第4話 オッサンたち、美少女と出会う

「なにやってんだコラァ!」


 ケンジが雄叫びを上げながら狼に向けて突進した。


 地面に倒れた少女に飛びかかろうとしていた狼が乱入者の存在に気付き、唸り声をあげながら飛び退すさった。


「おい、お嬢ちゃん、大丈夫か!」


「……は、はい!」


「動けるなら後ろに下がれ! あの狼は俺たちが何とかする!」


「……(コクッ!)」


 みすぼらしい服に身を包んだ少女は地面を這うように後ろに下がった。

 入れ替わりにリューとホーセイが前に出てケンジの横に並ぶ。


「ホーセイは前衛、リューは周囲の警戒とお嬢ちゃんの護衛を頼む!」


「了解!」


「背中は任せとき!」


「うっし。良くわからん異世界での初戦闘だ! 剣道柔道合気道合計六段の武闘派おっさんを舐めんなよ犬っコロぉ!」


 丹田に力を籠めてケンジは雄叫びをあげる。

 その声に反応したのかケンジ自身と仲間たちに白いオーラが立ち上った。


「身体の底から力が湧いてくる……! これがケンジのユニークアビリティ【指揮】のバフってことかな?」


「よく分からんが効果があるならそれでヨシ!」


「牽制役は僕がするから攻撃はケンジに任せるよ!」


「つまりいつも通りってワケだな!」


 唸り声を上げる狼の口元で鋭い牙が光る。

 その牙を注視しながら盾を構えたホーセイが狼との距離をジリジリと詰める。


 すると狼は地面を蹴って飛びかかってきた。

 鋭い牙がホーセイの身体を食い千切ろうと襲いかかる。


「来た!」


 放たれた矢のような勢いで飛びかかってきた狼に反応し、ホーセイは構えた盾を狼の顔面に叩きつけた。


 ドンッと鈍い音と響きが盾を通してホーセイの腕に伝わってくる。


「ケンジ、スイッチ!」


「任せろ! スラーーーーーッシュ!」


 ホーセイの声に反応して前に飛び出したケンジが、体勢を崩している狼に手持ちの剣で切りかかった。


 その瞬間、剣が淡く光ると同時に剣先から衝撃波のようなものが発生し、狼の体躯を深く切り裂いた。


「な、なんだぁ!? 本当に剣からなんか出たぞっ!?」


「それってもしかして【アーツ】じゃない!?」


「【アーツ】ってことは、もしかしてマジで【スラッシュ】が発動したのかっ!?」


 【アーツ】。

 それはユグドラシルファンタジーで戦闘中に繰り出す強力な攻撃技の総称だ。


 【スラッシュ】は剣を装備していれば誰でも使用できる初期剣技の一つで、剣先が敵の体に当たっていなくても衝撃波でダメージを与えることができる。


 フルダイブ型MMORPGをプレイした時に初めて剣を握った初心者でも簡単に扱える、汎用性の高いアーツだ。


 初期スキルと言ってもスキルポイントを割り振って強化すれば大ダメージを与えられる威力になるため、剣装備の職業に就いたプレイヤーたちに愛用されていた。


「ケンジ! 今のアーツ、どうやって使ったの?」


「ユグドラシルファンタジーのときと同じように叫びながら剣を振っただけだぞ」


「叫んだらオートで使用されたってこと?」


「分からん。当たれと念じてはいたけどよ」


「なら念じれば発動するってことかな? ちょっとやってみるからケンジは牽制をお願い!」


「おう、任せろ!」


 ホーセイとスイッチ(前衛と後衛を入れ替え、交互に攻撃を続行すること)して前に躍り出たケンジが剣を構えて狼を威嚇する。


 その後ろでホーセイは盾を構えてイメージを浮かべることに集中していた。


「念じる……こうかな? うーん、ダメだ。発動しない」


「ホーセイ! ユグドラシルファンタジーの基本インターフェイスはジェスチャーと音声認識や。ケンジみたいにアーツ名を発音すりゃいけるんちゃうか!」


「あ、そっか。じゃあ、えっと……【ハードスキン】!」


 ホーセイがタンク職の初期アーツ【ハードスキン】の名称を口に出した瞬間、全身を包み込むように白いエフェクトが発生し――次の瞬間、霧散した。


「これで発動したのかな?」


