第25話 3日間



《砂月紫陽花―視点》


 日曜日の夜――。


 バイト中ずっと有間さんのことを考えていた。


 今日は少し泣いてしまったけど、有間さんの気持ちがわかって嬉しかったし、たくさん優しくしてもらった。そのお陰で後半は明るく振る舞えた。


 私は怒ってもあまり根に持たないタイプだ。どんなに嫌なことでも一晩寝ると忘れる。

 今回の件はボイレコを聞いて事情は理解したから、もう二人に対して怒っていない。麻莉ちゃんに鍵を隠されたことだって、もうどうでもいいと思っている。


 だから誰にも怒ってい。


 怒っていないけど……。

 麻莉ちゃんが有間さんの家にお泊りしたことや裸で寝ていたことを考えると悲しくなる。私だってまだお泊りしたことないし、有間さんのベットに横になったこともない。

 それに有間さんが酔って辛い時に麻莉ちゃんが介抱したと思うと……。よくわからないけど涙が出そうになる。


 私は誰も恨んでないし嫌いになってもいない。誰も憎くない。


 でも……凄く辛い。



 バイトが終わり店を出てスマホを見ると有間さんからLINEが来ている。


有間【バイト終わったかな?お疲れ様。今日はごめんね。これからは気を付けます。あと、カレー凄く美味かった!

そうそう、昨日言ってた報告聞いてないけど、どんな内容?】


 今日は色々なことがあり過ぎて言うの忘れた。私は返信を打とうとして、少しためらった……。


しお【バイト終わりました。カレー普通ですよ。良かったらまた作りますね。報告は次に会った時に】

有間【じゃぁ次会うの楽しみにしてるね】


 メッセを送るとすぐに返事が来た。

 有間さん明日仕事だからもう寝るのかな?

 麻莉ちゃんが寝たベットに横になってるんだよね……。


 いつもなら有間さんを寝かさい勢いで返信を打つのに……。

 私は返信を打とうとして、止めた。



 23:10、帰宅すると玄関でお母さんが。


「おかえりー。冷蔵庫にヨーグルトとリンゴあるからね~」

「はーい」


 バイトの日はだいたいこの時間に帰宅する。

 夜ご飯は食べる気が起きなくて、いつも果物かヨーグルト、サラダ、たまに納豆とか、ゆで卵1個だけって日もある。


 今日は食欲ないから食べなくていいや……。



 月曜日――。


 お昼前に起きた。


 昨日寝る前にボイレコの続きを聞いた。

 朝まで何も会話はなくて麻莉ちゃんの変な独り言と、朝有間さんがお風呂に入る音しかなかった。


 私はまた有間さんと麻莉ちゃんのことを考えて泣きそうになってしまった。




 今週は月曜から金曜までバイトが入っている。時間は14:00から23:00まで。有間さんと突然付き合えることになったけど、元々夏休みは予定なかったからシフトをたくさん入れていた。がっつり稼いでキラキラお洒落女子なる予定だった。

 8月はシフト少なくしよ。平日も有間さんに会いたいな……。


 起きてから食欲がわかなくて、結局何も食べずバイトへ行った。



 バイト帰り、スマホを開く。


 有間さんからメッセはない。そう言えば、いつも私からメッセを送っていた。バイトで面白いことがあったり、友達と話したことをメッセで送って、有間さんから返信が来るのを待って……、返事が来ると凄く嬉しかった。

 いつも朝、昼、晩とうざいくらいメッセ送ってたけど、今日はまだ一度も送ってない。


 私はメッセを打とうとして……止めた。


 家に帰っても食欲がなくて野菜ジュースだけ飲んだ。


 寝る時にまたボイレコを聞く。

 有間さんは会社の人と楽しそうに話している。

 彼は自分の話を殆どしない。会社の話なんて聞いたことなかった。だから私が知らない有間さんを知れるのは嬉しかった。……でもその楽しそうな会話に麻莉ちゃんの声が混じる。

