第17話 エッチしたいんですか?




《有間愁斗―視点》



 砂月さんの胸、柔らかかった。まだ手に感触が残ってる。時速60キロの風圧と同じ柔らかさだった……!


 身なりを整えた砂月さんは、ジト目で俺を睨み恥ずかしそうに呟く。


「有間さん、エッチしたいんですか?」

「そ、そりゃ、したいけど」

「ふーん」


 ふ、普通だよね?この状況でしたくない男いるぅ?


「もう行くんですよね?」

「今、19:10か……まだ少し早いかな……」

「……じゃあキッチン、見てもいいですか?」

「うん、全然見てもらっていいよ」


 砂月さんは立ち上がるとキッチン周りの棚を開けて中身を確認しだした。


「食器とか鍋、フライパンとか……包丁もあるんですね……。料理、するんですか?」

「こっち来て一年目は自炊してた。実家から米と野菜送ってくれるし、でも一人だと食材余らせちゃうんだよね」

「お昼はいつも会社の食堂なんですよね?」

「そうだよ。だから作るのは夜だけで……、終いにはずっと使ってない調味料が期限切れになったりして、色々勿体無いから弁当か外食になった」


 砂月さんは少し考えてから。


「あの……、よかったら明日お昼ごはん作りに来てもいいですか?」


 明日は日曜日で特に予定はない。近所のドラッグストアで日用品を買い足し、部屋の掃除と一週間貯めた洗濯をするくらいだ。


「明日、スーパーのバイトは2時からだっけ?」

「そうです。覚えててくれたんですね」

「まぁね」


 そりゃ予定全部聞かされたからな。調教済みだよ。さっきも可愛いとか好きとかたくさん言わされて……あれも調教だったのかな?


「なので午前中に来てお昼食べたらバイトに行きます。私の料理……食べてみたいですか?」


 と振り返った砂月さんは上目遣いで聞いてくる。

 料理できないって言ってたけど、あれは嘘だったのか……。


「もちろん食べたい。砂月さん実は料理できるんだ?」

「いえ全く……できません」

「え?……そ、そっか、俺好き嫌い無いから大丈夫…大丈夫?」


 彼女の手料理でこのパターンって、紫とか緑のドロドロしたのが出てきて、「さ、召し上がれ♡」とか言われるヤツだよな……。

 ってことはあれか、忠誠心を試されてるってことだな。どんなにヤバい料理が出てきても一欠けらも残さず食べる……試練。ああそうか、これも調教の一環だ。やってやるぜ!


「リクエストはありますか?」


 ここで難しい料理を選択すると自分の首を絞めるシステム。


「うーん……カップラーメン?」

「バカにしてますか?」

「いや、してないって!冗談です。カレーとか好きだけど」

「カレーなら簡単ですね。わかりました」


 何ならレトルトでもいいからね!





《砂月紫陽花―視点》



 有間さんの家を出た私達は駅に向かって歩く。


 さっきの「大好き」の連呼、有間さん早口だから大輔の連呼に聞こえて笑っちゃった。失礼だったよね。でも……面白かった。


「ん?何か面白いことあった?」

「思い出し笑いを……」

「そっか」


 有間さんはいつも朗らかで優しい口調。声を聞いていると安心する。


「あ、そう言えばお盆休みは実家に帰ることにしたよ」


 有間さんの実家って東北の……。


「宮城県でしたっけ?」

「うん」

「どんな所なんですか?私行ったことないので……」

「観光なら松島の島めぐりかな……、遊覧船で行くんだけど。あと仙台に水族館もあったな」

「へー楽しそうですね」

「子供頃行ったけどイルカのショーとか見れて楽しかったよ。あと夏の仙台は牡蠣が旬でさ」

「カキって貝のですか?」

「そうそう。学生の頃、カキフライをよく食べた……回りはサクサクで中は牡蠣の旨味詰まってて……ウスターソースとかタルタルソースで食べるんだけど、これが滅茶苦茶美味いんだよ」

「いいなー、食べてみたいです。夕食前に聞いてはいけない話ですね……。水族館も行ってみたい」


 子供の頃の有間さんか……絶対可愛いよね!有間さんが行った水族館……どんな所なんだろう。有間さんが好きなカキフライも食べてみたい!ヤバい、涎が……!


「実家も仙台なんですか?」

「実家は山の方で山形寄りなんだ。うちの方は田舎で何もないよ。スキー場とかキャンプ場はあるけど……、あ、でも、星が綺麗だったな」


 そう言うと有間さんは歩きながら夜空を見上げた。連れられて私も空を見る。雲一つない晴れた夜空。

 ここは千葉県でも東京寄りだから、星はポツ、ポツと見えるだけ。


「この空が全部、びっしり星で埋まるんだ、凄く壮観なんだよ。……まぁ田舎だからね」


 私はそんな凄い星空を見たことがない。でもイメージすると……夜の野原、周りは大自然で二人だけしかいない。空には満天の星。

 ちょっと凄いかも!


「見てみたい」


「……うーん、武蔵……そっか、じゃぁ一緒に行く?」

「え?私も行っていいんですか?」

「全然大丈夫だけど、泊りで数日だから砂月さんの親御さん、反対するかな?」

「親は……大丈夫です!黙らせます!私も行きたいです!」

「黙らせるって……ははは。無理しない程度にね。もし行くなら仙台はホテルに泊まるとして、実家の方は……、実家に泊まるのもあれだし、キャンプ場のバンガローに泊まろうか……。星も見えてBBQなんかもできるよ」

「バンガローってどんな感じなんですか?」

「丸太の家で、ベットが付いてるから快適かな。あと温泉が近ければ入りに行ける」

「いいですね」


 めっちゃ楽しそう!絶対楽しいよ!


「もし行くなら、予約するから親御さんに聞いてみて。俺のこと紹介しろって言われたら挨拶に行くよ」

「来てくれるんですか?」

「うん。……スーツで行った方がいいかな」

「ぷ、ふふふ、面白い。普段着で大丈夫ですよ」


 結婚の挨拶じゃないんだから。あ、でも有間さんのスーツ見たいかも。





 そんな話をしていると駅に着いてしまった。


「水着ありがとうございました。家でもう一回着てみます!」

「え、じゃぁ写真欲しいな!」

「え?」

「いや、冗談です」

「別に……いいですけど……恥ずかしい」

「可愛いから大丈夫!」

「もう、すぐ可愛いって言いますね」

「調教済みだから」

「どういう意味ですか?」


 有間さんは楽しそうに笑っている。だから私も笑った。


「飲み過ぎないで、明日ちゃんと起きてくださいね」

「頑張らせてもらいます」

「ふふっ、じゃあまた」

「うん、またね」



 有間さんと別れた私は一人駅の陸橋を渡る。

 今日も楽しかった。映画もまた行けるし、水着も凄く嬉しいし、旅行も楽しみ。てか旅行なんて行ったら絶対にヤるよね?


 ああでも、絶対に楽しいと思う!ヤバいヤバいヤバーい!凄く楽しい!

 うかれてスキップしていると陸橋の反対から見慣れた人が……。


「あ、麻莉ちゃん」


「しお!また会ったね!今帰り?彼氏の家行ってたの?」


「うん。めっちゃ楽しかったよ」


「ふーん、……鍵のことで、喧嘩しなかったんだ……」


「え……?何で麻莉ちゃんが…………知ってるの?」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る