第23話 紫陽花を孕ませる


――ボイレコ――

『あははははぁあ♡ 麻莉が、ぜーんぶ壊しちゃった♡ 見なさい、このお人形。もう歩くこともできないわ♡ あはははは♡あぁあはははははは♡』

――――


 甲高い妖艶な笑い声を張り上げる麻莉ちゃん。しかしこの時、彼女はゲロまみれである。

 まさか、巨乳美少女に吐物をぶっかける日がくるとはな。壊したのは俺の方かもしれない。


――ボイレコ――

『ってこら、そこの人形、真っ直ぐ歩きなさいよ!ちょ、電柱に抱き着かないで!』

――――


 しかしこの子、ゲロをぶっかけられたというのにあっけらかんとしていて、怒った様子はない。脳みそピンクなだけで、根は優しいのかもしれない。


 麻莉ちゃんは駅前の多目的トイレで顔と手を洗い俺を家まで送り届けている。


――ボイレコ――

『もうなんなのこの人!ほら、早く帰りますよ。電柱から離れて』

『砂月さ〜ん。好きだー。大好きだぁー!』

『それ紫陽花じゃなくて電柱だって。ちょっ!電柱にキスしない!腰カクカクさない!こっちまで変な気分になるよぉー、もおぅ♡』

――――


「止めてくれ」

「え?うん」


 俺の指示で麻莉ちゃんはボイレコを止めた。

 このまま続けると大惨事になりそうだ。電柱に発情する俺……、行動と発言が痛すぎる!


「もう、全容は把握できたし、こんなに酔っぱらってたら浮気なんてできないよ。ここで終わりでもいいんじゃないかな?はははは」俺

「ええー、これから愁斗君の心をポッキリ折るウザキモ発言が連発するのに?……紫陽花も聞きたいよね?」

「うん聞きたい」

「じゃ再開ね」ピッ


――ボイレコ――

『恥ずかしいから離れなさいって、たく、紫陽花じゃなくて電柱孕ませてどうするのよ』

『紫陽花を孕ませるぅ?』

『そんなこと言ってないでしょ。ちゃんと避妊してくださいよ。まだ学生なんだから』

『わかりました……、でも卒業したら孕ませたい』

――――


「止めてくれ」俺

「え?また?」麻莉子


 これ不味くない?最悪、この後フラれるんじゃないだろうか?どうする?ボイレコを奪って飲み込むか?んなことできないけど……。


「す、砂月さんは続き聞きたい?」俺

「はい聞きたいです」

「はい再生」ピッ


――ボイレコ――

『愁斗君きもーい、だいたいほんとに孕ませたら責任とれるんですか?』

『取るよ』

『結婚したいってこと?』

『うん』

『でも、紫陽花が嫌がったらどうするの?収入とか転勤とか気にするでしょ?』

――――


「そんなの気にしないよ」紫陽花


――ボイレコ――

『全力で説得する』

『愁斗君に他に好きな人ができたらどうするの?』

『できないよ』

『何で言い切れるのよ?この世界には可愛い女の子がたーくさんいるんだよ!例えばここに!』

『ふっ』

『え?今鼻で笑った?むかつくな。あたしだって可愛いでしょ?皆から可愛いって言われるんですよ』

『君……名前なんだっけ?』

『おいこら!煽ってる?殴られたい?って座るなー。はぁー、もう麻莉帰ろうかな……』

――――


「途中で座っちゃったんだよね」

「「…………」」

 俺と砂月さんは言葉が見付からない……。俺はなんて痛い男なんだ。もうフラれるよ、これ。


――ボイレコ――

『そんなに紫陽花のこと好きなの?』

『超好きだよー』

『可愛いから?』

『それもある』

『じゃあ、あたしと紫陽花どっちが可愛い?』

『砂月さん優勝ー。……性格も砂月さん』

『失礼だな。好みの問題でしょ?』


『普通の女は自分本位だけど、砂月さんは他人本位なんだよ』

『うーん、それはあるかな……。川を流れる笹舟みたいに自分で行きたい方向を決められず、流れに身を任せるみたいな。恋愛に関してはそんな感じかも。あたし上手いこと言ったね』

