第26話 メスの匂いがする
《有間愁斗―視点》
『あっ、もしもし、砂月紫陽花の母です(勝手に電話出ないで、スマホ返してよ!)』
電話を掛けるとお母さんが出た。後ろで紫陽花の声が聞こえる。
「紫陽花さんとお付き合いをさせてもらっております有間愁斗です。あの、紫陽花さん大丈夫なのでしょうか?」
『貧血で倒れたみたいです。でもバイト休んで自分で帰って来たので大丈夫そうですけど……、話聞いたら3日間何も食べてないって言うもんだから(言わなくていいよ!)』
3日間ってことは日曜から何も食べてないっことか?何でだよ?ダイエットじゃなよな?痩せてるし。
やっぱり、麻莉ちゃんの件で精神的に不安定になっていたのだろうか?
「すみません、良かったらこれからお伺いしても宜しいでしょうか?」
『これからですか?うちは構わないけど、お仕事されてるんでしょ?』
「会社は早退します」
『紫陽花、元気だから大丈夫ですよ。お仕事に影響出たら大変ですし……』
「いえ……会社はクビになってもまた探せますが、紫陽花さんは一人しかいないので……お伺いさせてください」
『……わかりました。ふふふ。お待ちしてますね』
で、お母さん、通話を切り忘れて……、向こうの声が聞こえる。
(彼氏さんこれから来るって)
(え?仕事でしょ?)
(早退するってさ。仕事無くしてもまた探せるけど、紫陽花は一人だからって言ってたよ)
めっちゃバラされるぅー!恥ずかしい。
(と、とにかく、人のスマホ勝手に取らないで。返して)
(だって心配だから)
(だからって勝手にLINEすることないでしょ!)
(あんた日曜から様子おかしかったから彼氏と何かあったんでしょ?お昼ご飯、カレー作るって張り切ってたもんね。だから彼氏に聞いたんじゃない)
(何もないよ!絶対変な子だって思われた)
(優しそうな人だったから大丈夫でしょ)
紫陽花ってお母さんには辛辣だな。俺にも同じ感じでいいのに……。
このまま聞いていたい気もするが、それも気不味いので俺はそっと通話を切った。
それからあの手この手で会社を早退して、20分後にマンションに到着。急いでいたから下は作業着で上は着替え用のシャツ。車も近くのパーキングに停めた。
「いらっしゃい、どうぞ」
玄関でお母さんが迎えてくれた。部屋番号は以前聞いていて知っていた。
「お邪魔します」
「ちょっと!まだ上げないでよ!」
玄関に入ってすぐ、リビングから怒鳴り声が聞こえる。
「もう来ちゃったんだから無理だよ」
お母さんはリビングに向かってそう言ってから俺に向き直って。
「どうぞ、上がってください。紫陽花、部屋にいるから」
「だからー!あ、こんにちは……」
玄関から見て一番奥にあるリビングから女性が出てきた。紫陽花に似て美人だが、気の強そうな顔。服装はキャミソールにジャージで部屋着然。こちらに向かって歩き、俺に軽く会釈して玄関横の部屋へ入っていった。
「左がお姉ちゃんで、右が紫陽花の部屋なんです。……しお、入って大丈夫?」
「うん」
「失礼すます!」
紫陽花の部屋に入ると彼女はベットに座っていた。
「じゃぁお母さんお粥作ってるから」
「うん」
メスの匂いがする。片付いた部屋、使い込まれた勉強机にはアニメのフィギュアが飾られている。
俺は初めて女の子の、しかも好きな子の部屋に入り感動していたが、それどころではなかった。
「ごめん、突然来ちゃって」
大丈夫か?と聞こうとしてやめた。あれから3日間しか経っていないのに顔は
「連絡……」
「連絡?」
「何でLINEしてくれないんですか?」
「それは……」
正直に話そう。この状況で嘘は逆に良くない。
「日曜の件で、俺が悪いのに小まめに連絡したらウザがられるかと思って……、紫陽花からLINE来なくて気になってはいたんだけど、土曜に会う約束してたから深く考えないようにした」
「有間さん……冷たいよ」
「すまない、俺が悪かった。もっと気に掛けいれば早く気付けたのに」
「貧血でちょっと倒れただけで、もう大丈夫です。仕事に戻ってください」
ヤバい、俺にも辛辣だった!
がしかし、ここで「じゃ帰るわ」って帰ったら取り返しがつかない事になるのは、このひりついた空気を読めば明らかだ。
俺はちゃぶ台の前に正座した。
「いや、今日は一緒にいる。俺が一緒にいたいから……ダメか?」
「別に……いいですけど……、何するんですか?」
「寝るなら、俺もここでのんびりしてるけど……」
「眠くないです」
「じゃぁアニメでも見る?俺、アニメあまり見ないから何かオススメがあれば見てみたいな」
紫陽花の部屋には32インチくらいのテレビがあった。
「いいですけど、男の人が好きなのってわからない」
「一緒にスマホ見て探す?」
「……いいですよ」
少しためらいながらも紫陽花は俺の隣に座ってくれた。
それから暫く、二人並んでスマホを見た。
お母さんがネトフリとDアニに契約していて古いアニメもかなり見れるようだ。
「これは魔法少女が魔女と戦うんですけど、黒髪の子が時間をループしてて、何度も死ぬんですよ」
「絵が可愛いのにエグいんだね」
「うーんと、こっちは頭に付けた装置でバーチャル世界にダイブして、そこから出られなくなって……、しかもバーチャル世界で死ぬと現実でも死んじゃうですよね!バトルが格好良くて、ヒロインも可愛いです」
「バトル物好きかも」
「バトル物で最近のだと、えっと、これ、鬼と戦うやつなんですけど、呼吸で強くなって、キャラが凄くよくて……」
「これ有名だよね!見たことないけど」
「じゃあ、見てみます?」
「うん、見てみたい」
「でも、一期全部で9時間くらいかかるかな……」
「えっ?そんなに長いの?」
「まぁ、2クールですからね」
「途中までしか見れなかったら、また今度見に来るよ。紫陽花が良かったらそれ見よ」
「わかりました。私ももう一回見たかったので……」
そんな話をしているとお母さんがお粥と味噌汁を持ってきた。
「あらぁ、二人並んで肩くっ付けちゃって……ふふふ」
「いいでしょ、別に」
「まぁいいけどね、お粥置いとくよ。有間さん、あーんって食べさせてあげてくださいね」
「御意」
「自分で食べれる!」
お母さんが出ていって。
「先に食べちゃおうか?」
「うん……でも食欲ないです」
3日も食べないと胃腸が変化して逆に食欲がなくなるのかもしれない。でも、このままってわけにはいかない。絶対に食べさせないと。
「借りるね」
俺はスプーンで熱いお粥をすくい「ふー、ふー」と息を吹きかけて冷ます。よく冷ましてから。
「あーん」
「は、恥ずかしい……。はむ」
紫陽花は恥ずかしがりながらも一口食べてくれた。
「この前行った、洋食屋を思い出します」
「ああ、公園でファーストキスしたときに行った……」
「…………お粥、美味しいです」
紫陽花はそう言うと隣に座る俺に寄り掛かり、頭を俺の肩に乗せた。
「全部食べるまで、俺が食べさせるからな」
「うぅぅ、自分で食べれますよぉー」
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