そこには自分たちと同じぐらいの年頃のおっさんの死体が転がり、その傍で一人の少女が狼に襲われていた。


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