『ちょっと違うかな』

『あっそ』


『自分本位の女は……、ちょっとダメな彼氏がいて、他に言い寄ってくる超いい男がいたらそっちに行っちゃうと思うんだよね……自分の幸せ第一だから。でも、砂月さんは俺が誠意持っている限り、絶対に裏切らない子だと思う』


『よく見てるね。それ当たってるかも。あの子一途だし。ただ、自分から行けないタイプだから、がっついてくる遊び慣れた男じゃないと付き合えないって思ってたけど……、愁斗君みたいな彼女一筋の男だったらお似合いなのかもね……。


 ほら、こんなところで座ってたら紫陽花の彼氏失格だぞ。頑張れ頑張れ』

――――


「この後、立ち上がってフラフラここに来たわけよ」

「そっかー、ほんと飲み過ぎ注意だなぁ〜」


 いやーほんと痛い。何様だよ俺。恥ずかしい。


 チラッと砂月さんを見ると目が合った。めっちゃ睨んでいる。……終わった。


――ボイレコ――

『へぇー、ここが愁斗君ちかぁ〜。部屋綺麗にしてるじゃーん。ちょっと体洗いたいからお風呂借りていい?』

『勝手に使って』

『はーい』

――――


「で、お風呂から出たらソファーで寝てた」


――ボイレコ――

『愁斗君、着替とかないの?おーい、起きろー。何か服貸してよ!…………ダメだ。全然起きない。ほーら麻莉の裸だよ〜。デカ乳見放題だぞ〜。…………うーん、困ったなぁ。人んちで裸になるの癖になるよ、実はあたし痴女癖あるのか?』

――――


 麻莉ちゃんはボイレコを止める。気付けばもう11時だ。2時間も聞いてたのか……。


「ここで終わり。このまま朝まで愁斗君はソファーで寝てたよ。あたしは帰りの服がないからベット借りちゃった」

「…………」

「もし全部聞きたいならこのボイレコ貸すけど?」

「借りる」

「いいよ」


 麻莉ちゃんは砂月さんにボイレコを渡した。



 ここから砂月さんと麻莉ちゃんの会話が続く。俺は不甲斐なさで何も言えない置物ゴミになっていた。


「浮気、してなかったでしょ?酔ってても女好きな男は襲ってくるし、酔ってるから見境無かったりするけど、愁斗君は女遊びなんて全く考えてなかった」

「浮気してた……」

「うーん、他の女、家に泊めた時点で浮気かもしれないけど、不可抗力っていうか、しょうがないくない?」

「…………」

「しおの浮気の線引ってどこなの?例えばキスしたらとか、手繋ぐのは浮気とか……」

「他の女の子と喋ったら浮気」

「えー?それ生活に支障出るレベルだって」

「挨拶はギリギリセーフだけど……」

「挨拶でギリギリなんだ。こわ。それもうガチヘラ勢だから。愁斗ニキはこの超絶美少女麻莉さんに手出さなかったんだから大丈夫だよ」

「私の方が可愛いからでしょ」

「ぶっ殺すよ?まぁあたし喧嘩最弱だからしおには勝てないけど……。はぁー今日はもう帰るよ。また連絡する」


 麻莉ちゃんは荷物を纏め始めた。


「服乾いてると思うから寝室で着替えるね。愁斗君、覗きたからった覗いてもいいんだぞ。この変態さんめ」

「興味ないから覗かないよ」

「麻莉そろそろ泣くよ?いいの?面倒臭いよ?」


 そんな面倒臭い麻莉ちゃんも砂月さんに睨まれると、手揉みして、とっとと着替えて帰っていった。


 部屋には俺と砂月さんだけが残った。







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