「んー……おう、いけてるみたいやで。オレの【分析】で確認したらちゃんと防御力がアップしとるで」


「ありがとう、リュー! ケンジ、前衛交代するよ!」


「おう、頼むわ!」


 ホーセイの声を聞いてケンジが後ろに下がった。

 それと入れ替わるように前に出たホーセイに狼が飛びかかる。


 ホーセイは慌てず騒がずに盾を構え、狼の攻撃にタイミングを合わせて一歩前に踏み出した。


 狼の牙が盾と接触した途端、空気が震えるような激しい衝撃音が発生し、狼が後方に吹っ飛んだ。


「ノックバックさせた! ケンジ、フィニッシュお願い!」


「任せろ!」


 地面に叩きつけられて体勢を崩した狼に向かって、ケンジは大きく振り上げた剣に力を籠めて振り下ろした。


「ギャンッ!」


 剣は体勢を崩して無防備に晒された腹部に深々と切り裂き――狼は断末魔の声を漏らして事切れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……や、やったか」


「大丈夫や。狼の生命力HPはゼロになっとるわ」


「そうか。はー……疲れたぁ!」


 リューの報告を受けてケンジは脱力したように地面に腰を下ろした。


「野性のけもの相手とは言え、いきなりの実戦はさすがに緊張したね」


「だな。だけどまあ……なんとか身体が動いてくれたよ」


「頑張ったね、おじさんなのに」


「うるせー。つかホーセイもちゃんと動けていたな」


「うん。フルダイブ型のVRMMOをプレイしていたお陰かな?

 ゲームと同じように身体が思い通りに動いてくれた気がするよ」


「おっさんになると思った通りに身体が動いてくれなくなるからな。

 現実世界より動けるようになってるのは有り難い話だ」


「何か補正されてるのかアイコちゃんのお陰なのか。

 それは分からないけど……とにかくお疲れ様だよ、ケンジ」


「ホーセイこそ。おまえはやっぱり最高のタンクだよ」

「ふふっ、ありがとう」


 互いに健闘をたたえ合った二人は剣を鞘に収めてリューの下に向かった。


 そこには一人の少女が地面にへたり込んでいた。


 あちこちすり切れた粗末な服に身を包んだ少女の裸足の足はあちこち傷がつき、血を流している。


 傷ついた少女は怯えるような目でケンジたちを見上げていた。

 その側にしゃがんだケンジは少女と目線を合わせて問い掛ける。


「お嬢ちゃん、大丈夫だったか?」


「は、はい……あの……助けて、くれたのですか?」


「ん? そりゃ襲われてた人が居たんだから助けるのは当たり前だろ」


「……あの、私、奴隷、です。だから人ではありません……」


「どういうことだ?」


 少女の言葉が今いちピンと来ず、ケンジは首を傾げた。


「いわゆる奴隷制度ってのがこの世界にはあるっちゅーことやろ」


「ウェブ小説では良くある設定だよね」


「んで、このお嬢ちゃんは奴隷で人扱いされてないってことやろな」


「は? 意味分からんわ。奴隷だろうとなんだろうと人は人だろうが!」


「せやな。この世界の奴らがどんな風に思っとるかは知らんが、そんなしょーもない常識に従う必要あらへん。オレらはオレら。それでええと思うで」


「おう。つまり奴隷とかどうとか俺らは知ったこっちゃねえってことだ。分かったかお嬢ちゃん」


「え、っと……」


「お嬢ちゃんは人間だ。で、狼に襲われている人を見かけたら、助けるのは人として当然。そういうことだ」


 言いながら、ケンジは少女に手を差し伸べた。


「お嬢ちゃん、怪我はないか?」


「は、はい! 大丈夫、です……!」


 少女は差し伸べられたケンジの手を顔を交互に見交わすと、やがて恐る恐るその手を取って立ち上がった。


「俺の名前はケンジ。こっちのでかいのがホーセイで、こっちの眼鏡がリューだ。お嬢ちゃんの名前を聞いても良いか?」


「私、は……」


 ケンジの問い掛けに逡巡を示した少女は、だが意を決したように顔をあげて自らの名を口にした。


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