3分間の奇跡(3)

 何度かやったときと同じく、手に持った紙がほんのりと熱を帯びる。

 私はそれをエイナードの方へと差し出した。それが合図だったように紙が発光し、周辺の景色が揺らぐ。


「にゃーん」


 まず最初に鳴き声が聞こえた。

 紙から放たれる光が収束し、景色の異常も元に戻る。

 そして紙の上には、ちょこんと座る黒猫がいた。

 ――かと思えば、猫が一瞬にして私の頭上より高い位置まで浮き上がる。正確に言えば、エイナードの両手によって持ち上げられる。


「可愛い!」


 そのエイナードの開口一番。加えて、彼の黒猫を見るキラキラとした瞳。反応速度といい台詞といい、体格の良い男性である彼がやると何というかギャップがすごい。

 エイナードは、今度は猫を膝の上に乗せて撫で始めた。良い笑顔でモフモフしまくっている彼に対し、黒猫は既に迷惑そうな表情だ。逃げ出す隙を窺っているようにも見える。しかしそこはさすが有能な騎士、そんな隙は無いのか結局猫は大人しく彼の膝の上に収まっていた。

 実験で知ったが、紙に乗っている間は『奇跡』に重量はないらしく、かなり重たいものでも出せてしまう。そして一度紙から離れれば本物と同じようになる。だから今エイナードは、幸せな重みを感じているだろう。


「短い毛の猫でもこんなにふわふわだったのか……」


 一通りモフったのか、再びエイナードが猫を持ち上げる。

 からの、念願らしい猫吸い始めた彼に、私は「あれ?」と違和感を覚えた。


「エイナード、くしゃみは出てないみたいですね?」


 猫の腹に完全に顔をうずめたエイナードを見ながら、私ははたと気付いて口にした。

 それに対し、やはり今気付いたという感じで「言われてみれば……」とエイナードが猫を離してその腹を見る。それから彼は猫を再度膝の上に降ろし、そこでもまたまじまじと見つめた。

 釣られて私も見つめれば、猫は自身のお腹、足と舐め出して。次いで顔を洗い始めたところで――


「くしゅんっ」


 間近から聞こえた大きな声に、私は反射的に猫を挟んで向かい側へと目を移した。

 私と目が合い頬を赤らめたエイナードを見て、あっと思い出す。


「そう言えば、猫アレルギーの原因は唾液にあって、毛繕いした際に付着した毛に反応するのだとか……」


 思わず口にすれば、エイナードから「そうだったのか……」という感じ入った声が返ってきた。ちなみにこの間、彼は片手で口と鼻を押さえながら、それでも猫を撫でていた。


「君はさっき出てきたばかりだから、平気だったのか」


 ゴロゴロ喉を鳴らし始めた猫に話しかけるエイナードの声は、最早鼻声だ。

 結局彼は、くしゃみを連発しながらも時間切れで猫が消えるまで撫で続けていた。


「お見苦しいところをお見せしました」


 サイラスさんから受け取った三枚目のハンカチーフを使用して、ようやくエイナードは鼻声から脱出していた。


「いえ、喜んでいただけて何よりです」

「聖女の奇跡を目にするのは二度目ですが、本当に奇跡としか言い様がない。そのような貴重な力を、私などのために使っていただけるとは。陛下とユマ様には、感謝の言葉もありません」

「あ……」


 胸に手を当て笑顔で礼を述べるエイナードに、私は返事に詰まった。

 人ひとり救えないで何が奇跡かと、そうなじられても仕方がないと思うのに。それなのに彼は、心から感謝しているという。


「実は触ってみたい動物が、他にもたくさんいるんです」


 気恥ずかしそうにそう続けるエイナードは、まるでプレゼントを前にした子供のような表情で。

 私は彼の輝く瞳がまぶしくて、ぎこちない微笑みを返すのが精一杯だった。

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