 私は有間さんの会社の人と会ったことないのに、麻莉ちゃんは友達ように仲良く話して大声で笑っている。


 しょうがないことだったんだ。もう怒ってない。誰も悪くない。誰も憎くない。


 でも……私の目からポロポロと涙が零れる。


 結局この日、私は有間さんにメッセを送らなかった。有間さんからもメッセは来なかった。





 火曜日――。


 またお昼に起きた。起きて直ぐにスマホを見たけど有間さんからメッセは来ていなかった。


 リビングに行って冷蔵庫を開ける。お母さんが朝作ったチャーハンが入ってたけど、食べる気が起きなかった。日曜日のお昼に有間さんとカレーを食べて……、それから丸2日何も食べていない。


 一緒にカレー作るの楽しかったな……。有間さんがじゃが芋とか人参の皮を剥いてくれて、私が「野菜は小さく切った方が好きですか?」って聞いたら、「紫陽花が切った野菜なら何でも美味しいよ」って適当に答えてた。自分の好み言えばいいのに。


 冷蔵庫のチャーハンを見てると、ボイレコで有間さんが嘔吐した瞬間のを思す。何でそんなシーンを思い出すのかは自分でもわからない。ゲロを掛けられたのが私だったら?でも、それも楽しい思い出になりそう。


 結局チャーハンを食べる気にならなくて、私はオレンジジュースを飲んでバイトに行った。



 バイトが終わってスマホを見る。

 やっぱり有間さんからメッセはなかった。何で連絡くれないの?放置プレイ?

 違う。有間さんは自分の話をするのが苦手で人の話を聞くのが好きなんだ。


 有間さんにメッセ送らなきゃ……、でも気力がわかない。


 家に帰ると玄関でお母さんが。


「おかえり。あんた顔色悪くない?」

「バイトで疲れてるだけ」

「チャーハン残したみたいだけど、ちゃんとご飯食べてるの?」

「適当に食べてる」

「そう……。今日は早く寝なさいよ」

「わかった」


 夜も食欲がなくて何も食べれなかった。

 今日は早く寝よう。


 寝支度をしてベットに入る。スマホを見ても有間さんからメッセはない。


 有間さん……連絡欲しいよ……何か言ってよ……。私……死んじゃうよ。


 私はベットで泣いた。嗚咽が家族に聞こえないように手で口を塞いで泣いた。





 水曜日――。


 お昼になってリビングに行くとお母さんがいた。今日お母さんは仕事休み。


「しお、ご飯どうするの?煮物あるけど食べる?」

「いらない。食欲ないからバイト先で適当に食べる」

「ちゃんと食べないと夏バテするよ」

「わかってるよ」


 もうなんか、何も食べる気がおきない……。有間さんが言ってた仙台のカキフライなら食べてみたいな。一緒に食べたらきっと美味しいんだろうな……。


 結局私は3日間何も食べずにバイトへ行った。

 仕事が始まる時間になっても有間さんからメッセは来ない。


 それでバイトが始まってすぐに――。


「砂月さん?ちょヤバいって、砂月さん」

「砂月さんの家に電話して」

「救急車呼びますか?」


 私は倒れた。




《有間愁斗―視点》


 水曜日の昼過ぎ。

 日曜から今日まで紫陽花から連絡はない。

 もしかしたらまだ怒っているのかもしれない。何かメッセを送らなきゃいけないのかもしれないど、火に油って可能性もあるし、今週の土曜は会う約束をしているからまぁいいか。

 俺はそんな楽観的な感じで、仕事もそれなりに忙しかったから連絡がないことを深く考えずにいた。


 そんなアホのスマホが鳴る。

 開くと紫陽花からLINEが来てた。


「砂月紫陽花の母です。娘がバイト中倒れて、ずっと食事を取っていなかったようなのですが、何かご存知でしょうか?」


 倒れた?何も食べていない?どういうことだ?


 俺は直ぐにメッセの送り主に電話を掛けた。





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