呪いと魔女の下僕(1)

 あれから一週間。私は毎日、エイナードがリクエストする動物を出し続けた。

 小動物が好きなのかと思えば、岩山の山頂にしか生息しない大鷲をリクエストした日もあった。毛布を腕に巻いて鷲を止まらせたエイナードは、少年のようにキラキラした目で喜んでいて。たった3分しか起こせない奇跡でも、少しは彼の役に立てているのだと思えた。

 書庫を自由に使ってもいいということで、そこへも毎日通わせてもらった。

 上級貴族の書庫らしく、書棚に並ぶジャンルは多種多様。そんな中、動物図鑑や動物が登場する絵本を集めた棚を発見した。エイナードらしいと思い、その棚の前が自然と私の読書の定位置となった。

 今日も私はそこで本を読んでいて。書庫に入ってきたサイラスさんの姿に、画材道具を持って席を立った。いつものように彼がここまで迎えに来てくれたのだと、そう思って。

 しかし、目の前まで来たサイラスさんの昨日までとはどこか違う様子に、私は胸騒ぎがした。


「ユマ様。本日は……エイナード様の寝室へご案内いたします。エイナード様は……両足が動かせないとのことです」

「あ……」


 軽い眩暈めまいを覚え、私はよろけた身体をサイラスさんに支えられた。その彼もまた、今にも倒れそうな顔色をしていた。

 まだ、大丈夫。まだ、あの方は存在するから――


「……っ」


 不安を振り払うつもりが、私は誤りを犯したことに気付いた。


(エイナードが存在することを、『まだ』と思ってしまうなんて)


 かぶりを振り、きつく下唇を噛む。意識して身体に力を入れ、自身の足でしっかりと立つ。

 呪いで死んだ者の末路は聞き及んでいた。心臓が止まり本人が死んでも呪いはなおも進行し、最後にその肉体はこの世から消滅してしまうという。

 そして何より恐ろしいのは、それが記録からしか伝わっていないということだ。

 消滅するのは肉体のみならず、その存在ごと。だから呪いにかかった者の人となりは今は誰も覚えていない。最期を看取った医者も……家族でさえも。


(忘れたくない……っ)


 忘れたくない。私を救ってくれたあの人を、忘れたくない。

 私の手を握った彼の大きな手。

 馬上で密着した彼の体温。

 私との再会を喜んだ彼の弾んだ声。

 忘れたくない。

 そして叶うなら、もっとずっとあの笑顔を見ていたい。


(本当に私には何もできないの?)


 過去の聖女たちも呪いの解明に心血を注いだ。それでも悲願の達成はならなかった。

 だからといって、諦めきれない。諦めたくない。

 自己満足と言われてもいい。きたい。


「直ちにエイナードの元へ向かいます」


 私はサイラスさんに頷き、エイナードがくれた大切なケースを強く抱き締めた。

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