第2話 オッサンたち、テンションが上がる
「創世の女神アイコニアぁ? 誰だこれ? 新人
「
「ならなんだよ、このアイコちゃんってのは」
「オレに聞かれても知らんがな。っていうか、それ以上に現在位置が分からん。どこやねんここ?」
「それがねー。ミニマップは確認できるんだけど、ワールドマップがおかしなことになってるんだよねえ」
「はっ? マジ?」
ホーセイの報告を受けてケンジが何もない空間に指で”M”を描いた。
マップ画面を呼びだすためのショートカットジェスチャーと呼ばれる動きだ。
アイテムを使用したり、システムメニューを開いたりするときにも同じように対応する文字を空中に描くショートカットジェスチャーを使用する。
それがユグドラシルファンタジーのユーザーインターフェースなのだ。
「うおっ、マジか。俺らの周囲以外マップ情報がリセットされてやがる」
「ちゅーことは、ここはユグドラシルファンタジーの新マップってことかいな?」
「そう考えるのが妥当かなぁ? 『新しい世界に挑戦』って言ってた選択肢を選んだあと、新しいイベントのスタート地点にワープしたとか?」
「何の説明もなくスタートっていうのもおかしな話だぞ。ユグドラシルファンタジーの場合、クエスト発生時にはクエスト概要が表示されるはずだ」
「んー……せやけど受注クエスト欄には何も載ってないみたいやわ」
「つまりクエストじゃないってこと?」
「俺に聞かれてもわからんて」
「それはそうだけど。……というかなんだろ? 少し寒くない?」
「気のせいだろ? フルダイブVRとは言え、五感に影響を与える寒暖差とかの要素はオミットされているはず……いやマジで寒いな! なんだこれっ!?」
「……寒いってのもあるけど、そもそもユグドラシルファンタジーってこんなに画像解像度、高かったかぁ? なんやまるで本物みたいに景色が綺麗やねんけど」
「草、木、それに枝にとまる鳥……綺麗だね。綺麗過ぎるね。こんな高解像度の画像が表示できるようなグラフィックボード、僕のパーソナルギアには積んでない。
あ、もしかして知らないうちにアップデートが入って画像の表示が劇的に軽くなったとかかな?」
「そんなアプデを適用するならクライアントアプリの再起動は必須やで」
「だよねぇ。ケンジはどう思う?」
「うーん、実は本当に異世界に来てたり、とか?」
「いやいやまさか。ウェブ小説やないんやから」
「……ううん。ケンジの予想、もしかしたら当たってるかもしれないよ。二人ともシステムメニューを開いてみてよ」
ホーセイの言葉を受けてケンジとリューの二人がジェスチャーを行い、システムウィンドウを開いた。
「なんだこれ。ログアウトボタンがねーぞ?」
「え。じゃあログアウトできへんってことやん。マジ?」
「おまえも自分のシステムメニューを見てみろよ」
「どれどれ……うわっ、ホンマや。ログアウトボタンがあらへんわ。それにステータスボードの時計が十二時二十五分になっとる。ってことはつまり……」
「俺ら、ガチで異世界転移しちまったってことかぁ!?」
「つまりオレらは死んでもーたってことぉ?」
「死んだかどうかは分からないけど。ユグドラシルファンタジーからログアウトできないっていうのは確定だね」
「マジかよぉ……!」
自分たちの置かれた状況を把握して、おっさんたちは顔を伏せた。
「僕らはもうこの世界で生きるしかないってことなのかな」
「そんなの……そんなの……っ!」
「最高やんけーーーー!」
俯いていた顔を上げると、おっさんたちは思考をサクッと切り替えた。
おっさんたちは今までの経験上、良く知っているのだ。
落ち込んでいても何も始まらないし現実は何も変わらないということを。
何も始まらないのであれば、落ち込んだ気持ちをさっさと切り替えて前を向くほうが建設的だ。
おっさんたちは問題が起こったときには気持ちをサクッと切り替えること。
どうしようもない場合はスパッと諦めるということに慣れているのだ。
「働く必要はあるけどイヤミを言われながら仕事したり、急に仕事を押しつけられたり、手柄を横取りされたり、失敗を擦り付けられたり、
バカな奴らの尻拭いをさせられたり、無能上司の失敗なのに取引先に頭を下げに行かされたり、仕事もできないやつらに陰でこそこそ悪口言われたり、
ウソの告げ口をされたり、そのウソの告げ口を信じるバカ社長に振り回されるような会社で働くよりも、全っ然マシだよね!」
「ホーセイ、荒ぶっとんなぁ」
「まぁ俺らも大概だったけどホーセイの勤めてた会社もやばかったからな」
「田舎の会社あるあるの人間関係最悪な会社だったからね……」
「ならこの異世界をエンジョイしようぜ!」
「言い方ダサッ。エンジョイて。ここがウェブ小説とかで良く見る異世界なら、
