第28話 中に挿入して(LAN)



《有間愁斗―視点》


「うちに泊まるのは有間さんが嫌がるよ!お母さんとお姉ちゃんがいるんだから」


「俺は平気だよ。学生のころ、友達の実家に入り浸って研究したこともあるし」


 なるべく空気の様な存在になれば相手のご両親や家族をやり過ごすことができる。経験済みだ。


「でも、気を遣いますよね?」


 紫陽花は俺を気に掛けてくれている。


「ほんとに大丈夫だよ。それに俺、自分の家で夕飯と風呂済ませるし」


「私がバイト終わる頃に来るんですか?」


「うん。紫陽花のバイト先に迎えに行って一緒に帰ればいいんじゃなかな?」


「朝は何時に出ますか?」


「朝は8時前に仕事行っちゃうかな。一緒にいられるのは夜だけになるけど……ベットの横に布団敷いてそこで寝るよ」


 流石に実家で同じベットに寝るわけにもいかないし、布団は家から持ってくるか……。

 布団と聞いてお母さんが口を挟む。


「お布団はお父さんのがあるから、使えばいいわね」


 それはちょっと嫌だな……流石に。


「布団は私の冬用の敷布団があるからそれでいいんじゃない?」

「そぉお?まぁそれでもいいわね」


 助かった!


