第7話 ファーストキスをねだる




《砂月紫陽花―視点》



 もうお別れか……、連絡先聞かなきゃ。ちゃんと言わないと。


「砂月さん!」

「はい!」


 車を停めて直ぐに名前を呼ばれた。

 返事をしたけど有間さんは無言だ。何か言いたいの?


「俺……」

「はい?」


「砂月さんのことずっと前から可愛いと思ってて」


「え?そうなんですか?」


「うん。初めてあのスーパーで見掛けたのは1月くらいだったと思うけど……」


「あぁ、そうですね。私、推薦で年内受験だったので年明けから暇でバイト始めたんです。短大入ったら服とか色々買いたくて」


「そうだったんだ。制服終わると身なりで結構お金使うもんね……」


「そ、そうなんですよ。化粧品とかも高くてヤバいと言うか、昼食も自腹だし、学費で親にたくさんお金使わせちゃったから、まぁそれはいいんですけど……、って、有間さん、私のこと微妙に思ってるって思ってました。今日たくさん凄いねって言ってくれてましたけど、見た目は何も言っていなかったので……」


「いや、初めて見た時から今まで、ずっと滅茶苦茶可愛いって思ってるよ」


「ほ、ほとですか?」


「いや、なんかさ、見た目褒めるの図々しい感じがして、というか下心丸出しだから言えなかった。……今日のいつもと違う髪型も化粧も凄く似合ってるし服装ももろ好みで、色んな表情とかほんとヤバいっていうか、いや、まじで可愛すぎだって一日中思ってた」


「えっと、え?そ、そこまで?あ、ありがとうございます。私も有間さん格好いいって思いましたよ」


「ほんと?」

「ほんとです」


「それで……俺は、砂月さんと付き合いたい。もっと仲良くなって色々出掛けたり遊んだりしたい……だけど……こんな年上じゃ嫌だよね?」


「言い方変じゃないですか?俺と付き合え、でいいと思いますけど」


「これには色々事情が……」


 事情?私に気を使ってるの?


「年上、嫌じゃないですよ。わ、私も有間さんと付き合ってみたいです。……あの、私みたいなのでよければですけど」


「いいに決まってる。俺は砂月さんがいいんだよ」


 そう言って有間さんは微笑んだ。


「じゃあ、今から私は有間さんの彼女ですね?」


「うん。俺は砂月さんの彼氏か」


 初めてできた私の彼氏……、この人が……、私の彼氏って響きがヤバい!


「彼氏ができるって、なんか嬉しいです」


「俺も嬉しい。あ、キスとかしてみる?」


 いや唐突!いきなり!?そういうものなの?


「有間さんって本当に彼女いたことないんですか?」


「ないよ」


「ほんとですか?今日も女慣れしてるって思ったし、けっこうグイグイ来てエロいし」


「まぁエロいのは認めるけど、ほんと初めてだから、……マニュアルせいか」


「ま、マニュアル?エロいのは認めるんですね?」


「まぁ、はい。……なんだろう。マーキングっていうのかな。俺の女だぞ、みたいなことがしたいんだと思う。俺ってもしかして嫉妬深い……。じゃ、じゃあ今日はもう解散しよっか」


 と有間さんは気不味そうに苦笑した。


「べ、別にいいですよ。…………キスしても」


 そう言うと有間さんは私を見詰める。

 それからゆっくり私の背中に手を回し、軽く抱き寄せた。

 顔……近い、近いって。


 目が合って私は瞳を閉じる。


「チュ」


 額にキスされた。そのまま私の髪に鼻を押し当てている。

 これ凄くドキドキする。口が乾いて声が出ない。


「あ、あのぉ、何で、おでこ……、なんですか?」


 私のおでこにくっついてる有間さんに話し掛けた。


「口は次回のお楽しみにしようと思って。これで満足だから」


 私が口答えしたから遠慮した?


「汗、かいたから……、臭いですよ?」


「安心する匂いだから大丈夫」


「てことは匂うって、ことですよね?」


「好きな匂いだからずっと嗅いでいたい」


「変態さん……なんですね?」


「……うん」


 有間さんの胸が私の鼻先に当たって、彼の汗の匂いがする。でも嫌じゃない。安心する匂い。私も……変態だ。


 暫くして有間さんは私から離れた。


「ご、ごめん」


「いえ、えっと……、次は私のファーストキス、もらってくださいね?」


「え!あ、うん、お、おうよ」


 からかうように言うと有間さんは凄く照れた。

 言った私も恥しい。けど、それ以上に冷静な有間さんが恥ずかしそうにしてるから、なんか面白い。


「今日はこれで帰ります。ありがとうございました」


「うん、ありがとう。また遊ぼうね」


「はい」


 最後のサプライズに気が動転していた私は足早に車を後にした。


 ああヤバい!なに「ファーストキスもらってください」って?どうした私?あぁ、恥ずかしい。顔が熱い。

 でも楽しい一日だった。


 そして、マンションのエントランスに入って気付いた。


「あっ!連絡先交換してないじゃん!」


 急いで外にでるが既に車はなかった。




《有間愁斗―視点》



 帰宅した俺はケトルで湯を沸かす。

 それで買い置きしていたカップラーメンに湯を注いだ。テーブルにそれと缶ビールを置いて夕飯の準備完了である。


 ビールを開ける前に例のアプリを開く。


「アンインストールするんだ」


 大丈夫、記憶なんて消えないさ。

 こんな非モテの俺があんな滅茶苦茶可愛い子と付き合えた。アプリのお陰じゃなきゃ奇跡だ。でも、この催眠アプリの存在自体が奇跡を通り越してあり得ない。


「って、これ使ったやつ他にもいるのかな?」


 アンインストールする前にネットで情報を探すことにした。


 すると某掲示板に書き込みがあった。色々書いてあるな。


【普段気強くて言う事聞かない嫁に使って楽しんだ。キレながら言う事聞いてて笑えた。で、実はうちの嫁ドMだったらしくアプリ消した後も同じプレーやってる】


【クラスの女子に使って普通にやれた。嫌そうにしてたからヤバいと思いきや記憶消えてなかったことになった】


【アンインストールすると記憶が消えるみたいだね。かなり危険なアプリだよ。何かの兵器?これまじでやばくない?】



 え?……嘘でしょ……、え?いや、不味くない?……ほんとに記憶消える?

 じゃぁ今日のデートや付き合えたことがなかったことになってしまう?


 ほんとに不味いかも。ど、どうしよう……。


 気付けばカップラーメンの麺は伸びていた。













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