生活するだけでも結構ハードな世界やと思うで?」
「そこはラノベ特有の知識チートで何とかなるだろ」
「楽観しすぎや。簡単に知識チートっちゅーが、そもそもオレらが持ってる知識なんてもんは、ある一定以上の文明レベルがないと通用しないもんが多いねんぞ」
「ここがもし、よくあるウェブ小説的な西洋文明……ナーロッパ的な文明レベルなら魔法はあるけど科学が未熟な時代ってことになるのかな?」
「分からん。でも安易に知識チートでアドバンテージ取ることは考えんほうがエエ。まずはアイコちゃんがくれたお礼ってのを確認してみようや」
「アイコちゃんって、GMメッセージのか?」
「せや。女神って自称してるんやから、そういう存在なんやろ」
「つまり僕たちはアイコちゃんによってこの世界に転移させられた?」
「本人がそう書いとったやん。まぁ会えることがあったら、なんでオレらやねんと聞いてみたくはあるけど。まずは自分自身のことを把握しとかんと」
「おう。……ってインベントリになんも入ってねーぞ? うっそだろ! カンストまで鍛えた最強装備一式ロストしてんじゃねーか!」
「うわー、僕のインベントリにも何も入ってない。せめてデウス・マキナの撃破報酬は残しておいて欲しかったなー。あ、でもお金はあるね。千ガルドだって」
「ガルドちゅーことはユグドラシルファンタジーの通貨単位と同じやな。千ガルドがどれほどの価値になるのかは分からんけど、
初期資金と考えたらすぐに無くなってまうぐらいやろうから、それはアイコちゃんのお礼ではないやろ。
アイテムもないとすればアイコちゃんのお礼ってのは何かの【アビリティ】とかか?」
「ステータスは……げっ、初期ステータスだ……!」
「レベル1になってる。カンストまでレベル上げてたのになぁ、あははー……」
「心が折れるな、こりゃ。俺たちの五年間が一瞬にしてパァーになっちまった」
「ま、まぁ仕方ないよ。多分……」
「……見つけた。アイコちゃんからの贈り物、多分これや」
「どれ?」
「所有アビリティリストを見てみぃ」
「んー……あっ、これか!」
「ステータスに【獲得経験値十倍】、【獲得スキルポイント十倍】のアビリティと、二つのユニークアビリティが追加されてるね」
「どれどれ……おお、本当だな。ユニークアビリティ【指揮】と【クラン】ってのがあるぞ。【指揮】はパーティーメンバーのステータスに永続バフ。
レベルによってバフの割合がアップする
【クラン】はパーティーメンバーの編成やらクランメンバーが入室できる部屋を作れる能力らしい」
「クランハウスを作れるってこと?」
「恐らくな」
「なかなかエエやん、そのアビリティ。いつもリーダーやっとるケンジにぴったりのアビリティやし」
「うんうん。拠点の確保ができるのはありがたいよね。あと【指揮】の永続バフも効果量は分からないけど有り難いパッシブアビリティかも」
「スイッチ入ったらダメージコントロールも考えずにバーサーカー化するケンジには似合わんアビリティやけどな」
「うっ……モンスター相手に日頃のストレスを発散できるから楽しいんだよ」
「大丈夫だよ。気持ちはすごく良く分かるから。僕もジャストガードでモンスターをスタンさせたときとか
「確かにそういうのもあるわな」
「で、おまえらはどうなんだよ?」
「こっちは【分析】と【加工】や。【分析】は人物やアイテムの情報を開示するアビリティやって」
「それってウェブ小説で言うところの鑑定ってやつじゃない?」
「アビリティの説明を見るとその鑑定の上位互換のアビリティみたいや。意識を集中してモノを見るとARウィンドウが開いて詳細を確認できるみたいやけど、
どれどれ……。
おお、見える見える。ケンジとホーセイの詳細情報が全部見えとるわ」
「マジか。【加工】ってのは?」
「そっちは『インベントリ内のアイテムを加工する』としか書かれてへんわ。名前からして生産系のアビリティみたいやけど、あとで色々試すしかなさそうや」
「ほー。生産系のアビリティならリューにピッタリじゃねーの?」
「おう。生産プレイ好きやしな。これは助かるわ」
「どっちも便利そうなアビリティだし、当たりっぽいね」
「当たりやとエエんやけど。ホーセイのほうはどないや?」
「僕のは【地形操作】と【抽出】だって。【地形操作】は周囲の地形を自由に変形させることができて、【抽出】はアイテムから何かを抽出するみたいだけど……なにを抽出するんだろう?」
「そっちも試してみるしかないだろうな。それより土地を自由に変形ってヤバイだろ。マップエディタみたいなものじゃねーの?」
「基本的にはそんな感じみたいだね。マクロやショートカットも設定できるみたい。だけど広範囲にはできないんじゃないかな?