「では、それで行きましょう」





《砂月紫陽花―視点》



 有間さんは車を置きがてら自宅でお風呂を済ませることになり一度家に帰った。ついでに、着替えなんかも持ってくるって言ってた。

 夕飯はうちで食べるから直ぐに帰ってくる。


 そろそろ、帰ってくるかな……。


 有間さんを待ってるとお姉ちゃんがリビングに来た。お母さんは料理しながらお姉ちゃんに言う。


「向日葵、しおの彼氏が暫くうちに泊まることになったから」


「はぁ?嫌だよ!絶対に嫌!断って!」

「もう決まったから無理」


 私がボソッと言うとお姉ちゃんはソファーに座る私のところに来た。

 眉間に皺を寄せている。


「しおの彼氏、オタクっぽくてキモくない?あんなのがいいの?」

「別に、お姉ちゃんには関係ないでしょ」

「関係あるよ。泊まるならトイレとかお風呂とか共用するし、お風呂とか絶対に使わせないでよ!無理だから!つか、ああいう暗い感じの人苦手だから家に入れないで」

「お姉ちゃんの彼氏よりかっこいいもん、あっ、元彼か?」

「むかつくな……。とにかく、わたしは絶対に反対」

「むかつくのはお姉ちゃんだよ!そろそろ有間さん来るから、そんなに嫌なら部屋にいなよ!」

「部屋だとWi-Fi遅くて動画見れないの!仕事もできないし!」


 ピンポーン


「ほら来ちゃった」

「わたし部屋にいるから――、お母さん!断ってよね!」


 そう言うとお姉ちゃんは部屋へ逃げて行った。

 無視無視。お姉ちゃん人見知りだから有間さんに直接文句言わないだろうし、放っておこう。



《有間愁斗―視点》



 紫陽花の家に戻るとお母さんからお姉ちゃんがお泊まりに反対していると聞かされた。紫陽花は放っておけばいいと言っているが、そうもいかないだろう。


「あの子の部屋Wi-Fi弱くてネットできないから、うるさいのよ」


 お母さんは困り顔で言う。

 Wi-Fiルーターがリビングにあって、お姉さんの部屋は一番離れているのか……。


「Wi-Fi環境、改善できるかもしれないので、お姉さんの部屋を少し見せてもらえないですか?」


 で、お母さんがお姉さんを説得してくれて見せてもらうことになった。

 俺と紫陽花が部屋に入るとお姉さんは機嫌が悪そうな顔で机の椅子に座っていた。


「ほんとに直るんですか?この前、工事業者さんが来て、うちのマンションは鉄筋コンクリートだからWi-Fi飛ばないって言ってましたよ」


 俺もスマホのWi-Fiアナライザーとスピードテストで測定するが、この部屋に来るとかなり弱い。

 リビングで700Mbps出ているスピードもこの部屋だと3Mbps程度になり、しかも不安定だ。


 俺はお姉さんの部屋の壁を見回す。


「何、ジロジロ見てるんですか?」

「有間さん……できそうですか?」


 紫陽花も不安そうにしている。


「あった」


 俺が発見したのは電話のモジュラージャック、電気のコンセントの横にあった。

 モジュラージャックのカバーに爪を引っ掻けて引っ張ると簡単にカバーが外れて中が見れるようになった。そこをスマホのライトで覗き込む。


「何やってるんですか?」


 お姉さんが訝しげに聞いてくる。


「まぁ、見ていてください」


 そう言いながらカバーの裏に隠れていた電話線を引っ張り出した。


「紫陽花、この線を見てて欲しいんだ」

「わかりました」


 今度はリビングに行き、モデムの近くにあるモジュラージャックを同じ手順で開けて中の電話線を少し引っ張った。


 それから廊下に出ると紫陽花もお姉さんの部屋から顔を出していた。


「有間さん、さっきの線、勝手に動きましたよ?」

「俺がリビングで引っ張ったからだよ。成功だな」


「どういうことですか?」


 お姉さんも部屋から顔を出した。

 俺はお姉さんの部屋に戻って説明する。


「リビングとこの部屋は配管と言って太いホースみたいな菅で繋がっているんですよ。LANケーブルをそのホースの中に挿入して、この部屋にもWi-Fiルーターを設置。通したLANケーブルで繋げば、リビングと同じ速さでWi-Fiが使えます」


「そんなことできるんですか?」


「簡単なので直ぐにできますよ。まだ6時半ですし今からやりましょうか?」


 お姉さんは少しモジモジしてから恥ずかしそうに答える。


「簡単にできるなら……その……お願いします」

「わかりました」


 それから俺は近所の家電量販店で20mのLANケーブルとWi-Fiルーターを購入して設置作業をした。さっき動かした電話線にビニールの紐を結んで電話線を引っ張って全部抜く。すると配管には電話線の代わりにビニール紐が通った状態になる。今度は通したビニール紐に元々入っていて引き抜いた電話線と買ってきたLANケーブルを同じ位置で結んで、ビニール紐を引っ張ると、電話線とLANケーブルが同時に配管内を通る。


 一人で買い物と作業をやって1時間半くらいで終わった。


 これでリビングのWi-Fiルーターとお姉さんの部屋のWi-FiルーターはLANケーブルで繋がったから速度は落ちない筈だ。


「ほんとだ!早い!リビングと同じ速さです!……わー、凄い!YouTubeもいつもクルクルして全然見れなかったのに、高画質の2倍速でもサクサク見れる。凄い!嬉しい!」


 お姉さん大喜びである。


「あの、有間さん、ちょっといいかしら」


 料理を終えたお母さんに呼ばれた。


「この掃除機、電源入らなくなったんだけど、わかる?」


 俺は掃除機を見る。


「たぶん、電線の接触だと思いますので、明日工具とテスター持ってきて見てみますね」

「助かるわー。あとエアコンの掃除ってできるかしら?」

「全然簡単なのでやりましょうか?」

「えぇー嬉しい!」


 すると、今度はお姉さんが。


「有間さん、私のテレビ、BSが映らないんですけど、わかりますか?」

「えっとそれは……」


 俺はテレビの裏の配線を一瞬で直す。


「配線接続の問題なのでこれで映る筈です」


 お姉さんはテレビをつけて。


「ほんとだ!凄い」

「直って良かったです」


 俺はお姉さんに微笑みかけた。するとお姉さんは恥ずかしそうに頬を赤らめて。


「あ、あの……ありがとうございます」


「もういいでしょ!有間さんをこき使わないで!」


 紫陽花はご立腹だが、俺は今まで学んできたことで役に立てるのが嬉しかった。


「風呂入ったけど作業したら少し汗かいたな」


 俺がそう言うとお姉さんが。


「あの、もし良かったらお風呂使ってくださいね」

「さっきと言ってること違う!」


「一家に一台、有間さんね。じゃあご飯にしましょうか」

「お母さん、有間さんを家電みたいに言わないでよ」


 それから俺達は4人で夕飯を食べた。メニューは冷やしうどん、大根の煮物、サラダ。

 紫陽花がちゃんと食べられるか心配だったが、お粥を食べて胃腸の調子が良くなったのか、ちゃんとたくさん食べていた。


 その後、紫陽花はお風呂に入り、俺は彼女の寝支度が終わるまでリビングで待機。その間お姉さんに色々聞かれ、紫陽花が初めての彼女だと答えると、かっこいいのに信じられないと言われた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る