異世界に来たオッサンたちはスローライフの夢を見る

K.バッジョ

第1話 オッサンたち、異世界に招待される

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 男は三十歳も半ばになると得るものと失うものが出てくる。

 得るものは失うものよりも少なく、そして不必要なものばかりだ。

 

 得るものは幾ばくかの給与アップとそれに見合わない大きな責任。

 それはどれだけ逃げようとしても周囲が勝手に押しつけてくる厄介なものだ。

 

 一方、失うものどうだろうか。

 失うものも多いが、その中でもっとも重要なものは二つある。


 一つは活力。

 休日に外出しようとする活力が無くなり、休みの日には昼過ぎに起きてメシを食い、適当にネットを見て過ごすことになる。


 外出することが億劫になり、かといって屋内でゲームをしても長時間はできずにすぐに集中力が切れてしまう。


 失うものはもう一つある。

 友人だ。


 気が付けば友人たちは家庭を持つようになり、家族を優先するようになって関係が疎遠になっていく。


 家庭がそんなに大事なのかと自問すれば、そりゃ大事だろうって答えしか出てこないのだから友人を責めることなどできない。


 だからこそ、休日を共に過ごしてくれる友人がいるという事実は『人生の質QOL』を大きくアップさせてくれるのだ。


 共に過ごす友人が居てくれる場合においてのみ、おっさんはゲームを長時間プレイすることが可能になる。


 それは三十半ばの男たちにとってほとんど唯一の癒しだろう。

 幸運な男たちは休日を費やして今日もネトゲに明け暮れていた。


 大型連休の最終日。

 おっさんと呼ばれる年代の男たちが貴重なはずの連休を費やしているのは、ちまたで人気のフルダイブ型VR・MMORPG『ユグドラシルファンタジー』だ。


 特殊なギアを装備して五感全てで堪能できる美麗なグラフィック。

 洗練された使いやすいユーザーインターフェースがゲームへの更なる没入感を高めるプレイ人口三億人を誇る世界的大人気コンテンツだ。


 レベルを上げてスキルポイントを稼ぎ、【アビリティ】や【アーツ】と呼ばれる様々な能力を選択して自キャラを強くしていくという、シンプルながらもやりこみ甲斐のあるゲームシステム。


 モンスターと戦うだけではなく、鍛治や農業、商人などの生産プレイや商人プレイも可能なほどロールプレイの幅が多岐に渡るため、時間を注ぎ込む廃人プレイヤーが続出しているゲームだ。


 中学生時代からの同窓生であるケンジ、リュー、ホーセイの三人は、おっさんと呼ばれる年代に差し掛かった今でもゲームを楽しむ仲間であり、休日は揃ってユグドラシルファンタジーに没入していた。


