第27話 今日から一緒に寝る



「あーん」


 スプーンで白濁お粥を小さな口に流し込むと、彼女は転がすように「くちゃ…くちゃ…」と咀嚼する。俺はその様子を観察する。暫し見ているとゴクリと飲み込み、「あー」と小さな口を開た。舌を出し中に残っていないことを証明する。

 可愛いらしい舌と歯の間に透明な糸が張り、ホカホカと白い湯気交じりの吐息が出ているが、ドロドロ白濁お粥は残っていないようだ。


「ゆっくりでいいからね」


「うん」


 俺は次のお粥を口へ運ぶ。


 最初は恥ずかしがっていた彼女も、俺がスプーンを手放さないと分かると、諦めたのか素直に「あーん」してくれるようになった。お粥は小さなお椀一杯で、それでも食べ終わるまで通常の食事より時間がかかった。

 紫陽花は見た目は元気そうだが、かなり弱っていたと思う。





 食事を終えて、アニメの一話を見ている途中、彼女は俺に寄り掛かったまま眠ってしまった。

 俺はテレビの音量を下げて、自分が座る位置を横にずらし彼女を横にした。胡坐の片太ももに頭を乗せる。


 眠くないって言ってたけど……、お腹膨れたからな。


 俺は紫陽花の頭をそっと撫でる。


 今日の髪型はストレートで、服装はTシャツに部屋着用っぽい薄生地のショートパンツ。スリムで形の良い生足を露出している。


 俺だけアニメの続きを見て大丈夫だろうか……止めた方がいいのかな?

 うーん、紫陽花は一度見てるし、いつでも見れるから大丈夫か。あとで「一緒に見たかったのに」って怒られたら、もう一度見よう。





 アニメは面白くて夢中になって見ていると2時間くらい経っていた。最初、妹が鬼になったから大丈夫かなぁと思ったが竹を咥えてお兄ちゃんと仲良くやってるから問題ないっぽい。


 問題なのは俺の足で、ずっと紫陽花の頭が乗っていて、最初の1時間でかなり痺れ、2時間経つ頃には感覚がなくなっていた。靴下を脱ぐと足が紫色になっている。しかも、胡坐の状態から体勢を変えていないからそろそろ限界だ……。

 がしかし、こんなに気持ち良さそうに眠っているこの子を起こすわけにはいかない。ベットの枕が手の届く位置にあれば、枕を取って載せ替えたんだけど……。そんなことを考えていると。


 コンコン


 ドアのノックが鳴り、続けて扉が開く。


「紫陽花、お母さん買い物行ってくるね。あれ?寝ちゃったんですか?」

「あ、はい」

「この子ったらベットで寝ればいいのに、紫陽花っ!紫陽花っ!ベットで寝なさいよ」


 お母さんが声を掛けると紫陽花は俺の太ももの上で目を開く。上から覗き込んでいたから俺と目が合った。


「有間さん……」


「起きたみたいね。お母さん買い物行ってくるから、ベットで寝なさいね」


 お母さんはドアを閉めて出掛けていった。

 まだ寝ぼけていて、横になったままの紫陽花の頭を優しく撫でる。


「私、どれくらい寝てましたか?」

「2時間くらいかな」

「最近眠れなくて……」

「いつも何時間くらい寝てるの?」

「今週は朝方まで起きてたので……、4時間くらいです」

「全然寝てないじゃん」

「なんか……寝れないし、眠ってもすぐに起きちゃうんです」

「なんで寝れないの?」


 そう聞くと紫陽花は仰向けからうつ伏せに寝返りして俺の太腿の付け根に顔を押し付ける。


「……寂しいからです」


 もしかしたら食欲がないのも、同じ理由かもしれない。


「じゃぁさ、今日から一緒に寝る?」


「え?」


 安易だが、彼女が寂しくならない為には、一緒にいれば大丈夫だろうと思った。


「えっと、うちに来てもらってもいいし、紫陽花とお母さんと大輔さんが良ければだけど……」


 紫陽花は起き上がって。


「お父さんはいないから言わなければ大丈夫です。お姉ちゃんもお父さんに内緒で同棲してたし」


 大輔さんは転勤で来年の4月まで九州にいるらしい。


「そうなの?」


 親には納得してもらった方がいいと思うけど、この辺は俺がとやかく言うことじゃないからお母さん判断かな。


「この前、報告があるって言ってたの覚えてますか?」

「うん。なんだったの?」

「えっと、一つは合鍵が見付かったって報告と……、仙台旅行のことで、お母さん、賛成してくれたんですけど、一度有間さんと話したいって言ってて……」

「ああ、なるほど、せっかくお邪魔してるし、後で話してみようか?」

「うん……、その時にお泊りしていいか聞いてみます。……私も有間さんの家に泊まりたい」





 アニメを止めてお泊まりについて色々と話しているとお母さんが帰ってきた。


 俺達はリビングで話しをすることになった。


 三人でリビングのソファーに座る。先ずお母さんが口を開いた。


「許可する前に有間さんのことを知りたかったの。少し質問してもいいかしら?」


 それから暫く、俺は色々なことを聞かれた。実家のことや学生時代、仕事のこと、ギャンブルはやるのかとか酒はどれくらい飲むのかとか。

 因みにギャンブルは全くやらない。


「有間さん趣味はあるの?」

「有間さんの趣味は釣りとスノボーとラジコン制作だよ!」

「何でしおが答えるのよ」


 お母さんの質問に、何故か紫陽花が結構な割合で答えてくれていた。


「ラジコンは会社で先輩が作っているのを手伝っているだけです。スノーボードは実家の近くにスキー場がありまして、シーズンになるとバイトしていたので、自然とできるようになりました」

「そうなのね。釣りは……」

「釣りは近所の野池とか堤防でルアー釣りというのをやっていまして」

「そう言うことではありません」

「え?」


「有間さんは釣った魚に、餌をあげないタイプですか?」

「ど、どうなんですか?有間さん!?」

 何故か紫陽花もこの質問に追従する。


「お母さん、釣った魚は食べるものですよ」

「まぁ」

 俺の答えにお母さんは口元を手で覆い、紫陽花は頬を染める。


「しかし、釣った魚を飼おうとするなら、釣るより大変で、餌だけではダメなんです。その魚の知識は勿論!最適な環境作り、水槽や濾過槽、水替え等、手間暇を掛けて一生付き合う積りで責任を持って接しなければいけません」


「ふふふ、気に入ったわ。いいでしょう。旅行の件は認めます。でも有間さんの家にお泊りするのはダメです」

「なんでよ!別にいいでしょ!?お姉ちゃんだって学生の頃、彼氏の家に泊まってたじゃん」


 これには紫陽花も猛抗議。


「あの時も反対しました。とにかく学生なんだから半同棲はダメです。それにまだ体調悪いでしょ?もし具合悪くなっらと思うと心配よ」

「有間さんが面倒見てくれるから大丈夫だもん!」

「そこは俺が全力でサポートします」

 俺も紫陽花に加勢する。


「……しょうがないわね。なら、有間さんがうちに泊まるのは許可します」


 まぁそれでもいいか。優しそうなお母さんだしな。





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