第38話 パーフェクト



《砂月紫陽花―視点》


 震えた私の手を有間さんが掴んだ。

 彼と目が合う。


「さっき盛り上がってたのって、こう言うことか……紫陽花、無理しなくていいからな」

「……有間さんは私の歌、聞きたいですか?」

「そりゃ聞きたいけど……」


 私は有間さんが喜んでくれると思ったから歌おうって決心したんだ。ここにいる人達にどう見られるかなんてどうでもいい。有間さんにだけ聞いてもらえればそれでいい。


 そう思ったらやる気が出てきた。緊張が集中力へ変わっていく。


「大丈夫ですよ。歌ってきますね♪」


 私は笑顔で答えた。


 ステージに上がりるとスポットライトが眩しくて目を細める。


「マイク、これ使ってください」

「は、はい……」


 広野台さんからマイクを受け取った。


 大丈夫……。これでも私はカラオケが得意なんだ。いつも99点台だし3連続100点満点パーフェクトを出したこともある。友達にだっていつも凄いって褒められていた。


 だから自信を持って精一杯歌おう。

 私の全力の歌、有間さんに聞いてもらおう。


 バンドメンバーが私を見て頷き、ピアノの伴奏が始まった。


 全開で集中しきった私は口の中で呟く。「――絶唱」


 そして歌が始まる。


「Fly Me to the Moon ♪ ~~ ♪ ~~ 」


 サックス広野台(こ、この子、プロなのか?完璧な音程、リズム、鈴音のように澄んだ美しい歌声……いや、初めて合わせてここまで完璧に歌えるヤツなんてプロにもいないぞ?。……そうか、この浮世離れした妖精のような美しい容姿、たぶんこの子は歌に特化したアイドル、芸能人、歌手そんなところだろう。素人だと思って舐めていた……。

 ふっ、凄いな有間の彼女は)


ドラム玄海(くははははっ、コイツはすげーぜ!今まで聞いた誰よりも痺れる歌声だ。全力出さなきゃついていけねー!ハートが熱い!

 マジでやべーな有間の彼女!)


コンバス姫野(僕の低音で君の歌声を包み込もうと思っていたのに、なんてスケールの大きさなの?こんなの包み込めないよ。

 かっこいい、かっこよすぎだよ。有間君の彼女!)


ピアノ薄木(遅刻して状況掴めず、言われた通り弾いてるけど……アニメのアレンジ無し。つかこの子なんなん?マッチの女だよな?上手すぎだろ?ちょっと意地悪してアレンジ入れちゃうか。これでどう?プロでも戸惑う筈だけどって……うそ、だろ?完璧に合わせてきたぞ、んなバカな?

 まっちの彼女、こりゃ10年に一人レベルの天才だわ……)




《有間愁斗―視点》



 紫陽花……凄いッ!!!

 ドキドキが止まらないよ……。



 曲が終わって大歓声が上がった。


「だああああああ!すっげー!最高だぜ!有間さんの彼女様」

「よかったぞー!有間の彼女ぉー」

「うっとりしたわ~♡有間ちゃんの彼女ちゃん最高ね♡」

「ブラボー!ブラボー!」

「こんな素晴らしい歌を聞けるなんて今日はツイてる!」



「ありがとうございましたっ!」


 紫陽花は壇上で頭を下げた。

 マイクを広野台に返すと足早に俺の席に戻ってくる。


「はぁー、お水……ゴクリ。凄く緊張しました……ど、どう、でしたか?」

「凄く良かった。かっこ良かった!」

「えへへへへ、それなら良かったです」


 壇上で広野台が喋る。


「第一部はこれで終わりです。一時間後に第二部を予定しています。ありがとうございました」


 彼の挨拶が終わると俺の席に全員が集まってきた。

 皆こぞって紫陽花を褒める。

 そりゃそうだよな……。俺もここまで上手いとは思っていなかったから驚いた。


 第二部を聞きに来た客が入ってきても皆、紫陽花の周りで大騒ぎして結局店を出たのは第二部が始まる直前になった。





 俺達は駅に向かって歩きながら手を繋ぐ。


「ははは、自分達はかませ犬だって言ってたな。美味しいところ全部紫陽花が攫ったもな」

「広野台さんが言ってましたね。ふふふ。……もう皆さん褒め過ぎですよ」


 紫陽花はずっと褒められていたからな。俺も鼻が高かったよ。


「でも……紫陽花の歌、本当に良かったよ。惚れ直した」

「今度カラオケ行きましょう」

「ああ、そうだな」






 22:30――、俺達は紫陽花の家に帰宅。


 この日俺は初めて彼女の家のお風呂を借りた。


 お互いに寝支度を終えるともう0時。

 同じベットに並んで横になる。


「今日はたくさん歩いたから疲れました」

「そうだね。もう寝ようか……」


「……抱っこ」


 そう言って紫陽花は背中を向ける。

 俺は後ろから彼女を抱き締めた。


 この態勢が好きなようで、昨日も寝る直前はずっと後ろ抱っこをやっていた。

 彼女の小さな体がすっぽり俺に包まれている。


 今日はお疲れだろうから胸を揉むのはやめておこう。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る