 今日の相手はユグドラシルファンタジーのラスボスである『デウス・マキナ』。

 本来なら他パーティと同盟を組んで戦うようなレイドボスだが、ケンジたちはノリと勢いで三人パーティでのクリアを目指していた。


「ボスが最後の召喚魔法を使ったよ! 敵MOBミニオンが出てくる!」


「よっしゃー! こいつら全員ぶっ飛ばしてタイマン勝負と行こうぜ!」


「ケンジ、テンション上がりすぎて顔面が反社会的人物にしか見えないよ」


「うっせー! こちとら日常のストレスをゲームで発散してんだ! それに顔がいかついのは生まれつきだっての!」


「このゲーム、犯罪防止のために実際の顔がそのまま反映されとるからなぁ。顔面が厳つすぎて人に避けられまくるケンジには辛いゲームやで」


「ごちゃごちゃ言ってねーで敵MOBにデバフ掛けろよリュー!」


「へいへい。茨の棘ソーン・バインド! 敵MOBを10秒移動不可にしたから【アーツ】でまとめてぶっ飛ばしてや」


「任せろ! 【バーストインパクト】!」


 ケンジが発動した攻撃アーツが、敵MOBの集団を纏めて吹き飛ばした。


「どうよ! 最大強化した【バーストインパクト】の威力は!」


「ちょっとケンジ! まだボス本体が残ってるのにフィニッシュアーツを使ってどうするの!」


「【アーツ】のクールタイムぐらいきっちり把握してるって。心配すんなよ」


「よっしゃ。敵MOBも一掃できたし、ボス本体に集中すんで」


「おうよ!」


「敵MOBを一掃したからケンジにヘイトが行ってるよ! しばらく下がってくれないとヘイト管理できない!」


「分かったよ! リュー、バフのお替わり頼むわ!」


「あいよ! あと少しで撃破やで! 二人ともライフ管理と【アーツ】のクールタイム管理しっかりしときや!」


「わーってるよ!」


「【戦士の雄叫びウォーリアーハウル】! ……よし、僕にヘイトが向いたよ! ケンジお願い!」


「任せろ!」


 戦闘はすでに五時間にも及んでおり、かなりの激戦だ。

 ラスボスと言うだけであってデウス・マキナは強い。


 だがケンジたちもユグドラシルファンタジーの中ではそこそこ名の知れた高レベルパーティーだ。


 レイドボスが相手であろうと少しも引けは取らない。

 表示されているデウス・マキナのライフはミリ状態。


 あと少し踏ん張れば撃破は確実――。


「そろそろ最後の発狂モードが来るぞ! 気をつけろよ!」


「タンクのスペシャルアーツを使うよ! 三十秒間、僕にヘイトを固定する! 僕へのダメージは全部無効になるから、その間に二人でボスのライフを削りきって!」


「分かった! リューも攻撃に回れ!」


「了解や! 回復は捨てるで! 一か八かや!」


「てめえのライフを削りきるのが先か、こっちのライフがゼロになるのが先か。勝負だデウス・マキナ!」


 おっさんたちの声に珍しく覇気が宿る。

 現実で生活しているときは正反対だ。


 おっさんたちの心の中は今、ワクワクとドキドキで満ちている。


 友人たちと一つの目標に向かって夢中になる――その楽しさを噛み締めながら、おっさんたちは現実を忘れてゲームの世界に熱中する。


 やがてケンジの渾身の一撃がヒットするとボス部屋に断末魔が鳴り響いた。


「よっしゃー!」


死亡数ゼロノーデスでラスボス撃破できたー! 三人パーティでノーデスクリアって僕たち結構すごくないっ!?」


「ソロでデウス・マキナを討伐したクリア動画がネットにアップされてたで」


「あー、俺もその動画、見たことがあるな。立ち回りとか参考にしたし」


「えー……なにそれ。テンション下がること言わないでよー」


「まぁ良いじゃねーか! こういうのは自己満足を楽しむもんだ!」


「それもそっか」


 ラスボス撃破のファンファーレが鳴り終わるとゲームクリア演出が始まった。

 空中に流れるスタッフロールとBGMを楽しみながら、三人のおっさんたちはその場に腰を下ろした。


「それにしても三人でレイド戦に挑むのは精神的に疲れるな」


「普通は十二人、三パーティーで挑む難易度やからなぁ」


「三人だとDPSが全然出ないもんね。それに回復ルーチンも組みづらいから立ち回りを完璧にして被弾を減らさなくちゃいけないし。精神がすり減っちゃったよ」


「うはっ、ステータスボードの時計見てみぃ。深夜の三時になっとるわ」


「二十二時前にボス部屋に突入したからざっくり五時間ってところか? おっさんたちが精神的に疲れるのも当然だな」


「おっさんになると長時間集中してゲームができなくなるもんね。でもやり遂げたって満足感があるなぁ!」


「久しぶりに面白いチャレンジやったわー。攻略準備のために貴重な連休、ぜーんぶ使ってもーたけど」


「はー、明日からまた仕事か。……仕事辞めてー!」


「ううっ、いきなり現実に引き戻さないでよ。僕だって辞められるならさっさと辞めたいよ、あんな会社」


「ホーセイが荒ぶっとる」


「ま、ホーセイが勤める会社は内情を聞く限りブラックofオブブラックだからな」


「あー、会社行きたくない……ずっとユグドラシルファンタジーしていたいよー」


「それな」


「動画サイトでゲーム実況とかして生活できりゃエエんやけどなぁ」


「無理無理。配信しながらリスナーを楽しませるなんてこと、俺らみたいなおっさんができるワケねーよ。ああいうのはセンスのある若者がやるもんだ」


「せやなぁ」


「あ、そろそろエンドロールが終わるみたい。エンドロールが終わった後はリスポーン地点に戻るんだっけ?」


「クリア報酬で最大レベルのキャップ開放といくつかのシステムがアンロックされるはずやで。クリアアイテムはインベントリに入ってるはずやけど」


「ま、それは次の休みのときにでも確認するか。とりあえずリスポーン地点に戻ったら俺は落ちるログアウトわ」


「僕も」


「オレもそうするわ。さすがに眠い……ふぁぁぁぁ~――あんっ?」


 リューが欠伸あくびをするのとほぼ同時に、ボス部屋にポーンと乾いた音が鳴り響いた。

 システムメッセージが表示されるときの効果音だ。


「なんや? システムメッセージが出てきたわ」


「ええと……『新たな世界に挑戦しますか?』だって」


「なんだそれ」


「隠しイベントでも発生したんかいな?」


「でも攻略wikiにはそんな情報、載ってなかったような?」


「もしかしてランダムで発生するイベントなんじゃね?」


「ボス撃破後にランダムでイベント発生なんて嫌がらせ設定するゲームプランナーは全員死んだらええねん」


「リューは同業者に厳しいね」


「ゲーム屋はプレイヤーを楽しませてナンボや。

 簡単にクリアされると悔しいからってバランス無視の難易度設定にしたり、ランダムイベントを発生させるために何度もリトライさせてプレイヤーの時間を無駄にするような、


 そんなストレスフルなイベントを設定するプランナーはクソoftheクソ野郎か、ストレスを解消することが面白さの本質とか古臭いこと考えとる自称エリートクリエイター様(笑)や」


「ま、出てるもんは良いじゃねーか。おまえらどうする?」


「明日もあるし、早く寝ないとって気持ちはあるんだけどねぇ」


「ここでやめるのはツマランやろ」


「だな! 明日はみんな揃って体調不良になろうぜ!」


「月曜日に体調不良で休むって、同僚に一番嫌われる休み方だよ?」


「しかも連休後の月曜日やもんなー。絶対、同僚からひんしゅく買うわ」


「じゃあおまえらはここでやめるってのか? 折角、wikiにも載ってないレアなランダムイベントを発生させたって言うのによぉ」


「そんなの行くに決まってるよ! あんなクソ会社の同僚がどう思おうと僕には関係ないからね!」


「ホーセイが荒ぶってやがる」


「ほな決まりやな! どんなイベントを用意してんのか、じっくり見定めたるわ」


「んじゃ新しい世界とやらに行くぜ!」


「いつでもええで!」


「うん!」


 仲間たちの準備が整ったことを確認したケンジは、ウィンドウに表示されている『はい』ボタンを押した――。




「良く来てくれたねおじさんたちー!


 ここは私が創った世界なんだけど、次の段階に進むためには異世界から誰か連れてこないといけなかったの。


 これで実績解除もできたしおじさんたちの役目はもう終わったからあとはこの世界で好きに生きてね♪


 それとちょっとしたお礼もしておいたから、難易度ベリーハードな世界だけど頑張って。それじゃーね♪ チュッ♪ 創世の女神アイコニアより」



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