広範囲でできるようだとさすがにチートすぎるし。仕事をやめて農業したいなーって思ってた僕にはぴったりのアビリティかも」
「おっさんになると突然やりたくなるもの第四位やな」
「大変そうなのは理解しているんだけど、一度挑戦してみたいんだよねー」
「料理、筋トレ、自転車、家庭菜園は、おっさんが現実逃避で突然やりたくなることランキング上位だからなー」
「せやけどアイコちゃん、なかなかオレらのこと考えてくれとるやん。オレらがやりたいことに合わせたアビリティをくれるやなんて。頭の軽そうなメッセージからは想像もできんエエ子やな」
「やりたいことぉ? じゃあ俺のアビリティもそうだっていうのか?」
「【指揮】はケンジがやりたいことに合ってると思うけど」
「雄叫びあげながら敵をぶっ飛ばすの好きやんケンジ」
「ぐっ……反論できない。ストレス発散に良いんだから仕方ないだろ!」
「じゃあ【指揮】のバフはケンジにとって欲しかった能力ってことじゃないかな」
「まっ、そういうところもアイコちゃんはちゃんと見ててくれたってワケやろ。そう考えるとそこそこエエ子に感じるやん?」
「承諾無しに異世界転移させておいて良い子ってのはないだろう」
「でもボスを倒した後に出てきた選択肢で僕たちの意思の確認はしてたよ?」
「あんなもん不意打ちすぎて
「ま、詳しい説明文もなかったしねぇ……」
「色々言ってても現実が変わるもんでもなし。多少なりとも気に掛けてくれてると思っておこうや」
「何の手掛かりもなしに荒野に放り出されなかっただけマシか」
「何の手掛かりもなしに森の中に放置されてるけどね」
「それな。せめてもうちょっとチートなアビリティを与えてくれよ。俺らのアビリティ、微妙にショボくね?」
「ちょっとしたお礼、って書かれてたしこんなもんちゃうか? それにアビリティがこの世界にどんな影響を与えるかも分からん。しばらくは地道に情報収集や」
「なら情報収集と分析はいつもみたいにリューに任す」
「ええよ。ほないつものフォーメーションでやってこか」
「僕がタンク、ケンジがアタッカー、リューがサポーターだね」
「早いうちにヒーラーが欲しいところやな」
「今は状況把握優先だ。っていうかそもそもここはどこなんだよ」
周囲を見渡せば、木、木、木。
つまりおっさんたちは知らない森の真っ只中に居るのだ。
「ミニマップを開いても広い範囲は見えないんだよねえ」
「だけどインターフェースがゲームっぽいのは助かるな」
「ジェスチャーでシステムを呼び出せたりとか、こういうところは触り慣れてるからありがたいよね」
「ユグドラシルファンタジーと同じやな。変な世界やでホンマ」
「んーと……ミニマップを見ると森の中に道が通ってるね。北東に向かってるみたいだからそっちの方向に街があるんじゃないかな?」
「どの程度、距離が離れているかが問題だな」
「ミニマップの縮尺が分からないから、どれだけ時間が掛かるか不明だねぇ」
「最悪、野宿する可能性もあるってわけやな」
「そんときゃ俺のアビリティ【クラン】でクランハウスを作れば大丈夫だろ」
「それは有り難いけどメシのこともあるしなぁ。森を抜けられるようにさっさと移動したほうがエエと思うわ」
「賛成」
「よし。んじゃさっさと行動すっか!」
隊列を決めたおっさんたちは、薪にするために道に落ちている枝を拾い集めながら森の中を歩き始める。
一時間ほど歩いたところであぜ道を見つけたおっさんたちは、そこに広がる凄惨な光景に思わず息を飲んだ。
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